第一〇五話 死戦の果てに
『AIガゼル、ノード〝ラスティネイル#D〟に接続完了』
俺は接続先を変更し、本隊の陣容を確認する。
(クアルとケットは……無事か。よかった)
ラスティネイル級の一番艦と二番艦は、ダンスカー艦隊の中では特別な価値を持つ。もし失ったりすれば、それらを駆るスカーやベルファの士気を損なうからだ。
こうした艦を護る陣形を敷き、奇襲へと備える。先述の二隻に加え、ナリ級二隻、母艦二隻の前に、盾役となる前衛艦を配置した。
「シギュン。要塞の能動探査を停止し、防盾の強化に専心されたし」
『ヤヴォール』
庇うには大きすぎる要塞は、それ自身の防備強化で対応する。多忙のスカーに代わり、俺がシギュンに要請した。シギュンは俺の管理下を離れ、独自に動ける権限を有している。俺がタスク過剰に陥った際、俺を助ける為に権限を再掌握した。今の彼女は何時でも離反できるはずだが、律儀に俺の補助演算装置として振る舞い続けている。
『酷い……。こんなものは、戦いとは呼べないわ』
ベルファの戦慄く声がする。彼女が乗る母艦モリガンは、宙蝗の絶え間無い特攻に曝されていた。随伴艦も次第に討ち減らされ、母艦も少なからず被弾している。質量差がある為、巡航解除は免れているが、気が気では無いだろう。
ベルファは族長を失い、族滅の憂き目に遭っている。かの族長は同胞を護る為、彼自身の生命を擲った。彼は市中引き回しの末に処刑され、ベルファは雪辱の為に復讐を誓ったと聞く。それ故に彼女は、名誉ある戦いを重んじるのだと俺は観ている。
「その通りです。これは我らと彼らの、見苦しくも美しい生存競争なのですから」
日本人である俺は、彼らの必死さが理解できる気がした。
「一寸の虫にも五分の魂。彼らも護るべき存在の為、必死に抗っているのです」
彼らは蝗よりも蜂に近いとすれば、この特攻は習性かもしれないとの予測が働く。ニホンミツバチがオオスズメバチに対し、蜂球を成して逆襲する事を知っていたからだ。
『彼らも、ね。……時々、貴方の冷静さが憎らしくなるわ』
「美女のお褒めは、恐悦至極」
虚を突かれたか、ベルファが吹き出す。これで士気を持ち直してくれれば良いが。
「私は個にして群、群にして個。随伴艦を幾ら失おうとも、必ずや主命を全う致します」
幾らでも生き足掻き、何時までも戦い抜いてみせる。要塞という中枢が在る限りだ。
死兵と化した宙蝗の猛襲の中、俺たちは尚も突き進む。同胞の散華に殉じる気か、後続の宙蝗らも俄に勢いづく。殿の〝撒き菱〟を回避せず、闇雲に突撃して来た。
『AIネッサ、ノード〝ミスティネイル#A〟に接続完了』
腹背に敵を受ける苦境のさなか、疲労を押した相棒が立ち上がる。
『ちょいと其処まで、疾駆ってくるわ』
止めはすまい。彼女の心意気を、素直に受け取ろう。
「増加食を用意しておく。小腹が空いたら、帰って来いよ」
『ウェルシュケーキをお願い。ブラックコーヒーも淹れてね』
精一杯の冗句に応えてくれた彼女が出撃る。
『殿下へ供す料理には、私も腕を振るいたいところね。……一緒にどう? シギュン』
『喜んでご相伴に与ります、ベルファ』
わだかまる二人も結束を固めた。
『ひと仕事済ませたら、皆で茶会にしようか』
仕舞いには、管理者殿まで乗っかる有り様だ。苦境に漏れる、皆の笑い声が頼もしい。
(……)
散りゆく僚艦らを無心で見送り続けていると、前方からの攻勢が緩んだ事に気付く。相棒の奮戦が実を結んだのだろう。
『警告。降着円盤内温度、危険域』
一難去ってまた一難だ。俺たちの追跡劇の所為で、戦場そのものが煮え始めたらしい。赤く暗い光の雲は、気づけば黄色く明るく熱せられていた。各艦のシールドは、放射線防御が最優先だ。熱への備えは薄くせざるを得ない。
(流石に焦れてきた。主砲発射準備はまだか?!)
主砲過給の進捗表示は、あと一厘に迫っていた。準備完了後は、女王宙蝗の前を横切りつつ主砲を撃つ。さながら、流鏑馬のように。わざわざ降着円盤を一周したのは、敵勢の分散と過給促進の為だ。多大な犠牲を払ったが、目標は達成されつつある……筈だ。
『分遣隊より本隊へ。敵に突撃破砕の備え有り。繰り返す。敵に突撃破砕の備え有り』
待ち伏せがあるぞ、との相棒の報告だ。宙蝗の死兵ぶりから察するに、身を挺して進路を塞いでいるのだろう。今更、驚きはしない。想定できている事態だ。
『主砲、過給完了。射法、収斂。諸元入力……完了』
主から待ちに待った朗報が入る。彼女は荒ぶる主砲エネルギーを御しつつ、主砲OSの書き換えをも完遂してみせた。しかも道中は殿として、魚雷戦をそつなくこなしている。恐ろしいマルチタスクっぷりだと言えるだろう。
『皆の者! 役目、大儀である! 主砲ガイ・ボルガ、砲撃準備よし!』
『「応ッ!」』
短くも猛々しい遣り取りと同時に、作戦の最終手順が伝達された。
『お主の妙技、しかと見届けた。その忠勤に、我が絶技にて報いよう』
「勿体無きお言葉。謹んで拝見いたします」
主従二人がかりで、超光速の流鏑馬だ。心して戦神モリガンに奉納するとしよう。
『AIガゼル、ノード〝モリガン#A〟に接続完了』
主の近くへと、静かに侍る。
『女王宙蝗、間もなく砲撃射程内。討伐作戦、最終局面移行まで、あと一〇秒』
シギュンが静かな、されど高揚感の滲む声で告げる。
『……三、二、一、今!』
「艦倉、全投棄!」
艦隊後方を睨むベルファが、殿にありったけの〝撒き菱〟をバラまかせた。これまでの小出しとは異なる一手に、追手の宙蝗らは不意を突かれたようだ。玉突き事故を起こし、一瞬の間が出来上がる。
「全隊、急下降!」
俺は指定された進路どおりに、雲の下へと艦隊を潜らせた。陣頭の巡航艦らには、予備動作付きの急速艦首下げを行わせる。待ち伏せの宙蝗らを欺かせる為に。その結果……。
『艦隊上方に感! 宙蝗群を通過!』
シギュンが叫んだ。身を挺した宙蝗らを袖にし、まんまとやり過ごせたのだ。だが肝心の砲撃目標は、雲の向こうへと隠れてしまう。
熱せられた降着円盤の向こう側に、上下逆さの女王宙蝗の影が朧に浮かぶ。はっきり言って、視認し辛いことこの上無い眩しさだ。
「宜候。砲撃用意……」
スカーが粛然とした口を開く。その声音は、水鏡の如く凪いでいる。
(……)
見守る皆が固唾を飲む中で、艦隊の後方へと〝影〟が流れている。それに合わせ、砲照準も滑らかに指向していた。刹那が長久と化す、そんな錯覚に囚われる。
「雲より離脱」
「今ッ!」
殿の動きをベルファが静かに告げ、スカーが即座に発砲した。
(……ッ!)
押し捻りのように、後ろへと放たれた〝矢〟が雲を貫く。あえて降着円盤の中を進んだ理由の二つ目が、この一撃で結実する事だろう。
(火攻の計、此処に成れり)
ただ一条の閃光に触れた降着円盤が、一瞬の内に青白く燃え上がっていた。その中に留まっていた宙蝗らの命運は、推して知るべきだろう。
交戦で生じた夥しい破片や残骸が、降着円盤の中で過熱している。銀河核の重力による圧縮や、高速で流れる降着円盤内での摩擦に影響されたからだ。その熱は元あるガスや塵にも伝わる。さらに防盾や推進機の排熱も加わり、主砲の高エネルギーが止めを刺した。冷え切っていた降着円盤は、一気にプラズマ化するほど熱せられている。
(うおッ?!)
凄まじい熱と放射線に曝された。俺たちは一時的に走査の目と耳を失う。母艦モリガンの艦橋内が、けたたましい警報音に包まれている。
『分……より……へ。……繰り……』
ネッサの声がする。堅牢な量子通信の不調は、俺に一抹の不安を感じさせた。彼女は圧倒的劣勢の中、宙蝗の足止めと主砲の着弾観測を担っているのだ。
艦隊は下降を続け、過剰な熱と放射線から逃れたらしい。警報が止んでいた。
『分遣隊より本隊へ。主砲、命中……確認! 繰り返す――』
回復した通信が吉報を齎す。遅れて共有された映像には、被弾した女王宙蝗が映し出されていた。胸郭らしき部位を穿たれた女王宙蝗は、既に銀河核へと墜ち始めている。その傍らには、直掩の宙蝗らが寄り添う様が見て取れた。
『主砲命中、確認!』
「うむ。観測、ご苦労」
スカーが鷹揚に応える。彼女の一射は女王宙蝗を仕留めると同時に、追い縋る宙蝗らを焼き討ちしてのけていた。
「ネッサは潜伏し、観測を続けよ。ガゼルは周辺を警戒しつつ、被害状況の把握だ」
「「了解!」」
神業を成した主の落ち着きぶりに畏れを抱く。
「……御美事でした」
漸く捻り出せた賛辞は、我ながら語彙が乏しい。驚き過ぎている証拠だ。
「お主の操艦と、我が操砲が一体を成した。命中は必然である」
思わぬ賛辞が返り、酷く心が揺らいだ。どうやら俺は、本懐を遂げたらしい。
「言ったであろう? 『宙蝗、敗れたり』……とな」
士は己を知る者の為に死す。嘗て諦めた願いは、たった今成就していた。




