SantaClaus coming to town
茶髪の髪を黒髪に戻しピアスを外した…。
あの時あの担当者は確かに僕にこう言った。是非、我社に来て欲しいと。僕は、ある大手の製造機器メーカーに派遣され3年間勤めていたが突然一月前に解雇された。だから、わらにもすがる気持ちだった。
そして今日、面接を受けた会社から突然の呼び出しがあった。担当者は3人に増え僕に深々と頭を下げた。確かに書面で採用通知を受けた訳ではなかった。何もこんな日にと思う。僕は、その会社を後にし歩いて待ち合わせの公園に向かった。30分前、あの会社を目指して歩いていた時はこの街は活気づいていて新鮮なものに見えた。今では全てが灰色に変色し、道行く人々が何故か大きく見えた…。
待ち合わせの、ある埠頭の、ある公園の、あるベンチに座った。夕暮れ時ではあったけど待ち合わせの時間までには2時間はあった。
やがて時間が過ぎ去ったのだろう。僕の周りは冷たい闇に包まれ、その中に白色に輝くイルミネーションが輝いていた。ポツポツと集まっていたカップルやファミリーは、やがて駐車場から続く大群衆となり公園の歩道を埋め尽くしていた。みんな、この公園で行われるクリスマス・コンサートを見に来たのだ。そんな中から聞きなれた声がした。
「勇樹!勇樹〜っ!」
大群衆の縦列の端っこからピョコッと顔と左腕が現れた。小さな手を振っている。大群衆に揉みくちゃにされているのだろう。今度は縦列の真ん中でピョンと顔が現れた。ジャンプしたようだ。
「勇樹〜っ、会いたかった〜っ!」
僕等はベンチの前で抱き合った。彼女とは同郷の出身だけど、職場は県外と離れており僕の仕事の都合で月に2回も会えればいい方だった。ベンチに座る。僕は少し無言になった。
「解る、解るぞ」
「何が解るんだよ…」
僕は、ちょっとドキッとした。
「仕事、駄目だったんじゃなかったかなって…」
「よく解ったな。そんなに暗かった」
「何を言う。君の彼女をして何年経つと思う。何となく解るよ…」
ベンチの周辺の人盛りがざわめいた。子供が指を指している。少し離れた所で大道芸人達がパントマイムを始めていた。
「ご免…いけると思ったんだけどなぁ。いいイブになると
思ったんだけどなぁ」
「こんな時代だもんね。厳しいもんね。普通だったら勇樹
が落ちるはずないよ」
「申し訳ない…だから、君との約束は、もう少し後に…」
「解ってる…解ってるから…」
「申し訳ない…」
僕の顔がうつむいた。そして驚いた!大道芸人のピエロの顔がニュッと現れた。サンタの衣装を着けた、そいつは驚く僕等を尻目に後方へ飛び跳ね大げさなパントマイムで演技を始めた。面白い演技だった。僕達の周りにいた子供達の笑い声が聞こえる。面白いけどテーマの様なものも感じた。何か冷たい冬の大気から脱却し暖かい陽光に触れた様な…そんな印象を受けた。
やがてそのサンタのピエロは僕等の前で方ひざを付き両腕を突き出し両手を合わせ、硬く握った。そしてパッと両手を広げた。又もや驚いた。クリスマスツリーが両手に乗っている。僕等の後方にいた群集からも感嘆の声と拍手があがった。その両手が僕の前に差し出された。
くれるというのか、この僕に?どうして、こんな時なら彼女にあげるべきだろう。それとも、あの子供達に…。大道芸人の目と僕の目が合った。同年齢位の若い男だった。目が優しかった。僕は彼女の方を振り返った。彼女は微笑んでこう言った。
「もらおう…勇樹」
サンタの格好をしたピエロは群集の拍手の中、別の場所に移動していった。やがて人混みの中に紛れ見えなくなってしまった。僕の右手にはピエロがくれたクリスマス・ツリーがある。小さなLEDが虹色に明滅している。 えっ、何?一瞬、呼吸が止まった。確かに聞こえた…。
僕の内側で声がした。
がんばれ…。 がんばれ…。
「勇樹、どうしたの?勇樹!」
「いや、何でもないよ」
「何でも…ない…」
コンサート会場まで移動する。真っ白な光に包まれて明滅するイルミネーション・シャワーの中を僕達は歩いた。そんな所を重そうな袋を担いだサンタクロースや手足を出したクリスマス・ケーキが歩いている。会場の正面には大きなツリーがあった。眩しい位に光り輝いてる。本当に大きなツリーだ。そして、その上空には満天の星空が広がっていた。僕は、さっきもらったツリーを彼女に渡そうとした。
「だめだよ…これは勇樹が持っていた方がいいような気がする…」
僕達はしばらくこの大きなツリーと星空を眺めた。何だか全ての人が、この星空を見上げている様な気がする。
その時、僕は思った。
今、僕は職を失い明日という日に大きな不安を感じているけれど、そんな人は世の中に沢山いるのだろう。さっきのピエロのサンタにしても一生懸命がんばってはいるけれど不安はあるにちがいない。だけど不安を持ち続けながらも人は歩き続けるんじゃないかな。何故なら、その不安を、その壁を乗り越えた時、人は大きく輝けると知っているからだ。
今は打ちひしがれ漂っている僕だけど、もう少しだけ待っていて欲しい。僕は負けない。やがてあのツリーの様に、あの星の様に輝いてみせる。
そして、堂々と君を迎えに行こう。
そして、僕はずっとずっと君を守って生きていくんだ。
僕の右手の小さなツリーが、がんばれとささやいた…。
△ grand bleu 2008 12/15
2008年の年末に自分の会社で5年間働いた派遣社員の若者が職場を去りました。我々は何とかならないか。と、頑張りましたが残念な結果となってしまいました。そんな事象の中で書いた作品です。
そんな彼から今年になり連絡が入りました。2月から正社員として働く職場がみつかり、いつの日か彼女と結婚するという連絡がありました。よくがんばったな!おめでとう!
読んでくださった皆様ありがとう御座いました。
感想等ありましたら宜しくお願い致します。