第五話 青海航也、蓮ノ谷光彦とはじめてのランチ。(前編)
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前回(第四話)のあらすじ
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蓮ノ谷光彦です。
慰労会で部下の青海君と、僕の推しYouTuberである『ごはんつぶ』さんについて語り合っていたら、上司の鳥越部長が割り込んできた。
布教のチャンスとばかりに、軽い気持ちで勧めてみると、当の動画を見る部長はなんだか妙に真剣で、様子がおかしい。
あまつさえ、青海君と部長が親しげな様子を目撃してしまったり。
いきなり部長命令で青海君から動画講座を受けるように言われてしまったり。
そんな急展開についていけない気持ちになる僕なのでした………。
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第五話 青海航也、蓮ノ谷光彦とはじめてのランチ。(前編)
【青海side】
昨晩は散々だった。
よりにもよって、鳥越部長にバレるなんて。
〜 回想・昨日の慰労会 〜
「声……似てない?」
蓮ノ谷主任が席を立った隙に、さっと顔を寄せてきて、ワイヤレスイヤホンを一つ俺の耳にねじ込んでくる部長。
主任のイヤホンだということに少なからず動揺しているうちに。
何度も聞いた『ごはんつぶ』動画の音声が再生されてくる。
『この定食の鯖は大きくて肉厚、脂もたっぷり乗っていて……』
「似てないっすよ。主任の声はもっと……」
しれっと切り捨てるように回答したつもりだったが。奴が一枚上手だった。
……いや、単に、俺が迂闊なだけだった。
遅まきながら策略に気づき、恐る恐る部長を見やると。
ニッコリと満面の笑みを浮かべた悪魔がそこにいた。
「あれあれ〜? おかしいな〜? 蓮ノ谷ちゃんの声って、僕ひとことも言ってないけどな〜?」
口髭の悪魔は、畳み掛けるように俺の逃げ道を塞いでいく。
「この動画のここさあ、あの時計、だろう? ほら、傷がついてるし」
答え合わせのつもりか、こちらの手首を見てくる鳥越。
しかし当の時計をちょうどつけていなかったことに、少しだけしてやったりな気分になる。
……自分の時計が動画に映っていることには、気づいていた。
不自然だからカットが面倒だと放置していた部分。こんなところで特定される隙になってしまうなんて。
「後はまぁ……これくらいで勘弁してやるか。……で、どういうこと?」
部長が他に、俺だとわかるようなモノを発見しているのかどうか気になったが。
いつ主任が戻るかもわからないこの時間。コイツをごまかし切れる自信などなく。
観念し、蓮ノ谷さん似の合成音声発見から、練習のために作ったという顛末を白状した。
それをニヤニヤ聞いていた部長は、こうのたまった。
「蓮ノ谷ちゃん、すっごく美味そうに食べるもんねぇ! いろいろ美味いもん、食べさせてみたくなるよね」
「……どういう意味っすか」
「なによ、妬いてんの?」
ニヤニヤ笑いを深める鳥越をひと睨みし、反抗を試みる。一応、声を潜めて。
「なんでそうなるんすか……。その、鳥越サン……の交友関係とか……嗜好的なものとか色々……聞いてるし、主に……あの人に、なにか良からぬこと考えてるんじゃ……」
しかし奴はそんな俺を鼻で笑い、質問をあっさり無視してこう言った。
「そうだ、どうせならさ、こうしようよ。カレに手取り足取り動画作り教えてさ、本当に蓮ノ谷ちゃんの食レポチャンネルにしちゃうの。コウにぃも教えることでスキルアップするし、二人が仲良くもなれるし。一石で何鳥にもなるコスパの良さ!」
こんな提案をしてきたのだ。俺が密かに考えていたことに近いのが腹立たしい。
「……仲良くなりたいとかは、別に。あと、アイツじゃないんだから、『コウにぃ』呼びは止めてほしい……つうか」
「うーん……部署の子ともイマイチ打ち解けてない青海クンを心配してのことなんだけどなぁ?」
「な、……主任が言ったんすか?」
馴染めていない自覚はあったが、外部からもわかりやすいほどだったのかと少し焦る。
「いやぁ、色々と目や耳はそこかしこにね。僕ぁこれでも管理職だよ? 君たちがお仕事気持ちよ〜くできる環境作るために色々画策するお仕事なのよ?」
「画策って……」
「でね、思ったわけ。こっち来たばかりの蓮ノ谷ちゃんとだったらコミュしょ……不器用な青海クンも打ち解けやすいかなあってね!」
「余計な世話……っす」
「それにしても、あの時計、使ってくれてたんだね。僕が買ってあげたやつ」
……語弊がかなりあるが、事実ではあるので、とりあえず黙ってやり過ごす。
そうして部長は、ビール瓶を持った主任を呼び寄せて。
言葉巧みに俺と主任の動画講座を取り決めたのだった。
〜 回想ここまで 〜
……思い返すと自分の色々な失態にイライラしてくるので、とりあえず全て部長のせいにして気分を落ち着かせることにした。
仕方ない。
一応は考えていた段取り通り、きっかり十二時に蓮ノ谷さんのデスクに向かう。
「主任、動画の件ですが」
「……?!」
……鳩が豆鉄砲を受けた顔ってのはこんな顔なんだなと、妙に冷静に考える。
と同時に、昨晩のあれはもしかして、社交辞令的なものだったのか? と思い直したりして。
自分の社会人適性に疑念を抱いたばかりだったこともあり、内心焦る。
まずは社内チャットあたりで打診すべきだったか……?
すると、主任はなにかに思い当たったような表情になり、目を少し泳がせつつも笑みを作った。
「あ、あの件ね、えと、どうしようか」
少し安堵する。
……しかしよく考えたら、忘れたままでいてもらった方が良かったんじゃとも、頭の隅で考えたが。
それはそれで、部長が余計なちょっかいをかけてきそうで面倒だから、これはこれで良いのだと自分を納得させる。
そうして、考えてきた提案を述べてみる。
「えっと……十二時半くらいまでっすかね」
「え、何が?」
「……主任が昼メシ食い終わる時間……っす。自分、一階のカフェいるんで。主任のノートパソコン持ってきてもらえれば、そこで教えるんで」
勝手に昼休みを使わせる前提にしてしまったが。
とりあえず相手の出方を見るために、こちらから踏み込んでみる。
すると主任は、サラッとこう言ってきた。
「どうせなら、お昼も一緒でいいんじゃない? あ、誰かと約束してたかな?」
「いや、えっと、してない……です」
「じゃあ、今日は」
蓮ノ谷さんが、席から立ち上がる。そして、こちらに向き直って。
「僕、青海君と、ランチに行きたい。……いいかな?」
首を傾げながらそう告げてきて。はにかむように微笑んだのだ。
【続く】
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第六話予告
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青海航也です。
蓮ノ谷主任に誘われて、昼食を共にすることになった俺だったが。
彼は、やたらと楽しそうに食べる人で。
なんなんだこの人は。本当に年上男性上司なのか?
次回、第六話「青海航也、蓮ノ谷光彦とはじめてのランチ。(後編)」
……あ、主任の口元に……。
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……えっと。
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お読みいただき、誠にありがとうございました。
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【作者からのお知らせ】
2023年1月2日初投稿です。
初回一挙公開はこの5話までになります。
次回6話から10話まで、連日公開いたします。
引き続きどうぞよろしくお願いいたします。
(11話からは週一回更新予定)