準々決勝
トーナメント第一予選の全試合が終わった。
近所の子たちが繰り広げる大熱戦に、客席の興奮は留まる処を知らない。
校長の実況も最高テンションのまま、突っ走っている。
「さあ、ベスト8が出揃いました。準々決勝第一試合はアインとムーンの対戦です!」
ムーンはデクと共に、おずおずと試合場に進み出た。
引っ込み思案で臆病でアフロで小柄な、珠師を目指す女の子。教室では、存在感がなさ過ぎて、逆に存在感を主張してしまうタイプだ。
操るデクは、本人そっくりのアフロ頭をした二頭身、身長は四メートル程度あるが、髪の厚みが一メートル以上。
その戦法は、巨大な頭を前後に振りながら突進するだけ。シンプルかつダメージ抜群の攻撃方法だ。
ハースト校長は叫ぶ。
「さて、またしても飛び出るか。デス・アフロバンギング・フロム・ヘル!」
「何ですか、それ?」
「いや、必殺技ぽいだろう?」
「長すぎるし、意味わかんないし。普通に頭突きでよくないですか」
「えー、じゃ、間をとって、デス頭突きにしよう。決定!」
ダリルはあえて突っ込まず、生暖かい目で見つめた。
ハーストは話題を変えるかのように、反対コーナーを見やる。
「えっと。対するアインの様子は、あー、ひどいな、こりゃ」
アインも、横に並んでいるストリートキッズ風デクも、相変わらず態度は最悪だ。
腕組みをして、相手をにらみつけている。アインはガムを、デクも何かを噛むように口を動かし、二人揃って口からバルーンを出した。
ふくらませてパチンと割れたら、指で再び口の中へ。息ぴったりの動きを見せる。
客にもデク使いは多い。アインの態度の悪さ、限りあるデク動作を無駄使いする姿勢にブーイングが飛ぶ。
「お客さんはアインがこっぴどくやられるのを望んでるみたいだ。おっと、いよいよ試合開始です!」
「ファイト!」
予想通り、ムーンデクはデス頭突きを繰り出してきた。
巨大な頭を団扇のように振りながら前進する。
アインデクは後ずさりするのみ。風圧もあるし、アフロ頭の幅が余りにも広いため、フットワークで左右に逃れることができない。
腰が引けているため、パンチは手打ちとなる上、分厚いアフロの層に阻まれて頭まで届かない。
さらに押される。背中が壁まで一メートルと迫る。
このままだと押し潰される。
窮地に陥ったアインデクは、やけくそ混じりか、自らの頭部をぶん投げた。
だが、頭部はアフロの海に吸い込まれて戻ってこない。
そのまま、壁際に追い込まれて、デス頭突きの連打を喰らい始めた。
「客席ではムーンの頭突きに合わせて手拍子が起こっている! 予想外の一方的な戦い模様だ!」
ムーンデクが一際大きく仰け反った。フィニッシュを狙っているようだ。
壁にもたれてグロッギー状態のアインデクめがけて、思い切り反動をつけたデス頭突きを繰り出した。
「出たー、ファイナル・デス頭突き・フロム・ヘールー!」
連打に耐え切れず、ついに壁が崩れた。
実況は絶叫。おそらく、ハーストの脳裏を修理費のことがよぎった。
「ぎゃー、壁がっ! え、あれ?」
ムーンデクが頭を上げた後には崩れた壁が残るのみ。
ペシャンコになっていると思われたアインデクの姿は欠片もない。客たちの頭上にも疑問符が見える。
最初に異変に気付いたのはダリルだった。
「あっ、後頭部を見て、後頭部!」
巨大アフロから黒い綿が左右に散っている。どんどん薄くなる後頭部にアインデクがしがみつき、左右の腕をせわしなく動かしている。
「あいつ、むしってる!」
アインは草むしりの要領で髪むしりを猛スピードで進めている。ムーンデクは頭を振って逃れようとするも、毛髪をばらまくばかりだ。
この修羅場を見て、ダリルが不思議そうにつぶやいた。
「あれ、でも、どうして、こんな動作ができるの。ムーンデクの姿も技も戦前に予想できてたわけ?」
むしるという動きは、闘デクでそうそう使われるものではない、あらかじめ、リストアップするのが不自然なくらいだ。
「ダリル、左右フックと手首から先のつかみを合わせたもんだろう。あんな微妙なデク操作、超ベテランでも難しいぞ」
「あっ、確かに。アインたら、そんな複雑な操作までできるのね。やっぱ、凄いなぁ」
巨乳の姉は、弟にハートを釘付けにされている。
その間も、アフロの豊かな髪が抜けていき、ムーンデクの頭部は見る見る小さくなっていく。
アインデクはまだ長さのあるアフロを左右の手でつかみ、両足で延髄のあたりを蹴った。
ブランコ式で戻ってくる反動を利用して、両膝を叩き込む。
アフロの消えた部分、つまり衝撃吸収材がなくなった部分に、鋭角的な膝がめりこむ。何度も何度も。
やがて、アフロの巨人は頭の後半分をハゲにされた。
ついには膝をつき、おでこから地面に突っ伏してしまった。
ムーンは、身じろぎもせずに涙目で、自分のデクが壊されていく様子を眺めていた。
「勝者、アイン」
勝ち名乗りは、観客のブーイングと罵声に飲み込まれた。
「アイン、準決勝進出だー。しかし、試合場は毛だらけ! 壁も壊れたっ! なんか、美しくない勝ち方だ―っ」
ハーストは腹立たしげに、勝ちざまを実況する。
「そうですか? アインはよくやったと思いますよ。でも、なにより、追い詰めたムーンが素晴らしかったわ」
ダリルは立ち上がって、拍手を送る。
「ムーン! いい試合だったわ?」
倒れたデクに寄り添い、泣いていたムーンは立ち上がり、教員席へ向けてお辞儀をした。
その姿に客席からも、健闘を称える拍手が降り注ぐ。
「勝ったの俺なんだけど」
アインは、ひび割れた頭部を抱えたデクと共に、その姿を傍観していた。