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第一〇三話 機に臨み変に応ず

 銀河を形造る要の星……それが、銀河核だ。超大質量ブラックホールとも呼ばれる。銀河の中心に位置し、その旺盛な重力に引かれた銀河は渦を巻いている訳だ。

 光さえも逃さぬ漆黒の巨大天体が、赤く暗い光の中に浮かび上がる。周りをぐるりと取り囲み、自ら発光するガスや(ちり)の雲――降着円盤――に照らし出されていた。

(あれが、宙蝗(ちゅうこう)の巣?)

 雲の内縁の(ほとり)に、一塊の群れが居た。走査(スキャン)結果によれば、これは宙蝗共らしい。だがその姿形は、今まで倒して来た石柱状のモノとは異なる。新たな個体群は、やや(いびつ)(やじり)のような姿で横陣を敷いている。その背後に在る、巨大な石柱状個体を護るように。

(こいつらは、進化したのか?)

 歪な石柱が(そび)え立つ。その巨大個体の背には、広大な(はね)状の構造物が生えていた。走査結果から推測すると、放射線を電力化する為の受容体(レセプター)らしい。

 その巨大個体は、肥大化した下部から産卵を続けていた。長球状の卵は寸刻の後に、石鏃(せきぞく)状の姿形へと滑らかに転じている。親子の姿容が似通わぬのは、必要に迫られて生じた形質の変化と思われた。

(あえて言うなら、女王宙蝗……という訳か)

 群れて食い荒らす光景を切り取り、この敵を(いなご)と観たのは俺の短慮だった。蝗には女王個体は居ない。実態は蝗よりも蜂に近いようだ。

(これは、まずいぞ……)

 要塞主砲の仕様が裏目に出た。宙蝗が増える仕組みは、想定と真逆の……集中型で小規模だったのだ。見るからに頑丈そうな女王宙蝗に、今の主砲では太刀打ちできないだろう。過給(チャージ)もまだ完了しておらず、進捗をあと一割残している。

 進化した石鏃状個体の性能も気がかりだ。従来の石柱状個体は旋回性能が乏しく、こちらは戦闘機動で翻弄し易かった。より戦闘向きの形態へと変化した新個体群は、そう易々とは背後を取らせてはくれないだろう。石鏃状個体の形は歪だが、ラスティネイル級戦艦とアフィニティ級巡航艦を模倣したらしい。大まかな形や大きさがそっくりだ。

 弾薬化できる残存資源も少ない。おまけに、後ろからは追手が接近中だ。このままではここで挟撃され、包囲殲滅(せんめつ)されるのも時間の問題だろう。

(蛮勇を振るうしか、ない……のか?)

 また犠牲に走りそうになり、思わず踏み止まる。今はスカーの作戦下で艦隊行動中であり、まずは彼女へ意見具申すべきだ。俺はそう考え、深呼吸をした……その時だった。

『宙蝗、敗れたり』

 早すぎる勝利宣言は、スカーの仕業だった。彼女は虚勢を張るような人物ではない。そう断じた矢先に、彼女のリクエストが俺の元へ届く。


『AIガゼル、メインAI■■■■に装填完了』

(……ぅぐッ!)

 荒々しくも懐かしい感触だ。俺とガゼルは、御本尊(メインAI)からの演算支援を受ける。

『メインAI■■■■、諸元共有実行』

 (もたら)されたのは、作戦変更の連絡だった。つい今しがた知った事実を踏まえて、膨大な修正を加えてある。支援を得て速読を果たした俺は、その大胆不敵ぶりに頭を抱えた。

『お主の研鑽(けんさん)、お主の妙技、この操艦にて示すが良い』

 スカーが事も無げに言う。まるで物見遊山に出かけるような気軽さだ。

『なぁに。出来ねば皆、死を得るだけだ』

 その声音は、驚くほど自然体だった。スカーが示した作戦は、しくじれば全滅必至。彼女自身の生死すらも、俺の力量に委ねているにも関わらずだ。

(死なんと戦えば生き……か)

 彼女の狂気と信頼に触れ、俺は冷静さを取り戻す。今更躊躇(ためら)う暇は、無い。

「委細お任せを。揺れますので、(しっか)りとお(つか)まり下さい」

『楽しませてもらうぞ。存分にな』

 俺が努めて冷静に拝命する様を観て、初めてスカーは高揚感を覗かせていた。

『メインAI■■■■との直接接続が解除されました』

 それと同時に、スカーとの秘匿通話回線も切れている。入れ替わりに、ほどよい微熱を知覚した。

「討伐目標を女王宙蝗と仮称。討伐作戦開始。巡航解除用意……今!」

 指し示した巨大宙蝗個体は、今なお産卵を続けていた。同道する仲間たちにも情報を共有し、俺は乾坤一擲(けんこんいってき)の決戦場へと臨む。


 巡航を解除し、降着円盤の上を悠々と前進した。だが巣を構えた宙蝗らは、非常に高速で銀河核を公転している。そんな奴らからは、真っ直ぐ近づいて見えるよう振る舞った。巡航解除時の制動(ブレーキ)を弱め、巡航の余勢を乗せながら進んでいる。

「全隊の航行制御権、掌握」

 進みながら隊列を変更する。俺の隊を二分し、先鋒(せんぽう)殿(しんがり)に配置した。先鋒にはラスティネイル級戦艦全てと、偵察型に換装したアフィニティ級巡航艦を多数配置してある。疲弊したネッサとシギュンの隊は、中盤へと下げた。

(さて、どう出る?)

 宙蝗らはこのまま俺たちの接近を許す訳にはいくまい。奴らの背後には、唯一絶対の女王宙蝗が鎮座している。遅かれ早かれ、討って出てくる(はず)だ。そのタイミングが、追手の到着前であれば理想的なのだが。

『主砲、レーザー照準』

 要塞の火器制御権を持つスカーの主導で、要塞主砲レーザーサイトの光条が伸びた。主砲と同軸の高出力照準器だ。その行く先が女王宙蝗を指し示すと、配下の宙蝗らが一斉に動き始める。半数が身を(てい)して女王宙蝗への射線を塞ぎ、残る半数が突撃して来た。その数、掴みで一〇〇〇体。銀河核や降着円盤の放射線が強く、この急場で正確に観測する暇は無い。こちらは二〇〇隻足らずだ。(あき)れるほどの劣勢ぶりだと言える。そんな群衆心理も働いたか、宙蝗はあっさりと釣られた。

「宙蝗群、急速接近中。ハイパードライブ起動」

 わざわざ巡航を解いてまで、宙蝗共を釣り出したのには理由がある。巡航中は出し入れができない、ある切り札を降ろす為だ。

「ミスティネイル隊、緊急発艦。巡航、今!」

 (うな)るハイパードライブのノイズに紛れ、母艦モリガンから三隻の切り札が飛び立つ。灰星鉄製の新型戦艦、ミスティネイル級だ。外観はラスティネイル級と(うり)二つだが、艦の特性はかなり異なる。航続距離を捨てて、戦闘力を追求した。〝要衝にて最強〟がコンセプトの決戦用戦艦だ。そんな艦に目一杯の隠密擬装ステルスカムフラージュ強化を施し、灰星鉄で更に性能を底上げしてある。

『追手を撹乱(かくらん)せよ』

 初陣の秘蔵っ子らに、我ながら酷な命令を下す。ただひたすらに突撃する宙蝗は、もう目前まで迫っていた。



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