第十六話 蓮ノ谷光彦と青海航也、一緒に山を降りる。 (前編)
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前回(第十五話)のあらすじ
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青海航也です。
ゴールデンウィーク直前に知らされた、主任の交遊関係のあれこれに、なんだか凹んでしまっていた俺だったが。
ランチを共にした母とその婚約者の幸せな様子に癒されて、少し気を取り直したのだった。
……と、思ったら。
俺の目の前に、なぜかランニングウェア姿の主任が現れ、いきなりよろよろとへたり込んでしまったのだった。
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第十六話 蓮ノ谷光彦と青海航也、一緒に山を降りる。 (前編)
【蓮ノ谷side】
「主任……」
「青海……君……?」
こちらの顔を心配そうに覗き込んでくる、逆光の青海君の顔が見える。扇風機みたいな風が顔に当たって気持ちがいい。
どうやら、木陰のベンチらしき場所で僕は寝かされているらしい。
僕、どうしてここにいるんだっけ。
確か朝起きて……。
~ 回想・朝 ~
「うう……」
ゴールデンウィーク初日なのに、イマイチ寝起きが悪い。
寝床でゴロゴロしながら、昨晩から何度も考えてしまっていたことをまた、思い返す。
昨日の昼休みのあと、青海君と話が出来なかったことなんだけど……。
でも、もしその機会があったとして。僕は、彼と何を話すっていうんだろう。
部長とどこ行ってたの、どうして部長と一緒だったのって、聞くんだろうか。
業務上の理由ではないのは確かだ。
なぜなら、昨夕の会議中も終わった後も、鳥越部長からは特に何もなかったから。
彼とはまだ短い期間の付き合いだけれど、根回し後始末はきちんとする人だということはわかるし。
だから。つまり。
……昨日のアレは、プライベートということに、なる。
総務の女性社員の言っていた、青海君に関する噂を思い出す。
青海君が部長の隠し子説。
鳥越部長が離婚されているのは聞いているけど、お子様に関しての情報は知らない。
隠し子? ならまあ、こっそり二人でご飯食べに行く、とかあるかもだけど……。うーん……。
青海君が部長と……パパ活、してる説。
お金欲しさに、か、カラダをって……そんなタイプに見えないけど……。
かと言って、どんなタイプの子がそーゆーことをやるかはわからないけど……。
青海君は、お母様と二人の家庭ということは知っている。でも、今は一人暮らししてるはずだし……。
青海君、困ってるなら、僕に相談してくれればいいのに。
お金とか……そんなに無いけど……。
ハッ、そしたら僕が『パパ』になっちゃうんじゃあ?
僕は、別にっ、か、カラダとか要求したりしないよ?!
そもそもパ、パパ活とかっ、あくまで噂、いい加減な風聞に過ぎないことなんだし……!
……とりあえずシャワー浴びてこよ……。
バスルームの鏡の中の自分は、大層ひどい顔をしていた。それを見るに耐えられず、うつむいたら下腹辺りが目に入って。
……我が腹肉をつまんでみる。ぷに……ってしてない、僕……。
そして、恐る恐る体重計に乗ってみて……。
う、うわあ……!
福岡に来てから、あまりにもご飯が美味しくて……!
運動も忙しくて出来ていなくて……!
とりあえず、速攻でシャワーを浴び、ほぼ新品のランニングウェアに袖を通す。
うんっ。いい機会だ。この、なんか良くないモヤモヤした感情も、走って振り払うぞ。
大濠公園の池の周りがランニングコースだから、まずそこまで走っていこう。
(蓮ノ谷走行中……)
公園では、老若男女様々な人々が運動をしていて。僕も彼らに影響を受け、がぜんやる気になってくる。
よし、みんなに続くぞ!
(蓮ノ谷走行中……)
勢いで三周くらいして、池端のベンチでスポーツドリンク片手にしばし休憩する。
はぁ、まだまだいけるじゃない、僕。
あ、そういえば、ゴールデンウィーク前に銀行でお金を下ろすの忘れてた。
今は都市銀行にしか口座を持っていないから、繁華街の天神地区まで行かないとATMがないんだよね。
福岡にはしばらくお世話になりそうだし、そろそろ近所に支店がある地方銀行に口座を開こうかなあ。
とりあえず天神へ向かう電車に乗ろうと駅へ歩みかけてから。ふと、思いついてGoogleマップアプリを開いた。
ここから天神駅まで二キロくらいかぁ。
よし、いっそのこと走って行っちゃおうか!
先日、管理職が集まるミーティングで。
誰だったか、福岡市南方にある有名な観光地に、徒歩で行ってみたと話していたのを小耳に挟んだ記憶がある。僕より年上の方だったはず。
その観光地までは、ここから約二十キロ。
それに比べたら天神なんて、余裕で徒歩圏内。近所、近所!
行っくぞー!
(蓮ノ谷走行中……)
はぁ、はぁ……。なかなか行けるじゃん、僕……。
天神地区に差し掛かったあたりで見つけた、小さな公園のベンチで休憩する。
汗を拭きながら、ふと見上げた目の前のビル壁面が、森、みたいに見えて驚いた。
検索してみると、その森みたいなビルは、市の都市緑化政策の一環で。
外観の一部を段々に改修し、その段ごとに木を植えて、展望台である屋上までの階段をつけて開放したものらしい。
その名も、ビルの名を冠した『アクセス山』。
……冷静に考えれば、一見緑いっぱいの公園めいた牧歌的な施設だけど、地上十階建てのビル階段な訳で。
それを一気に登るなんて、レンジャー部隊の訓練かよって話なんだけど。
その時の僕は、ランナーズハイというか……。
さすがに頂上付近に近づく頃にはクラクラして来て、それでもあの坂を越えれば……って無理を押して……。
案の定、ゴール間近でどうにも足が動かず、息を切らせていたら。
……なぜか、そこに、青海君の姿が見えて。
そしたらなんだか急に気が抜けて、次いで視界が暗転して……。
〜 回想終わり 〜
……お、思い出したぁっ!
そして、今の僕の状況に焦り出してしまう。
もしかして、僕、あ、青海君に。
ひ、膝枕っ、とかっ、してもらってる……?
か、過去の彼女にもやってもらったか定かじゃない行為なんだけどっ。えっ、こういうの、若い子とか普通なの?
混乱して思考があらぬ方向に行ってしまう僕のおでこに、落ち着かせるかのように青海君の手のひらが乗せられる。
骨ばった指の、男らしい大きな手。ひんやりして気持ちがいい。
「顔色も正常ですし、熱とかはないみたい、ですけど。まだ、動かない方がいい……と思います」
青海君は僕に向かって幾分屈み、いつもより潜めた声で、そう告げてくる。
声音が吐息混じりで囁くように聞こえ、以前感じた海のような爽やかな香りがする。
彼の指の背が、僕の頬を伝ってゆく。
熱を測っている……のかな。
なぜかすごくたまらない気持ちになって、思わず名を呼んでしまう。
「あ、青海君」
すると彼はビクッとして、少しあわてたように側からハンディファンを取り出し、僕に渡してきた。
「これ、使ってください」
さっきまで僕に吹きつけられていたのは、このファンの風だろう。青海君が当ててくれていたに違いない。
「ん、ありがとう……あー涼しい……僕、熱中症ってやつなのかな……」
風を顔に感じながら起き上がる。
「主任、スポドリ飲めますか」
「ん……」
受け取ったスポーツドリンクは、一気に半分くらいになった。
「そういやこれ、わざわざ買ってきてくれたんだね、ありがとう……えっと……」
青海君の顔が、こんな状況に陥った僕の事情を聞きたそうだったので。
朝から今までを正直に話した。青海君には介抱してもらったんだし。
……もちろん、今朝方モヤモヤ考えていたあらぬ妄想については、ヒミツにしたけど。
そして僕からも、どうしても気になっていたことを聞いてみた。
「……そういえば、青海君はどうしてここにいたの?」
疑問を口に出してから。
僕の脳裏に、ある連想が急に浮かび上がってくる。
ここは、繁華街にあるアクセス山。しかもゴールデンウィーク初日。
↓
アクセス山含め、周辺にもいわゆるデートスポットがたくさんある。
↓
も、もしかして、誰かと待ち合わせだったんじゃあ……!
「あ、ぼ、僕っ! お邪魔、しちゃったかなっ?」
あわてて立ち上がった瞬間。
ぐぅぅぅ……。
お腹の音が見事に鳴ってしまった。
「あ、朝からっ……何も食べてなくてっ……」
「……メシ、行きますか」
「え、あの、青海君……その、用事とかあったんじゃあ」
「もう、用事は済みましたから」
そう言って、青海君は手早く荷物をまとめ、僕を促して下山して行ったのだった。
【続く】
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第十七話予告
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蓮ノ谷光彦です。
青海君と、うどん屋さんでごはんを一緒に摂ることになった僕。
そこで、どうして彼がアクセス山にいたのかについて教えてもらったのだけれど。
なぜか僕は……青海君が、休日にデートするような相手がいるのかということが。
気になってしまったりするのだった。
次回、第十七話「蓮ノ谷光彦と青海航也、一緒に山に降りる。 (後編)」
……あと何日、青海君とランチに行けないんだろう……。
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【作者からのお知らせ】
いつもお読みいただき、誠にありがとうございます!
この物語は週一回更新です。
次回の第十七話は、2023年2月25日(土)22:00を予定しています。




