第一〇六話 砲火後之茶会
敗残の宙蝗らが、次々と銀河核へ進路を取っている。女王宙蝗に殉じるのだろう。だが、遅れて戦場入りした宙蝗たちと女王宙蝗の間には、活性化した降着円盤が横たわっていた。
(……これは、観るに耐えんな)
遅参の宙蝗らは降着円盤に焼かれ、誰一人として主君の元へと至れずに居た。終いには自分たちの行動が、かえって主君を苦しめる〝炎〟を強くすると悟ったのだろう。
(……ッ!)
宙蝗らは互いを捕食し合い、悉く自決していた。しかし完全には捕食し切れず、宙蝗だった歪な塊が遺る。
「忠勇、見事である。……ガゼル!」
「応ッ!」
スカーに促され、俺は生き残った要塞と工作艦二隻に、分解部隊発艦を命じた。彼らの思いに沿う為に、彼らの亡骸を分解する。彼らを降着円盤に落とす訳にはいかない。
『ひとまず、終わったみたい……だね』
疲れきったネッサの声がする。
「無事か? 相棒」
『あたしはね。……でも、二隻やられちゃった』
ろくに試験もせず、ぶっつけ実戦でよくぞ生き残ってくれた。
「試作艦は生還こそが第一義。そこは、誇るが良い」
『うん! 増加食、楽しみにしてるよ』
スカーが労い、ネッサが応える。その無邪気さに、皆が苦笑していた。
「茶会の前に、両陛下へ連絡を入れましょう」
「うむ。形式は……そうだな、こうしよう」
俺はスカーと話し合い、回線を開いた。
***
陣営に停めた艦内にて。女王は自身への電文を受け取る。
(……ッ!)
送信元は戦友であり、盟友にも宛てられていた。
『我、損耗大なれど宙蝗本陣を攻略せり。委細は別添えにて』
文書と動画が添えてある。文書には戦闘の経過が記録されていた。
(損耗率三〇厘ですって?!)
簡素な文面とは裏腹な、凄まじい戦いだったらしい。この数字は、王国艦隊ならば士気が阻喪し、総崩れになる事だろう。
続いて動画を開く。決戦場での敵味方の動きを俯瞰した記録映像だった。記録では〝女王宙蝗〟なる標的個体が、多数の個体を産む様子が確認できる。その後、ダンスカー艦隊が取った航跡が示され、標的個体を討伐した映像で締め括られていた。
(……っと。ヴィルからの量子通信だわ)
相変わらずフットワークが軽い。ディセアはすぐさま回線を開く。
『ディセア。スカー提督の報せを観たか?!』
「ええ。今、観たわ!」
前置きをすっ飛ばし、いきなり本題に入っていた。お互いに興奮が隠せぬまま、話題は動画最後の討伐映像に及ぶ。
『まっこと大きな、月桂冠であるなぁ』
彼が喩えたのは、青く煌めく降着円盤の事だと察する。月桂冠とは、英雄の証であると同時に、帝権の象徴でもある。今上皇帝にできる、最大の称賛に思えた。
彼女の冠には、赤い飾りが散りばめてあった。……そう観えたモノの正体は、銀河核へと落ちゆく過程で赤方偏移を起こした、彼我の屍の残影だろう。その多さは、繰り広げられた戦いの壮絶さを物語っている。犠牲を厭わず戦い抜いた、彼女らを讃えるべきた。
「アタシらの連名で、戴冠の祝電を送るのはどう?」
『おぉ、それは妙案! 宛名は、影の宙域の……いや、銀河の女皇かな?』
前人未到な影の宙域を征き、未曾有の蝗害から人類を守った英雄だ。ヴィルの表現は大仰に観えて、実は真実なのかもしれない。そんな談笑を交わし、二人は祝電を打つ。
(ん? これは?)
入れ違うように、二通目の電文が届いていた。これはディセアのみに宛てられている。
(……『我、其方がウェルシュケーキ調理法を学ぶ要を認む。至急教示を乞う』? いったい、どういうことなのかな?)
よく娘の為に作っていたお菓子だ。予期せぬ求めに戸惑うも、面白いので全力で応えるディセアなのであった。
***
俺はスカーに呼び出され、母艦モリガンのボクセルシステムへとアクセスする。
(……ッ!)
荒々しくも美しい自然が在った。朝陽さす彼方には海と湖を望み、此方には緑芽吹く丘に岩石柱が並ぶ。仮想の異境に、目を奪われる俺が居た。
「何を呆けておる。近う寄れ」
主の声で我に返る。皆は円卓と椅子を設え、茶会の準備を整えていた。卓上には何故か、俺を含めた人数分のコーヒーと茶菓子がある。
「揃ったな。冷めぬうちに食べよう」
「いっただっきまーす!」
スカーが促し、真っ先にネッサが齧りつく。
(どうやって味覚を再現する気だ?)
ここは仮想空間だ。しかも相棒は肉体を失い、仮想体となっている。そんな俺の心配をよそに、皆は茶会を楽しんでいるようだ。
「……お母様の味だわ」
涙ぐむネッサを観た。その傍らで、ベルファとシギュンがハイタッチを交わす。
(確か味覚は電気信号。ベルファを実験台に、シギュンが再現度を高めたのだろうな)
時を停め、奮闘する二人の姿が目に浮かぶようだ。今流れたネッサの涙は、報われた苦労の証と言えるだろう。
暫しの歓談を経た。圧倒されるような自然の中で、俺はふと安らいだ気持ちになる。
(なんとも、勇壮な野点だ……)
そんな感想を抱くほどに。
「レイよ。……お主に問おう」
主に諱を呼ばれ、思わず居住まいを正す。
「お主の生きる目的は、果たせたか?」
「ええ、果たせました。お仕えすべき名君は、貴女です」
即答していた。彼女は神業を成し、俺の支えあればこそと認めてくれたのだ。
「そうか」
応じるスカーが妙にしおらしい。いつもなら、得意げな声音が返るはずだ。
「「……」」
周りの反応もどこか神妙だ。茶化しのひとつも無く、静まり返っている。
「やはり、お主の心は偽れぬ。故に再び問おう」
スカーは深く呼吸し、いつになく真剣な眼差しを向けてきた。
「私は人にあらず。……AIだ。それでもお主は、私に仕えると申すか?」
突然の告白は、虚を突くに十分だった。
(スカーが、AI? 嘘だろ?)
友人には茶目っ気を、無礼者には反撃を、部下には鞭撻を。彼女が取った言動は、実に人間臭いのだ。この告白は俺を試す罠とすら思え、言葉に詰まってしまう。
「……そうか。詮無き事を問うたな。許せ」
「仕えますとも!」
言葉とは裏腹な、悲しげな目の色を観る。その途端、俺は声を大にしていた。
「AIは人の道具に過ぎぬ。従えて使いこそすれ、仕えて使われる存在ではあるまい?」
「肉体の無い私を人だと認め、人としての道理を説く。そんな貴女だからこそ敬い、身命を賭してお仕えするのです」
俺が観た彼女は、何者にも靡かず誇り高い。自らを道具と貶めるのは、彼女らしからぬ自虐に思える。だからこそ、俺は説得に力を込めていた。
「AIに人格を見い出すか。酔狂な事だ」
「万物に神格が宿る。私の故国では、ごく自然な考え方です」
こちとら、八百万の神々に育まれた日本人だ。そんな煽りは、効かないぜ。
「……ふん。御大層だな。傀儡に過ぎぬこの姿を、よもや気に入りでもしたか?」
「戯れが過ぎますぞ。貴女が人かAIか、生身か否かなどは、問題ではありません」
俺は鬼火の如き矮小な体で、スカーの眼前へと進み出る。
「……」
「貴女が貴女として、如何に在り続けたか? その本質が重要なのです」
沈黙するスカーに構わず、俺は尚も畳み掛けた。
「貴女は言った筈だ。『お主の心は偽れぬ』と。これは私の為に秘密を打ち明けるべきだと、心を砕いたという事。なのに何故、貴女は心無き抜け殻のフリをするのですか?」
更なる沈黙が返る。そのまま、暫くの時が経った。
「スカー。……貴方の負けよ」
ベルファが静かに口を開く。彼女はスカーを見つめ、尚も語りかける。
「貴方がいくら否定しても、レイは既に、貴方の心を受け取っているのよ」
諭されたスカーが俯く。そんな彼女を、ベルファは半ば強引に抱き寄せた。
「その事実を受け容れなさい! ……満更でもないんでしょう?」
ボソリと耳打ちした一言。その影に、俺は微かな嗚咽を聞いた気がした。
主人公が観た『自然』はこんな感じです。
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