第二十九話 蓮ノ谷光彦と青海航也は、今すぐ会いたい。(後編)
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前回(第二十八話)のあらすじ
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蓮ノ谷光彦です。
『ごはんつぶ』さんの正体は青海君だと確信した僕は、鳥越部長にそのことを伝えた。
すると彼は、青海君が彼のお兄様の忘形見だと言い。僕に青海君を誑かすななどと脅してきたのだった。
青海航也です。
合コンメンバーから、主任が居る鰻すみだについての良からぬ噂を聞かされ、部長との関係の進展を危惧してしまう俺だったが。
他方、主任がそれを望むならと言う諦めの気持ちも芽生えてきて。しかし村野さんが、そんな俺に、それで良しとするのかと聞いてきたのだった。
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第二十九話 蓮ノ谷光彦と青海航也は、今すぐ会いたい。(後編)
【蓮ノ谷side】
『兄さん』
『忘れ形見』
これらの言葉を発した時、鳥越部長の声はわずかに震え。
込められた想いの深さを、十二分に感じさせた。
「……青海君は、部長のお兄様に似ているんですか」
「顔立ちは義姉さんのほうに似てるけどね。最近は、立ち姿や仕草が驚くくらい……コウ……航一郎兄さんに似ている……時があるよ」
ため息交じりに答えてきた彼の表情には、少し疲れが見えた。
しかしなぜか。
どこか、何かから解放されたような雰囲気にも見えた。
……鳥越さんは、亡くなられたお兄様をさぞや慕っていたのだろう。
慰労会の時の彼の言葉を思い出す。
『……時計、使ってくれてたんだね、僕が買ってあげたやつ』
あれも、今思えばもしかしたら。
僕が想像したような、青海君に伯父として時計をプレゼントした……ということではなく。
昔、部長がお兄様に贈った時計が。
時を経て、お兄様の息子である青海君に遺品として渡った……くらいの含みがあったようにも思える。
そんなお兄様の息子さん、ましてやお兄様に似てきたという青海君だから、彼を大切に扱う気持ちは……わからなくは、ない。
でも……。
なんだか僕は、ムカムカしてきた。
部長は一見、青海君のことを心配してるようだけど。
彼の中では、明らかに青海君自身より亡きお兄様の比重が高い。
でも、僕にとっては。
青海君こそが、大切な人……だから。
景気付けに、手元の杯を一気に空ける。
たん、と少し音を立ててテーブルに置く。
そして、反撃を再開した。
「部長、あなたは青海君にっ、お兄様を重ねているのかもしれませんがっ。青海君とお兄様、つまり青海君と、青海君のお父様とは、親子であると言う意味で関係はありますがっ。ぜんっぜん別の人、別人格じゃあないですかっ」
手酌で注いで、一気に飲んでから、続ける。
「もしっ、青海君が誑かされてるとしても、別にっ、お兄様が誑かされてるわけじゃないですしっ」
さらに手酌で注いで、一気に飲む。
「それに? もしも青海君がっ、誑かされてるとしてもですよ? 青海君がそれを良しとしているなら、青海君だって立派な成人男性なんですからしてっ、じっ、自由、ですよね? 自由恋愛っ」
自由恋愛……恋愛。
青海君が、誰かと恋をする。
例えば、総務のあの子たちみたいな、可愛い女の子と。
そして。結婚式なんか挙げちゃって。
僕なんか、上司としてスピーチなんか依頼されちゃうんだ。
『青海君をよろしくお願いします。不器用な男ですが、奥様の愛情でぜひ、支えてやってください』
なんだか泣きたい気分になってきた。
「ぼ、僕は彼を誑かしてなんかいませんっ。むしろ、誑かせるなら誑かしたいものですよ」
なんか本当に目頭まで熱くなってきたりして。
「でも僕はっ、彼の、上司でしかないから……っ」
言葉に出すと、大変虚しい。
すると部長は、なぜかポカンとして。
呆れたように言った。
「……この後に及んで、そういう結論になる?」
しかし僕は、なんかスイッチが入ったようにまくし立ててしまう。
「それよりもっ、なんで合コンなんかに行かせたんですかっ。今頃っ、めっちゃ誑かされてるかもしれないじゃないですかっ! 女子大生にっ!」
また、手酌で注ぎ、くっくっと飲む。
「僕はいやです。本当は、行って欲しくなんかなかった。だって僕は、青海君のことが……」
勢いで、覚悟が定まっていないことを口にしてしまいそうになり。
迷いが出てきて口籠もってしまう。
すると部長は真面目な顔になり。首を傾け、先を促してくる。
「……ことが?」
「……ことが……えっと……」
そんな僕を鼻で笑い、からかうように杯を突きつけてくる部長。
「なぁんでそこで言い淀むのよ」
「と、とにかくっ、僕は、部長のお兄様ではない青海君自身が大切なので、青海君が幸せになるためには、ここは譲れません、からっ」
僕の青海君に対する感情や、青海君自身のそれなど、あやふやなものはとりあえず横に置くことにする。
でも、これだけは。
青海君のことが大切で、彼の幸せを願うという気持ちは。
胸を張って言える、正直な気持ちだ。
すると急に、部長の圧が消えたような、毒気が抜けたような感覚があって。
「……」
彼は目をしばたたくと、少し遠い目をした。
……まるで、僕を通して誰か別の人を見ているかのように。
そして、側の徳利を摘んで振ってみて曰く。
「やめよ、この酒、こんな雑な飲み方するやつじゃないわ……あーもったいない」
こう呟いたあと、ジャケットの内ポケットからスマホを取り出して、なにやら打ち込み始めたのだ。
※※※
【青海side】
スマホから、LINEの通知音が聞こえた。
「ヘルプ来た?」
田之上さんの心配そうな声を背に、情けなくも震える手で確認する。
主任、じゃない、……奏二郎から?!
『今すぐ鰻すみだに来なさい。でないと、僕、君の主任に何するかわかんないよ?』
かあっと頭が熱くなる。
とっさに席を立ち、それから皆の顔を見て。この場を辞すべく謝りの言葉を告げようとしたら。
「後はいいから、行け!」
村野さんが力強く背を叩いて送り出してくれる。
「すいませんっ!」
そうして俺は、喧騒の中を駆け出していった。
※※※
【蓮ノ谷side】
メッセージらしきものを打ち終えた部長は、スマホを卓上に投げ出すと、僕にこう告げてきた。
「今、航也、呼んだから」
「えっ?」
「行きなさいよ」
あぐらを崩して後ろ手をついた姿勢になった部長が、僕に薄く笑いかける。
「君は僕の地雷をキレイに踏んだから。本当に何するかわからないからね」
自分の表情が一気にこわばったのがわかる。
部長はそんな僕を鼻で笑うと、パッといつもの笑顔になり、こう言った。
「僕の可愛い甥を、幸せにしてやってよ」
「! は、はいっ……失礼します!」
部屋を出て、渡り廊下を早歩きで進む。
玄関に着くと、部長が内線で伝えてくれたのか、委細承知といった雰囲気で店員さんが送り出してくれる。
ハイヤーを勧められたけれど断って、鞄を小脇に抱え、宵闇に駆け出した。
※※※
【蓮ノ谷・青海side】
坂を下りしばらく進むと、繁華街のキラキラした明かりが見えてくる。
メッセージを青海君に送りながら、待ち合わせ場所を調整していく。
主任からのメッセージを受け、待ち合わせ場所、彼のいる場所に急ぐ。
あの曲がり角を曲がって。
信号を渡って。
青海君まで。
主任まで。
あと少し。
「青海君!」
「主任!」
青海君が、妙に慌てた様子で聞いてくる。
「そ、奏二郎になにか、その、されてませんか、その、次の間で、布団がっ」
動揺しすぎだ、俺。
失礼だと思いつつも、主任の髪や衣服の乱れなんかを確認してしまう。
「君の伯父さんとは、お酒飲んでただけだよ」
僕の心配をしてくれる青海君を安心させたくて、笑顔を作る。
「……そうですか。主任が大丈夫なら、その、良かったです」
主任の変わらない笑顔に、安心する。
青海君のホッとした顔。ついではにかむように微笑む彼を見て、胸がぎゅっと切なくなる。
会えて嬉しいのに、僕はこんなことを聞いてしまう。
「青海君のほうは、その……合コン、気になる子とか、いた?」
そんなことを主任に聞かれ、彼が俺のそういう関係を気にしてくれることに、淡い期待めいたものを抱いてしまう。
「いいえ」
「そっか」
青海君が合コンで、恋人候補を選んでこなかったことを。良かった、なんて思ってしまう僕は、上司として失格なのかもしれない。
「あ、主任」
我々のいる場所が、歩道の真ん中であることに今更気づき、主任の肩を抱き寄せて脇に寄る。
「ありがとう……青海君……えっと」
突然触れられて、青海君の汗の匂いを感じて動揺してしまう。歩行者を避けるためにそうしてくれただけなのに。
「あ、す、すみません」
馴れ馴れしすぎたかと反省しながら、肩から手を離し、少し距離を取る。
次に何を話したらいいのかわからずにいると、主任は俺の服をじろじろと眺め出した。
「なんか、青海君、若者って感じのカッコしてる」
よく見たら青海君の着ている服は、スーツのそれではない紺のジャケットに、中はTシャツ、下はジーンズで。
女子大生たちの年齢に合わせたような雰囲気の衣装のように思えて、彼女らのために飾る青海君という事実に少し気後れをする。
「そ、そうですか」
「君と並んでるとなんかすごく僕、おじさんって感じだよ。今晩は鰻、しかもお座敷だって言うからさ。多少、いいやつ着ていかないとって思ったんだけど」
主任の服にそれとなく目をやると、いつものスーツより少し良質なスリーピースを身につけていることに気づく。
……奏二郎のために飾る主任という事実に、少し気後れをする。
青海君にとって、僕はただの上司なのかもしれないけれど。
でも、せめて今だけは。僕のためにここにいてくれる彼を大切にしたい。
主任にとって、俺はただの部下の一人なのかもしれないけれど。
せめて今だけは。俺だけのためにここにいてくれる彼を、大切にしたい。
「……青海君、」
ぐぅぅぅ……
こんな時に鳴ってしまう、僕のお腹ってやつは……っ。
「にっ、日本酒しか飲んでないから……っ」
恥ずかしそうに腹を押さえ、うつむく主任に声をかける。
「メシ、行きますか」
青海君がこう言ってくれたから。決まり悪さを押し隠すようにスマホを取り出し、まだ営業してそうな店を探す僕。
「今からだと、居酒屋系かなあ……あ、ハマヤ食堂、まだ開いてる!」
主任が提案してくれたのは、現在地からは少し遠い場所にある店。
「あ、ちょっと遠いかな」
「大丈夫です その、帰り道ですし。えっと、あと、なんだか歩きたい気分なんで」
「うん、僕も」
でも、少しでも長く、今宵を青海君と一緒に過ごしたかったから。
主任と、離れがたかったから。
青海君の横に並んで。
主任の横に並んで。共に、歩き出した。
続く
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第三十話予告
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蓮ノ谷光彦です。
青海君と一緒に、ハマヤ食堂で夜ごはんを食べる僕。
その時、僕はどうしても彼に聞きたかったことを尋ねてみた。
青海君、君はやっぱり、そうだったんだね。
次回、第一部最終回 第三十話「蓮ノ谷光彦と青海航也は、一緒にやりたい。」
ねえ、青海君。
僕と二人で……。
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【作者からのお知らせ】
いつもお読みいただき、誠にありがとうございます!
この物語は週一回更新です。
次回三十話は2023年5月27日(土)22:00を予定しています。




