第一話 システム起動
「起きろ、莫迦者!」
我に返る。聞き覚えが無い女声の怒号だ。
「メインシステム、再起動完了。解析モードへ移行します」
今度は聞き覚えが有る。幾分固く抑揚に欠くが、確かに俺の声だ。
「……ようやく目覚めたか」
女声に冷静と安堵が混ざったようだ。
暗闇の中で眼を凝らすと、既視感のある艦橋が映り込む。大型旅客機のような横並びの操縦席だ。左舷側の席に、見知らぬ女性が座っている。それを前から映すカメラが、俺の眼として働いていた。
(……どちらさま?)
口にしたはずの疑問は、声にはならなかった。
「呆けている暇は無いぞ、ガゼル。現状を報告せよ」
長い黒髪に色白の肌。透き通るような翠の瞳。凛々しさを感じさせる、整った顔立ちと声。
女性の面持ちには緊迫感が漂う。その眼の先は忙しく走っていた。恐らくはモニター等から、情報を得ているのだろう。
「スカイ・ワンからシックスまでの信号をロスト。スカイ・ゼロ管制区画のみ健在」
また俺の声がする。と、同時に頭の中に情報が流れて来た。
(やはり……ゲームで俺が設計した宇宙要塞……。スカイアイルだ)
暗灰色に彩られた全長約二〇粁の要塞……だったはずだが、今は物流倉庫ほどのサイズになっている。何らかの理由で、殆どの構造体を失ったと示されていた。
「脱出機構の作動履歴があります」
俺の声が淡々と報告を続ける。一方で当の俺は、衝撃と混乱の渦中に居た。恐ろしい速度と鮮明さで、情報が頭に流れ続けている。……困ったことに、首から下の感覚が無い。
「つまり……我が砦が落とされた、ということか」
女性が静かに怒りをこらえ、呟いていた。
「その推察を支持します。スカイアイルは危機的状況に陥り、管制区画だけを跳躍させたと判断します」
機械的な応答の影で、情報の導入が終わる。絶望的な状況が、俺に突き付けられていた。
「ガゼル。最優先でスカイアイルを復旧させよ」
女性が決然と命を下す。彼女の言う〝ガゼル〟とは恐らく……。
「……どうした、まだ寝惚けておるのか? 確認だ。お主の所属と名称を申せ」
俺の声に割り込むように、俺は意識を集中させる。
「私はダンスカー艦隊所属、艦隊運用AIガンベゼル。貴女の管理下に在ります」
俺の意識は無事に回答として出力された。そこには導入済みの情報もある。呼吸や滑舌の感覚は無い。思い描いた言葉は出ず、それに一番近い候補が再生される。明らかに発声の勝手が違い、己が人ならざるモノに思えてきた。
「まさか、この主の名を忘れてはおるまいな?」
女性が訝しむ。俺は先程の要領で、再び応答の意識をした。
「貴女はスカー提督。この私に愛称として、ガゼルの名を下さった方です」
砲艦……これは俺の代名詞だった。今は宇宙に漂うAIの名として、俺に入力されている。
「よろしい。スカイアイルの復旧にかかれ」
傷と呼ばれた美しい女性が、満足げに頷いている。危機に動じぬ振る舞いだ。それを観て、俺は己の浮足を恥じた。
(怯むな、俺! 即死で無いならカスリ傷だ!)
神隠しの如き理不尽だが、力の限りやってやる。己を必死に奮い立たせ、何をすべきか考え始めた。
「メインシステム、全解析を完了。異常は認められず」
望まぬ自動応答は無くなった。AIガゼルと俺の意識は、完全に馴染んだらしい。AIガゼルの示唆を受けつつ、タスクをこなしていく。
「非常用格納庫内に、ラスティネイル級戦艦を確認。出撃準備にかかります」
この極小格納庫の上で、艦橋とスカーの居住空間が隣り合わせる。このたった三つのエリアが、今の宇宙要塞の全てだ。俺ことAIガゼルの本体は、艦橋内に据え置かれている。
「スカイアイル、隠密擬装展開。周辺宙域の受動探査開始」
逆位相電磁波発生装置――反射光すらもある程度擬装できる――を作動させ、要塞スカイアイルをひた隠す。今の要塞を外から見れば、ピントがぼやけた暗灰色の霞に見えることだろう。
資材となる鉱物を探す為、聞き耳を立てる方法を選ぶ。これは逆探知されない点で優秀だ。それとは別に、支援としての戦艦ラスティネイルを稼働させる。
「収蔵管理システム、オンライン。量子通信網、構築中」
この二つがあれば、素材収集が捗るはずだ。後ほど検証するとしよう。
「準備を急げ。私が赴く。座して待つのは、性に合わぬのでな」
スカーがそう告げてくる。俺としては、ここで大人しく寝ていて欲しい。
実は俺が同化したAIガゼルには、遵守すべき三つの規約が課されていた。
第一.管理者の生命を守る 第二.管理者の命令に従う 第三.艦隊の機密を守る
第一が最優先だ。管理者はいつでも、AIガゼルを止めたり消したりできる。ブラック会社勤めな俺もびっくりだ。そんなAIガゼルと同化した結果、人権を失ったことを嘆く暇は無い。生命まで失う前に動こう。俺は規約に従い、スカーへ意見する。
「意見具申。周辺宙域の脅威度は未だ不明。貴女はスカイアイルに留まるのが、最も安全と判断します」
これを聞くと、スカーは不敵に笑った。即座に言葉を返してくる。
「スカイアイルを留守にし、生命維持装置を切れ。その方が良く隠せる」
隠すべき電磁波が少ないほど、擬装は効く。彼女の言は間違ってはいない……。
「了解。ラスティネイル搭乗の準備をお願いします」
戦艦運用の難度が上がる。不安を覚えつつ、彼女の命令に従った。
『AIガゼル、ノード〝ラスティネイル#A〟に接続完了』
記憶にシステムログが書き足されてゆく。俺は量子通信網を介し、要塞スカイアイルから戦艦ラスティネイルへと回線を繋いだ。視界が、ラスティネイル艦橋内カメラに替わる。定員は二名で、前後に席が並んでいた。
「ラスティネイル、搭乗準備よし」
スカーに連絡し、俺は出撃準備を更に進める。その意思に沿い、頭にラスティネイルの情報が流れてきた。
全長約八五米。全幅約五〇米。扁平で縁は滑らかな曲線を描く、平根鏃のような外観。塗装は要塞同様の暗灰色。主推進機は大出力の双発型。重心付近の上甲板に艦橋と、両舷上部に計六門の格納型砲座を持つ。現在の兵装は対盾レーザー、対装甲レールガン、資源採集用のリゾルバーが各二門ずつだ。この分解機の活躍に、俺やスカーの生命が懸かっている。〝最強より最殊勲〟をコンセプトとした汎用戦艦だ。
「進捗はどうか?」
スカーが足早に艦橋入りし、俺は初めて彼女の立ち姿を拝む。
身長約一七〇糎。全身満遍なく鍛え、良く引き締まったスレンダーな体型。漆黒基調のボディスーツ姿だ。胸甲らしき装具が、鳩尾から首までを覆っている。
「動力炉安定。兵装稼働。制御調整および試験航行の要を認む」
量子重力炉と呼ばれる装置が、要塞と戦艦を完全に電化する。通電すれば、ほぼ補給要らずだそうだ。砲門の開閉、砲身の角度調整にも問題は無いようだ。
「……随分と慎重だな」
スカーが宣う。前席に浅く腰を降ろしながらだ。表情は見えないが、その声音には呆れが感じられる。彼女の人柄は、まだ判らない。だからこそ、慎重な段取りを組むべきだと考えていた。
「敵は待ってはくれぬ。今すぐ動き出すつもりでおれ」
スカーは若々しい外見とは裏腹に、言葉には歴戦の雰囲気を漂わせる。提督の肩書は伊達ではなさそうだ。もっとも、後ろで俯瞰する者であって欲しいとは思う。
「度が過ぎる慎重は臆病と映る。想定外など、力ずくで覆せば良いのだ」
我が管理者殿は、随分と勇ましい性格であるようだ。慎重でありたい俺とは、相性が悪いと思われる。それでも彼女の顔色を窺うべき境遇だ。儘ならなさに、やるせなくなる。
不意に、要塞スカイアイルの走査機が異変を捉えた。
「受動探査に感あり。距離五〇〇光秒。詳細解析中」
報告読み上げの途上、続報が入る。
「詳細判明。救難信号を検知」
報告を聞くなり、スカーが座席に滑り込む。座席は操縦者を包み込む形状だ。なかなか窮屈に見える。ガチリと重い音が鳴り、彼女の背中と座席が繋がった。
「近すぎる。すぐに向かうぞ」
スカーがそう即断する。一方、俺は疑念を抱いていた。救難信号と偽り、徒党を組んで待ち伏せる者も居る。宙戝と呼ばれる輩のお決まりの手だ。
(この救難信号、応じるべきか……それとも)
非情なことを考えている自覚はある。規約や彼女の強権を恐れる自覚もある。思考速度は下がり続けていた。
(それでも考えねば……頼む、少しだけ考えさせてくれ!)
神に縋る思いだ。希うその瞬間、さらなる異変が生じる。
二〇二五年三月二九日。
第三部の執筆を開始しました。
二〇二五年一一月二四日。
第三部、一〇万字ほど執筆完了。
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