表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

25/30

第二十五話 青海航也と蓮ノ谷光彦は、行かせたくない。


_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/


前回(第二十四話)のあらすじ


+:-:+:-:+:+:-:+:-:+:+:-:+:-:+:+:-:+:-:+:+:-:+:-:+:+:-:+:-


 蓮ノ谷光彦です。


 展示会の帰りに立ち寄った、会場近くの浜辺で、僕の代わりに足が濡れてしまった青海君。


 僕は、彼の足を拭いてやりながら。


 彼が日曜に行く合コンに、行って欲しくないだなんて。


 考えてしまっていたのだった。

 

+:-:+:-:+:+:-:+:-:+:+:-:+:-:+:+:-:+:-:+:+:-:+:-:+:+:-:+:-


第二十五話 青海航也と蓮ノ谷光彦は、行かせたくない。



【青海side】


 

『青海君はここで、スラックスと靴を乾かしていること。風通しがいい場所だからね。僕は車で展示会のパンフレットを整理してるから。ゆっくりおいで』


 波打ち際でヘタを打ち、濡れた片足を蓮ノ谷主任に拭いてもらった挙句。


 買ってきてもらった靴下を手に、衣服が乾くのを待っている間は辛かった。


 申し訳ない気持ちや、情けない気持ちや……さらには彼の指の感触やらが交互に俺を苛んでくるのだ。


 ……そして。日曜のことをまた、考えてしまう。


 鳥越部長は、俺が『ごはんつぶ』としての情報を出し、口裏を合わせてくれさえすれば後はどうにでもなるからと提案してきた。


 俺は結局、答えられなかった。


 主任のために一番良い選択はなにか、ということを考えているつもりなのに。


 主任が好きだという『ごはんつぶ』のチャンネルを、他の誰にも詐称されて欲しくなどないのか。


 あんなに身バレを恐れていたのに。


 奏二郎の提案は、渡りに船だったはずなのに。


 主任が好きだと言うものの中に、唯一在れる俺というものを、失いたくないのか。



※※※


 スラックスと靴がほぼ乾いてきたので、ぐちゃぐちゃな思考を振り払い、主任の待つ場所へと向かう。


 笑顔で迎えてくれた上司に改めて礼を述べると。

 彼は、じゃあ夜ごはんにつきあってよと言った。


 食事場所を探すべく、自分のスマホでGoogleマップをしばらくスワイプしながら眺めていた主任だったが。


 ふと手を止め、こう聞いてきた。


「青海君、どこだったっけ、前に君が言っていたカレー屋さん。会社から大濠公園挟んで向かいの地域にあるっていう店」


 その店は、俺が密かに『ごはんつぶ』動画の新規取材を敢行した場所、ドルクカリーのことだと思われた。


 ……いつか、主任を連れていきたいと考えていたところ。


 彼に店の存在を教えたことはあったが、共に行くことは叶わないと思っていたので。


 場所を覚えていてくれたことが嬉しかった。


 夜の営業が十七時からだということを確認した主任は、幸せそうにシートベルトを締め、俺に出発を促したのだった。



※※※


「主任、着きましたよ」


 道中、主任が助手席で寝息を立て始めたのには、気づいていた。


 目的地に着いて声をかけても、まだ目を覚まさないので、起こしてあげる必要があるのだが。


「う……ん…」


 向こうを向いていた主任が、寝返りでこちらを向く。

 少しだけ、運転席側に彼の手が投げ出される。

 男性のそれにしては、白くすらりとした手。


「……」


 その手に、こわれものであるかのように触れる。


 さきほど、俺の靴と靴下を脱がせ、足を拭いてくれた手。


 ひんやりとして、なめらかな、きれいな指。


 主任は目を開かない。


 ……海のような香りが漂ってくる。


 この香り、俺と同じファブリックミストを彼が身にまとっていたことに気付いた日のことを想起する。


『その、好き……だから……』


『えっと……匂い、が……その……だから、大丈夫、だから……』


 甘やかなその思い出は、しかし、すぐにその感覚を打ち消すような記憶にすり変わる。


『僕もその日部長と飲むんだ。お互い、楽しんでこようね』


 俺は醜い。


 主任の手をそっと彼の膝に置かせ。


 そうして、彼の座るチェアに手をつく。

 ギシッと軋んだ音が鳴る。


 主任が目を覚まさないから。

 ただ、耳元で声をかけようとしているだけだ。


「主任……」


 

 震える指の背で、主任の頬にそっと触れると。


 彼は身じろぎをして、ゆっくりと目を開いた。


「……ん、青海君……?」


 間近で目をしばたたかせる彼に、そっと告げる。


「着きましたよ、ドルクカリーに」


 俺は醜い。


 主任の手を取り、頬に触れながら。


 今週の日曜、あの店に、奏二郎の元に行って欲しくないなどと考えている。



※※※


 夜のドルクカリー店内は、昼とは様変わりし、少し薄暗くなっている。


 壁にテーブルの一面が接した、少し狭めな二人席に案内され。


 主任と俺は、互いに近い位置に腰を下ろした。


「えっと……”ドルクカリーの名の由来はデンマーク語で「短剣」を意味する「dolk」です。食べた人の胸を短剣で切り裂くような印象に残るカレーになるように願いをこめてつけました”……だって。楽しみだね」 


 声を潜め、囁くように説明プレートの文章を読み、こちらを流し見て微笑む主任。


 薄明かりに照らされた彼は、いつもより少し陰影が濃くて。


 どこか……男性の上司に対して、こういう言い回しはどうかと思うが……蠱惑的、なようにも思えて。


 落ち着かない気分になってくるのを押し殺して、テーブル備え付けのメニューを渡した。


 楽しそうにメニューを見ていた彼だったが、

ランチセットのみの昼とは違い、夜はツマミになるようなスパイス料理が多数掲載されていたので。

 迷った挙句に俺におすすめを聞いてきた。


 だから俺は、前に訪れた時に頼んだ料理、店の名を冠したドルクカリーを選んだ。


 ほどなくして運ばれてきた料理に、感嘆の声を上げる主任。


 いつも通り、楽しげに感想を述べながら食べ始める。


 そんな彼の様子を眺めながら、俺はふと、思いついた。


 主任が好きだと言ってくれた、俺の作った『ごはんつぶ』動画。


 しかし主任自身を知ってしまったが故に、作れなくなってしまった『ごはんつぶ』動画。


 だから。今ここで、本物の彼の言葉を引き出して。

 動画を仕上げて、終わりにしようと。


 偽物は、退場するべきなのだと。



「主任。主任は、どうしてそんなに、色々と感想が出てくるんですか」


 手を止め、じっとこちらを見つめてくる主任。


 食事中に申し訳ないと思いながら、質問を続ける。


「俺は、他人の感想を見ると、ああ、そうだよなと同意したりするんですが。いざ、自分でゼロから感想をひねり出そうとしても。まったく浮かばないんです」

 

 問われた上司は、少し思案するような仕草をすると、手にしていたスプーンを皿の端に置いて。


 少し、こちらに体を向けた。


「他の人の感想でもさ、いいなって思うものと、ちょっと合わないなってものがあるでしょ?」


「……はい、ですね」


「うん。そのいいな、と、ちょっと合わないな、自体がさ。青海君自身の感想なんだよ。感想の、種? かな?」


「種……」


「ビジネス本とかでよく聞かない? インプットだけじゃなく、アウトプットしろって。でも、アウトプットは慣れが必要なんだって。青海君が自分の感想をうまく言葉にできないのは、そのアウトプットに、慣れていないだけなんだよ」


「……そう、なんですね」


 俺がそう答えると、主任は嬉しそうに微笑んで、自分の皿を寄せてきた。


「ポイントはねえ、マルっと全体を考えるんじゃなくて、ひとつひとつのディテールに分けて考えてみること、かな」


 そう言って、自分のカレーのトッピングの一つを手で指し示す。


「まずはこれ、黄色い……炒め物? について、感想を述べよ。例えば、辛いとか、甘いとか」


「えっと、意外に甘い……っす。玉ねぎ……ですかね?」


「そうだね、あ、こっちのポップにカレーの説明イラストがあったよ。……アチャール、って言う料理みたいだね。じゃあさ、こっちは?」


 アチャールの隣、オレンジ色の和え物らしきものを指差す主任の言葉を受け、俺は自分の皿のそれをスプーンで触れながら答える。


「ニンジンが……砕いたナッツみたいなので和えてあるみたい……っすね」


「味はどうかな? 甘い?」


 スプーンで少しすくって、口の中で噛んでみる。


「うーん、ナッツ……ココナッツ……なんというか、ココナッツ味……って感じっす」


「これはね、ボリヤル、って言うんだって」


 主任がポップを見ながら教えてくれた名前を聞いて。思いついたことがあったので、ふと口に出してしまう。


「……なんか、必殺技とか魔法の名前みたいっすね」


「あはは、そうかも〜。だったら、アチャールはきっと、火属性だね。ボリヤルは? どんなタイプの魔法かな?」


「……ボリヤルは、デバフみたいな……なんかのパラメータが下がるっぽい……みたいな……」


「ふふ、それ、まさに青海君ならではのオリジナル感想だよ」


「ゲームネタですけどね……。しかも美味いのに、失礼な設定だし」


「そこはそれ、空腹度が下がる……みたいな?」


「……そうします」


 高校の部室で、放課後しょうもないことを語らう先輩と後輩みたいな雰囲気に、なんだかささくれた気持ちが癒されるようだった。


 一方で、こんな空気感を失いたくないという思いも浮かんで来てしまい、密かにため息をついた。




※※※


【蓮ノ谷・青海side】



 食事を済ませたあと、青海君の運転する社用車で、会社までの道をたどる。


 口数が少なくなった車内で、俺は日曜のことを考える。

 俺は主任に、奏二郎の元になんか行ってほしくない。


 僕は青海君に、合コンなんかに行ってほしくない。

 しかし、それを口に出すのは。上司と部下でしかない僕らとして。


 上司と部下でしかない俺たちとして。

 どうしても憚られることだ。

 だけど。どうしても考えてしまう。

 主任があいつの元に行ってしまう、日曜なんか、来なければいいのに。


 青海君が僕の知らない子たちの元に行ってしまう、日曜なんか、こなければいいのに。



続く


=====================

第二十六話予告

=====================


 蓮ノ谷光彦です。


 日曜日、部長の車で鰻屋に行くことになった僕。


 迎えを待つ間に、いつものYouTubeチェックをしていると……。


え、ええっ?! 『ごはんつぶ』さんのし、新作、来てるじゃん!!


 次回、第二十六話「青海航也と蓮ノ谷光彦は想いあう。(前編)」


 ……へぇ……青海君てば、女子大生の知り合いとか、いたんだ……。ふぅん……あ、そう……。

 

=====================



【作者からのお知らせ】


いつもお読みいただき、誠にありがとうございます!


この物語は週一回更新です。


次回二十六話は2023年4月29日(土)22:00を予定しています。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ