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第十三話 青海航也、蓮ノ谷光彦にナイショの撮影。

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前回(第十二話)のあらすじ


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 蓮ノ谷光彦です。


 会議の後、鳥越部長から青海君との動画講座についてヒアリングされた僕。


 話しているうちに思い出されていく彼との記憶には、何だかむずがゆくて落ち着かない気持ちになってしまって。


 しかしなぜか、それを聞く部長の雰囲気が変わったように感じた後。


 彼から、二人の飲み会に誘われたのだった。



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第十三話 青海航也、蓮ノ谷光彦にナイショの撮影。



【青海side】


『あの、えっと、……『ごはんつぶ』さん動画と言えばさぁ、最近新作がアップされないんだよね! 寂しいなあ〜』


 蓮ノ谷主任のこのような発言を受け。


 俺は今日の昼休みを、主任の言うところの『ごはんつぶ』動画……つまり俺が密かに運営するYouTubeチャンネル『福岡おすすめランチ情報』の新作取材にあてることにした。


 あくまでアリバイ作りのため、仕方なく、である。


 別に、蓮ノ谷さんが寂しがっていたからではない。決して。


 ゆえにわざわざレンタルサイクルを駆り、会社から大濠公園を挟んで反対側にある六本松地区を訪れたのだった。


 主任に秘密のミッションであることは大前提としても、社の他の人間とも蜂合わせないようにという意味もある。


 ちなみに、今回取材対象に選んだ店は『ドルクカリー』という。


 閑静な住宅街の一角にひっそりと店を構える小さなカレー屋だが、インスタやGoogleマップのレビューでも高評価を獲得している人気店である。

 

『ドルクカリーの名の由来はデンマーク語で「短剣」を意味する「dolk」です。食べた人の胸を短剣で切り裂くような印象に残るカレーになるように願いをこめてつけました』


 カウンターテーブルに備え付けられた説明プレートを撮影したあと、改めて読んでみたが……なかなか物騒な名前だ。


 この店は実は、企画広報室の同僚である村野さんが教えてくれた場所なのである。


 先日一緒に昼メシを食べた際、恋人と行ったことがある店だと話していた。


 それを聞いて激昂した田之上さんが、合コン計画を更にしつこく村野さんにせっついていたっけな……。


 そうこうしているうちに、カレーが運ばれてきた。


 伏せた椀型に成形されたライスを取り巻くようにスープ状のカレーが広がり、皿の端には様々な色合いの付け合わせが添えられている。


 同じものを頼んでいる客の様子をそれとなく観察すると、ライスも付け合わせも全て混ぜて食べたり、少しずつ崩しては味変を細かく楽しんだりと、様々な食べ方をしているようだ。


 以前、主任と訪れたカレー屋とは、同じカレーという名がついていても見た目も味も違っている。


 主任だったら、この料理を前にして、どんな感想を語るんだろう。

 

 いずれにせよ。


『美味しいね、青海君』


 すごく幸せそうに、美味そうに食うのだろう。


 このあいだ、間違って撮影してしまった動画内の、刺身を食べる姿のように。


 ちなみに、その主任の食事風景動画なのだが。


 講座では使わない予定の素材で、しかも俺のスマホの容量のこともあるし、主任にデータを渡すなりしてから消去しようと一度再生してみたところ。


 ……見ているうちに、なんだか落ち着かない気分になってしまい……。そのまま放置している。


 それはともかく。


 相変わらず自分は美味いかどうかしか語ることは出来ないけれど、記録を取ることだけは出来るから。可能な限り撮影することにした。


 この動画がアップされたら、主任は間違いなく行きたがるだろう。


 ただ、ここまで昼休みの間に来るためには、バスもしくは自転車を使うしかない。

 バスは時間が厳しいし、やはり自転車、レンタルサイクルが無難だろう。


 主任は自転車に乗れるんだろうか。まあ、普通に乗れるか。

 そもそも通勤に自転車使ってるんだったか? 無かったらまあ、レンタルサイクルでいいか。すぐ登録できるし。


 後は休日ランチにする……とか。


 そういえばあの人は、どこに住んでるんだっけ。住所によって行きかたは違うから……。


 ここまで考えを進めてから。後から入ってきた客をふと目にして、ドキリとする。


 主任にどことなく似ている柔らかな雰囲気の男性が、女性を伴いながら席に着く。もちろん別人なのだが、なんだか落ち着かなくなる。


 ……そもそも、どうして自分が主任を連れてくる前提で考えているんだ?


 モヤモヤしだした思考をランチサービスのアイスコーヒーで押し流し、店を後にした。



※※※


 カレー屋の入居する古いアパート付近には、街路樹が立ち並ぶ石畳の歩道がある。歩道の端にベンチが設置されている、細長い公園めいたエリアだ。


 ベンチで思い思いに憩う主婦や学生たちの横を足早に通り過ぎながら、近くのレンタルサイクルポートの在庫をアプリで確認する。


 すると突如、車道からパパッとクラクションが鳴った。


 思わず目を向けると、派手な黒のスポーツカーが横付けしてきた。


 ひと目見て持ち主がわかってしまい、かつ、放っておくと確実に面倒なことになることは明白だったので。


 周囲の視線を気にしないようにして、とりあえずそばに寄っていく。


 念のため、会社の他の人間がいる可能性も考慮して、声を潜める。


「業務時間中になんで自家用車なんすか」


 運転席の鳥越部長は、鼻で笑いつつも弁解めいた回答をよこしてきた。


「お仕事だってば。接待、せったい〜。車趣味の方でね、あのお客様がいらした時は、いつも僕の愛車で参上せよとのご指定なんだ」


「ハァ……」


 ちなみに奴は、車内ではカラーグラスの眼鏡をかけるので、胡散臭さが倍増している。


「というわけで。ただ僕だけで帰るのも寂しいなと考えていたところに、ちょうどタイミングよく迷い子がいたものだからね。声をかけたわけ」


「迷ってません。自転車あるから昼終わるまでには帰れます」


「レンタルだろ? 近くのポートに置いて、こっち乗ってきなさいって」


 それでも渋る俺に、ヒゲとメガネの悪魔は主任を使って脅迫してきた。


「今度、蓮ノ谷ちゃんと二人でしっぽり飲むんだけどさ」


「……?!」


「彼、すごく楽しみにしていてくれてさぁ。僕、そんな可愛い部下を悦ばせるために、彼が大好きなユーチューバークンの正体、うっかり口を滑らせてしまうかもしれないなぁ」


「……」


「さ、乗った乗った」


 脅しに屈するのは腹が立つが。振り切るのもまたリスクが高いと判断し、仕方なく助手席に乗り込む。


 滑るように走り出した車内で、俺は気になっていることを聞き出そうとしたが。


「その、主任と二人で……飲むって……どう」


 鳥越はあっさり無視をして、質問を返してきた。


「今日は仲良し動画講座じゃなかったの?」


「……最近……チャンネルのほうに新作ないって指摘されたんで。……アリバイ作りっつうか」


「秘密の撮影だったというわけかぁ。無理して遠くまで来ちゃって。大変だねえ」


「……主任は……どっかの部長サンのチャンネルだと思い込んでるから安心ですよ」


 改めて口に出すと、また、なんだかモヤモヤしてくる。


「ええ? 部長? なんでまた。……あー、あれか。爺さんジャケットか」


「……」


 鳥越の指摘してきたものは、おそらく俺が祖父から譲り受けたジャケットのことだろうと思われた。


 会社には着ていかないものなので、休日に撮影した時の動画のどれかに映り込んでしまったのだろう。


 ……失態がまた発覚したことを忘れるためにも、話題変更を試みる。

 元々これを聞き出そうと、こいつの車に乗り込んだのだし。


「さっきの話、主任と二人で飲むって、どう」


「ぉあっ」


 部長は突然奇声をあげると、車を道路端に寄せ出した。


「な、なんすか」


「ほら、蓮ノ谷ちゃんと……」


「晶城寺さん……」


 鳥越の指差す方向を見て、思わずつぶやく。


 いかにも女性ウケしそうなカフェのテラス。その中央付近、赤いパラソル下の白いテーブルに。総務の晶城寺女史と……蓮ノ谷主任が、隣り合って座っていた。


 二人とも、縦長のグラスに盛られたクリームとイチゴらしきものをつついている。


「あは、蓮ノ谷ちゃん以外みんな女性客ばかりみたい。なんかキョドッてる?」


「……」


「青海クンはなんか不機嫌?」


「……主任が女性とメシ行ってるのなんてつい先日も目の当たりにしましたけど」


 主任との、以前交わした会話が思い出される。


『主任、ケーキとか食べるんですね』


『あはは、気にはなるんだけど、ケーキとかスイーツ系って大抵可愛いお店でしょ。おじさん一人だと中々行きにくくてね〜』


「そんなにスイーツショップ行きたかったのなら、別に一緒に行っても構わなかったのに。

……って顔してる?」


「……っ」


 思考を無理やり、恣意的に言語化されたようで苛立つ。


「僕が、君と彼との動画講座を勧めたのは、あくまでビジネス、上司と部下としての関係を良くしてほしいがためだったんだけどね。それとも……」


「……」


「個人的に、仲良くなりたくなったのかな……?」


「……っ。そんなんじゃ」


「うっはぁ〜! コウにぃが他人にこんなに興味持つなんてねぇ! あの子に教えちゃおっかなっ」


 なぜかはしゃぎだしてスマホを取り出した部長を放っておき、窓ガラス越しに主任の姿を追う。


 テラス席の蓮ノ谷さんは。隣の晶城寺さんよりも上背があり、手も大きくて。


 すごく、大人の男性然としていて。


 ……まるで、知らない男性が、知らない女性を優しくエスコートしているかのようで。


 ……俺といる時は、とても年上の上司に見えない人なのに。


 パフェのグラスからスッと顔を上げた主任と。ふと、目が合ったように感じた瞬間。

 鳥越部長が声をかけてきた。


「そろそろ行くかね。お仕事あるし」


「……」


 俺が何も返さないのを了承と捉えた部長は、車を発進させた。


 会社まで戻る道すがら、たびたび信号に捕まってしまう。


 いつもは余計なことまで話してくるコイツも、妙に静かで。


 だから俺は、余計なことを考えてしまう。


 主任が過去に付き合っていた女性。

 本社の同期の『鈴本』さん。

 そして晶城寺女史をはじめとした総務の女性社員たち。

 隣でハンドルを握っている鳥越部長とは、二人で飲みに行く約束をしていて。


 俺の知らない主任の交友関係を、続けざまに認識させられる。


 蓮ノ谷さんは、人当たりも穏やかだし、好かれやすい性格だと思う。


 今でこそ、福岡に来たばかりで知り合いも少ないのかもしれないけれど。


 これから、他の部署の管理職や営業部の先輩たち、取引先など、どんどん関係が広がってゆくだろう。


 先ほどまで、俺が主任をあのカレー屋に連れていくつもりでいたが。


 彼と俺とは、ただの上司と部下で。

 

 今、ほぼ毎日のように昼を共にしているのは、あくまで動画講座ありきのことで。


 ……今日撮影したカレー屋の動画をアップしたならば。主任はおそらく、この店に来たがるだろう。


 でも、会社から少し遠いあの店に行くには、昼休みを全部使う必要があって。だから、動画講座が完了してからになるだろう。


 その時、彼があのカレー屋に誘うのは、誰なんだろう。


『僕、○○と、ランチに行きたい。……良いかな?』


 俺にかつてかけられた言葉が、俺ではない他の誰かにかけられる未来。


 あの時の、はにかみながらの主任の笑顔。


 あれが、俺ではない他の誰かに向けられる未来。


 急に胸が締め付けられるような感覚に襲われる。それを吹っ切りたくて言い放つ。


「……バッカみてえ」


「……やっぱ、迷い子じゃないの」


 部長のつぶやきが聞こえてくる。


 否定してやりたいのに、どうしても言葉が出てこなかった。



【続く】


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第十四話予告


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 青海航也です。


 俺が『ごはんつぶ』動画の撮影を秘密裏に敢行していたその時。


 主任はパフェを食べ。……動物たちに襲われていた……?!


 次回、第十四話「蓮ノ谷光彦、青海航也にナイショのオヤツ。」


 ちょ、当たってる、当たってるんじゃないか、それ?


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【作者からのお知らせ】


いつもお読みいただき、誠にありがとうございます!


この物語は週一回更新です。


次回十四話は2023年2月4日(土)22:00を予定しています。

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