第七話 蓮ノ谷光彦、青海航也と初めてのレッスン。
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前回(第六話)のあらすじ
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青海航也です。
蓮ノ谷主任の口元に。
ごはんつぶがついていた。
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第七話 蓮ノ谷光彦、青海航也と初めてのレッスン。
【蓮ノ谷side】
なんとか昼イチの会議には間に合ったけれど。
……お世辞にも、集中していたとは言えない状態だった。
『また、ごはんつぶついてますよ』
ランチの時に、青海君に指摘されてしまったことが。
……頭から離れなくて。
『また』ということは。以前、そんな失態を青海君に見られたということだろう。
……うう、いつだろう……?
あと。最近まで苦手とすら感じていた彼と、急に近しく接するようになったせいか。
……ギャップになんか、戸惑ってしまっている……ということも、ある。
口元についたごはんつぶのことを一つとっても。
それをそっと伝えてくれるような細かい気遣いができる子なんだなあ、というところとか。
いかにも普通の地味め……と言ったら申し訳ないかな……の若い男の子って感じなんだけど。
さっき近づかれた時、ほのかに爽やかな……海……のような匂いもしたし。
意外におしゃれとか気を遣うタイプなんだなとか。
……僕が彼を誤解というか、偏見の目で見ていただけなんだろうけど。
部下の男の子にドギマギする男性上司とか、情けないことこの上ない。会社の先輩としても、シャッキリしなくちゃ。
明日からはいよいよ、青海君から動画を教わる時間が始まる。
なりゆきとはいえ、彼に対して正直感じてしまっている……苦手……な気持ちを克服する機会でもある。
そして。つい先日まで、絶対無理、だと思っていたことにチャレンジできるかも……と、密かにワクワクも、していたりする。
講座は五回くらいだと、青海君は言っていた。
どこまでやれるかわからないけれど。
あわよくば、自分も『ごはんつぶ』さんみたいな動画が作れるかも?
『ごはんつぶ』さんに、少しでも近づけるかも? なんて。
仕事もできて、部下にも慕われて、あんな動画作っちゃう余裕もある人に……ってのは妄想、なんだけどね。
※※※
少し遅い夕食を、アパート近所の定食屋で取る。
いつもお世話になっているハマヤ食堂だ。
『ごはんつぶ』さん動画で教わった、記念すべき第一号のお店。
注文した品を待ちながら、スマホで『ごはんつぶ』さんのチャンネルをチェックしたけれど。
動画はまだ、新作がなかった。
※※※
翌日の昼休み。
本日のランチは、近場のささっと食べられるとんこつラーメン屋にしておいた。
昨日は僕の用事で青海君との動画講座を開始できなかったから、今日こそはと思って。
そして、ランチ後すぐに始められるように青海君も誘ったのだけれど……。
実はさっき会社を出る前。
もしかしたら、部署の子同士でご飯しに行くかもしれないと気付いて。
そうだったら遠慮しようと、一応お昼休み開始時に彼らの様子を見守っていたのだ。
しかし部下の村野君と田之上君は、二人で互いに声を掛け合い、僕に会釈してお昼に出てしまい。
……その間、彼らと青海君は目も合わせず。
そんな光景を目の当たりにしてしまったものだから。
席について、注文の品を待つ間。彼に思わずこんなことを聞いてしまった。
「青海君は、村野君や田之上君とお昼一緒に行ったりしないの?」
「いや、行かないっすね」
「そ、そう」
にべもなく答える青海君に、僕は内心頭を抱えた。
もちろん、ランチ時間をどのように過ごすかは、その人の自由。だけど……。
そして思い返す。
僕は青海君が、村野君や田之上君……企画広報室の同僚たちとランチに行くところはおろか、雑談をしているところを見たことがなかった。
もちろん、仕事中に雑談ばかりされていたりしたら、上司としては注意せざるを得ないとは思うけれど。
その逆、まったくそういうのが無いのも、心配になってしまうものなのだなあ……。
村野君は体育会系で明朗快活、田之上君は少し調子いいところはあるが、決して悪い子ではない。
そんな、コミュニケーションに難があるわけではなさそうな二人からしても、青海君はとっつきにくいキャラなのかな。
青海君を苦手としている僕が言えることではないけれど。
……まあ、僕もこの会社に入ったばかりの頃、本社時代は。
人をランチに誘うのとか苦手だった。
思い返せば、当時同じ部署だった同期の鈴本が、何かと気軽に誘ってくれたから周囲に馴染めたようなもの。
そう思うと、青海君に親近感を感じてきたぞ。
よし、僕が青海君にとって、僕における鈴本みたいな存在になれるようにがんばろう。
その前に、僕自身が青海君への苦手意識を払拭しないと!
動画講座の期間は、青海君克服期間と捉え、今まで関わらなかった分、なるべくランチに誘ってみることにしよう。
……なんて、一気に勝手に盛り上がった僕は。
勢い込んで、こんな宣言を口に出してしまった。
「青海君、明日はどこにランチ行こうか! 僕もがんばるからね!」
「え、は、はあ」
……青海君の困惑顔に、また変なことを言ってしまったようだと気づいたが。
その直後にとんこつラーメンが運ばれてきて。
互いに暗黙のうちに。
ラーメンがのびることだけは避けようと、無言で平らげたのだった。
※※※
ランチの後。
いったんオフィスに立ち寄り、ノートパソコンを持ったあと。
オフィスのあるテナントの一階にあるカフェに向かった。
席を確保して、青海君から共有された動画講座のカリキュラムを確認。
項目のリストがシンプルに並んでいるのをパッと見てから青海君にうなづくと、彼が説明を始めてくれた。
「とりあえずざっくりとした手順ですが、これで一通り作れると思います。あと、使用するソフトですが……。スマホアプリで撮影して、そのままスマホで作る人も多いみたいですけど。自分は無理なんで、パソコンのやり方……で良いですか」
少し心配そうに、こちらに聞いてくる青海君。安心させるように、笑顔で返す。
「もちろんだよ! 今回の目的は青海君の業務分野の理解も兼ねてるし、君がやりやすい方法で全然オッケーだよ!」
「すみません。スマホでの動画制作はノウハウもたくさんネットにあるし、簡単だという話なんで、一応試したんですが……。どうも動画編集みたいな作業を、こういう小さい画面でやるのは……自分には難しくて」
そう答えながら側のスマホ画面を撫でる青海君の指が、それとなく目に入り。
さほど僕と背の差がないのに、彼の指は骨ばって大きめで、男らしい手だなあと。関係ないことを考えてしまった。
……自分のコンプレックスが刺激される。
長めだが男としては細い指、おまけに日に焼けにくい生っ白い肌。
思えば、幼少期は母親に可愛らしい服を着させられてばかりいた。
たまたま同期の鈴本にその時の写真を見られた時があって、奴は顔を真っ赤にしてプルプル笑いをこらえていたっけ……。
思い出したくなかった記憶だ。ハァ。
「……主任?」
僕がボーッと青海君の手を見てしまっていたせいか、心配そうにこちらを伺う彼。
なんでもないように、また笑みを作り、答えを返す。
「うん、僕も多分むり。おじさんだからさ〜。なんとかチャットやブラウジングがせいぜいだよ」
「……そっすか。あ、そういえば、どういう動画を作りたいとかありますか? このやり方はどんなものでも基本は変わらないと思いますけど、作りたいジャンルで覚えたほうがいいと思うんで」
青海君からの問いかけに、自分は動画イコール『ごはんつぶ』さん動画みたいな食レポ動画と捉えていたことに気がついた。
だから、こう伝えた。
「やっぱり『ごはんつぶ』さんみたいな美味しい店紹介するやつがいいなあ。……実をいうと、僕ね、あのチャンネルに、すっごく救われたんだよ」
「救われた……」
「僕みたいに、初めて福岡来た人にとって、ああいう地域の人が作ってくれる食レポ動画は、ほんとありがたくてね。東京以外の地域って、レビューサイトにもレビュー数少なくて。最近こそ、Googleマップの店情報に口コミ増えてきてるし、お店はInstagram使ってるとこ増えてるみたいだからアカウントだけは持ってるんだけど……。探し方とか、良くわかんなくて。だから、僕にはYouTubeが見やすいんだ」
なんかまた青海君の前で『ごはんつぶ』さん動画について長々と語ってしまっていると気づいたけれど。
青海君が、じっとこちらを見つめて聞いてくれてるものだから。
「中でも『ごはんつぶ』さんの動画はね。作ってる人……『ごはんつぶ』さんが、多分男性で、会社員かなあって思ってるんだけど」
……もう少し話してもいいかなと、欲を、出した。
「そのせいかな、紹介してくれるお店がすごく僕にしっくり来て。好き、なんだ……。僕は料理ができないから、外食でいいお店探すことが死活問題レベルで。ホント、文字通り『救われた』んだよ」
ふと気づくと、青海君はうつむいてしまっていた。
やっぱ趣味語りキツすぎたかな? なんか勝手な妄想入ってたし……って内心あわてたんだけど。
「あ、いえ……わかりました。その、店紹介の食レポジャンル……っすね」
顔を上げて話を続けてくれた青海君。
目こそ少し逸らされているけれど、雰囲気からは嫌悪感を感じなくてホッとする。
……耳が赤くなってるのはなぜだろう。
「なら、まず……動画用の素材を撮影に行く感じ……っすか」
「動画用の素材? って、お店の?」
「あ、はい。どうせなら主任が行きたい店の方が良いかと思ったんですが……。昼休み使ってますし、撮影断られたら時間もったいないんで……」
そう言うと、青海君はスマホを取り出し。Googleマップのアプリを操作して、とある店の情報を見せてくれた。
「こことか、どうですか。『福岡おすすめランチ情報』でも扱ってましたし」
「え? そうなの? 知らなかった……! 見落としてたかな?」
僕ってば、さっきあんなに『ごはんつぶ』さんチャンネルについて語っていたくせに、見てない動画があったのか? と焦る。
「あ、いや、……勘違い、です。その、他のチャンネルで取材してるの見たことあるんで……大丈夫な可能性大きいかな……と」
「そうなんだ? だったら、そこにしようか。どんな店?」
「えっと、基本居酒屋なんですけど、昼もやってて。新鮮な刺身定食が人気……らしいです」
「お刺身! いいね。『韋駄天酒場』かぁ。知らなかったなぁ~」
青海君に共有してもらった、お店のGoogleマップ内店情報にアップされてる口コミの料理写真をスルスル流し見しながら。
いいお店を教えてもらったなと、しみじみ嬉しくなったのだった。
【続く】
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第八話予告
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蓮ノ谷光彦です。
青海君のサポートで、『ごはんつぶ』さんみたいな食レポ動画を作ることになった僕。
明日はさっそく取材だよ! ドキドキするなあ!
こうなったら、『ごはんつぶ』さん動画に少しでも近づけるようにがんばるぞ!
次回、第八話「青海航、蓮ノ谷光彦をイロイロ撮影。」
……え、青海君、僕のそんなとこまで撮るの……?
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……ええと。
僕たちのお話を読んでくださる皆さんにお願いがあります。
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今回も読んでいただいて、誠にありがとうございます!
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【作者からのお知らせ】
6話から10話まで、連日公開しています。
引き続きどうぞよろしくお願いいたします。
(11話からは週一回更新予定)