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第二十四話 蓮ノ谷光彦と青海航也は、終わりが寂しい。(後編)

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前回(第二十三話)のあらすじ


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 蓮ノ谷光彦です。


 青海君が、部長の甥御さんだということが判明した。


 驚く反面、彼らの距離感は、親族だからだったんだなとホッとした気分にもなった僕。


 そんな中迎えた展示会。

 会場で『ごはんつぶ』さんの声は、実は合成音声だと知った。


 本当の『ごはんつぶ』さんって。

 どんな声で……どんな人、なんだろう。



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第二十四話 蓮ノ谷光彦と青海航也は、終わりが寂しい。(後編)


【青海side】


「青海君も回っておいでよ」


 展示会の会場視察から帰ってきた主任と交代して、他社の出展内容を見るべくブースを出る。


 自分は基本的には内勤の身なので、いかにもビジネスの現場……みたいな慣れない雰囲気の会場内に、少し気後れしながらウロウロしていると。


「こんにちは! こちら、無料でお使いいただけるプランもございますので、ぜひお試しくださいっ」


 突然横からジャンパーを着た女性に声をかけられ、たじろいでしまう。


『……このように、激落ち!殺菌シートRXをお使いいただいた場合、従来の製品の百倍の効果が……』


 ついで、彼女の背後のブースに設置されていたモニターから流れてくる、聞き覚えのある音声に動揺する。


「……っ」


 『ごはんつぶ』動画で使っている合成音声の企業が出展しているとは、知らなかった。


 ……主任は、これに気づいただろうか。


 つい昨日、祖父の入院先からの帰り道。

 奏二郎から提案されたことが、頭をよぎる……。



〜 回想・車内 〜


 鳥越部長……俺の伯父でもある鳥越奏二郎の運転する車に同乗し、帰路をたどる。


 祖父が大事にはならなかったことに安堵する空気が。自然と会話を、今の俺の一番の関心事に向けさせた。


「今週の日曜……。なんで主任と……鰻屋で飲むとか、そういう話になった……んですか」


 問われた奏二郎は、存外素直に答えを返してきた。


「……蓮ノ谷ちゃんに、美味し〜い鰻、食べさせたくてねぇ。僕さぁ、彼が幸せそうにご飯食べる姿、大好きなんだよね。……青海クンも、そうなんだろ?」


「鰻の旬は、秋冬……ですけど」


 子供じみた無駄な反抗を試みる俺を鼻で笑い、彼は軽い調子で話題を変えた。


「『ごはんつぶ』……だっけ? 蓮ノ谷ちゃんのさ、憧れの君」


「……は?! あ、憧れ?!」


 部長の軽口に軽率に反応してしまったことに焦る脳裏に、唐突に蘇った記憶。


 主任が、俺の動画に向けて、贈ってくれた言葉。


『中でも『ごはんつぶ』さんの動画はね。作ってる人……『ごはんつぶ』さんが、多分男性で、会社員かなあって思ってるんだけど』


『そのせいかな、紹介してくれるお店がすごく僕にしっくり来て。好き、なんだ……』


 自分で思い出しておいて、なんだかこの発言に勝手に重きを置いてしまっていることに気づき、気恥ずかしさを感じる。


 ……好きだっていっても、別に……俺自身は関係ない。


 あくまでYouTubeチャンネル『福岡おすすめランチ情報』の動画のことを言っているんだ。


 そもそも……主任は、『ごはんつぶ』の正体がが俺だなんて……知らないわけだし。


 チラチラと、こちらの反応を伺っている部長の視線が腹立たしい。


 運転に集中しろっての……。


 先ほどの動揺をごまかすために、殊更にぶっきらぼうに答える。


「……いや、あれは、チェックしてるYouTubeチャンネルの一つ、ってだけ……っす。多分」


 ……自分からこのように答えているにも関わらず、何だかモヤモヤした気持ちになる。


 そんな俺の内心をよそに、車は赤信号で停止した。


 運転席の部長は少し体を揺すると、こちらに顔を寄せてきて、こう、囁いてきた。


「……これ以上さ、バレるかバレないかヒヤヒヤするのも辛くない?」


「……何を……」


 パッと離れ、ニンマリと笑いながら。


 奴は話を続ける。


「なぁ、航也。僕が……身代わりになってやろうか?」


「な……?!」


 俺の動揺を鼻で笑い、痛い部分をピンポイントで指摘してくる。


「ほら、直属の部下がさぁ、自分をモデルにこっそり動画作ってるとか……なんか、キモくない?」


 うっ……わかりきってることを他人に指摘されると、なんでこんなに腹が立つんだろうな……。


「それよりもさ、夢を見せてあげようよ。僕らの大好きな、蓮ノ谷主任に」


 信号が青に変わり、滑らかに運転が再開された。


 ハンドルを握る奴の横顔を盗み見る。


 年齢を重ねた大人の貫禄がある、その横顔を。


「主任のこと……その、本気、なんですか」


「……だとしたら。青海クン、彼の可愛い部下のキミは、どうするの?」


 主任の部下の……俺。


 ……部下でしかない俺は。

 どうすべきなんだろう。


 部長は胡散臭いところはあるけれど、仕事もできるようだし、俺よりずっと……大人、だ。


 もし、こいつが本当に、主任のことを……そういう意味で好き、ならば。


 ……主任の気持ちはわからないけれど。


 ……もし、彼の方も、奏二郎のことを……その、そういう意味で好き……になる、ならば。


「……ッ」


 主任の、好きな人。


 主任に、好きな人が、出来てしまう。


 胸が苦しくなる。


 そして、ここ数日の主任との記憶を。


 あさましくも想起する。



『青海君を誘ったのは僕だから。青海君が休日に……その、業務でもないのに上司なんかと出かけることがいやじゃなければ』


『大丈夫だよ、青海君の使ってるやつでしょ? 爽やかで海みたいな香り。僕、好きな匂いだから』


『えへへ……可愛い。……』


『その、好き……だから……』

『えっと……匂い、が……その……だから、大丈夫、だから……』



 しかし、彼の日曜の予定を知らされた時の、敗北感や喪失感めいた感情も同時に襲ってきて。


『僕もその日部長と飲むんだ。お互い、楽しんでこようね』


 思わず、拳を握ると。


 アクセス山で、主任の額、そして頬に触れた時の感覚が蘇ってしまう。腿に感じた彼の頭の重みも。


『あ、青海君』


「青海クン」


 唐突に名を現実でも呼ばれて、ギョッとする。


 もちろん呼んできたのは、ここにいる鳥越部長。


 彼はさらに話を進める。


「……内々の話なんだけど。我が社と業態が違う子会社を作る計画があってね」


「急に、何を……」


「まあ聞きなさいって。これはね、本社の優秀な若手が進めている企画なんだけど。蓮ノ谷ちゃんの同期の……」


 奏二郎の語る人物に、思い当たる名前があった。


『あ、鈴本ってのは僕の同期。すごくしっかりしてる優秀な奴で。東京本社時代は色々頼ってばかりだったなあ。今は本社の……とある企画室の室長、してる』


「……鈴本……さん」


「知ってた? ああ、蓮ノ谷ちゃんの親友らしいね、入社以来の」


 ……主任の、親友。……入社以来の。


「鈴本君はね、その子会社への蓮ノ谷ちゃんの参画を強く要望しているという話なんだ」


「えっ……」


 思わず、運転席の部長を見てしまう。


 彼は前方を向いたまま、低い声音で告げてくる。


「君と彼とは、近い将来、確実に別れが来る……ってことだよ」


 いっそ優しいくらいの響きで、歌うように奴は囁く。


「僕はね、可愛い甥が傷つくのを見ているのは辛い。僕の大切な兄さんの……忘れ形見である君がね」



〜 回想 終わり 〜



※※※


【蓮ノ谷side】



 展示会の終了時間が来たので、営業部の担当者にあとを任せ、会場を出ることにした。


 ちなみにこの会場は、海の近くにある。


 今は夕方の時間帯だけど、初夏にさしかかるこの時期はだんだんと日が伸びてきていて。


 海沿いの砂浜では、寄り道をしながらはしゃぐ学生たちや、ベビーカーを押しながらゆったり語らう若い夫婦、スーツ姿の会社員までも、思い思いにのんびりと過ごしていた。


 そして僕、蓮ノ谷光彦はというと……。


「青海君、波、波打ち際行ってもいい? いやー、僕さ、内陸の生まれだからさぁ、海で浜辺あるだけでなんか嬉しくなっちゃうんだよねー」


 などと、久しぶりにみる海に、テンションが爆上がりになってしまっていた。


 革靴であることもあり、砂に足を取られながらも、なんとか波打ち際までたどり着き。


 寄せてくる波に触りたい……と、タイミングを見計らっていると。


「うわ!」


「主任!」


 大きめの波の影響範囲を見誤った僕だったけれど。


 青海君に腕を強く引かれ、間一髪、波から逃れることができた……。


「ありがとう、青海く……う、うわっ?! ご、ごめん!」


 ……青海君の犠牲と引き換えに。


 彼の靴は、僕のせいで片方ずぶ濡れになってしまったのだった。


「……拭いてきます」


 浜沿いの木陰に設置されている長椅子の方に、向かって行く青海君。


 そこに座って、靴と靴下を脱ごうとした彼はひどく驚いた顔をした。


 そんな彼の足元に、彼の跡をこっそりつけた僕が、ひざまづいているのを見て。


「主任、その」


「僕のやらかしで青海君が濡れちゃったんだもん、僕にやらせてよ。青海君にはさ、アクセス山で介抱してもらったこともあるんだし」


「は、はい……」


 彼の足を取り、濡れた靴と靴下を脱がせ。

 スラックスをたくし上げる。


 緊張した青海君が、息を殺して僕の動きを食い入るように見ているのを感じる。


 自分の鞄からハンカチを取り出すと、彼があわて出す。


「しゅ、主任の、が」


「気にしないで」


 大人しくなった青海君のふくらはぎを丁寧に拭き始めると、ひゅっ、と彼が息を吸ったのがわかった。


 僕は、ふと、思い出してしまう。


 今週の日曜、彼は、合コンに行くんだっけ。


 青海君の足、大きくて指も長い男の子の足。


 その指の間にもハンカチを差し入れて拭くと、彼が少し、ピクッとする。


 ああ、青海君。

 僕は醜いな。


 ひととおり拭き終わり、僕が立ち上がると、彼は緊張をゆるめた。


「あ、ありがとう、ございました」


 彼からのお礼に笑顔で返し、僕はことさらに明るい口調でこう伝えた。


「靴下は替えを買うとして、靴も、キッチンペーパーかなんか詰めておけば、まだマシかな。あそこにコンビニあるから行ってくるよ」


「え、あ、すみません」


 恐縮している青海君に軽く手を振って背を向け、密かにため息をつく。


 僕は、醜いな。


 素知らぬ振りをして君の足を拭きながら。


 君に合コンなんかに行って欲しくないなんて、考えているんだ。



続く


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第二十五話予告

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 青海航也です。


 展示会の帰り道。蓮ノ谷主任を『ドルクカリー』に連れて行くことになった俺。


 以前、主任に秘密裏に動画素材を撮影しに行った店。


 いつも通り楽しげに、自在に感想を話しながらカレーを楽しむ彼を見て。


 俺は、ある決断を下す。


 次回、第二十五話「青海航也と蓮ノ谷光彦は、行かせたくない。」


 主任。俺、主任に聞きたいことが……あります。

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【作者からのお知らせ】


いつもお読みいただき、誠にありがとうございます!


この物語は週一回更新です。


次回二十六話は2023年4月22日(土)22:00を予定しています。


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