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第十八話 青海航也、蓮ノ谷光彦とはじめての交換。

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前回(第十七話)のあらすじ


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 蓮ノ谷光彦です。


 天神で偶然遭遇した青海君に介抱してもらった後、うどん屋でご飯を共にした僕たち。


 そこでの会話や帰り道でも。


 青海君のデートするような相手のことや、彼の持つ時計のことが気になったり。


 ゴールデンウィークの今、青海君とランチを一緒に行けないことに寂しさを感じていると気づいてしまった。


 元々、苦手なタイプであった青海君を克服する目的で、努めて彼をランチに誘っていたのだけれど。


 いつのまにか、僕にとって、彼との時間が大切なものになっていたんだ。



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第十八話 青海航也、蓮ノ谷光彦とはじめての交換。



【青海side】



 ゴールデンウィーク前。


 蓮ノ谷主任が、晶城寺さんと二人きりでカフェテラスにいるのを見て。


 俺の知らない、主任の交友関係について考えた。


 ゴールデンウィーク初日。


 偶然、主任と遭遇し、介抱することになって。

 それから、色々、仕事関係ではない話をした。


 そんな状況でのゴールデンウィークの残り期間は、何だか情緒が乱れ気味で。


 気がつけば、熱中症予防の正しいやり方を検索していたり。


 気分転換に繁華街に出ている今も。


 価格帯的に足を踏み入れたこともなかった、フレグランスブランドの専門ショップについ、立ち寄ってしまっている。


 おそらく、主任の使っているファブリックミストであろう商品を扱っている店。


 主任のそれは多分、あの棚の白のボトル。


 テスターを反射的に少し手首に吹き付けてしまってから、売り場に試香紙(ムエット)があることに気づく。


 改めて紙に少し付けてみる。

 それだけで、なぜか心臓が早鐘を打ち、後ろめたい気持ちになる。


 恐る恐る嗅いでみて。

 スッと香りが鼻腔に広がると、それを感じた時の主任の記憶がまざまざと蘇ってきた。


『青海君、食べてる?』


『ね、あの店の子と、仲良いの?』


 思わず顔からそれを遠ざけ、使用済みケースに放り込んだ。


 うっ……。なんか、いたたまれない気分だ……。


 一応、同じブランドの他の商品も試してはみたが。

 最初のそれが一番、主任に似つかわしい気がした。


 俺の知らない鈴本という人間は、蓮ノ谷光彦に似合いの香りを贈ることができるのだ。


 ……彼らの過ごして来た時間を感じて、少し凹んでみたりする。


 ショップを出た後、テーラーアワネに立ち寄った。

 左右の腕の長さが違う体型の場合、オーダーメイドジャケットにオプション料金などかかるのかどうかを確認するためだ。


 そして、主任に近しい人間が、過去に数あれど。


 このことは、もしかしたら俺だけが知ったことなのかもしれないなどと。

 優越感に似たものを感じて、直後に虚しくなってみたり。


 帰宅してからは、先日撮影したドルクカリーを題材とした『ごはんつぶ』動画を編集し始めてはみたが。


 ナレーションの文言が、いまいち決まらない。


 主任だったらどう表現するのだろうと、なまじ本人を知ってしまったがゆえに悩んでしまって。


 まだまだ俺は、彼のことを知らないのだなという事実に気づかされた。


 そんな風に今日一日を、虚しさと自己満足で過ごした俺は。


 密かに心に決める。


 動画講座はおそらくあと一回ないし二回で終わることになる。


 俺が、他より少しだけ長く、主任と時間を過ごす存在であれるうちに。


 俺にできることは、してあげたい。


 彼が福岡に来た時のように、またあっさりと、他の地域に行ってしまうこともあるだろう。


 その時まで、彼にとって俺が少しでもマシな部下であれるようにしたい。


 ……彼が、俺の元を去ってしまうまでは。


 ここまで考えて、なぜか目頭が熱くなってきて。目元に手をやって。


 間違って手首に付けてしまったファブリックミストが匂ってきて。


 主任の使っている香り……主任の匂いに。

 胸が締め付けられるような気持ちになって。


「ホント、バッカみてえだな……」


 部長なんかに言われた言葉を認めるのは悔しいが。


 俺は、確かに迷い子だった。



※※※


 そして、ゴールデンウィークが明けた。


 しかし、今年は週の中日がゴールデンウィークの最終日だったので、二日たてばまた土日休みが来る。


 だから、有給を使ってその間を休んでいる社員もいる。


 ゆえに社内は、まだ連休気分が漂っているような雰囲気だった。


 ただ、営業部とその一部署である我々企画広報室に関しては、月半ばに行われる展示会への出展が決まっているため、その準備が本格化しつつある時期でもある。


 主任は関係部署との細かな打ち合わせに飛び回り。

 俺も、その展示会で使用するサービス紹介動画の仕上げに勤しんでいた。


 昼休みになっても、主任がデスクに戻らないので。

 本日の動画講座はリスケなのだろうと判断する。


 ランチはとりあえず、一人で簡単に取ってこようと席を立つ。


 いっそのこと、このまま終わりが引き延ばされたままであれば良いのになどと、密かに思いながら。


 オフィスを出て、会社のエントランス付近に差し掛かった時。


「……あ」


 背の高い観葉植物の影で、主任が誰かと立ち話をしている。


 相手は、総務の晶城寺さんだった。


 彼女から、何か小さな封筒状のものを受け取って、照れたような笑顔を浮かべている彼の姿を目にして。


 昨日、主任に対する自分のスタンスめいたものを確認したばかりなのに。


 何だかまた、モヤモヤとした気持ちになってしまい、少し足早にエントランスへ向かう。


 背後から俺を呼ぶ主任の声が聞こえた気がしたが、そのまま逃げるように立ち去った。


※※※


 昼は、韋駄天酒場に行くことにした。


 だが、手頃で美味い店の名物である刺身定食は、あまりに主任との記憶が色濃すぎて選ぶ気にならず。


 二番目に記載のあったアジフライ定食を適当に注文したものの、これも意外に味が良く。

 衝動的に主任を連れて来たいと考えてしまって、自己嫌悪に陥る。


 振り切るようにさっさと食べ終わって、会計に向かうと。


 前に撮影許可をもらった女性店員から、にこやかに挨拶されてしまった。


「こんにちは」


「あ、こんにちは……」


「動画、順調ですか? ……今日は、主任さんとはご一緒じゃないんですね」


「あ、え、ま、まぁ」


「お二人で、また来てくださいね」


 百円引きのサービス券を二枚もらってしまった。


 もちろん一枚は主任の分なのだが。


 いざ渡してしまうと、彼をランチに誘っていると思われるのではないかと自意識過剰気味に考えてしまい、また自己嫌悪が襲ってきた。



※※※


 自分の席に戻ると、机の上に付箋が一枚貼ってあった。


『一階のカフェにいます 蓮ノ谷』


 少し丸みを帯びた手書きで、こう書かれている。


 バカみたいに心臓が早鐘を打つ。


 動画講座は、あと一回ないし、二回。


 それで、主任と俺とは、ただの上司と部下に戻る。


 今日、講座の回数を消費してしまったら、その時が早く来てしまう。


 それなのに、何でこんなに。


 ……嬉しさを感じてしまうんだろう。


※※※


 走らない程度に急ぎ、カフェ入り口付近で息を整える。


 そうしてから、おそるおそる店内に入ると、すぐに声がかかった。


「青海君」


 窓際のカウンター席にちょこんと座った主任は、振り返りながら俺に向かってニコニコと手を振っている。


 ガラス越しに差した陽光で、主任の少しブラウンがかった髪が照り映える。


 走り寄りたい気持ちを抑えて、彼の元へ足を運ぶ。


 俺が隣の席に座ると、すぐに主任は話しかけてきた。


「今日はバタバタしててお昼一緒に行けなかったけどさ、講座だったらできるかなって思って。青海君は、どこで食べたの?」


「韋駄天酒場……す」


「いいね〜! 刺身定食?」


「……いえ、今日はアジフライ定食にしました。……美味かったです」


「あ、それ、気にはなってたんだよね!」


「……サービス券、もらいました、主任の分も」


「わ、ありがとう。また行こうね」


 主任に気を遣わせてしまったように思い、心苦しくなる。


 だが、主任は社交辞令としてそう言ったまでだ。などと自分を納得させては、一方で寂しい気持ちになったりもする。


「動画、順調ですかって店員の人に言われましたよ」


「うわあ、プレッシャー……」


 苦笑する主任に、前回からの続き作業を指示する。


 今回は、前回仮に繋いだ素材の調整。


 それが一通り終わったら、オープニングとエンディングを無料素材を使ってシンプルに仕上げ、BGMを追加する。


 昼休みの終わりが近いため、ひとまずこの辺りで講座をストップさせた。


 そうして主任に、次で最終回だということを告げる。


「え、もう終わりなんだっけ?」


「あとはどこまで仕上げるか、次第です……けど」



 終わりの時を主任の判断に委ねてみて、大げさだが死刑宣告を待つような気分になったりもする。


「そっか……」


 妙に深刻な顔をした主任は、少し思案するような仕草をすると。

 ジャケットの内ポケットから、封筒のようなものを取り出した。


 さっき晶城寺さんから受け取っていたそれなのかと、胸がざわつく。


「青海君。あの、ね」


 主任は少しためらいながらも、俺の目の前にお食事券と書かれた紙片を差し出してきた。


「晶城寺さんからいただいたクーポンでね。彼女の婚約者さんの、ご友人の経営するレストランのもので」


「こんやくしゃ……」


「あ、知らなかった? 彼女、秋に式なんだって。でね、晶城寺さんの彼、なんか交友関係広いみたいで」


「あきにしき……」


「……で、あの、さ……今度の土曜日。青海君は、予定どうかな?」


「……」


「あ、あと……待ち合わせにあった方がいいかなって思うんだけど、青海君LINE使ってる? 使ってたら、ID交換、いいかな?」


「……」


「あの、もしだったら、今回しか使わないから」


「あ、いや、大丈夫っす!」


 やっと今、目の前で起きていることを認識できた勢いで、いささか食い気味に反応してしまう。


 主任は驚いたように、目をしばたたかせているが、俺はそのまま、前のめりにこんなことを口走ってしまった。


「休みは特にいつも、予定とかないですし……いつ、使ってくれても。その」


 何を言っているんだ俺は。

 なんか催促してるみたいになっているじゃないか。心の中で舌打ちをする。


「あ、すみません、主任がいやなら」


「いやじゃない」


 今度は主任のほうが、食い気味で否定してきて。


「青海君を誘ったのは僕だから。青海君が休日に……その、業務でもないのに上司なんかと出かけることがいやじゃなければ」


「いやじゃない、です。主任……えっと、蓮ノ谷、さんと出かけるのは、いやじゃない、です」


「……ありがとう」


 やっと笑顔を取り戻してくれた主任に、ホッとする。


「……あ、じゃあ、土曜、よろしくお願いします」


「うん!」


 その後、来週に迫った展示会の準備のこともあり、次の動画講座はそれが終わった後にしようと主任から提案があった。


 最後の講座が先送りされたことに、こっそり安堵する。


 ……昨晩の決意は何だったのかと情けなくなりつつも。

 オフィスに戻るまで、主任の隣を歩きながら密かに土曜日のことを思う。


 食事の場所は決まっているとして、その後はどこに連れて行こう。そしてその後は。


 頼まれてもいないのに、次々に考えてしまう自分を止められない。


 主任を笑顔にしてあげるために、俺にできることはなんだろう。


 今はまだ、近くにいられるのだから。



【続く】


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第十九話予告


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 青海航也です。


 主任からの突然の誘いで、休日に会うことになった俺たち。


 しかし、共にしたランチの場で、衝撃的な事実が判明してしまうのだった……。


次回、第十九話「蓮ノ谷光彦、青海航也とはじめての休日。(前編)」


 やっぱり主任のこと、俺がしっかり見守っていないと……。

 


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【作者からのお知らせ】


いつもお読みいただき、誠にありがとうございます!


この物語は週一回更新です。


次回十九話は2023年3月11日(土)22:00を予定しています。



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