第三話 青海航也は、蓮ノ谷光彦に顔向けできない。(後編)
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前回(第二話)のあらすじ
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青海航也です。
あまりこちらに関わってこない上司だと思っていた蓮ノ谷主任が、実は俺の運営するYouTubeチャンネルのヘビーユーザーだということが発覚した。
俺は大変焦った。なぜなら、そのチャンネルは、彼を勝手にモデルにした食レポ動画だったから。
身バレは回避したものの、慰労会でなんとなく彼を眺めつつチャンネル始めたきっかけについて考えていたら。
本人と目が合ってしまい、焦る俺だったが……。
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第三話 青海航也は、蓮ノ谷光彦に顔向けできない。(後編)
【青海side】
やばい。
あわてて目を逸らしたけれど。
蓮ノ谷主任が、周囲の酔っぱらいどもに会釈しながら立ち上がる様子を、視界の端に捉えてしまって焦る。
そんな俺をよそに、主任はチャーハンの大皿を手土産にこちらにやってきた。
「あっちのテーブル、飲兵衛ばかりで食べるの僕だけだからさ、持って来ちゃった」
突如もたらされたチャーハンおかわりに、周囲の若手社員が我先にと群がってきた。
だが主任は器用に二人分を確保し、俺の横に座り込んできた。
内心動揺しまくる俺にチャーハン皿を差し出しながら、彼はふっと顔を寄せてこんなことを囁いてきた。
「青海君、食べてる?」
「……っす」
主任からほのかに匂いが漂ってくる。かすかに甘く、それでいてスモーキーさもある香り。
香水か、あるいはファブリックミストか判別はつかないが。
他人が近距離にいることを、まざまざと感じさせる状態に。
妙に緊張してしまう。
ましてや本日の昼までは、ほとんど関わって来なかったような相手で。
しかも知られたくない秘密もある。
「青海君てさ、こういうの参加するんだね」
「……普通に参加します。主任の歓迎会も、いましたし」
「そ、そうだっけ?」
俺の答えに対し、一瞬、高くなりかけた声を慌てて抑える主任。
昼のミーティング時の不思議そうな表情は、これが原因か。
主任はすまなそうに、こう続けた。
「あはは……あの日は部長とか営業部の皆さんに引き回された記憶しかないんだ。ていうか、ごめんね? 僕さ、直属の上司のくせにさ、あまりにも何かこう、仕事でしか関わらなさすぎたかなって」
そんなことを気にしていたのかと、逆に驚いた。
俺自身は今くらいの距離感が都合良いが、主任としてはそうもいかないのだろう。
だから、こう答えた。
「それは……人それぞれ、だと思います……けど」
あまりうまい答えではないことは自覚していたが。
「……そっか」
彼の雰囲気がなんとなく和らいで、ホッとする。
そして、黙ってチャーハンを食べ始めたので。せっかく取り分けてもらったからと、俺もそれにならった。
チャーハンを咀嚼しながら、いくぶん気持ちに余裕の出た俺は、内心こんなことを考える。
主任の声音と、俺の動画の合成音声との違いとか。
当たり前だけど、本人の方が優しくて深い響きだな……とか。
……こういう感想を持つのはやっぱ、なんかキモいし申し訳ないな……とか。
すると、主任がためらいがちに話しかけてきた。
「……あの、青海君、昼にパソコンに表示してたやつさ……。あの時は妙に騒いじゃってごめんね? その、やっぱりあれ、『ごはんつぶ』さんの動画のタイトルだよね? ……青海君も見てるのかな、あのチャンネル」
うっ……やはりくるか、その話題。
敵にエンカウントして、戦闘音楽が流れて来たような心境になる。
そんなチャンネルは知らない、指摘されたタイトルアニメーションも、誰でも使える無料素材サイトの配布素材だったとかなんとかごまかすことはできた。
だが、俺がその動画制作者だとも、ましてやモデルが主任であるなんてバレていないことはおそらく確実であるし……。
今、俺に向けられているのは……ある種の期待の眼差し。
マイナーな趣味の同志をようやく見つけた時、人はこんな目をするのかなってやつだったから。
「……っす、あ、はい……偶然、検索して見つけて。会社の近くの店、よく扱ってるから……たまに、見てて」
「そうなんだぁ! どの動画見た?」
反応速っ。また早口になりかけてるし。
……制作者だから当然全部見ているが、とりあえず一視聴者のふりをする。
「最近の……大濠公園近くのカツ丼のやつとか」
「それ! 僕ね、あんまり美味しそうだったから、今日行ってきたんだ!」
うお……マジか。昨日あげたやつだぞ。
「『ごはんつぶ』さんが言っていた通り、地元のブランド卵使ってるせいか黄身が濃くてね。カツも衣がカッリカリで、すごく美味しかったよ!」
「……」
……密かに罪悪感を感じる。
なぜなら、その『ごはんつぶ』動画内の『彼』の感想は……借り物だからだ。
あくまで『ごはんつぶ』は、今、目の前にいる蓮ノ谷主任をモデルとした架空の会社員。
動画内の食レポは、その人の感想らしくシナリオを作っている。
大したことはやっていない。他人のネットレビューをそれらしく切り貼りしただけのものだ。
なぜなら、俺自身、食事にさして興味がなくここまで生きてきたから。美味い不味い以上の感想など、俺の中からは出てこない。
「うわぁ、水餃子だ〜! ここの水餃子、夜限定メニューだから嬉しいなぁ」
主任の感嘆の声に、意識を引き戻される。次の宴会コース料理が来たらしかった。
「はい、青海君の分」
部下の自分が動くより先に、素早く周囲に取り分け、こちらにも一皿よこす主任。
そしてさっさと食べ始めて、感想を話してくる。
「やっぱ餃子の皮がさあ、最高だよねえ。肉厚でほんとツルツルモチモチで〜」
「皮……確かに、美味い……っすね」
「あれ、食べるの初めて?」
「いや、多分前の飲み会で食べた……と思いますけど……あまり覚えてなくて」
「そうなんだ? 僕、歓迎会で初めて食べてホント感動したんだよね! 餡もさぁ、このプリップリの海老とニラの食感がたまらなくてね〜」
「……そうっすね」
主任の感想はなんというか、多彩だ。
俺がとっさに言葉がでない性格だということもあって、どうして食事一つでこんなに様々な感想がでてくるのだろうと不思議になる。
それどころか、楽しげな表情と声音につられ、俺までなにかその美味さの要因について気づきを得てくるような、解像度が上がってくるような思いすらする。
「……あ」
俺があんな動画を作ろうと思ったきっかけは。
四月頭の主任の歓迎会で。
主役のこの人が。
蓮ノ谷さんが。
ちょうど今、目の前でそうしてるみたいに。すっごく美味そうに飯を食っていたから……だったのだということを。
いまさら、思い出した。
「青海君?」
「……いえ、あ、その。美味いっす」
改めて認識してしまうと、何だか気恥ずかしいような思いに囚われてくる。
今後、主任がもう少しこちらに関わってくるような感じならば……『ごはんつぶ』動画の制作を止めたほうがいいかもしれない。
元々、ただの練習のつもりだったし……。
しかし、主任がさらにこう続けてきてしまって。
「『ごはんつぶ』さん動画はさ、『ランチ情報』って銘打ってるけど、この店の夜メニューもぜひ取り上げてほしいよね!」
うっ……。
俺の動画なんかを、キラキラとした瞳で楽しみにしている視聴者を目の当たりにして。いささか後ろめたさを感じてしまう。
……年上の男性上司に対して、この表現はどうかと思うが……。
「もしかして、そのあたりにいたりしてね~」
キョロキョロと周囲を見渡す主任。密かにヒヤリとする。
この感覚を味わい続けるのは正直しんどい。
しかし。
「餃子といえば、『ごはんつぶ』さん動画でさぁ、この近くの店のやつがあってね」
スマホでGoogleマップアプリの店舗ページを開き、俺に見せてくる蓮ノ谷さん。
その様子が、あまりに楽しそうだったから。
……俺は、酔っていたのかもしれない。
「あの、主任」
「なに?」
「えっと……動画制作とかって興味あったり……しますか」
「僕が?」
主任が発した驚きの声に動揺した俺は、思わず彼の顔をまともに見てしまう。
彼は目を丸くし、ぱちぱちと瞬きしている。
少し色素が薄い瞳だなと、関係ないことを考えたのち、目を逸らして俯く。
は、早まったか……?
いっそのこと、全てバラしてこの人にチャンネル渡すとか、嘘から出た真にしてしまえとか考えて、つい口に出してしまった提案だった。
しかし、『あなたをモデルにして食レポ動画作ってYouTubeに公開してました』……なんて。
キモい。キモすぎる。
でも、動画スキル向上のためだったと言えば、この人なら許してくれそうな気はする……かも。本当のことだし。
……いや、言えるわけが、ない……。
「……青海君、どうしたの、かな? 今の業務内容に悩みでも……」
主任から心配そうな声が聞こえてきたので、ひとまず誤解を解こうと頭を上げる。
すると、いきなり背後に酒臭く暑苦しい圧のようなものが現れて。
「え? なになに? 蓮ノ谷ちゃん、ユーチューバーになんの?」
俺と主任の間に、ビール瓶を持った鳥越部長が割り込んできた。
【続く】
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第四話予告
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青海航也です。
俺と主任の会話に乱入してきたのは、胡散臭いヒゲ男……鳥越部長だった。
厚かましくその場をかき乱しながら、部長は驚くべき提案……命令? をしてきて。
ちょ、そ、そんな、主任と俺が、二人きりで……?! だと……?
次回、第四話「蓮ノ谷光彦は、青海航也にイロイロ教わる。」
イロイロって、こ、心の準備がっ!
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……えっと。
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お読みいただき、誠にありがとうございました。
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【作者からのお知らせ】
2023年1月2日初投稿です。
初回は5話まで一挙公開してます。
よろしくお願いします。
(その後は10話まで連日公開、11話からは週一回更新予定)