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カベリ村のアイン

 今日は大漁だ。

 高値のつく獲物が次々に揚げられ、湖の空に漁師たちの声がこだまする。

 湖底を二足歩行するアシナガサメや、全身から海藻を生やしたマリモナマズ、パニックになって結び目ができたミツクビウナギなど。

 船の上では、素潜り漁をする人魚や魚人が揚げてくる獲物をより分けるのに大忙しだ。


 市場では牛や馬に交じって、二足、四足の巨大な土人形が荷物を運んでいる。

 人型は両手に、四足獣型は背中に、山ほどの荷物を載せており、どちらも首には主人がまたがっている。


 辺境にあるカベリ村が、大陸全土に名を轟かせている理由はふたつ。

 まず、水産物。広さも深さも海と見まがうばかりの巨大な湖から、サイズも形も様々な魚が水揚げされる。

 漁師たちは、あらゆる魚を極上の干物や燻製に加工する技術を持っており、各地から引っ張りだこだ。


 次にデク。様々な材料と技術により生み出される「命なき働き手」だ 。

 湖では漁を手伝い、市場では荷物を運ぶ、不平不満を言わない便利な奴隷人形。

 また、戦闘用デクを戦わせる闘デクも人気を呼んでいる。

 デク技術は村の伝統であり、多くの職人が腕を競ってきた。

 「カベリのデクは息吹を感じる」と言われ、品質の良さから、これまた、都を始め、ほうぼうから引く手あまただ。

 村には大陸でも指折りのデク職人養成校があり、遠くの村から越境入学してくる子供もいるほどだ。

 さらに、この学校はもうひとつ、都の平和のため、大切な役割を担っていた。  

 創命師の育成だ。



 朝の市場は人とデクで大賑わい。

 野菜に果物、肉、飯屋、そして大道芸人。往来には雑多な出店が並んでいる。

 大通りを一際目立つ巨人型デクが歩いていた。歩くというか踊るというか。ステップを踏みながら進んでいる。

 その背のカゴには山ほどの荷が盛られており、野菜や果物が転げ落ちないよう、少年が全身で抑えていた。

 一歩進むたびに、少年の首にかかった革袋がぴょんと跳ねる。

 ガクガクと進むダンシング・デクのすぐ後ろを、同じほどの荷と少女を乗せたデクがついていく。

 彼女は長い赤毛をポニーテールにまとめているが、微塵も揺れていない。乗り心地の良さが伝わってくる足運びだ。

「アイン! 製法をアレンジするからそんな歩き方になっちゃうのよ」

 少女は大声で、前を行く少年に説教を始めた。

「だからっ、わざとだってば! みんなが同じデクを作っちゃつまんねえだろ」

 アインと呼ばれた少年は、デクの上下動に短い銀髪を揺らしながら叫び返した

「バッカじゃないの? 静かでなめらかに歩くほどいいに決まってるでしょ」

 こきおろす少女の気持ちを逆なでする騒ぎが起こった。曲芸を披露する大道芸人の一団と、その客たちだ。

 目の前を通るダンシング・デクを歓声と口笛で称える。

「あんがとー! おわっ、たっ! やべっ」

 アインはカゴから手を放し、愛想を振りまく。

 その瞬間、野菜や果物が転げ落ちた。

 被害を最小限に抑えるべく、不格好に手足を伸ばし、カゴにへばりつく。

「バカ! 駄賃が減っちゃうじゃない!」

「あー、うるせー。ケチケチすんなっ」

 少女に見せつけるように、アインのデクはその場でターン。リンゴやトマトが合わせて五個ばかし飛んでいった。

「バカ! アホ! ハゲ!」

「ハゲてねえよ。サラサラだから薄く見えるだけっ。うわっと!」

 アインが熱くなって拳を振り上げると、さらにナスを数本ばらまいた。

「あー、もー!」

 少女は頭を抱える、アインはカゴを全身で抱える。

 まあ、この程度のいさかいはいつものこと。

 二人の日課は、市場のすぐそばにある食堂へ着いて、女店主に荷が足りてないと小言を言われつつ、駄賃をもらうまでだ。

 この日も何事もなかったわけじゃないが、想定内のトラブルだけで朝の仕事はおしまい。

 二人は、腹を減らしながら、家へと戻っていった。



 家に着くと、少し大人びた雰囲気の少女が出迎えてくれた。

 豊かな胸を強調するように、両手を広げてハグを誘っている。

「アイン、ルディ、おはよー」

「おっはよー」

「あっ、ちょっ」

 ルディが止める間もなく、アインは一目散に駆けていく。

「ダリルのおっぱいはセカイイチ―!」

 ぱっふん?

 アインは心底からの笑みを浮かべて、より深く埋もれるように顔をこすりつける。

「二人とも朝のおつかい、ちゃんとできたかしら?」

 ダリルはギュッと抱きしめて、銀髪の匂いを嗅ぎつつ、訊ねる。

「あたしはできたわっ。お駄賃もちゃんともらいました。でも、そこのおっぱい好きはいつも通り……っつーか、あたしらもう十一才よ! アイン、離れなさい。ダリルもやめてよ。そのバカ、癖になる、いや、もう、なってるじゃん」

「せっかいいちー」

「はがれなさいよっ。もう」

 ルディは幸せの谷間に埋もれるおっぱい野郎の後頭部を平手ではたき、全力でひきはがし、放り投げた。

 床に座り込むアインだが、お風呂から上がり立てのように上気した表情だ。

 スカイブルーの瞳は潤み、透き通るような白い頬に、ほんのりと紅がさし、薄く桃色の唇には笑みが浮かんでいる。

「んっとにもう」

 見た目だけなら百点の美少年、デク作りの腕は天才肌、なのに性格と行動がマイナス五億点なのよね……と、ルディは心の中で愚痴った。

「ルディ、もう、いいでしょ。さあ、ご飯にしましょ」

 ダリルにうながされて、アインは急に元気になり、ルディは溜息をつきつつ、食堂へと向かった。


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