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第19話 幼馴染とMV撮影な件 ③

 タクシーがすいすい進んでいき、あっという間に撮影現場についた。10分ほど走ったはずだが、道中に一軒もコンビニがなかった。そんな街あるのか…………。


「精算しますから、ちょっと待っててください」


 佐々木さんにそう言われ、俺と真冬は素直に後部座席から降りる。降りた途端、都会ではありえない爽やかな風が頬を撫でた。排気ガスのにおいもしない。空気がきれいってこういうことか。


 ついたのは学校だった。学校と言っても、生徒も教師もいない、いわゆる廃校だ。雑草が伸びきっているグラウンドのなかにポツンと立つサッカーゴールが「現在は使われていない学校」を強調している。


 校舎の方は古くて、ところどころペンキが剝げているが、使えないというほどではない。というか、これくらいの学校だったらまだまだ現役で使用できると思う。なんで廃校になったんだろう。生徒数の減少で維持できなくなったのだろうか。


 そんな疑問を持った俺を察したのか、真冬が答えを教えてくれる。


「合併したんだって。それで使われなくなったっぽい」

「廃校って初めて見た」

「私も」


 そう話していると、精算を終えた佐々木さんがこちらに歩いてきた。3人並んで校門をくぐり、玄関に向かう。玄関にいた撮影のスタッフに真冬が名刺を見せ、現場へと向かっていく。


 顔出しを一切していない真冬が名刺一つで入っていい、と言われたのは驚いたが、今日ここで何をやるかを知ってる人間は関係者、ということに気がついて納得した。


 玄関にいたスタッフさんや、すれ違う人が真冬を驚いた眼で見ていたが、当の本人は注目を浴びていることに気がついていないような素振りでスイスイ進んでいく。こういうプレッシャーには強いからなぁ。お化け屋敷は大の苦手だけど。


 階を上がって突き当たりの教室まで向かうと、教室の外にまでたくさんの人がいた。いたるところにカメラがあり、テレビの中継を思わせる。


 そんな猥雑とした空間の中で、真冬が大声を上げる。


「柊 春です! 今日は皆さんよろしくお願いします!」


 ざわざわとした空間に響き渡った透き通るような声。


 大人たちは話をやめて一斉にこちらを見た。そしてあちこちから飛び交ってくる「よろしくお願いしまーす」の声。思ったよりも反応が薄くて少し驚く。俺が真冬みたいな有名人と会ったら、初手挨拶の二手目でサイン貰うね。


 真冬は今日、MVの撮影に出るっていうから緊張しないよう自然体でいてくれているのだろうか。


「控え室あるので、お二人で休んでいてください。台本は用意してあるそうなので見てもらっても構わないです」


 スマホで誰かとやり取りしていたのか、スマホを操作したまま俺たちに伝えてくれる佐々木さん。


「じゃ、行こうか」


 真冬の後ろをついていき、廊下を歩くと現場からすぐのところに控え室が用意されていた。


 真冬が遠慮なくドアを開けると、教室の中央にスチール製の机があり、その上にペットボトル飲料やらお茶菓子やらが置かれていた。


「すげぇ……」

「何に感動してるのさ」


 俺と同じでこういう空間は初めてのはずだが、どこか慣れたような雰囲気の真冬。俺の方が緊張してるかもしれない。


「落ち着いてるな」

「まぁ、ね。私が『春』でいるときは別人のイメージでやってるし」

「そんなことできるんだ」

「対応とか、そういうのだけだけどね。考えてること、歌いたいこと、伝えたいことは『春』でもオレでも変わらないよ」

「なんか大変そうだな」

「楽しいから大丈夫」


 胸を逸らせて伸びをする真冬に相槌を返しながら、俺は机の上にあった台本を手に取る。


 パラパラとめくっていくと、俺の出番があった。


「マジで秒刻みで指定してんのな」

「うん。今回は特に細かいかな」

「よくできたから?」


 そう問いかけると、真冬はペットボトルのキャップを開けようとしながら小さく首を横に振る。


 真冬が開けようとしているペットボトルのお茶と同じ種類のやつを手に取り、キャップを開けてから真冬に渡すと、真冬は「ありがと」といいながらそれを飲み、少し沈黙してから口を開いた。


「よくできたか、って聞かれたらそうだね。でも、私は基本よくできたのしか公開しないから」

「それもそうか。でも、じゃあなんで?」

「ん~。…………今回のは、私の人生つぎ込んで描いたから。今後、私の代表曲は変わらないだろうし、自分の中でも変わらなければいいな、って思ってる。だから、120%のクオリティでやりたい」


 作詞作曲界隈のことはよくわからないが、マジで言っているのは分かった。


 こんなに本気になれるものがあるっていいな。俺も、いつかVチューバーでいることが好きになるんだろうか。なれたらいいな。


 真冬のミュージックビデオを最高にするため、俺は台本を覚える作業に入った。

 

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