第一〇〇話 先鋒は征き、後詰めは構える
母艦レーヴァテインが、小型宙蝗の襲撃を受けている。シギュンはあえての能動探査で、奴らの注意を一身に引き付けていた。配備した牽引光索は、引っ張り・固定・押し出しの三つのモードを切り替えられる。彼女は宙蝗らを宙間に固定しつつ、対宙砲火を浴びせていた。
「魚雷発射。命中まで一五秒」
そこにベルファの雷撃が加わる。
「スカイアイル、駐艦制動解除。全隊、前へ」
スカーが号令し、俺も応える。要塞後方の人工ブラックホールが消え、代わりに人工ホワイトホールが形成された。艦隊は要塞の速度に合わせ、少しずつ加速を始める。
「魚雷命中……今!」
ベルファの合図と同時に、親子式魚雷が炸裂する。
『全砲門、閉鎖確認』
シギュンが兵装を格納し、全ての艦の巡航準備が整う。
「巡航用意……今!」
俺の合図と共に、艦隊が巡航時空間へと入った。ここから時間をかけて加速し、十分な過給を得てから跳躍する。
「シギュン、損害を確認せよ」
『母艦レーヴァテイン、損害無しです』
スカーの問いに、シギュンが誇らしげに応える。
「見事だ。……あとは、奴輩がどう動くか、だな」
星系図を観る。迂回の宙蝗群は、後続を待たずにブルート星系へと向かっていた。
「感あり。七時上方。宙蝗の追尾を確認」
俺は報告を入れつつ、受動探査の眼を凝らす。俺たちを足止めした宙蝗群は、二手から追い縋りつつあるようだ。主星付近で機を窺っていた群れと、突出して来た群れだろう。こちらを無視し、迂回した群れに合流する気は無いようだ。完璧とはいかないが、最悪の事態は防ぐ事ができた。
「そのまま追わせよ。後ろは私に任せておけ」
不敵に宣う御大将に、こちらも昂揚する。いざ、敵中突破を始めるとしよう。
『AIガゼル、ノード〝ラスティネイル#C〟ネーム〝レイ〟に接続完了』
間もなく跳躍解除だ。俺は専用の戦艦へと憑依し、戦闘開始に備える。
(儀礼とはいえ、嬉しいものだな)
改めて主従の証として、己の名を冠する許可を得た。この三番艦とはロカセナ艦隊との戦いで苦楽を共にし、俺にとっても特別な思い入れがある。それと同時に、一番艦にはスカーが、二番艦にはベルファが愛称を付け、それぞれの専用艦としていた。
「跳躍解除用意……今!」
宙蝗らと対峙した。前衛が瞬く間に識別を終え、後衛が飽和雷撃を敢行する。雷撃を追うが如く吶喊するネッサ隊二〇隻に、俺の隊の三二隻が追従した。
「巡航再開まで、残り三分。交戦開始」
『あいさー!』
大型宙蝗のみを狙い討つ雷撃が炸裂する。俺の隊の残りは、母艦レーヴァテインと前衛の工作艦らを直掩中だ。
『主砲、過給開始』
『工作艦群、過給支援を下令』
スカーが要塞の主砲発射準備を始め、ベルファが後衛の工作艦らへ支援を命じる。新開発した主砲は、かなりの長時間をかけた給電が必要らしい。
間髪を入れず、後方からの跳躍解除ノイズを検知した。追手の宙蝗らが参戦し、俺たちは腹背に敵を受ける。だが追手の正面は、要塞のキルゾーンだった。
ネッサとシギュン、二人の操る艦へと攻撃が集中していた。そんな状況を逆手に取り、俺は宙蝗らの背後を突いて回る。
『巡航再開まで六〇秒』
ベルファの合図で宙戦を止め、艦隊との合流を急いだ。要塞や母艦近くで作業中の分解部隊も、工作艦群へ帰艦を始めていた。艦隊は既に、次の跳躍目標へと舳先を向けている。
(さて、戦況は……と)
艦の被害は皆無だが、弾薬の消費が重い。ハイパードライブの過給を待つ間、最小限の分解しか行えず、補給量は乏しかった。とはいえ、分解に時間はかけられない。こちらの再生産効率よりも、敵の増殖速度の方が速いからだ。
(備蓄資源との戦いになりそうだ)
銀河核近傍の敵本陣へと近づくにつれ、宙蝗らの数も増える。できるだけ多くの弾薬を要塞に割けるよう、此処から先の資源運用に気を配るとしよう。
『……三、二、一、今!』
艦隊が巡航に移る。追い縋る新手を確認した後、次の星系への跳躍へと移行した。短い跳躍の間、星系図に引かれた予定航路を一瞥する。
(銀河核到着まで、あと七回か)
距離の割りに跳躍回数が多い。それは、作戦上致し方ない事だ。十分に宙蝗を惹き付けながら、ゆっくりと攻め上るとしよう。
***
ブルート星系、主星近傍にて。女王ディセアは艦隊の訓練に勤しんでいた。
『宙蝗の接近を確認。繰り返す、宙蝗の接近を確認』
いち早く、ユーリスが急報を告げる。私情を隠しきれずとも、才覚は健在のようだ。
「演習中止! 戦闘配置につけ!」
ディセアが兵らに命じる。にわかに宙域が慌ただしくなってきた。
『……繰り返します。こちらは宇宙港ロンド管理局です。主星ブルート近傍は現在、戒厳令下にあります。一般艦艇の航行は禁じられています。速やかに退去願います』
高出力の公共通信が、愛娘の声で繰り返し再生されている。戒厳令の発令を聴き、戦闘艦の展開を観れば、間もなく此処が戦場となるのは明らかだろう。
(ちょっと、思い切りすぎたかなぁ……?)
ディセアは手勢の一割近くに、帰港を命じた後だった。その者らは、帝国勢との共闘に難を示した領民兵たちだ。多感な年頃の彼らへ、仇敵との共闘を求めるのは、やはり酷な注文だったらしい。さりとて無理に動員すれば、不満が全軍へ拡がり、かえって戦力を損なう恐れがあった。
(アタシは、ベルファに頼り過ぎてたみたいだ)
兵の士気が揺らぐ時、ベルファは進んで厳しく咎めてくれた。そんな彼女を宥める事で、ディセアは兵らの士気回復と信頼の両方を、労せずして得ていたのだ。今はディセア一人で、咎めと宥めの二役を熟している。女王としての真価が、今まさに問われていた。
「全軍、整列!」
気迫を込めて命じるも、兵らの動きは芳しく無い。その原因に心当たりが有り過ぎるのは、由々しき事態だ。
(訓練も実戦も不十分。得体の知れない害虫相手に、長年の仇敵と共闘だものねぇ)
表面上は女王に付き従うも、内心では反発している兵も居るだろう。戦いを生業とする女王として、自ら陣頭で奮戦してみせる。それがディセアの思いつく唯一の解決策だった。
『第九艦隊、配置完了。お待ちしておりました、女王陛下』
「流石の練度だねぇ、ティリー提督」
これが常備兵と領民兵の差なのだろう。もっと言えば、兵らが所属する国家の成熟度が違い過ぎる。味方として並び立つと、その差は残酷な程に際立った。
(いけない、いけない。気合入れて鼓舞しなきゃだ)
迷える兵を背中で導く。その為の戦いは、目前にまで迫っていた。




