【外理】襲来
巨大巻貝は茶と白のマーブル模様に彩られている。
エナメルを思わせる艶やかな殻は、陽光を照り返して輝く。
大きさもさることながら、気になるのは殻口からはみ出すふさふさの毛だ。白と黒と赤茶のモッフモフな塊が揺れている。
「うみゃーおん」
巻貝が鳴き声を上げた。
三色の毛玉がもぞもぞと動き出す。まるで産み出されるように、毛の塊がむぎゅーっと出てくる。
そして、外気に触れるとふぁさっと揺れた。
猫の顔だ。毛がふさふさの三毛猫。虎かライオン並みの大きさで、巻貝を背負っている丸顔のニャンコ。
パメラが若干ドヤ顔で紹介し始めた。
「水獣目アンモニャイト種の命徒よ。可愛がってあげて」
生まれ立ての命徒は、成り立ての創命師の胸元に頬をこすりつける。
「みゃうみゃう」
「あー、かぁわいいな。もう!」
ダリルは一瞬でメロメロな表情になったが、それも一瞬、すぐ真顔に戻った。
「あれ?」
ぽよぽよの胸にふっさふさの顔を埋める命徒、その顔を驚いたように見つめる。
呆然とするダリルの肩に、パメラはそっと手を置いた。
「気づいたわね。命徒はデクとまったく違うの。創命師と心が結ばれて、感情や思いが途切れなく流れ込んでくる」
「なんか、凄く幸せ」
「そりゃ、お胸すりすりの幸福タイムだもの。喜びは倍以上に感じるでしょう」
「うん、さいこー」
巨大猫はダリルを押し倒した。二人で抱き合って地面を転がりながら、じゃれ合い続ける。
その姿を大勢の客は微笑まし気に、なかにはちょっとエッチな気分の男もいたが、じーっと見つめていた。
ごろごろ転がる。美女と巨大猫。
ごろごろごろごろ。
のど鳴らしもゴロゴロゴロゴロ。
突然。
穏やかな空気を破る大声が響いた。
「逃げろ! みんな、逃げろっ!」
校門近くにいた村人が次々に駆け込んでくる。
誰もが状況を理解できていない。
席を立つ者、走り出す者、動けなくなる者、反応は様々だ。
だが、逃げてくる人々の最後尾を見て、全員が校舎へ急ぎ始めた。
タールのごとく黒光りする、巨大なナメクジに似た化物が這いよってくる。ぼってりとした体形はクジラのよう。
人の身丈をはるかに越す体高を持ち、頭のてっぺんからはムチのようにしなる触角を振り回す。
時折、蛇のように上体を起こして、あたりを睥睨する。
村人や同級生が校舎へと逃げる中、ルディはデクを動かし始めた。
アインも倒れたデクの体を利用して、新たな下僕を生成し始める。
「止めろ! 校舎へ避難するんだ!」
ハーストが怒鳴った。
二人は聞く耳を持たず、デクをけしかける。
ルディデクはナメクジに跳びかかったが、頭も、ふくよかな胸も、美しい脚線も一瞬で砕かれた。
アインはあり合わせの材料で三体のデクを生成。崩れるルディデクの背後からジャンプして、ナメクジの左右、そして上方より殴りかかる。
だが、これもまた、瞬殺された。デクたちはナメクジに触れるとすぐに動きを止めて砕け散った。
初めての感覚に戸惑い、行動が遅れたダリルだったが、ルディたちのおかげで時間を稼げた。
アンモニャイトは爪と牙をむき出し、ナメクジに襲い掛かる。
猫パンチ!
『凄いフィードバックっ……、命徒の痛みが伝わって!』
ダリルは唇を噛みしめて耐える。
心に流れ込む命徒の思考。
初めての体験に心身が悲鳴を上げる。
『なに、このナメクジ。触るだけで焼けそう』
歯を食いしばり、指揮をするかのように両手を動かす。
ダリルとシンクロして命徒が、猫パンチ連打。
ついにナメクジの進みが止まった。
「あなた、これ!」
パメラはカバンから、手のひら大の革袋をハーストに投げ寄越した。
「これはっ」
「話は後よ。さあ、起こして!」
「ああっ」
ハーストは大きくうなずき、地面に円を描いた。革袋から出した命珠を置く。
「二十年ぶりの復活だ。うまく起きてくれよ」
左小指を犬歯で噛み切り、血を絞った。
命珠がドクンと答えるのを見て、祈るように両手を組む。
口を開き、声を上げる。
「~♪ラッラーララッ ラッラーララッ♪~」
ハーストの野太い詠唱が青空に轟いた。
一拍置いて、命珠から白い光がほとばしる。
ナメクジはその光に気を取られて、アンモニャイトの強烈なフックを喰らった。
光が散った後、ハーストの前には痩せマッチョな青年が立っていた。
短めの黒髪はピシッとまとまり、真っ白なシャツをまとっている。
さらによく喋りそう。どう見ても人にしか見えない。
「よお、クレイ」
「もっと早く起こせよ。それにしてもハースト、太ったな。あのナメクジとどっこいだぜ」
「うるせー。もっかい眠るか?」
「そしたら、困るんだろ。いくぜ」
クレイと呼ばれた命徒の右手が光った。次の瞬間には剣を握っていた。
「愛剣フラッシャー、おまえとも二十年ぶりか」
剣にキスをして、アンモニャイトの加勢に駆けだした。
まず、ナメクジの頭に飛び蹴りを喰らわせる。
ハーストは身震いしながら、叫んでいた。
「うおっ、来た来た来たっ! やっぱり、フィードバックきついな」
「あれはっ?」
ダリルが問いかける。
「相棒だ! ヒトニ目ヒトニ種、閃光の戦士クレイ!」
「あれが、校長の命徒……」
「若い頃は俺もあんな体型でな。瓜二つと言われたもんだ」
「ごめん、いま、忙しいのっ!」