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二章 人間国の王子様とのお見合い

              ◆


 夜中散歩が、週に二回行われるようになってから――二週間後。


 すっかり忘れていたそのタイミングで、レイド伯爵邸に王宮から手紙が届いた。そこには「是非、婚約を前提に、一度第二王子と顔合わせを」と揺るぎない希望の意思が書かれていた。


 ――つまり、見合いである。


「マジか……」


 玄関フロアにて、すぐに手紙の内容を確認したツヴァイツァーが素の口調で呟いた。浮いて便箋を覗き込んだリリアは、何も言えず沈黙している。


「まぁ、やっぱりそうきますよね」


 やや間を置いたのち、アサギが面倒そうに頭をかいて言った。


 伯爵邸内の菜園から、急きょ呼び戻された三人がしばし玄関フロアで佇んだ。その様子を気にして、使用人達が仕事を進めつつチラチラと視線を寄越していた。


 届いた手紙には、見合いに第二王子を訪問させる旨が記されていた。そのためレイド伯爵へ、都合のいい日付けを伺う文が書かれてある。


 急な予定であることに配慮して、わざわざ第二王子が訪問する。


 とはいえ、それは見合いが、あちらで一方的に決定されたからだ。断る言い訳を絶ってきたやり方が、実に嫌な感じだった。


「俺が幼い頃も、何度か近くまで来ることはあったが、露骨に『訪問』ってのはなかったな。大昔の妖怪王との約束事が、結構効いていたみたいだからなぁ」


 ツヴァイツァーが、悩み込んだ顔で思い出すように言った。


 王族が、レイド伯爵領に足を踏み入れるのは、今世代で初めてのことだ。王宮からの代表で宰相も同行するというので、恐らくは現地の視察も兼ねているのだろう。


 外から来る商人から集めた噂だと、第二王子はリリアと同じ十二歳。最年少で魔法訓練所も卒業した、優秀な魔法使いとして知られている。


 貴族の子供達が通う貴族学校在学中でありながら、既に国一番、と言われているくらいなのだとか。


 国でただ一人与えられる『最強の魔法使い』の称号も、ゆくゆく魔法戦士長から彼に継承されるのでは、とも噂されている。


 だが賢王子と言われ、将来の国王としての信頼を集めている上の兄とは違い、攻撃的な性格だという気になる情報も入っていた。


 その時、リリアは、ハッと難しい顔をしている父に気付いた。


「これ、父様の立場としては、断れそうにないんでしょ」


 胸がきゅっと締め付けられて、咄嗟に強がった声を出していた。


 迷惑をかけたくない。


 リリアは父の顔を覗き込むと、その眉間のしわを指でぐりぐりと伸ばす。視線を返したツヴァイツァーが、途端に瞳の潤いを増した。


「俺の可愛いリリア、心配させてしまってごめんよ」

「ううん、いいの。もう決定事項みたいに書かれてあるし」


 会わなくちゃいけないんだ……見合いは決定なんだ……。


 その動揺は、次第にリリアの喧嘩っ早い負けず嫌いの性格に火を付けた。もともとプライドも高い。ふつふつと込み上げる怒りで、悩まされていることにも腹が立ってきた。


 二年にも及ぶ、しつっこい催促の手紙。


 ここは一発、本人に話を聞いて、いったん決着を付ける。


 リリアは心に決めた。結局のところ、子供達の気持ちが全く考慮されていないこと。そして見合いという形で、一方的に要求を押し通してきた今回の王宮側にも嫌悪感が強まった。


「失礼なことをされたら、とりあえず王子だろうがぶっ飛ばすわ」

「リリア、そんな物騒な言葉を使ったらダメだよ!」

「ははは、姫様、それ不敬にあたりますから、やるんなら『王様』の許可をもらってからやりましょうねー」


 そう言ったアサギが、続いてツヴァイツァーの肩にぽんっと手を置いた。


「旦那様、大丈夫ですって。相手は優秀な魔法使いですから、きっと自分でどうにかしますよ。それにですね、『ぶっ飛ばす』って日頃から、あんたが使ってる言葉じゃないですか。オウカ姫と出会った時も、酒屋のジーライドさんと殴りあ――」

「毛ぇむしられたくなかったら黙ってろこの――(ピー)――野郎!」


 爽やかな笑顔を浮かべてケラケラとからかうアサギを、ツヴァイツァーが手紙を片手にしばらく追い回した。


 第二王子の訪問については、一番近い日付が選ばれた。


 日を待つリリアは、大変機嫌が悪かった。


 使用人達も、そわそわと落ち着かない日々を過ごした。そうしているうちに、あっという間に予定されている日までの残り日数は過ぎていった。


 ――そして、見合いの当日を迎えた。


 その日、午後の早い時間、レイド伯爵領の手前で転移魔法が感知された。


 リリアは、ちょうど第二王子の訪問予定に合わせ、見劣りしない程度に身支度を整えていたところだった。獣の耳が、ビリビリと痺れるような初めての感覚に気付いてハッとする。


「あっ、お嬢様!?」

「ごめん、それ自分でやっておくから!」


 リリアは、着替えを手伝ってくれたメイドにそう言うと、襟元のリボンをひらひらさせながら窓から飛び出した。屋敷の屋根まで浮かび上がる。


 そこには、黒狐の姿をしたアサギがいた。彼は、隣にふわふわときた彼女を一度見て、狐の顔で「ん?」と首を捻る。


「姫様、リボンまでされてないじゃないですか」

「これから自分でするの。それよりも、これってもしかして人間の魔法? 耳がピリッとする違和感があったわ」


 リリアは、胸元のリボンの紐をしめつつ尋ねた。


 アサギが「はい」と答えて、再び顔を前へと戻した。ずっと遠く、森の向こうを眺めつつ口を開く。


「莫大な魔力量ですねぇ。王宮の魔法使い達も、殿下を中心とした魔法展開に対して、実にいい働きをされている。――しかし」


 そこでアサギが、口をニィッとして、グルグルと獣の喉を鳴らした。


「それでもレイド伯爵領にかけられている、我らの結界までは破れなかったようで。手前の着地になったみたいですね。あー、愉快、愉快」

「結界なんて張ってあるの?」

「ありますよ。戦乱の時代に、馬鹿な魔法国家の人間共の一部が、当時の伯爵に手を出そうとしたとかで、かなり強力なものに貼り直されたそうです。黒狐と白狐の合同結界ですから、オウカ姫ほどの大物級でないと、破れないと思います」


 アサギは、前足をちょっと向けてリリアに教えてやる。彼女がきちんとリボンを仕上げられたのかも、ついでに確認していた。


「その結界って、私でも見える?」

「ん~、仔狐の視力では、難しいでしょうねぇ。各地に繋げてある妖怪国の入り口が見えるようになれば、恐らくは可能だと思いますが。ああ、第二王子が来ることは〝里のモノ〟も知ってますから、誤って襲撃することもないですからね」


 取って付けたようにアサギが言った。


 その後、リリアは彼と地上へ降りた。すぐにアサギが人間姿になって、自前の執事服をきちんと整える。


 ――そして、第二王子一行の到着が、屋敷の玄関前で待たれた。


 ツヴァイツァーも、今や立派な紳士用の正装に身を包んでいた。目に眩しくない控えめな金髪もセットされ、穏やかな笑顔を浮かべる様子は、実にハンサムである。


 リリアは、細かいひらひらも多く付いた可愛らしいドレスだ。普段は下ろされている綺麗な髪も、今日は一部の横髪をすくい取って後ろで大きなリボンでとめていた。もちろん、見えないのをいいことに、下には少年たちがよく履いている長ズボンを着ている。


「姫様、顔がすごく怖いことになってますよ」


 伯爵家の執事として、そばに控えているアサギがちらりとリリアを見下ろす。


「黙ってて、アサギ。いいのよ、奴らが来たら、きちんと演技するから」


 彼女は視線も返さず、むっつりと言い返した。腕を組んで仁王立ちする姿は、喧嘩上等、かかってきなさいと言わんばかりのオーラを放っている。


 少し心配したツヴァイツァーが、娘を呼ぶ。


「可愛いリリア、そう警戒しなくてもいいんだよ。いちおう手紙で色々と先手は打って、連れる護衛に関しても、人選させる旨の返事だって聞いてるから」

「へぇ。ふうん」

「全然信用されていない……」

「そりゃ、こっちから牽制するような手紙を送ったあとで、ごりごり婚約を押してくる返事を寄越されたら、そうなりますって」


 アサギが、おろおろとするツヴァイツァーにしれっと教えた。


「でもアサギ、いつもあーんなに愛らしい俺の、可愛い可愛いリリアが『喧嘩を受けて立つ』みたいな――」

「まったく旦那様にそっくりじゃないですか。まさに小さな旦那様です」

「んなわけねぇだろ俺も大人になったんだよ!」


 ツヴァイツァーが、胸倉を掴んでドスの利いた声で凄んだ。結婚前も知っているアサギは、はははと作り笑いでさりげなく事実を述べる。


「だから、そういうとこ全く変わってないんですって」


 その様子を、屋敷の前に並んだ使用人達が心配そうに見ていた。アサギはそれにも気付いていたから、言いながらひらひらと片手を振って大丈夫だと伝えていた。


 そうしている間にも、行進して向かってくる、王宮からの訪問達の姿が見えてきた。


 列の前後には騎士団。中央には、王家の紋章が入った豪華な馬車があった。その周りを、同じく馬に跨った王宮魔法部隊の小隊が固めている。


 仰々しい護衛部隊である。それがレイド伯爵邸へ向かって行進していく様子を、畑仕事や家事のかたわら、領民達が物珍しげに見送った。


 やがて、その一団が、レイド伯爵邸に到達した。


 豪華な馬車がゆるやかに止まり、その中から二人の人間が下車する。


 屋敷の前には、レイド伯爵であるツヴァイツァー。娘であるリリアと、執事のアサギが並んで立っていた。その後ろに、歓迎を示して三十人もいない全使用人が迎える。


「ようこそお越しくださいました。私がレイド伯爵家当主、ツヴァイツァー・レイドになります。こちらが当家の執事アサギ、隣が娘のリリアになります」


 まずは、ツヴァイツァーが先に言葉をかけた。到着した来客達は、狐耳を持ったリリアを見て僅かに反応したものの、すぐにさりげなく表情を戻していた。


 そんな彼らの前に、一人の貴族と共に子供が進み出てきていた。リリアと同じ年頃の、ブラウンの髪に森色の瞳をした美しい少年だった。

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