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竜の仔  作者: bamboo
第一章
8/9

殺戮者 vs シノ



 シノの村は、村というよりも小さな集落だ。山の中を一部切り拓き、十軒の住居に四十名程で住んでいる。集落の端にはセッコーの家があった。セッコーの年は五十程でシノの父親の弟、つまり叔父にあたる。シノに山の知識や格闘術を教えた、いわば師匠のような存在だ。無口だが責任感が強く、山で魔物に襲われたシノを庇って左腕を失った。

 シノはセッコーと立ち会って、セッコーを打ち負かす度に、両腕があれば私なんかに遅れをとる事はないのに……。と胸を痛めた。セッコーはそんなシノを気遣い、隻腕でシノに勝つために陰で特訓をしていた事を知っている。


 村に戻ったシノは愕然とした。

 そのセッコーが死んでいたのだ。刀を持つ右手は斬り落とされていた。胴体を袈裟に切りつけられ、地面に仰向けの体勢で倒れ、事切れていた。セッコーの向こうにも無数の死体が見える。

 さきほど祭壇で捕まえた少女がシノの村の方向を示し「血のにおいがする」と言っていたが、それは少女が逃げる為に言った適当な嘘だと思っていた。

 しかし今、シノの眼前に広がるのはさっきまで笑いあっていた仲間達の死体の山なのである。

 シノは一番近くにあった死体がセッコーだと分かると一目散に駆け寄り、二、三度セッコーの名前を呼んで体を揺すった。死んでいる事を確認するとセッコーの血で両手を真っ赤に染めたまま立ち上がり、村の奥へと駆け出した。


 オルカは後ろ手に縛られたまま集落の入口に置き去りにされた。

 オルカは以前にも似たような光景を目にした事がある。母親の死体を発見したあの時だ。あの時オルカはショックのあまり気を失った。

 オルカを捕まえたあの女は今、どんな気持ちでいるのだろうか。

 全速力で村の奥へと走って行くシノの後ろ姿を見て、オルカはちょっとだけ気持ちを聞きたくなった。



 ネグロは長老の家の裏に隠れた。何者かがこちらに走ってくる足音が聞こえたのだ。手の平を拭い剣の柄を握る。頭の中で状況を整理した。

 竜の民の一族は皆殺しにしたと思ったがまだ残っていたか。

 恐らく山へ入り狩りでもしていたのだろう。村に戻ってきて、惨状を目の当たりにし、長老の安否を確認する為にこちらに一直線に走って来ているようだ。

 だが残念な事にさきほど長老は殺した。足音の主は長老の家に入り、二つになった長老を目にするだろう。

 長老の死体を発見し、呆然としているところを後ろから忍び寄り真っ二つに斬り捨てよう。

 ネグロはそのように計画を立て、近付いて来る足音に耳をすませた。



 シノは長老の家まで一直線に走った。途中、何人もの仲間の死体を目にした。カジャンおばさん、スッパ、チョウ、テミイ……。全員さっきまで言葉を交わし笑いあった仲間だ。確認はしてないが大量に飛び散った血飛沫を見ると、全員息はないだろう。

 一人一人抱き上げて確認したいが、シノは真っ先に向かわなければならない場所があった。

 ミオンの家を抜けると長老の家が見えた。長老の家の横には湧水が湧いており、そこが集落の水場となっている。

 シノは長老の家には入らず横を抜けると裏手に回り、そこに潜む者に両手で握った刀で思い切り斬りつけた。


 火花――


 シノの刀は家の裏に潜む相手を分断する事はなく、シノの奇襲は相手の剣によって防がれていた。

 お互いの刃がかち合いガチガチと音を立てる。

 家の裏に潜んでいた男がシノを蹴り上げた。

 シノは男の動きに反応し飛び退いた。

 そこから四、五歩下がり距離をとる。ここでお互い初めて相手の顔を確認した。


「貴様、何者だ」

 シノの頭は氷のように冷えていた。『非常時こそ冷静になれ。感情と頭を切り離すのだ』。師匠のセッコーから何度も言い聞かされた言葉だ。

 シノの問いに男は首を振った。

「悪いが正体を明かすわけにはいかん。それより何故私が家の裏に隠れている事が分かった?」

 男は無表情で言った。精悍な顔つきだが冷たい目をした男だった。

 シノは男を観察した。年齢は三十半ば、身長は一メートル八十、体格はいいがシノの奇襲に反応した事を考えると見た目以上の動きが出来ると思われる。殺されていた村人達の中には手に刀を握ったまま死んでる者もいたが、男は目立った外傷はなく立ち姿も怪我を庇っているような姿勢ではない、つまり無傷でこの村を制圧出来る程の腕なのだ。かなり危険な相手だ。痛めつけて情報を引き出す余裕はない、一太刀で命を奪う。それがシノが出した答えだった。

 シノはゆっくり口を開いた。

「『もし犯人が村にまだいるのなら、返り血を洗い流すはず』そう考えて水場に向かった」

 シノの答えを聞いて男は足元を見た。水場から長老の家の裏まで水が垂れている。この女の言う通り、ネグロが返り血を洗っていた時に足音が聞こえ、すぐさま家の裏に移動したのだ。

「なるほど。この水の跡を見て私が隠れていると確信したのだな。なかなかの切れ者のようだな」

「さあ、私はお前の問いに答えたぞ。貴様も私の質問に答えろ。お前は何者で、何の為にこの村を襲った」

「ふむ、道理だな。私はネグロ。ある者の依頼でこの村の者を全滅させに来た。すまないが私の権限で明せるのはここまでだ。こちらからもこれ以上の質問は控えよう」

 ネグロは剣を構えた。さっさと仕事を終わらせようというのである。


 シノは手に持った刀を地面に落とし両手を上げた。

「お前は私を殺しに来たのだろう? そしてさっきの私の奇襲をお前が防いだ事を考えると、おそらくお前の目的は達成されるだろう。だから最後に聞かせてくれないか? どうして村の仲間は死ななければならなかったのか、私は何故殺されるのか、それくらいの慈悲を与えてくれても罰は当たらないだろう?」

 ネグロは冷たい目で言った。

「お前の状況には同情するが、同情でお前の問いに答える事は道理に合わぬ。悪いがそろそろ死んでもらう」

「ま、待ってくれ。道理に合わないなら道理に合うよう、お前に見返りがあればいいんじゃないか?」

「どういう意味だ」

「こういう事だよ」

 シノは着物の片方をはだけさせた。白い乳房が露になる。

「お前が質問に答えてくれれば私もそれに見合うようお前に尽くそう」

 言いながらゆっくりネグロに歩み寄る。ネグロはシノの行動に動揺してるのか、即座に斬りかかっては来なかった。それにシノが刀を捨てた事で多少の油断もあるように見える。

 これはシノの賭けだった。恐らく正面からやり合ってもネグロには勝てないだろう。だから相手を騙すのだ。刀を捨て、色を使い、ネグロを混乱させ懐に飛び込むのだ。

 そして射程に入ったら、この背中の刀でネグロの命を絶つ。


 地面に捨てたのは、セッコーの右手に握られてたセッコーの刀だった。

 セッコーの死体に触れ、内蔵の温度を確かめた時にシノは『村を襲った者がまだ潜んでいるかもしれない』と警戒した。

 そこでセッコーの刀を手に取り、自分の腰の刀を背中の死角になる位置に移動させたのだ。


 ネグロから『この村を襲った理由』を聞けないのは悔しいが、それは後から調べればいい事だ。

 今は自分が生き残る事が、仲間の仇をとる事が何よりも優先である。

 頭は冷えている。あと一歩近付けばネグロを殺せる。

 シノは一歩踏み込んだ。

 ネグロは特に動かなかった。

 右手をさり気なく後頭部に回す。刀の柄を握る。もうここからは最速の動きで刀を振り下ろすだけだ。間違いなく避けられない。人間では反応出来ない速度。


 シノは全霊で打ち込んだ。もう後はどうなってもいい。これで討ち取れなければ勝機は無い。そんな思いでネグロの体を分断……。

 ところが予想していた手応えはなく、硬い衝撃。刀は地面に当たり刃が折れた。

 シノは何が起こったか理解出来なかったが反射的に後ろに飛び退いた。直後に右肩から左腰にかけて衝撃が走った。

 シノは斜めに切り裂かれた。

 仰向けに倒れ、視界いっぱいに空が広がると、ぼんやり理解した。

 信じられない事だがネグロに避けられたのだ。人には反応し得ない打突のはずだったが、どういうわけかネグロは避けたのだ。

 そして反撃を食らった。

 シノが本能的に飛び退いた事で今は辛うじて命が繋がっているがそれもほんの少し延命しただけだ。すぐに死ぬ。どうやらこの村は全滅するらしい。シノは薄れる意識の中で仲間に詫びた。


 不思議な事に最期に考えたのは、さっき祭壇で捕らえた酔っ払いの少女の事だった。

 ふざけた事を言っていた少女。確か自分は竜に育てられたとか言っていた。

 とんだ大ボラ吹きで、竜神様への供物を盗み食いする罰当たりな女だが、なんだか悪い奴には見えなかった。

 あの少女には悪い事をしてしまった。村の入口に置き去りにしてきてしまった。あの少女もネグロに見つかり殺されてしまうだろうか。いや、きっと逃げ出しているだろう。剣は持っていたみたいだし、村のあちこちに刀も落ちている。自分で縄を切って、今頃は山を下っているはずだ。

 おかしな事に、シノは自分が死にそうだというのに師匠の事や村の仲間の事を考えずに、自分が巻き込んでしまった見ず知らずの少女の安否を気遣った。これもシノの責任感の強さなのだろう。


「見事な奇襲であった。せめてもの敬意に一息に殺してやろう」

 相変わらずの無表情でネグロはシノを見下ろした。

「お、大物ぶって……ふざけるな……。お、お前が私の乳房に見とれてた事を知っているんだぞ……」

「…………ククク」

 ここで初めてネグロが表情を崩した。実に不気味な笑顔だった。

「お前の死体を犯してやるよ」

 ネグロは囁くように言った。

 シノは涙した。

 仲間の復讐の為にと自分の命を使い、ようやく引き出せたのが、こいつのゲスな本性だけなのだ。これでは仲間も浮かばれない。

 ネグロはゆっくり剣を振り上げ……、そしてシノの首へ振り下ろした。



 ああ……。死んだのか。呆気ないものだ、人生なんて。

 だが、これでいい。私が命を捧げる村の人達はもういないのだ。生きていても意味がない。

 竜神様に祈りを捧げられなくなるのは心残りだが、きっと許して下さるだろう。

 そういえば竜の祭壇が散らかされたままだったな……。あの少女め、厄介な事をしてくれたものだ。

 少女はちゃんと縄を切って逃げ出せただろうか…………。いや待てよ、死んでからもずい分物事を考えられるものなんだな。全然意識がなくならないではないか……。

 うん……? なんだかおかしい…………。何故こんなに考えられるのだろう…………。


 シノはゆっくり目を開けた。首は切れていなかった。

 なんとシノの目に飛び込んできたのは、あの祭壇の少女の姿だった。

 ネグロの一撃を祭壇の少女が剣で受け止めていたのだ。

「ん。何だ貴様は。もう一匹潜んでいたのか?」

「私はオルカだ」

 オルカの表情は少し怒っているようだった。

 シノは呆れた。オルカ……竜の子。なんて不遜な名前だ。

「な、何故ここに来た……」とシノ。

「聞きたい事があって」オルカが答える。

 二人の会話を聞いてネグロが離れた。

「仲間か。やはりもう一匹隠れていたようだな」


 オルカはしゃがんでシノの顔を覗き込んだ。

「なぁ、お前は今どんな気持ちなんだ?」

「逃げ……ろ」

「いや、お前の気持ちを聞かせて欲しいんだ。ここで死んでる人達はお前の仲間なんだろ? そしてお前もコイツに殺されそうになっている。今のお前の気持ちを教えて欲しいんだ」

 ネグロが肩を揺すった。

「ククク、お前仲間なんだろ? ずい分意地悪な奴なんだな。俺でもそこまで煽れんぞ」

 そうネグロは笑ったが、シノにはオルカが自分の事を馬鹿にしてるわけでも、傷つけようとしてるわけでもない事は分かっていた。

 本当に純粋に今のシノの気持ちを知りたいだけなのだ。

「か…………」

 シノは自分の気持ちをオルカに聞かせてやろうと思ったが、言葉にしようとすると涙が溢れ出してきて声が詰まった。

「か……悲しいし……、くや……しい……」

 辛うじて絞り出した。

 最後の方は声がかすれて、届いたかは自信がなかったが、オルカは何も言わずに立ち上がった。

「やっぱり同じだ……。分かった。私が仇をとってやる」

 シノからはオルカの表情は見えなかった。

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