第十五話 青海航也・蓮ノ谷光彦、それぞれ山に登る。
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前回(第十四話)のあらすじ
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蓮ノ谷光彦です。
公園で総務の晶城寺さんに助けてもらった後、一緒にパフェ屋に行くまでは良かったんだけど。
そこで、青海君が部長の車の助手席に乗ってるとこを目撃してしまったり。
総務女子二人から、彼と部長の妖しい噂を聞かされてしまったりして。
……複雑な思いに苛まれてしまう僕だった。
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第十五話 青海航也・蓮ノ谷光彦、それぞれ山に登る。
【青海side】
目が覚めて、始業時間の間際であることに焦ってから。
本日は、ゴールデンウィーク初日だったということに思い至った。
まだ覚醒しきらない思考は、昨日見たカフェの……蓮ノ谷主任に関する記憶を反芻する。
あのあと会社に戻ってからも。
休みの前の忙しさで、主任はほとんど部署に立ち寄らず。
俺は彼と何も会話ができないまま、終業時間を迎えてしまった。
……かといって、待ち伏せてまで話すことがあるのかっていうと悩んでしまい……昨日は素直に帰宅したのだった。
モヤモヤしてきたので、とりあえずシャワーを浴びることにする。
この後、人と会う予定もあるのだし。
それは、俺の母と、母の新しい恋人もまじえたランチ。
彼はおそらく、母との再婚まで一番距離が近いであろう人物で。
俺の方は、もう今更そのあたりを気に病む年齢でもない。
むしろ、ようやく母が再婚を考える気になってくれたと、これまでいかに自分が彼女に心配をかけていたのかと申し訳なく思っているくらいだ。
何を身につけていくかは決まっている。
祖父から譲り受けたジャケットと、修理が終わった時計。
時計は、亡き父のものだったらしい。今の会社に就職が決まった時、母から俺に譲られた。
らしい、というのは、父とは俺が三歳のときに死に別れたため、彼がこれをつけた姿は記憶に無いからだ。
ジャケットも時計も、俺の持ち物ではそれぞれ一番の高級品なので。
せめて、これから会う二人に敬意を表したかったのだ。
※※※
福岡市の繁華街である天神地区の中心部にありながら、周辺地域が静かな一角にある品の良いフレンチの店にて。
引き合わされた母の彼氏は、母より少し年上の穏やかな風貌の紳士だった。
彼は終始笑顔を絶やさず、母と俺に気を配りながらも、卒なく場を盛り上げるような会話ができるような人物であったが。
意外と少し抜けたところもある彼が、母から度々世話を焼かれるその姿を見るにつけ。
シングルマザーとしてアパレル業界で一人奮闘しながら、常にクールに物事に対応してきた母が、なんだか彼といると気を許しているように思え。
母が少し席を外し、彼と二人になった際。
自然と、母をよろしくお願いしますという言葉が口をついたのだった。
※※※
母の彼氏が地下駐車場に停めた車を取りに行く間、母と俺は待ち合わせ場所まで向かう。
その道すがら、久しぶりに親子の会話をした。
「航也それ、おじい様のジャケットよね。似合うじゃない。直したの?」
「……少し」
「テーラーアワネの仕事、さすがね。エルボーパッチなんて、若い子の流行りじゃないんだろうけど。流行のシルエットに無理なく合わせてる感じ」
母はくるくると俺の周囲を巡りながら、感慨深げにこう言った。
「……あんた、航一郎君に似てきたわね」
「……今日、それ言うのかよ」
「ふふ。彼の時計をつけてきたあんたには言われたくないな」
「他に持ってないし、もしあっても多分これが一番いい時計になるだろうから。……気に障ったら謝る」
「咎めてるんじゃないわよ。使ってくれていて嬉しいの。……なんとなく、彼に立ち会っていてもらった気にもなったし」
「……父さんも……」
母が足を止めて、俺を見上げる。
「……祝福してる、きっと」
「……そう、思う?」
「幸せそうだったから。……母さんが、あの人と食べてる姿が」
「ありがとう……」
返事をする母が、何となく涙声だったことに慌ててしまい。話題を変えようと焦る。
「それにしても、母さんがあんな美味い店知っていたなんて意外だった」
「やあね、あの人のレパートリーよ。いい店たくさん知ってる人なの」
「やっぱり」
「あんたにはわかっちゃうわね。……あんたと二人、生きるのに必死だったとはいえ、食事に関していかに何も考えていなかったか。あの人と会って、すごく実感したのよ」
母は俺の正面に立つと少しうつむき、ポツリともらした。
「……あんたにも悪かったなあって思ってる、正直」
「……そんなこと」
「今はちゃんと食べてるの? 私が言うのも難だけど」
『明日のお昼、どこ行こっか』
自然と主任を想起してしまい、顔がゆるみかけてしまったので、努めて引き締める。
「……大丈夫だよ」
「あれ? ……ふふっ」
……母には勘づかれたかもしれない。
「……なんだよ」
「ま、次はあんたのいい人と、ご飯食べるの楽しみにしてるわ」
「そんな相手……」
『美味しいね、青海君』
「……いねーよ」
母はニヤリとし、すかさず指摘をしてきた。
「間があった」
少しはやり返したくなって、母の天敵たる人物を引き合いに出してみる。
「なんかその笑い方、奏二郎に似てる」
「ええ?! やめてよね! あいつ、一応義弟ながら、どうしてああも胡散臭いのかしら。昔は……顔だけは可愛かったのに。……あんた引き取ってくれたのは、そりゃ、ありがたく思ってるけど」
※※※
家まで送ってくれるとの、母の彼氏からの申し出を丁重に断り、二人を乗せた車を見送る。
幸せな彼らを目の当たりにして、いつのまにかモヤモヤがどうでも良くなり、とりあえず少し歩くことにする。
レストランに入るまでは少し肌寒かった気温が、軽く汗ばむくらいに上昇していたので。
羽織っていたジャケットを脱いで脇に抱えた。
いつの間にか、天神地区のランドマークでもある複合文化施設『アクセス』まで歩いてきていたことに気づく。
この施設は外観の一部が階段状に設計されており、その段の部分に植物が植えられて、公園として一般に開放されている。
学生の頃、従弟と頂上まで競争したこともあったことを懐かしく思い出しながら、ゆっくりと階段を登ってみたが。
アラサーとやらに差し掛かる年齢となってしまった俺には、さすがに一気に攻略するのは少しキツめだった。
頂上に着いて、しばし風に吹かれながら休憩する。
その後、降りようとした際、階段脇で誰かがうつむいているのを目端に捉える。
「は、ぜえっ、はぁっ、やっぱ、むり……」
走って登ってきたらしきランニングウェアの男性が、手すりにもたれている。
荒い息で首を垂れていた彼がふと顔を上げた瞬間、思わず声が出てしまった。
「主任……?!」
「あ、はぁっ、あ、あお、み、くん?」
汗まみれな顔を上気させて、息も絶え絶えの蓮ノ谷さん。俺の主任は。
こちらを認めると、ふわっと安心したように笑み。
よろよろとへたり込んだ。
【続く】
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第十六話予告
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青海航也です。
ゴールデンウィーク初日、俺は意外な場所で、偶然主任と出会うことになった。
彼と初めて過ごす、仕事以外の時間。
それは、これまで無意識に抱いていた主任に対するある種の感情を、ゆるやかに認識させられていくきっかけのように思えた。
次回、第十六話「蓮ノ谷光彦と青海航也、一緒に山を降りる。 (前編)」
あ、主任の熱、測らないと。
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【作者からのお知らせ】
いつもお読みいただき、誠にありがとうございます!
この物語は週一回更新です。
次回十六話は2023年2月18日(土)22:00を予定しています。




