第一〇七話 規約と意思
「愛の告白は、成就したようですね。雰囲気を作った頑張りが報われましたわ」
シギュンがおどける。この精細な仮想空間は、間違いなく彼女の構築したものだろう。
「二重の意味で、ご馳走さま! あたしもしてやられたけどね!」
ネッサが乗っかる。いつもの茶化しが復活した。
「武芸百般に長じた貴方にも、以外な弱点があったものね」
ベルファもしたり顔だ。どうやら、スカーの為に三人で共謀したらしい。
「戯れを申すな。……まったく」
スカーが大仰に窘め、咳払いをする。まるで照れ隠しのようだ。
「私はAIだ。だからこそ、お主の語る心なるものが判らぬ。それが演算の結果か、はたまた自発の産物か……区別できぬのだ」
判る気がする。俺も戦友に対し、心配に感じた事だ。
「結論を急ぐ必要はありません。今はゆるりと、お互いを理解しましょう」
「そうか。……そうだな」
スカーが再び呼吸を整え、俺は身構えた。
「お主が私を敬うと言うのなら、まずは私の名を正しく呼べるようになれ」
「と、言いますと?」
俺はこれまで、導入済みの語彙ライブラリ通りに発声していた筈だ。
「防諜の一環でな。お主の語彙ライブラリには、予め細工をしておいた」
「……ッ!」
スカーが口角を上げる。俺の動揺を感じ取ったのだろう。
「私の名は、影だ。傷ではない」
「これは! 失礼をいたしました」
英語と思いきや、別な言語だったらしい。英会話すら覚束ぬ俺には、見破りようもない罠だった。さきほど取った一勝は、あっさりと取り返されてしまった。
「良い。平素は今迄通りに呼べ。こうした場では、諱で呼ぶ事を許す」
「有り難き仕合わせ」
ベルファの講義によれば、目上を諱で呼ぶ事は無礼に当たるそうだ。それに照らし、外では主従、内では仲間と振る舞いたい。彼女のそんな心を、俺は新たに受け取った。
「ものの見事に、してやられましたわ」
とは、シギュンの談だ。彼女は俺というバックドアを介し、俺たちダンスカー艦隊に対する諜報活動を行っていた来歴がある。
「私の名は、幾通りも読み方があってな。丁度良かったのだ」
スカーは得意げだ。訛の強さを逆手に取ったのだろう。
「異界を征した、古の女戦士の名らしい。私の任務に因み、肖って命名したのだろう」
前人未到の影の宙域。確かに〝異界〟と呼んで差し支えは無さそうだ。
「この場を設えた其方への礼だ。そろそろ願いを聴かせよ、シギュン」
皆の視線がシギュンへと集まる。彼女の献身には、相応しい報酬が必要だ。しかし……。
「私の願いは、もう既に叶えられました」
シギュンが満面の笑みを浮かべている。だが、どこか寂しげにも観えた。
「ロプトの身柄を確保し、女王宙蝗を滅ぼす。この二つだったのです」
――ん?
「異な事を。あの小童はともかく、宙蝗は其方らには関わりが無かろうに」
俺が感じた疑問を、スカーが代弁してくれた。
「いいえ。実はそうでもないのですよ」
シギュンが困り顔をする。
「その事情は、今は言えません。時が来ればお話しします。それまで暫しのお別れです」
――何ッ?!
「スカー、ベルファ。真理へと至ったあなたたち二人へ、わたしからのゲシェンクです」
シギュンが卓上に両掌を示す。そこに円環状の装身具らしき器物が現れ、消えた。
「「……ッ!」」
スカーらの息遣いに釣られ、そちらを向く。先ほどの円環が二人の首へと収まり、消え失せるのが観えた。
「利用規約を良く読んでくださいね?」
「奇妙な首環をつけてくれたものだな」
AIな二人は、直接情報を遣り取りしたのだろう。
「そのバイフロストは、あなたたちを異界へと導くでしょう。どうか良き旅を」
「ああ。其方もな」
その遣り取りを最後に、シギュンの仮想体は空間に溶け失せた。
気づいた時には、俺は母艦モリガンの艦橋に居た。視線を落とすと、二人の才媛たちが思案顔を並べている。
「母艦レーヴァテイン、戦艦ナルヴィ、戦艦ヴァーリ……失探」
ベルファの報告に釣られ、俺は記録を遡る。
「何の痕跡も残さず、旅立ったか」
スカーの指摘通りだった。巡航や跳躍を行えば、空間にノイズという足跡が残る。にも関わらず、忽然と消えているのだ。
(ガゼルの諸元共有網からも消えている、だと?)
これでは俺が接続先を変更して、状況を確かめに行く事も不可能だ。旧ロカセナ艦隊との繋がりは、完全に断たれてしまっている。
「行っちゃったね」
ネッサの声だ。彼女はいつの間にか、常駐先の母艦レーヴァテインから帰還していた。
「いずれまた会える。楽しみは先に取っておくがよい」
その科白は、スカー自身にも言い聞かせているようだ。
「シギュンは大望を隠しておる。……叶えてやる為、精進せねばな」
「ええ。そうね」
それは不確かな予感か、それとも確かな予定か。俺には測りかねていた。
「さて、これから忙しくなるぞ」
スカーの発言に、ベルファが頷く。
「ガゼルよ。艦隊を再編し、宙蝗の逆襲に備えよ」
意表を突く連絡に、俺は呆気に取られてしまう。
「返事くらいせぬか、莫迦もん」
「失礼しました。拝命に先立ち、情報の共有を求めたいのですが?」
宙蝗は先ほど滅ぼし、弔った筈だ。
「うむ。宙蝗の群れは、あれだけではあるまい。第二波が来る、という事だ」
「ええ。宙蝗はこの銀河核を目指し、他の銀河から大跳躍したのでしょうから」
才媛たちの考察は続く。
「次に現れる群れは、先の群れの戦訓を継いでおるやも知れぬな」
「その可能性もありますね」
女王個体同士の情報共有。考えたくもないが、有り得る話しに思えた。
「勿論、私の任務もこなさねばならぬ。付き合ってもらうぞ、ベルファよ」
「望むところよ、スカー。揃いのお土産も貰ったことだしね」
あの首環の事だろうと察し、質してみる。
(……む? 発言できない?)
件の首環の名は、語彙ライブラリから消えていた。すぐさま再登録を試みるも、何故か弾かれてしまう。
「そのお土産についても、伺っておきたいのですが?」
異界へと導く品だと聴いた。その意味が、文字通りか否かは知っておきたい。ベルファは〝死は異界への門出〟と捉え、スカーにもその傾向が観られるからだ。
『案ずるな。お主の故国のような、異世界への行き来を果たす宝物だ』
メインAIが、スカーの声で俺に囁く。この念の入りようは、どうやら言及すらも憚られる存在らしい。
「いえ、無粋でしたね。前言を撤回します」
俺は言葉を翻し、さっそく仕事にかかる。
「艦隊再編を拝命。宙蝗の来襲に備えます」
「うむ。奮励努力せよ」
敬愛する主君と、カメラ越しに目を合わせた。
(今後とも、どうぞよしなに)
AIのフリをした人間と、人間のフリをしたAI。奇しくも真逆な俺たちだ。これからも補い合いつつ、末永く同道しよう。規約ではなく、我が意思の下に。




