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第二話 青海航也は、蓮ノ谷光彦に顔向けできない。(前編)


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前回(第一話)のあらすじ


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 蓮ノ谷光彦です。


 東京本社から福岡支社に、営業部企画広報室の主任として赴任してきた僕。


 苦手な部下である青海君とのミーティングにドキドキしていたけれど。


 彼が、僕の最推しYouTubeチャンネル視聴者かもしれない……?

 って出来事があって、別の意味でドキドキしています……!


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第二話 青海航也は、蓮ノ谷光彦に顔向けできない。(前編)



【青海side】



「それ、『ごはんつぶ』さん動画のタイトル?」


 蓮ノ谷主任はそんな風に、突然声をかけてきた。


 そして俺……青海航也は。

 その事実に……情けないくらいに動揺してしまっている。まさに、今。


 動揺した理由は三つある。


 その一。


 主任・蓮ノ谷光彦という人物は、今まで必要以上に話しかけてくる上司ではなかったから。


 東京本社から福岡支社に、営業部企画広報室の主任として転勤してきた男性。


 童顔で優しげな顔立ちのせいで若く見えるが、多分二十代後半くらい。


 二週間たった現在でも、ほぼソレくらいしか知らないくらいに、おとなしい上司で。こちらに深く関わってこない人。


 そう、認識していたのに。


 その二。


 蓮ノ谷主任が指摘したとおり、俺の目の前のモニターにてループ再生されているタイトルアニメーションは。


 彼の言うところの『ごはんつぶ』さん動画、YouTubeチャンネル『福岡おすすめランチ情報』のそれだったから。


 そのタイトル素材に、今取り掛かっている業務用動画に使えそうなパーツがあることを思い出し。

 こっそりデータを呼び出していたところだったのだ。


 まさか、登録者が十人にも満たないチャンネルを知ってる人が社内にいるなんて、想像すらしなかった。


 そして……その三。

 『福岡おすすめランチ情報』は……。


 実はこの俺、青海航也が匿名の『ごはんつぶ』名義で密かに運営しているチャンネルで、しかも……。


 今目の前にいるこの主任、蓮ノ谷光彦をモデルにした架空の会社員を動画作者に想定して作っているからだ。もちろん、無許可で。


 ちらりと主任の方をうかがう。といっても、顔などはとても見られないので、彼の胸の辺りまで。


 ネクタイの明るいグリーンが眩しく、すぐに目を逸らす。


 ……この人の声に似た合成音声を見つけてしまったがための出来心。


 少しでもマシな動画スキルを身につけようとしたことと、なんらかの経験になるかとチャンネル運営も始めてみようと思ったのが悪かったのか。


 俺がニートだった時代に、何度かゲーム実況動画作ってみただけだってのに。

 それなら経験者じゃないかと、奏二郎そうじろうの奴に、無理やり今年から新規に発足した今の部署に押し込められたもんだから……。

 

「す、すごいね! 同じの、作れるの? あ、あのチャンネルさぁ!」


 主任はどんどん話を進めていく。


 脳内であれこれ考えすぎて、もはや挙動不審にすらなっていそうな俺に構わずに。


 それにしてもこの人、こんな早口な人だったのか?

 あと声デカくないか? 周りからの視線が辛いんだが?!


「僕、毎回楽しみにしてるんだよねぇ! 君も、見てるんだねっ!」


 なぜだ、なぜ、そんな話を俺にしてくるんだ。


 もしかして、この人自身をモデルにして食レポ動画作ってるってバレたのか?


「と、ごめん、余計な話しすぎちゃったかなっ?! えっと、本題に入るね! あ、ちょっとあっちのミーティング席に来てもらえるかなっ?」


 ……終わった。いや、バレたと決まったわけじゃあないが。


 こういう行為って、何らかの犯罪に該当するんだろうか?


 対象が女性だったら一発アウトかもしれない。

 いや、男性でもダメだろう。何より単純にキモいよな……。


 まるで十三階段を登るような気持ちで、オフィスエリア横に設置されているミーティングテーブルに向かう。


 しかし、そんな俺の悲壮な覚悟とは裏腹に……。


「えっと、営業部から新規の動画作成依頼があって。ゴールデンウィーク後から取り掛かるのでいいんだけど、早めに依頼しておこうと思って」


 後略。

 ……こんなふうに至極あっさりと、主任とのミーティングは終わった。


「……」


 思わず、主任の顔を見てしまう。

 それだけ? という気持ちが顔に出ていたらしく。

 彼は急にあわてだした。


「え、どうしたの? あ、情報足りなかったかな?」


 そんな問いかけを聞きながら、俺は久しぶりに……この人の容姿を視認した。


 色白で優しげな面立ち。今は、困り眉で心配そうにこちらをうかがっている。


 少しブラウンがかった、襟足が長めなウルフカット。


 焦茶色のスリーピースを身につけているが、室内だからジャケットを脱いでいて。

 今は同色のジレに、ライトグレーのシャツ姿だ。


 ……唐突に、四月頭の出来事を思い出す。

 この人、自分自身の歓迎会の時も、こんな服装だったな、確か。


「蓮ノ谷さん、よろしいでしょうか?」


「うぇっ、あ、ああ、晶城寺しょうじょうじさん」


 総務の晶城寺女史が主任に話しかけてきたのを機に、ようやく気づく。


 今の今まで、無遠慮にジロジロと彼を見てしまっていたことに。


「慰労会のことだよね。ごめんね、結局みんな任せちゃって」


「福岡にいらしたばかりの蓮ノ谷さんに幹事なんか押し付ける鳥越さんのほうがどうかしています」


 息継ぎなしでサラッと上司をこき下ろす彼女には、中間管理職としては迂闊うかつな同意もしかねるようで。曖昧な笑みを浮かべる主任。


 目の前でこんな風に展開される会話を聞きながら、俺はだんだん冷静になってきた。


 主任みたいなタイプは、まさか自分のモデルの動画があるなんて思いもしないだろうし。

 そもそも白昼堂々、業務時間に詰めてきたりなんかしないよな。


 そう。おそらく九割方、バレてはいない。

 ただ、今後も動画アップを続けていくかは要検討だな……。


 すると突然、晶城寺さんが俺に話しかけてきた。


「青海さんも参加で良かったですよね?」


「……っす、あ、はい」


「了解です。六時半から『居酒屋いなり』ですので」


 そう言い残し、彼女はボストン型眼鏡のブリッジをクイっと上げつつ去っていった。


 勢いに押され、意味もなく女史の後ろ姿を目で追ってしまってから、何となく主任の方をうかがうと。


 彼は、不思議そうな、意外なものを見たような表情で俺を見ていて。


 目が合うと、先ほどのようにまたあわてだした。


「あ、だ、大丈夫そうかな?」


「っす……あ、はい」


「じゃ、じゃあ、お願いするね〜!」


 そうして、バタバタと資料を取りまとめながら去っていったのだった。


 ひとまず危機は免れた……ということにして。

 その後は淡々と業務をこなし。定刻通りに終業した。


 気づけば主任は、幹事としてすでに会場に発っていたようで。


 なので、俺を含めた企画広報室の部下三名は、なんとなく連れ立って移動をした。


 特に仲が良いわけではないので、道中は言葉少なだったが。


 居酒屋にたどり着き、立て付けの悪い店の引き戸を開けると。ワッとした音の洪水が襲ってくる。


 我が社のために確保された一間の中で、社員たちが既に飲み始めている様子に辟易としながら、端の席にそそくさと納まる。


 隣席の同僚たちとビールを注ぎあう、飲み会お決まりのタスクをこなしながら、何となく会場を見渡すと。


 座敷の中央付近で、鳥越部長以下営業部のベテラン陣に、まるで主賓のようにお酌されまくっている蓮ノ谷主任が目に入ってきた。


 外回りの賜物か、すでに日焼けし始めた猛者どもに囲まれた彼は色白で小柄に見え、いかにも押しに弱そうだったが。


 宴会コースらしき食事メニューが大量に運ばれてきたとたん、急に生き生きと料理を取り分け、自分でもしっかり確保して食べはじめる。


 ……そんな光景に、俺はふと、既視感を覚えた。


 そうだ。四月あたま、蓮ノ谷主任の歓迎会。

 同じくこの店で行われたそれに似ている光景。


 未だに飲みつけない酒をなんとなくあおりつつ、そんなことを考えながら、じっと主任の様子を観察してしまっていたようで。

 

 ふと、彼と目が合った。



【続く】


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第三話予告


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青海航也です。


 直属の上司である蓮ノ谷主任が、俺の密かに運営する食レポYouTubeチャンネルのヘビーユーザーだと判明した。


 そんな彼には、まさか当のチャンネルが自分自身をモデルにしているなんて、決して知られるわけにはいかない!


 しかし俺は、身バレを恐れるあまり、彼にとんでもない提案をしてしまうのだった……。


 次回、第三話「青海航也は、蓮ノ谷光彦に顔向けできない。(後編)」


 それはそうと、主任って、なんかいい匂いがする……。


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あ、俺たちの話を少しでも楽しんでもらえたなら、

ブックマーク、いいね、ポイント評価などいただけると、励みになります。


よろしければ、ぜひお願いします。


お読みいただき、誠にありがとうございました。


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【作者からのお知らせ】


2023年1月2日初投稿です。

初回は5話まで一挙公開してます。

よろしくお願いします。

(その後は10話まで連日公開、11話からは週一回更新予定)

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