第六話 青海航也、蓮ノ谷光彦とはじめてのランチ。(後編)
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前回(第五話)のあらすじ
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青海航也です。
よりにもよって鳥越部長なんかに、俺の秘密が知られてしまったことに焦る間もなく。
当の部長から、蓮ノ谷主任に動画制作を教えるように命令されてしまった。
仕方なく、主任に動画講座のスケジュールを打診してみる俺。
……各自ランチを取った後の残り時間で、というつもりだった。
しかし彼は。それならばランチも一緒でいいのではと誘って来たのだった。
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第六話 青海航也、蓮ノ谷光彦とはじめてのランチ。(後編)
【青海side】
「僕、青海君と、ランチに行きたい。……良いかな?」
小首を傾げながら、こう告げてきた蓮ノ谷主任に対し。
なんだか妙に気恥ずかしいような、訳もなく心がざわつくような気分がして。
「……っす」
目を少し逸らし、うめくように了承の返事を返すのが精一杯の俺だったが。
その返事を受けた主任は、パァッと破顔し。 勢いよくスマホを取り出してGoogleマップのアプリを開いた。
「うわあ、ありがとう! どこに行こうか? おすすめある? もし思いつかなかったらさ、このカレー屋とかどうかな? 知ってる?」
跳ねるような動きで店舗情報を指し示し、いくぶん頬を紅潮させながら。
こちらに早口でプレゼンしてきた主任に少し気圧されつつ。
……俺はこの人が、本当に年上で、しかも上司なんだろうかと考えを巡らせていた。
※※※
蓮ノ谷主任の希望通り、ランチはカレーになった。
「あ、きたきた〜」
運ばれてきた皿に向けてパチパチと小さく拍手し、笑顔でこちらを向く主任。
「最近この辺りでは、どんどんカレー屋さんが新しくオープンしてるみたいでさあ。色んな動画とか、地域情報サイトとかで見て気になってたんだよね〜」
ニコニコしたまま一口二口と食べ進めていって。感銘を受けたような表情で、感想を述べてきた。
「うん、うんうん、辛さの中に、じんわり旨さがしみてくるっていうか。何入ってるんだろ? 珍しい味だよね」
主任の様子をそれとなく眺めながら、思い出したことがある。
あまり食べることに興味が持てなかった自分だが、カレーが出された時だけは別だったなと。
ただ、俺が過去に口にしたカレーとは割と毛色の違ったものであるため、自然とこんな感想が出てきた。
「……そうっすね。食べたことのない感じ……す」
すると、主任はなぜか、妙に嬉しそうに微笑み。
「青海君も初めての味なんだ、そっかあ。なんだろうねこの不思議な甘味。玉ねぎ……だけじゃ、ないよね〜?」
そんな風に語りかけてくる。
その後も、カレーに関して新しい推論を述べるごとに表情をくるくる変える主任。
そんな様子を伺いながら。
何だかまた、心がざわつくような不思議な感情が湧いてくる。
しかし、そんな感情を俺にもたらした本人である主任は。
俺の気分に冷や水をかけるような言葉を発したりもするのだった。
「『ごはんつぶ』さん動画でもさ、そのうちカレー屋さんにも行くかなあって、密かに楽しみにしてるんだよね〜」
……確かに『福岡おすすめランチ情報』では、今までカレーを題材としては来なかった。
主任を想定している動画なので、なんとなくコンセプトに合わない気がしたからだ。
でも、現実の彼は、こんなに喜んで食べてるし。今後、扱ったほうがいいんだろうかとも考える。
ただ、しばらくは新作のネタを仕入れる暇はない。
そもそも、本当に主任にチャンネルを渡す流れに行けるならば、新しく動画アップする必要はないのではとも思うし……。
……考えるのが面倒になって、さしあたっては目の前のことを片付けようと思い直し。
今後の動画講座について、打ち合わせることにした。
主任としては、部長命令? とはいえ。部下のプライベート時間を拘束することに、抵抗があるようで。
ならばと、俺はこのように提案をした。
「多分、ざっと考えて、ひととおり簡単に仕上げるまでだったら……五回、くらいでいけるかと思います。自分、カリキュラムつうか、手順とか考えてくるんで」
「ええっ、そんな、大変じゃない?」
「今までやってきたことをまとめるくらいですし」
「じゃ、じゃあ、考えてもらう時間もあるし、ゴールデンウィーク明けからにしよっか?」
……一瞬、それでも良いか……との考えがよぎったが。
変に先送りして、その間、あまりよろしくないタイミングでの身バレを恐れ続ける方がしんどいとの判断を下した。
「あ、明日からで余裕っす」
「え、そうなんだ。すごいね! ……あ、今日、昼イチで会議があるんだった! もうそろそろ出ないと!」
そう言いながら主任は、あわてて残りのカレーをかっこみ……。
「がほっ!か、辛っ! の、のどに香辛料がっ げほっ!」
……予想通り、むせた。
急ぎ水を注いで彼に手渡すと、涙目で一礼しながら受け取って一気飲みして。
「ごめん、動画のやつ、続きは明日にしよう! お会計これでしといて!」
そうして、ジャケットの内ポケットから札入れを取り出し、千円札を二枚、俺の前に置いた。
勢いに圧倒され、こくこくとうなずくことしか出来なかった俺だが。
……とあることに、気づいてしまう。
「あ、主任」
失礼だとは思ったが。
あまり声高に告げるのも憚られることだったので。
席から立ち去ろうとする主任の左腕を掴み、耳元でこう告げた。
「また、ごはんつぶついてますよ」
「え、あ……!?」
主任は勢いよくこちらを向きながら片耳を手で押さえ、一気に顔を真っ赤にしたかと思うと、テーブルの紙ナプキンを鷲掴んでゴシゴシと口を拭き……。
「じゃ、じゃあよろしく!」
あわただしく店を出ていったのだった。
後に取り残された俺は、周囲の好奇の眼差しを気にしないようにしながら。
本当に年上か? あの人は……。なんて、本日二度目の正直な感想を脳裏に浮かべていた。
【続く】
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第七話予告
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青海航也です。
いよいよ、俺が主任にレクチャーする動画講座が始まった。
彼が作りたい動画のジャンルは、予想通りの食レポ動画。
だが主任から、俺のYouTubeチャンネルへの熱い思いを、予想以上に語られてしまい。
……戸惑う俺だった。
次回、第七話「蓮ノ谷光彦、青海航也と初めてのレッスン。」
……えっ、明日もまた、ですか? ……はい、かまいませんけど……。
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……えっと。
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お読みいただき、誠にありがとうございました。
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【作者からのお知らせ】
6話から10話まで、連日公開しています。
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(11話からは週一回更新予定)