感情の色〈暗紅色〉
あんこうしょく/黒みを帯びた紅色
―――もどかしさにも似た苛立ちに塗り潰されて。
まだなのか、と。
背中越しにかけられた声に、俺は思わず手を止めそうになった。
もしかしなくても、俺に言ってんだよな?
仕方なく振り返って顔を見ると、呆れたようなツラして、見てくれないと終わらないから頼むわ、とか言われた。
一瞬で冷えた怒りが身を包む。
俺がさっきから何やってるか、見えてねぇわけねえよな?
俺には俺のすべきことがあって。
俺には俺の片しておきたいこともあるってのに。
今俺がやってんのは、お前から回ってきた仕事じゃねぇのか?
お前がトロいから俺の作業とぶち当たってんじゃねぇのか?
自分が終われば終わりじゃねぇんだよ。そんなこともわかんねぇで、早くしろとかどの口が言ってんだよ?
とは言っても。手を止めて見てしまった以上仕方ない。
席を立って画面を確認しに行くと、見ついでに修正あったらしといて、と言われる。
するわけねぇだろ。
そう言いたいけど、せずに放っといたら俺の確認不足にされるのなんてわかりきってる。
昼休憩まであと十分。
あとよろしくな、って笑ってから。ちょっと早いけどとか言いつつ出ていくあいつを見ないまま。
確認ついでに少しいじって。修正した箇所をメモ張りしとく。
十分。こっちはギリギリ終わったけど。
俺自身の作業は途中のまま。
マグボトルを手に席を立つと、給湯室かと聞かれた。
頷くと、ついでにコーヒー、と言われる。
ふざけんな。
出かかった言葉は呑み込んだ。
もちろん絶対頼まねぇけど。
逆の立場でもし俺が頼んだら、ふたつ返事で引き受けてくれるのはわかってる。
手間って程のことでないのもわかってる。
だからいいよと言うけど。
そのちょっとの手間をことあるごとにブっこまれたらたまんねぇんだよ。
その度手を止め足を止め、声をかけられ言葉を返し。
そのやり取りすらウザすぎる。
頼むから。
ほんっっとに頼むから。
放っといてくんねぇか??
心中そうは思っても、実際そうなるはずもなく。
向こうは俺のことをそれなりに仲のいい同期だとでも思ってそうで。
冗談でもやめてくれって。
仲がいいの定義がお前と俺じゃ違うんだよ。
お前にとっちゃ俺は頼みやすくて都合のいい同僚。
俺にとってのお前は、面倒でウザい同僚。
仲いいわけねぇだろ。
嫌いじゃねぇから言うなりに手伝ってんじゃねぇんだよ。
どうでもいいから早く済ませたいだけなんだよ。
苛つくし腹も立つけど。いちいち文句言うのも面倒なんだっての。
ほんっとに。
無理だってわかってっけどさ。
金輪際関わんねぇでくんねぇかな。
ようやく終わって。
今日は疲れたよな〜とか言ってんのを、ばかじゃねぇのと思いながら聞き流す。
週末だし予定ないならたまにはメシでもどう、とか。とんでもねぇこと言われるけど。
行くわけねぇだろ。
適当なことを言って断って。
あぁもう。疲れが倍増するってんだよ。
来週も顔合わせるとか冗談じゃないけど。合わせるしかないし。
ほんっとやってらんねぇから。
今日はもう、とっとと帰ろう。
今日は金曜で、土日は休み。
顔を見ずに済む週末はホント気が楽だよな。
自宅は自分ひとりしかいない空間だから。帰ってから月曜までは、俺は誰にも邪魔されずに好きなように過ごせる。
誰にも煩わされない自分だけの時間。
来週をまたやり過ごすために、必要な時間―――。
読んでいただいてありがとうございます。