第十話 青海航也、蓮ノ谷光彦の噂を聞く。
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前回(第九話)のあらすじ
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蓮ノ谷光彦です。
青海君との動画講座で、今回は素材同士をつなげて編集する方法を教わった。
実際に僕がその作業をやってみている時に。
青海君が、僕をすごく優しく見つめていることに気づいて、なんだかドキドキしてしまう僕なのでした……。
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第十話 青海航也、蓮ノ谷光彦の噂を聞く。
【青海side】
「蓮ノ谷さんお昼行きませんか?」
男だらけの企画広報室に、突如現れた華やかな女性社員の一団。五、六人はいるだろうか。
俺には、総務の晶城寺女史がメンバーにいるな、ということしかわからない。
声をかけられた当の本人である蓮ノ谷主任は、戸惑いつつも笑顔を作って彼女らの方を向いた。
「えっ、あのう、僕と?」
「この子たちが蓮ノ谷さんと一度ランチしたいってうるさいものですから連れてきました」
代表して晶城寺さんが滔々と理由を述べると、他の女性たちが騒ぎ出した。
「紗理奈さん、やだあ〜! うるさかったの麻穂さんだけじゃないですかぁ!」
「えぇ、愛佳だって蓮ノ谷さんちょっといいよねって、いつもチェックしてるし!」
「ここでそれ言っちゃいますぅ〜?」
主任は圧倒されて、半笑いのまま動きを止めている。
俺も気圧されているが、気づけば同僚の村野さんと田之上さんもまだ昼に出ておらず、主任と女性たちのやり取りを食い入るように見つめていた。
「ではよろしいですね? 行きましょう」
いつまでも続きそうなおしゃべりを、絶妙なタイミングで断ち切った晶城寺さんは、女性たちを促してオフィスを出ていく。
そして主任は、これは断れないと観念したらしく。目線をこっちにチラッと寄越し、小さく謝るように片手を上げた。
俺が軽くうなずき返すと、主任はすまなそうに微笑み、ジャケットを羽織りながら女性らの後についていった。
とりあえず今日の分の動画講座はリスケだな、自分は昼食をどこにしようかと考えながら立ち上がると。
「青海……っ」
田之上さんが、唐突に肩を掴んできて。
反射的にその手を払おうとしたが、彼が少し青ざめて、涙声ですらあることに気がついて戸惑う。
「主任って、既婚じゃねえよな? カノジョとかいんのかな?」
「?? 主任……ですか?」
すると、俺たちの間に村野さんが介入してきて。
「田之上、ちょ、落ち着け。青海さ、昼メシ行かね? ちょい聞きたいことあるし」
そんなふうに、田之上さんを諭して俺をランチに誘ってきたのだ。
※※※
結論から言うと。
主任を連行していった女性社員たちの中に、田之上さんの気になっている人がいた……ということだったらしい。
しかも先ほどの会話からして、その人が積極的に蓮ノ谷さんを誘いたがっていたと判明したようで。
「……愛佳ちゃんマジかぁ……ああいうのがタイプかぁ……」
カツ丼に手をつけず、頭を抱えたままの田之上さん。
彼のことはひとまず放っておこうと判断したらしき村野さんから、主任について色々質問されることになった。
……主に恋愛事情について。
最近俺と主任が、一緒に昼に出ていることを村野さんも知っていた上でのことだった。
しかし、もちろん俺は主任とその手の話はしていないし、左手薬指に指輪があるかどうかも気に留めていなかったので、正直にその旨を話した。
「そうか。まぁ、上司相手だったら、あっちから話振られない限り、そういうの聞きにくいよな」
村野さんはアッサリと引き下がり、バクバクと小気味良いくらいの食いっぷりで丼を平らげていく。
そして、今度はこちらに矛先を向けてきた。
「青海は、彼女とかいんの?」
もちろんそんな関係の異性は生まれてこの方存在せず、これからもとてもなんとかなるようにも思えなかったので、これも正直に答えた。
すると、いつのまにか復活した田之上さんが、村野さんの首にガッと腕をかけ、彼を指差しながら暴露し始めたのだ。
「こいつさぁ、最近彼女できたんだぜ! しかも高校の後輩だってよ! 現役大学生!」
「はぁ……」
「そうだ村野、彼女に頼んで女子大生合コン設定しろよ! 青海も参加な!」
アイカという人はもう良いのか、断る隙もなくガツガツと合コン計画を進めていこうとする田之上さん。
適当にあしらっている村野さんと彼のやりとりを半分聞き流しながら。
なんとなく今まで思いも至らなかった主任の、その手の部分についてまで思いを馳せてしまった。
主任が指輪をしていたかどうかの記憶はあやふやだが、多分結婚はしていない。
今まで目にした既婚の人間の雰囲気と比べた限り……だが。
東京から遠く転勤してきた人だから、もしすでに付き合ってる相手がいれば遠距離恋愛になると思うので。
俺ごときの観察力では、恋人の有無の判断はお手上げだ。
ただ、蓮ノ谷さんのことを騒ぐ女性がいるのはわかる。
見た目も優しげだし、目鼻立ちも割に整っていると思う。
細身だがガリというわけでもなく、背の高さも俺より少し低いくらいだから、大抵の女性より高いという扱いになるだろう。
身に着けているものにも気を遣ってるようだし。
……主任の方は、どうなんだろう。
さっき誘ってきた女性たちの中で、今回を機に、親しくなる人とか出てくるのだろうか。
※※※
カツ丼屋を出て、なんとなくそのまま村野さんたちと会社に戻ろうとしたところ。
「……でさ、蓮ノ谷さんがさぁ……」
主任の話をする女性の声が耳に入り、思わず足を止めてしまう。
コーヒースタンド前にいくつか用意された立ち飲み用テーブルに、先程蓮ノ谷さんを連れて行ったメンバーのうちの三人がいた。
晶城寺さんはいなかった。
田之上さんは聞こえなかったようで、どんどん先に進んでいく。
村野さんがこちらを振り返って、少し遅れた俺に声をかけてきそうだったので。
一旦彼の側に行き、寄りたいところがあるから先に戻ってほしいと告げ、離脱する。
コーヒースタンドのある区画を少し回り込んで、女性たちからは姿を隠せて話が聞こえる辺りで、スマホをそれとなくいじりながら聞き耳を立てた。
「……そうだよねぇ、気遣いもスマートだったし、いかにも東京の人って感じ? どんな話にも卒なく合わせてくれるとことか」
「趣味、何かあるのかなぁ? 聞けばよかったぁ」
主任の趣味、か。
早口で『ごはんつぶ』動画について語っていた彼を思い出す。
ああいうとこは、彼女らには見せてないんだな。
まあ、見せても引かれるだけだしな……。
「あとぉ、魚の食べ方きれいだったとこ、ポイント高しかなぁ私的には〜」
「わかる! 立ち居振る舞いがなんか清潔感あるっていうかさ〜」
魚の食べ方。昨日俺に聞いたやり方を早速実践したのかと、少し可笑しくなる。
「声、割とイケボじゃない?」
イケボってなんのことだったかと、スマホで検索してみる。……いい声、ということか。
個人的には、なんかそういう軽い感じの表現だとそぐわないような気がする。
主任の声は優しくて、低音が心地よい響きで。
でも、あわててしゃべる時とか、少し高くなって可愛い時もあって。
……可愛い? ……年上の男性上司に対して場違いな感想を想起してしまったような。
きまり悪い思いに囚われ、その場を離れることにした。
……帰社するまでの間、なんとなく普段行かない道を行きたくなり。
少し寄り道して、会社近くの大濠公園内を通り抜けることにした。
「……あ」
池端のベンチに、見慣れた姿があった。
ブラウンがかった柔らかそうなウルフカット。
会社を出る時に羽織っていたライトグレーのジャケットを今は脱いでいるのか、同色のジレ姿の蓮ノ谷さん。
ぽけっとした雰囲気で、水面を眺めている。
つい先ほど、彼に関する女性社員の噂話を盗み聞きしてしまったせいもあり……声をかけて良いものかためらう。
とりあえず、主任の座るベンチの少し後ろにある自販機で缶コーヒーを買うことにする。
一応、二つ買った。
「青海君」
背後から、俺の名を呼ぶ主任の声がする。
振り返ると、ベンチに座ったままこちらに身体を傾けて、手を振ってくる彼が目に入った。
「おつかれさまです」
側に寄り、缶コーヒーを手渡す。
「うん、つかれた」
真顔でそんなことを言うので、思わず吹き出してしまった。
主任もつられるように笑って、そのまま俺をじっと見上げてきたので。
彼の隣に、少し離れて座った。
缶コーヒーを互いに飲みながら、特に何も話さず池を眺める。
風が流れてゆく。
今は四月の末だけれど、すでに五月めいた爽やかな風が。
主任が呟くように、こう言ってきた。
「明日のお昼、どこ行こっか」
何だか妙にホッとするような、日常に帰ってきたような感覚を覚えて、俺もこう答えた。
「……考えときます」
【続く】
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第十一話予告
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青海航也です。
総務の女性軍団との会食から、主任が無事帰還した。
そのことに安堵したのも束の間、なんだか主任の様子がおかしいような……。
も、もしかして主任、『ごはんつぶ』の正体について、何か勘づいているのでは?!
次回、第十一話「蓮ノ谷光彦、青海航也に寂しいと告げる。(前編)」
主任、その人とは、どういう関係なんですか……?
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……えっと。
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お読みいただき、誠にありがとうございました。
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【作者からのお知らせ】
今回より週一回更新になります。
少しお待たせしてしまいますが、引き続きよろしくお願いいたします。
次回11話は2023年1月14日(土)22:00を予定しています。




