レイン創命師学校
レイン夫妻が学校を開いて、そろそろ三十年になる。
校舎と言っても、家を改築して教室や食堂を設えただけだが、多くの生徒を送り出してきた。
若き頃、二人は同じ師に学び、【外理】と呼ばれる魔物の討伐に方々を旅していた。
大きな戦いで怪我を負った二人は戦いの日々を離れた。そして契りを交わし、この辺境の地に居を構えた。
師の勧めもあり、またデク職人が多いカベリ村なら、きっと知識が役に立つと考えたからだ。
そのうち、才能のある孤児を養子として迎え入れるようになった。
いまや、レイン家の名を継ぐ職人は大陸中に散らばる。
そして現在、ダリル、ルディ、アインの三人をファミリーに加えて、次代の力を育成中だ。
特に最年長のダリルは、理論に優れ、勘もよく、教鞭も取っている。
村を離れて修行に出る日も近そうだ。
今日の一時限目はダリルの授業だ。
生徒は十六人、うち十五人は真剣な表情でノートを取りつつ、話を聴いている。
一番後ろの席で、アインは消しゴムカスからデクを作り、床体操をさせている。だが、ダリル先生は完全放置の方向らしい。
「みなさんは一通り、デク珠を作れると思います。今日は実際にデクを生成するまでやってみましょう」
玄関の広間を改築した教室は天井が高く、巨大デクが動き回っても、まず問題はない。
「最初に軽くおさらいね。デク珠には、土、鉱物、植物の種子など、様々な材料があります。一番大事な材料は貴石です。デク珠の核ね」
アインはさらなる消しゴムカス・デクを作り出し、二体に相撲を取らせ始めた。
ダリルは引き続き無視。
「核をデクのどの部位にするかで、操りやすさが変わってきます。材料と詠唱メロディで調整するんだけど。だいたい、頭部が多いかな。闘デクだと、核がある部位を壊せば動きが止まるから、工夫する人も多いわね。操作と戦術のバランスは闘デクの肝だからね」
ダリルは、文具入れから手のひらサイズの珠を取り出し、しゃがんで大理石の床に置いた。
「さて、こうして捏ね合わせたデク珠に…… 」
ぽってりとしたピンク色の唇をもごもごと動かし始めた。そして、たらーっと唾を垂らす。
「自分の唾を垂らします。別に舐めても、ぺっとかけてもいいんだけどね」
先生はなぜか恥ずかし気に微笑み、男子生徒の何人かに甘酸っぱい思い出を刻み込んだ。
「そして……~♪ラララー♪~」
ソプラノで二秒ほど詠唱すると、デク珠はムクムクと大きくなり、四足型のデクになった。体高は先生の腰くらい、姿は首が極端に短い馬のよう。
「こんな感じね。レシピと詠唱のメロディを変えれば、色々なデクを作れます。もちろん、大きさも形も、動きも自由自在。センスと練習次第!」
デクは生徒たちの間を跳ねるように飛び回り、一周して戻ってきた。
「さてと惜しいけど……♪~」
ダリルが異なるメロディを詠唱するとデクは縮みだし、元の珠に戻った。
「こうして、元に戻すことも簡単。可愛いけど、しょせんお人形だから、命は入っていません。あくまでも携帯や収納に便利な道具です。じゃあ、宿題として、皆には自分なりのデク珠を作ってもらおうかな」
黒板にレシピを書き始めた。
「基本レシピはこんなものね。自分なりにアレンジしてもいいですよ。次回授業で皆さんのデクを生成してもらいますね。ついでに闘デクのトーナメントをしちゃおか?」
アインの動きが止まった。
「闘デク! 闘デクやんの?」
「ええ。人数も十六人だから、トーナメントにぴったりでしょ。なあに、アイン、自信あるの?」
「優勝したら、何かくれる?」
「そうねえ。ハグとキス……じゃあ、女の子にはご褒美にならないわね。そうだ、私がこねたデク珠をあげるわ」
「つまり、二人の共同作業。愛の結晶を生成ってこと!」
「ううん、愛はないわ。残念でした。でも、頑張ってね。希望者にはハグ&キスもあるから?」
男子生徒の目が一様に輝き、猛った雰囲気が教室に充満する。
「では、デク使いを目指す人たちはもう下校です。他の人たちは、この後、ハースト先生の授業があります。じゃあね」
ダリルはたぎる男子をまったく相手にせず、教室を後にした。
☆
胸を揺らす美少女と入れ替わりに、二重あごと腹の肉を揺らしながら、ハースト校長が教室に入ってきた。
前の授業から残った生徒は五人。アインは消しゴムカス・デクを五体にまで増やして組体操に夢中だが、彼以外はまっすぐに教壇を見つめている。
「この中で創命師を目指してるのは、アイン、スペンサー、ヒイロの三人。ルディとムーンは珠師だよね」
アイン以外の四人がそれぞれにうなずく。
「では、スペンサー。命徒とデクの違いは言えるかい?」
赤毛で長髪の少年がすっと立ち上がった。切れ長のまなざし、すっと伸びた背筋から生真面目さが伝わってくる。
「魂があること。人と心を通わせること。特殊能力を持つことです」
「ん、上出来。デクと違って命徒は意思を持ち、主人である創命師とコミュケーションを取れる。そして、個体ごとに異なる力を持つんだ。じゃあ、次は、ムーン」
アフロヘアの少女が目を見開き、驚いたような表情で立ち上がる。
「……はい……」
微妙に震えている。
「もう、会ってから二年以上じゃないか。そんなビビらないでくれよ。命徒の珠とデクの珠。製法の決定的な違いはなんだろう?」
「んと……詠唱?」
「ん、半分正解。厳選された素材を、司祭が聖別した水と詠唱で清めてから珠を練るんだ。じゃあ、次は創命師向けの問題で……あっ、ムーン、もう座っていいぞ。じゃ、ヒイロ」
ツンツンに逆立った黒髪の少女が立ち上がった。
猫っぽい吊り目と笑みをたたえた口元が印象的だ。
「ねえ、先生。また太ったんじゃない」
「うるさいよ。えー、創命師に必要な技術を三つあげてもらおうか」
「簡単だよ。命珠づくり、創命の詠唱、命徒の指揮!」
「その通り。命を扱うわけだから、知識も技術も必要なんだ。まあ、もちろん、人格も必要だがな」
授業を無視し続けるアインの方を見やる。
「で、さあ。先生、何キロ太った? 私の予想だと三キロはいってる」
「だから、うるさいよ。さてと、では、今日は詠唱を学ぼう」
校長は右手を口にあて、咳ばらいをして姿勢を正した。
「では、まずは清めの詠唱だ。~♪ラララーララットゥララ♪~ じゃあ、ヒイロから。続けて唄ってー」
その後、ランチまで九十分、ハースト校長と生徒たちの唄声は教室に響き続けた。
☆
「うっへー、疲れたー」
授業が終わると、ルディは舌を出して級友たちにへとへとさを主張する。
「だよな。ノドからっからで、がらっがら。おっ、ダリルー!」
アインは教室を出るやいなや、ダリルの元へダッシュ。
お決まりのぱっふん?
「うわー、やっぱりー、ダリルのおっぱいはセカイイチー。ノドの渇きもいえちゃうよー」
「んなわけあるかい」
ルディは自分の胸に手をやりつつ、毒づいた。
「あっあの、ダリル先生! 俺もいいですかっ」
スペンサーは顔を真っ赤にしながら、アインをハグ中の先生に訴えた。
「スペンサー……君はこっちにしておきなさい」
哀れ、金髪の真面目少年はハースト校長に襟首をつかまれ、グッと引き寄せられた。
おっさんの爆乳爆腹ハグを受けるはめに。
「あの子らは姉弟だからセーフなんじゃ。わしのでこらえておいてくれ」
校長は申し訳なさそうな声で、ショックで脱力したスペンサーを全力で抱きしめた。