第1話 配信を切り忘れていた件
見たことある方もいるかもしれません。
事情があり、再掲という形になりますが、完結まで書ききっているので、安心してお楽しみください。
全31話を毎日2話投稿していきます。
それでは、よろしくお願いします!!
「下僕のみんな、今日はいっぱいお祝いしてくれてありがと~♡ ウタ、これからもみんなのために配信がんばっていくからよろしくね!」
『《¥50,000》100万人おめでと!』
『っぱウタちゃんよな!』
『また歌枠ほしい!』
『これからも頑張ってね!』
突然だが、俺の義妹、風間詩はVチューバーである。
「次の配信は明後日の夜7時予定です! あっ、スパチャありがと~! 『かば焼きさん多労』いっぱい買います!」
『相変わらず渋いwww』
『お菓子の趣味よwwwww』
『wwwww』
『《¥10,000》箱で買ってくれw』
それもそこそこ人気なほうの。
今日やっている配信のテロップには『100万人突破記念配信!!』の文字が躍っている。妹が突然「Vチューバーやってみたい」と言い出したのはちょうど去年の今頃、桜が散り葉桜になり始めた時期だったのを考えると、約一年で登録者数100万人を突破したのはかなり凄いのではなかろうか。Vチューバー絡みのことはあまり詳しくないのでよくわからないが。
自慢の妹である。
「それじゃあ今日はここら辺で閉じるね! ばいちゃ~!」
『ばいちゃ!』
『ばいちゃ~!』
『ばいちゃ!!』
『ばいちゃ!』
『ばいちゃ!!』
詩が喋るたびにパソコンに映し出されているコメント欄が高速で移っていく。
「…………ふぅ。疲れた」
ヘッドセットを外してノーパソを閉じ、配信中よりもいくらかダウナーになった詩は目と頬を手でムニムニやってから俺の方に向き直る。
「兄さん、終わった」
「おう、お疲れ」
『ん?』
『切れてなくねwwwww』
『ウタちゃん!?』
『気づいてウタちゃぁあああああん!!』
『なんかすっごいイケボしたぞwww』
『兄さん!?』
『ウタちゃんお兄さんいるの!?』
『誰か教えてあげなきゃwww』
『お兄さん若くね?』
『兄妹そろって声いいとか最強かよwwwwwww』
俺は読んでいた本を閉じ、机の上にあったペットボトルのミネラルウォーターをひょいっと詩の方に放る。
それを両手でキャッチしてこくこく飲む詩。
「……ぷはっ。うま」
「よかったな」
「うん。……兄さん、いつもありがとね。配信の時、横にいてくれて」
「気にすることないって。どうせ俺陰キャだし手帳のスケジュール欄なんていっつも空白だから大丈夫だぞ」
「そんなことないじゃん…………」
『…………トゥンク』
『いい兄さんやな』
『兄さん陰キャかwwwww』
『兄さんに恋した奴いるwwww』
『陰キャなのポイント高いwwwwww』
『登場後数秒で視聴者を恋に落とす兄さん強いwwww』
「それより、おめでとう。すごいな、100万人」
「うん、ありがと。これも兄さんのおかげ」
にっこり笑ってそう言ってくる詩。かわいい。
「そんなことないって。俺は何もしてないし。詩ががんばったからだろ」
そう言うと、首をフルフルと振って否定してくる詩。
「違うよ、兄さんのおかげ。だって……父さんと母さんが亡くなって、私は不登校になっちゃったし。兄さん、学校とバイトと家事、全部やって私を養ってくれてるし……私が一年間続けられたのは兄さんが支えてくれたからだよ」
父さんと義母さんが事故にあって亡くなった後、俺たち兄妹には一つの選択肢しか残されていなかった。それは、親戚に引き取られること。普通に考えればそうなるはずだったが、うちの親は再婚の時に色々あったらしく、親戚との折り合いがあまりよくなかった。そのせいか、叔父以外は誰も俺たちを引き取りたがらなかった。
その叔父から聞かれたのだ。「住み慣れた家に二人で住むのと、僕の家に来るの、どっちがいい?」と。
俺はどっちでもよかったが、詩が前者を選び、俺たちは二人で暮らすことになったのだ。
叔父さんは毎月、二人で暮らしていくのに十分すぎるお金を振り込み続けてくれているが、それに頼り切るのは申し訳なかった。そんなわけで俺は二人暮らしを始めるのと同時にバイトを始めた。毎月の生活費はまずそこから使っている。
『いい兄さんじゃねぇ…………最高の兄貴じゃねぇか』
『ウタちゃんにそんな過去があったのか……知らなかった』
『ウタちゃんを支えてくれた兄さんありがとう』
『《¥10,000》使ってくれ』
『《¥1,000》少しでも足しにして~』
「それを言ってくれるだけで嬉しいよ。でも詩も知ってるだろ? 俺、昔から体は丈夫だから。特になんともない」
「でも、私は心配。私、収益も出てるんだよ? 生活費に充ててほしい」
「妹に養ってもらう兄さんってかっこ悪いでしょ」
「そんなことない。兄さんはかっこいいし。この間だって模試、全国一位とったんでしょ? 叔父さんに聞いたよ」
「いつの間に…………いやまぁ、そうだったけども」
『化け物で草』
『たまにいるなんでもできる人かwwww』
『特定班、始動します!』
『なんや、ただのハイスペック兄さんか』
「それなのに兄さんが高校卒業後は就職するつもりなんでしょ? 叔父さんから聞きました」
「な…………なぜそれを」
ぷくーっと頬を膨らませて俺を怒ったように見てくる詩。
『もったいな!』
『いや、でも難しいのか』
『大変な生活だもんなぁ』
『《¥5,000》ワイら下僕で学費出してあげたい』
『《¥1,000》兄さん、学費です!』
仕方がない、誤魔化すか。
俺は詩を椅子から持ち上げて自分の膝の上に座らせる。
「むぅ…………」
こうすれば詩はほとんどの場合、静かになるのだ。
「な? 兄さんに頑張らせてくれ」
「むぅ…………もうちょっと撫でてくれたらいいよ」
ご要望通りに頭を撫でまわしてやると、詩はくすぐったそうに笑いさらに要求してくる。
「もっとぉ…………もっと撫でてぇ♡」
「おーよしよし。詩は可愛いな~こんにゃろーめ、もっと撫でてやるぞ!」
『おっとぉ?www』
『なんか急にイチャイチャし始めたぞwwww』
『《¥10,000》もっとやれください』
『シスコン&ブラコン兄妹かなwwww』
『ウタちゃん、ASMR配信でもしないような声出してるwwww』
「兄さん好きぃ~♡ だいすきー!」
「可愛いやつだな! 兄さんも詩のこと好きだぞ!」
『ぎゃああああああああああああああああ!』
『ウタちゃぁぁぁぁあああああああん!!!』
『次回、ウタちゃんガチ恋勢、死す!』
『デュエル、スタンバイ!!』
『どうでもいいけどウタちゃん本名だったんだな』
『ほんとにどうでもよくて草ww』
『重大ニュースなのに他のインパクトが強いんよwwwww』
このままなでなでを続けるのも魅力的だが、そろそろ夕飯を作らなければならないので、俺はなでなでをやめる。途端、不満そうな顔を向けてくるので俺は話題を逸らすことにする。
「今日はお祝いだからな。詩の好きなものばっかりだぞ」
「え? なになに?」
「天津飯、卵焼き、オムライス、たまごスープ」
「いやっほーい!!」
『卵好きなんだなwwww』
『兄さん料理上手そう』
『ほんといい兄さんだな……』
「そんじゃ、着替えて降りてこいよ」
「は~い!! たっまご、たっまご~♪」
俺の膝から立ち上がらせ、テンションが上がってそのままフリフリと踊り始めた詩を横目に、俺はドアを開けてリビングへと降りていった。
*****
兄さんが降りていったのを確認した私は、踊りを中断して配信用のゲーミングチェアに座り直す。
「よいしょ……っと」
机の奥に置かれているスマホを取って電源をつけてみると、《《予想通り》》何件ものLINeがきていた。
私は不登校で引きこもりなので、LINeを交換している人の数はわずか一桁だ。兄さん、事務所の社長にVチューバーのお友達数人。
今来ているLINeは全てお友達の『羽心 音』さんからだった。登録者数350万人のVチューバーの代表のような人で、「四天王」の一人でもある。
『ウタちゃん! 切り忘れてる! 切り忘れてるよ!!』
文面も予想通りのものだった。
そう、配信の切り忘れはわざとである。
褒められたことじゃないし、バレれば炎上するのも分かっている。
それでも、私はこうする必要があった。
すべては兄さんのため。兄さんのためにある人とたてた計画だ。だから、完遂するためにも完璧な演技をしないといけない。相手は視聴者と兄さんだ。
「え…………きり忘れてる…………?」
『気づいたwwwwww』
『やぁww』
『見てたおwww』
『お兄ちゃんっ子なんだね、ウタちゃん!』
『《¥10,000》ニチャア』
私は勢いよくノーパソを開き、そこに流れているコメントを見てその内容が打ち合わせ通りだったことに少し安堵し、それからヘッドセットを被りなおした。
「…………あ、あはは! ばいちゃ!」
『誤魔化したwwww』
『勢い任せやん(笑)』
私は勢いよく配信を切った。