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第二十話 蓮ノ谷光彦、青海航也とはじめての休日。(後編)

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前回(第十九話)のあらすじ


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 蓮ノ谷光彦です。


 ゴールデンウィーク明けの土曜日、初めて青海君をプライベートで誘った。


 ランチの会話の中で、青海君が総務女子の誰かに気があるんじゃないかとハラハラしたり。


 彼がスイーツショップに一緒に行ってくれると申し出てくれたことに嬉しくなったり。


 そんな感情が忙しい食事の後、青海君は、僕を連れて行きたい場所があると告げてきたんだけど……。


 え、どこだろ……?



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第二十話 蓮ノ谷光彦、青海航也とはじめての休日。(後編)



【蓮ノ谷side】



 賑やかな大通りから一本脇道に入ると、途端に閑静な街並みに変化する。


 『テーラーアワネ』は、そんな場所にひっそりと店を構えていた。


「いらっしゃいませ」


 壮年のダンディな店員さんが迎えてくれて、思わず居住まいを正す僕。


 店内は重厚な内装で、英国映画で見たことがありそうな雰囲気だった。


 ここまでの道中。

 このテーラーが、青海君のジャケット、つまりお祖父様から譲られたそれを作った場所だと教えてもらっていて。


 青海君が僕を連れて来たい場所が、こんな場所だったなんて。

 嬉しいような、恐縮してしまうような。

 

「私が担当をさせていただきます」


 店員さんに名刺をいただいたので、反射的に自分も名刺を取り出して差し出す。


「以前、青海様よりご相談いただきまして。蓮ノ谷様の場合、どういった仕様が最適か、お身体(からだ)のサイズを測らせていただければと思いますがいかがでしょうか? もちろん、採寸やご相談は無料でございますので」


 こう提案してもらったので、せっかくだから採寸をお願いすることにした。


 衝立で区切られたエリアで、ジャケットだけを脱ぎ、身体の数箇所を測ってもらう。


 その後、店員さんからこのように申し出があった。


「もしよろしければ、ぜひ我々にお任せください。青海様の大切な方ですし、精一杯仕上げさせていただきます」


 ドキッとして、思わず聞き返してしまった。


「えっ、た、大切、って? ど、どういう……?」


「青海様の上司の方とお聞きしています。私どもにとっても大切な方でございます」


「あ、そ、そーなんです、直属の上司をさせていただいていますっ。あ、あはは……」


 過剰反応しすぎでしょ……。何考えてるんだろ、僕は。



※※※


 結局、ジャケットを一着オーダーする流れになった。


 『青海様の大切な方』なんて言ってもらっちゃって。

 ちょっと浮かれてしまったから……じゃない、はず。


 でも、そう、あれたらいいな。少なくとも、良き上司として。


 ……なんて、殊勝なことを考えていた僕だったが。


 ジャケットを注文してる間、その間、青海君を待たせてしまうのも悪いと思ったので、彼にも少し、アドバイスを求めたりもしたんだけど。


 青海君に悪いなあと思いながら。

 結局最終的にどんなジャケットにしたのか……は、ナイショにしてしまった。


 だって、僕の注文したジャケットは……。

 

 ……ま、まあ、出来てからのお楽しみってことで。


 店を出たあと、青海君が少し焦り気味に声をかけてきた。


「良かったんですか、その、すぐに注文してしまって」


「いやあ、いつかはオーダーにチャレンジしたいなって思ってたのはホントだし。でも僕、何も知識がないからさ、どんなテーラーを選んだらいいかまったくわからないなあって思ってたんだよ」


 青海君を安心させたかったのもあるけれど、まぎれもない本心でもある。


「そこで今日、青海君がお祖父様の代からの信頼がある老舗に連れてきてくれてさ。老舗って敷居高いじゃない。だからちょうど良かったんだよ。それに、映画に出てきそうなカッコいいお店だったから、すごくワクワクしたよ〜。青海君にもさ、突然いきなり色々聞いちゃってごめんね?」


 すると、青海君はホッとしたように微笑んでくれた。


「……いえ、お役に立てたなら、俺は、それで」


 嬉しくなった僕は、つい、こんな誘いを口に出してしまった。


「あ、そうだ。ついでで悪いけど、もう一軒、付き合ってもらってもいいかな?」



※※※


 派手めな色合いの看板が特徴的なそのショップは、東京時代も良くお世話になっていた場所の支店。


 探しに来たのは、スーツに使う布の臭い消し。青海君が『ファブリックミスト』っていう商品名だと教えてくれたもの。


 そう告げた僕に、青海君が少し慌ててこう言ってきた。


「あの、おそらく主任の使ってらっしゃるものは、専門のショップで扱ってるものだと思いますが」


「知ってた? 匂いでわかるもんなのかな? 確かにブランドショップは福岡市(こっち)にもあるんだ……。でも僕、プレゼントだったから知らなかったんだけど……。ネットで調べたら意外にお値段張って……。普段使いするにはいささか辛くてね……」


 理由を聞いた青海君は納得してくれて、僕の新しいファブリックミスト探しを手伝ってくれた。


 そうそう、ミストの香りを試す時に、売り場にあるムエットって言う紙につけて嗅ぐといいって彼に教えてもらった。


 青海君はそんなことにも詳しいんだな。すごいな。

 アパレル業界で働かれているというお母様の薫陶の賜なんだろうか。


 ただ、調子に乗って色々試しすぎて、なんか鼻がバカになってしまったような気もするな……。


 そんな風に物色しているうちに。

 ふと、思いついたことがあって、彼に聞いてみることにした。


「あ、そうだ。青海君の使ってるやつ、どれ?」


「え……っと」


 青海君はキョロキョロと少し探す仕草をすると、中段に置いてあった深い藍色のボトルを手に取り、僕に渡してくれた。


「これ、っす、けど」


「ありがとう! ……よし、うん、これにする」


 値段だけ見て即決した僕に驚く青海君。


「あの、主任、しっかり匂いとか、確認したほうが」


「大丈夫だよ、青海君の使ってるやつでしょ? 爽やかで海みたいな香り。僕、好きな匂いだから」



※※※


 ショップを出ると、幾分日が傾いて来る頃合いだった。


 帰宅のために地下鉄駅に行く途中。

 同じ方向のバスがちょうど来たのを見かけたので、そちらに乗ることにした。


 青海君は大濠公園付近のバス停まで、僕はもう少し先まで乗る予定だったのだけれど。


「あれ、まだ藤が咲いてる……!」


 このバスのルートでは、公園の一角にある藤棚の側を通るんだな。知らなかった。


 ここに藤棚があることは知ってはいたんだけど、その時はまだ藤が三分咲きくらいだったのだ。


 だから、今まさに満開といった景観に、つい声が出てしまったら。


「見て行きますか」


 青海君がこう言ってくれたので、途中下車して藤を見に行ったのだった。


「藤棚には藤があるとやっぱ映えるねえ」


 なんて、キョロキョロしながら眺めていると。


にぁー


 公園を根城にする野良猫が、僕の足にすり寄ってきたのだ。


「あはは、なんかすごく懐っこいねこの子……」


 ひざまずいて手を差し出したら、腕に飛び込んできたので、抱っこしてやることにした。


「えへへ……可愛い。……テーラーアワネさんでいいジャケット作ったら、この子こんな風に抱っこしちゃだめだよね。……あ、今日の服でもだめじゃん!」


に゛ゃー


 思わず大声を出してしまったら、抗議されてしまった。


「あ、ごめん……青海く……」


 こんなありさまを青海君に見られてはいないかと、振り向いた瞬間。


 彼が、こっちにスマホを向けて、撮影していることに気づいた。


「……っ」


 構えていた青海君の表情が、あまりにも優しげだったから。


 僕は言葉を失ってしまう。


 こんな表情の青海君に見つめられたことが、過去にもあったと思い出す。


「主任」


 僕のほうに近づいてきた青海君が、さっき撮っていた写真を見せてくれる。


 満開の藤を背に、猫を抱いている僕の写真。


 そんな写真を撮ってくる青海君になんだかドキドキしてしまって、つい反応が鈍くなる僕に。


 彼は、更に畳み掛けるようにこんなことを言ってきたのだ。


「可愛いって思って」


「えっ、か、可愛い? って?」


「あ、猫……のこと、です……」


「そ、そうだよね? うん、可愛い、猫!」


 何考えてるんだろ、僕は。……本日二回目。


 にぃー


 猫はあきれたように身体をくねらせ、するりと僕の腕から降り、去っていった。

 

 なんとなく気恥ずかしくて、青海君のほうを向けずに猫を見送る僕に、彼がこう申し出てくる。


「……この写真、送ります。前の動画、も一緒に送りましょうか」


「……お刺身食べてるやつ……かな……」


「……っす」


 例のアレ。やっぱりまだ青海君のスマホにあったんだな……。

 

「よろしく……」



※※※


 その夜は、なんだかふわふわした気分で、いつものハマヤ食堂にて夕食を食べ。


 帰宅後は、その日に着ていたジャケットの手入れをしたあと。

 早速購入したファブリックミストを吹きかけた。


 そうして、ごく自然にその匂いを嗅いでみて。


 !!!


 ばさっ、と、咄嗟に鼻から離してしまう。


 あ、青海君の

 匂い

 が

 する……!!


 そ、そりゃ当たり前か、当たり前なんだけど!


『大丈夫だよ、青海君の使ってるやつでしょ? 爽やかで海みたいな香り。僕、好きな匂いだから』


 今頃気がついたけど、なんかすごい、へ、変態っぽいことを本人の前で言ってしまった気がする!


 女性相手だったらセクハラだったかも……。

 いや、男性でもアウトだよね?


 ど、どうしよう……。


「……」


 なんだか落ち着かなくなって、ここ最近の、青海君との時間を思い返してしまう。

 

 ゴールデンウィーク初日に、偶然アクセス山で会って。


 熱中症めいた症状の僕を介抱してくれた時の。

 おでこと、頬に感じた、青海君の指の、少しかさついた感触とか。


 今日は今日で、パフェとかケーキとか、一緒に行ってくれるって言ってくれて。


 彼のお祖父様の代より懇意にしているというテーラーに連れて行ってくれて。



 公園の藤棚に立ち寄った時も。

 僕と猫の写真なんか撮っていたりして。


 か、可愛いとか言ってきて……。


 あ、あれは結局、猫のこと、だったんだけど。


 ていうか写真……僕の写真とか……あと、食べてる動画とか……スマホに残してるとか……。


 ま、まあ、それは、こっちに送ってくれたら、消すよね。うん。


 こんな風に色々と考えてしまいながら、ジャケットを掴んだまま、ベッドに倒れ込む。


 広がったジャケットに、恐る恐る顔を近づける。


 爽やかな海のような香りがする。


 ……青海君の匂いが。


 それは、切ないような、安心するような匂いに感じて。


「変、じゃないか……僕……」



【続く】


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第二十一話予告


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 蓮ノ谷光彦です。


 青海君との休日は、楽しく、そして……。

 なんだか気恥ずかしい記憶が残るものだった。


 しかしその余韻を味わう間もなく。

 僕のあずかり知らぬところで、とある計画が進行しているのだった……。


 次回、第二十一話「青海航也と蓮ノ谷光彦は、すれ違う。」


 だめだ、青海君、僕に近寄らないでくれ!


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【作者からのお知らせ】


いつもお読みいただき、誠にありがとうございます!


この物語は週一回更新です。


次回二十一話は2023年3月25日(土)22:00を予定しています。

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