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大きな建物が見えてきた。
「エクシル、前に見えてきたのがユニオンだ。もうすぐだからしっかりな。」
パレントさんが僕の体を気遣うようなことを言った。
そういえば歩く速度も幅も、僕に合わせてくれてるのかな。
大きな建物の入り口前で立ち止まった。
「ここがユニオンの入り口だ。さあ、入ろうか。」
見たことない建物に入るのは勇気がいる。
大人の人に比べて小さな僕の一歩が、余計に小さくなったような気がする。
パレントさんの手に連れられて、目をギュッと瞑って中に入った。
一歩入って、恐る恐る目を開けると、奥に受付みたいなのがあって、人が立ってる。
女の人がひとり、カウンターの奥に立っている。
受付の前にテーブルが何台かあって、人が座っている。
杖を持っている人、大きな盾を背負ってて兜とかで顔が全然わからない人、腰に短剣を刺している人。
みんなが、入ってきた僕たち、というよりパレントさんの方を見た。
舌打ちする人や近づいてきて話しかけてくる人がいる。
「よお、パレントさんよ。その子は誰だい?まさか、隠し子かい?あんたもすみにおけないね。でも、なんだか似てないな。」
近づいてきた人が僕を舐め回すように見る。
細身で腰に短剣を刺した男の人だ。
なんだか動きはとても速そうな気がする。
それはともかく、パレントさんは有名人のようだ。
「はは、私の子供じゃないさ。拾ったんだ。悪いけど通してくれないか?この子を登録するんだ。」
男の人は、ほほう、と言って素直にパレントさんの前からどいた。
無用な戦闘は避けたのだろうけど、ニヤニヤしてこっちを見てるのが最後まで気になった。
受付の方に歩いて行くと、だんだん女の人がカウンターに隠れていく。
カウンターにぎりぎり頭ひとつ出るくらいだ。
「この子を冒険者として登録してくれないか?」
いよいよ登録が始まる。
なんだかすごく緊張してきた。
女の人は、なんだか怒っているような声だ。
「はい。それじゃあここに触れるよう、その子に言ってください。ねえパレントさん、さっきの話だけど拾ったって本当?本当にあなたの子供じゃないのね?」
いきなり目の前のカウンターの上に透明な玉がドンと置かれた。
女の人がカウンターの上に肘をついて、前かがみになって女の人がこっちを見ている。
制服かな?赤い服を着ているんだけど、わざとかな、胸元ががばっと開いていて、パレントさんに胸を見せつけてるのかな。
ちゃんとシャツのボタンを全部閉めればそんなふうにはならない。
僕の方が恥ずかしくなってくる。
女の人から目をそらして、前にある球に触ってみる。
「ああ、本当に拾った。私と血縁は一切ないよ。」
触ると球が光って、光がすぐに消えた。
「本当ー?じゃあ今度、私と食事してくださいよ。それなら許してあげます。」
カウンター越しに女の人とパレントさんが話をしている。
見上げると、パレントさんは困ったような顔をしていた。
「ああ、残念だけど、今日登録をしたらこの町を出なくちゃいけないんだ。本当、残念だよ。」
「ちぇ、それじゃあプレートを作って・・・。え?この子、無属性?!」
女の人の大きな声が部屋の中にこだまする。
テーブルに座っていた人たちが僕の方を向いた。
盾を持った人が立ち上がり、重そうな金属の装備をガチャガチャと音を立てながらこっちに近づいてくる。
「パレント、この町は無属性の者は入れない、もし入ったとしても排除する。それは知っているな?別にこの町に思い入れはないが、私は厄介ごとは嫌いだ。子どもだろうがなんだろうが、排除させてもらう。」
盾を構えた。
パレントさんも構えている。
どうしよう、逃げなきゃ、でもどこに行けばいい。
「パレント、悪いがすぐに決着をつける。小僧、冥土の土産教えてやる。冒険者は誰もが一つ、どんなに苦しい場面でも、戦況を一変させる絶技というものを持っている。必殺技と呼ぶ者もいる。自身の属性魔法と才能を合わせた、起死回生の絶技。」
パレントさんの後ろに隠れた。
「まさか、この場でそれをやるつもりか。」
パレントさんのズボンをぎゅっと握った。
盾の人がとにかく怖い。
「無論。なに、建物の被害はないように魔法でシールドを張るだけだ。私と、その小僧以外にな。」
盾の人が、大きな盾を上に翳した。
「色の赤、限定領域。」
盾の人からバリアみたいなものが出ている。
僕と盾の人は変わらないけど、パレントさんや受付の人は少し白んで見える。
パレントさんに触ろうとしても、どうしても触れられない。
なんだこれ、どうしていいかわからない。
強く、強くパレントさんを叩いても、全然何か膜みたいなのがあって当たらない、そもそも触っているという感覚がない。
いやだ、盾の人に近づきたくない。
「小僧、せめてもの情けだ。この盾をやろう。取れ。そして構えろ。」
僕の思っていることなどお見通しと言うように、近づかずに盾を投げてきた。
しゃがんで避けて、パレントさんに当たったけど、痛くないようだった。
真剣な顔をしたパレントさんが僕に話しかけてきた。
「この領域はね、君とやつの1対1になるようにする領域で、こちらの意思に関係なく、やつが決めた相手と自分を閉じ込める領域なんだ。この領域内では、中でどんなに暴れても外には攻撃が及ばない。逆に外にいる人は中の人に手出しができない。こうして声はかけられるけど。私でも、こうされては手の出しようがない。すまない、エクシル。」
そんな、パレントさん、助けてよ!
盾を取らずに領域の境界を叩いた。
「・・・見苦しい。行くぞ、小僧!」
盾の人の方を見ると、大きな盾に隠れるように、頭ひとつ出してこちらを見ている。
助けて!助けてよ!
盾の人から体から何かが溢れ出てくる。
逃げなきゃ、逃げなきゃ!
風も吹いていないのに、建物の中なのに盾の人から出る何かに吹き飛ばされそうになって、落ちてる重そうな盾を必死に掴んだ。
あの人みたいに盾に隠れる。
怖い。
「!!」
盾の人が何かを叫んだ。
僕は何が起こったのかわからなかった。
気がついたら天井近くまで跳ね飛ばされていた。
お腹が痛くなって吐き出す。
赤いものが、液体が口から咳と一緒に出てきた。
持っていた盾はどこに行ったんだろ?
腕の感覚もない。
全部がゆっくりに見える。
段々と、どうしてこうなったか思い出してきた。
盾の人はただ僕に突進してきて、体当たりした後、跳ね飛ばされた先に盾の人が先回りをして、盾で僕を打ち上げたんだ。
多分、もう体は動かない。
最初は少し痛かったけど、痛く無くなってきた。
眠い。
死ぬのかな、ここで。
せっかくパレントさんと会ったのにな。
まだ、一緒にいたいよ。
このまま、死ぬのは、嫌だ。
僕も、あの人と同じように、攻撃するんだ。
-
エクシルはそのまま床に叩きつけられ、少しバウンドしてゴロゴロと転がり、先に落ちていた盾の上に乗っかった。
「おいおい、おっさん、本当にやっちまうなんてよお。」
「あら、大丈夫よ。領域出す前に私が生命力1に残るように彼に魔法をかけたわ。そうじゃないとパレントがあまりにも可哀想じゃない?助ける時間は与えてあげないと。うふふ、これは貸しね。でも今は生きているでしょうけど、あなたの攻撃をああもまともに食らっては体もボロボロ。何もしなくてもおそらくすぐ死ぬわよ。」
「・・・余計なことを。一思いに逝かせてやるのが情だろう。」
パレントは領域が解除されるのを待っているのか、何もせず話さなかった。
ユニオン内にいる全員がパレントの方を見て、少年のことなど気にもとめずに話をして盛り上がっていた。
盾の戦士はまだ領域を解除していない。
パレントが激情の表情を浮かべるのを今か今かと待っているかのようだった。
「さて、死体の処理だ。もう息はないだろう。町の外にでも投げてやれば、腹をすかせた獣の餌になり、少しはこの世界の役に立つだろう。」
盾の戦士が少年の方に向き直ろうとしたそのとき、かちゃりと少年の方から音がした。
全員、音のする方を見ると、そこには全身の骨を砕かれ息絶えたはずの少年が、盾を手に立っていた。
少年の目は虚ろだ。
少年が、盾の戦士のしたように盾を構えると、盾の戦士とは逆の風、少年に向かって渦を巻くように風が流れる。
「なんだ?!」
「これは!おっさんがやったのと、逆?!しかし、この風の流れは?!」
「魔力があの子に集まっていく!これは、領域全体の、魔力を?!」
「シールドブロウ。」
盾の戦士と同じ起死回生の絶技を、とても小さな声で呟くように少年は唱え、盾の戦士と同じように踏み込んだ。
迎え撃つように盾の戦士は構える。
なぜ自分の技が使えると思うと同時に、少年を身で追うことができ、自分で何度も打ってきた絶技をまともに食らうはずはない、とたかをくくった。
だか盾の戦士の想像を超えた絶技を与えた少年の体当たりは、軽々と戦士の盾を弾き体勢を崩した。
盾を弾いた衝撃で少年の軌道が逸れる、否、少年は盾の戦士の後ろに回り込み、少年にしたように背中を盾で叩きつけた。
踏み込みスピードと力は盾の戦士と比べて遥かに劣るものの、勢いの乗った重い絶技が戦士の背中を襲う。
重量のある装甲を身に纏った盾の戦士の足が、床から離れた。
防御力をあげる魔法を使っているのか、戦士本体へのダメージは少ないようだ。
少年への風の流れは止まらない。
「ぬうう!」
「シールドブロウ。」
盾を盾の戦士の背に向けて、少年は体当たりをする。
つんのめるように盾の戦士が前方に跳ね飛ばされたその先に、少年が回り込み戦士の胴に上へと盾を叩き込んだ。
戦士が宙に投げ出され、兜が外れ飛んでいく。
戦士の顔は焦燥と驚愕の表情を浮かべ少年の方を向いている。
「なっ!?」
「連続?!」
「シールドブロウ。」
少年は飛ばされた盾の戦士の真下に立ち、真上に向かって床を蹴った。
宙に飛ばされゆっくり回転している戦士が、ちょうど仰向けの状態となった時に、少年の体当たりが背中に刺さる。
更に上へと飛んだ戦士の胴を手で掴み腹の方に回り込み、盾を胴に向けて真下に払う。
盾の戦士は猛烈な勢いで自身の領域の床に叩きつけられ、防御魔法の許容を超えて意識が飛んだのか、領域が解除された。
少年への風が止む。
「シールドブロウ。」
少年は盾を下に構え、自然の落下にその身を委ねて盾の戦士が倒れている場所目掛けて落ちていく。
戦士とぶつかる瞬間、少年は盾振り装甲を砕く。
衝撃で床が崩れ、2人とも沈み込んだ。
埃か土煙か、天井高く巻き上げてあたりに立ち込める。
煙が落ち着くと、少年は盾の戦士の腹の上で死んだようにぐったりとうつ伏せに倒れている。
盾の戦士は口をあんぐり開けて、目は白目を剥いて倒れていた。
「ハイ=リカバー!」
女の魔術師が盾の戦士に回復魔法をかけた。
霧のようなモヤに包まれ、白目を剥いていた目が元に戻る。
立ち上がると、バラバラと音を立てて装甲が崩れ落ちていく。
少年の意識はなく、割れた床の下、窪んだ地面に落ちた。
戦士が少年の首根っこを掴んで引き上げる。
「小僧もだ。治せ。」
盾の戦士が女の魔術師に、ぐったりした少年を向けた。
「リカバー。」
少年に一雫の水滴が落ちる。
受付の女が腰を抜かしてカウンターの奥でへたり込んでいる。
「パレント。この小僧は一体何者だ。」
血を吐きながら問う盾の戦士を見て、パレントはもはや誰もエクシルに手を出すことはないだろうとそのまま盾の戦士に預け、エクシルの触れた透明な球に顔を近づけた。
「何者か、それは私にもわからない。これにはこう書いてある。エクシル、人、5歳、男、誕生日、は最近だな、デポプの村出身、無属性、そして才能が、融合、学習。」
「無属性では一般的だな。二つの才能があるというのは。」
「この状況の何が一般的なのよ!さっきのはなんなのよ!」
「おそらくだが、エクシルは自分に向けられた起死回生の絶技をあの場で一瞬で覚え、使用した。学習では属性までは覚えられない。だがまったく同じ技を使えたのは、融合という才能が属性に作用して、無を色で塗りつぶしたと私は推察している。起死回生の絶技は、魔力と生命力の2つを消費して使う。そう何度も連発できるものではないし、使用した反動で動けなくなったりする。魔力と生命力の回復ポーションがぶ飲みしてれば連発もできるだろうけどね。私はお腹を壊しそうだからやらないけど。」
パレントが盾の戦士、エクシルに近づく。
「さっきの風のような魔力の流れは、彼の融合によるものなのだろう。相手の放った魔法の残滓や周囲の魔力をかき集めることができ、自分の力に変えて何発も打ち込むことができる。だが相手の、君の中にある魔力までは奪えないみたいだね。魔力を取り込むにも限界があるだろうが、さっきの彼の生命力は1だった。我々には生命力の器と魔力の器があり、魔法は魔力の器から取り出して発動する。彼の場合生命力の器にも魔力を乗せることができるのではないかな。生命力の器と魔力の器の融合。彼が動けたのも、疑似的に生命力の器に物が入ったから、かもね。君の絶技には身体強化の効果もあるんだろう?あんなボロボロでも体がここまで無事なのは魔法の効果というわけだ。君を執拗に攻撃したのは、おそらくだが彼自身の闘争本能と、死にたくない、という気持ちが突き動かした。死に物狂いとはまさにこのことかな。」
パレントが盾の戦士の崩れた装甲を拾い上げ、そして穴の中に指で弾くように飛ばした。
「なんなのよ。じゃあこの子に絶技を使うと、学習で覚えて使いこなしてしまうっていうの?この子は属性すら、その融合とかいうので自分のものにしてしまうというの?めちゃくちゃよ!属性の原則である、自身の属性以外は使用できない、が覆ってしまうじゃない!」
「その、子ども、なのか?一体なんなんだ?そいつはよぉ。」
女の魔術師と帯刀した男がこの世のものではないような怯えた目で、エクシルを見ている。
「私も3日前に会ったばかりでね、無属性という理由で生まれた村から追放された少年ということ以外に知らない。彼の融合という才能を、この世界を旅し続け見聞を広めた私でさえも見たことがない。そして学習の使い方も、色や光に縛られた我々ではまず相手の技など完全に覚えられるはずがない。学習という才能を持つものは沢山いる。技を覚えることはあっても属性が邪魔をして本来の技から遠いものとなり、威力も格段に落ちる。ブラフとして使われるのは見たことがあるが。自分と違う属性と混ざり合い使いこなすことなんて、君の言う通りあり得ない。だがその常識を覆した者が、今私の目の前にいる。何もないから、なんでも覚えられる。なんでもできてしまう。はは、何もかもが前代未聞だ。この無属性の少年がこれからどんな化け物に育つのか、楽しみじゃないかい?」
狂気すら感じるパレントの笑顔にユニオン内の空気が凍りつく。
「君たち人間にはわからないだろうけど、長い間生きているとね、いろいろ飽きがきてしまうのさ。今興味があるのは無属性がどこまで使い物になるのか。蔑まれ、あまり研究もされてこなかったが、もしかしたら無属性の人たちはこういうものかもしれないね。彼と出会った時は朧げながら思っていたことだけど、今は堪らなく惹かれる。本当、良い拾い物をしたよ。さあ、君、いつまでそこに座っているんだい?冒険者登録を進めてくれないか?」
「は、ひゃい。」
受付の女が透明な玉を台座から落とさないように持ってカウンターの奥にある部屋にかけていった。
「う、、うう。」
「あ、起きたか。大丈夫かい?エクシル。ごめんね。君を守れなくて。でももう大丈夫だ。すぐに回復魔法をかけよう。ほら。」
盾の戦士からエクシルを奪い取り、仰向けに寝かせた。
女の魔術師が使う魔法と同じ、リカバーを重ねがけして治療を施していく。
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僕は、遠くにあった自分に、ようやく追いついたような感覚になって、腕や足、胸に強烈な痛みを感じた。
「いい、痛いよ。パ、ンテラ、さん。」
「この怪我は、治すのは難しいな。」
パレントさんの視線の先に女の魔術師がいた。
「あ、あたし?!」
そのあとは無言で僕の近くに来て、変なものを見るような目で見て、回復魔法をかけてくれた。
つば広の尖った帽子を被ってて、黒くて長い髪をしてる。
すっごく美人だけど、何か怖いものでもあるのかな?顔が引きつってる。
おっぱい大きくて紫色の服からこぼれて出てしまいそうだ。
スカートもすごく短い、寒くないのかな。
魔術師の女の人が僕に魔法をかけてくれた。
おかげで、体の中がぐちゃぐちゃになったようで痛かったのが、ぐちゃぐちゃが元に戻って、痛くなくなった。
「パレント様、プレートができあがりました!」
「うん、ありがとう。エクシル、歩けるかい?やっぱりすぐにこの町を出ないとダメなようだ。プレートも手に入ったし、すぐに行こうか。」
「うん。」
ユニオンを出る時、誰も僕たちを追ってこなかった。
僕は、この僕を助けてくれたパレントという人を心から信頼して、突き放されたりしないように必死でついていこうと決心した。
エクシル(所持金:70ガルド)
属性:無 (色赤)
才能:融合 学習
覚えた技
シールドブロウ
戦闘シーンと能力の設定
それに合わせた展開
まじでむずい