第二十三話 ちょっと連続殺人犯捕まえてみない?
薄暗い洞窟型の迷宮、その一角にて……俺はクラスメイトの遺体を見下ろしていた。
獅子堂という男について、俺が知ることは少ない。
中学生の頃は日々喧嘩に明け暮れていたとか、学内では大人しいが放課後はかなり無茶苦茶やっているだとか、その逆に実は一度も喧嘩したことのないなんちゃってヤンキーなのだとか……。
そんな噂ぐらいでしか人となりを知ることもなく、またろくに知ろうともしなかった。
獅子堂が俺を敵視していることすら小野に教えられて初めて知ったくらいで、つまるところ俺は彼に対して何の興味も抱いていなかったということなのだろう。
もし俺が獅子堂にもう少し興味を持っていて、一度でも一緒に遊びに行ったりしていたならば……。
この結末もなかったのではないだろうか。
俺は、つい先日まで元気に生きていたクラスメイトの遺体の前でぼんやりとそんなことを考えた。
「先輩大丈夫ッスか?」
おずおずとアンナが心配そうにそう問いかけてくる。
「ああ……大丈夫だ。だが、顔見知りが犠牲になるってのは……予想以上にクるもんがあるな……」
もう少し本気で忠告してやればよかった。獅子堂が休み始めてすぐに動き出せばもしかしたら間に合ったかもしれない。獅子堂を疎む気持ちが、無意識に見殺しにさせたのでは?
そんな想いがぐるぐると頭をめぐる。
「あまり、気を落とさずに。悪いのは全部犯人なんスから」
「ああ……」
「……それに、どうやら無駄死にというわけでもなかったようだ」
声の方を見ると、織部が獅子堂の生徒手帳を読んでいるところだった。
「小夜、何か見つけたの?」
「うむ……ずっと探していたアレが見つかった」
その言葉にピリリと空気が引き締まる。
「織部、アレってのは……?」
「いわゆるダイイングメッセージ、というやつだ」
……ダイイングメッセージ?
ミステリーでは定番のワードだが、実際に耳にするとどうにも違和感のある言葉だった。
なぜだろう、と首を傾げ気づく。
ダイイングメッセージが残されているというシチュエーション、それ自体が不自然なのだ。
もしも自分が殺人犯だとして、被害者がダイイングメッセージを残そうとしていればどうするか。当然、阻止しようとする。すでに残されていれば、それを必ず処分することだろう。
ミステリー小説では定番の言葉だが、現実にはあり得ない言葉なのだ。ダイイングメッセージなんてものは……。
では、なぜ現にこうしてダイイングメッセージが残されているのか……。
俺はアンナと共に獅子堂の生徒手帳を覗き込んだ。
そこには、犯人の言動や使用していたカードなどが、箇条書きに思いつくままにと言った様子で書き綴られていた。
震える字で、それでもできる限り詳細にと記されたその情報は、獅子堂の死に際の最後の抵抗とも言えるものだった。
その中でも特に注目を引いたのは、猟犬使いの言動について。
犯人が口にした中で印象に残ったのだろう「崇高な志」「カードを自分の力であるかのように振る舞う傲慢」といった発言……。
それは俺の記憶にもあった言葉で、俺の時の言動と似ていた……似すぎていた。
そして、ページの最後には、「犯人はおそらく宗教関係者」という獅子堂自身の所感と、家族や友人たちへのメッセージで締めくくられていた。
「残されたダイイングメッセージ、佐藤さんの現場で発見されたロザリオ、被害者たちの所属していた冒険者サークル。これらはすべて星母の会を連想させるものばかりだ」
まさか……。
「犯人は星母の会——そう思わせるのが、猟犬使いの目的なのか?」
そうだ、と織部は頷いた。
「数多の人々を殺しておきながらいまだ尻尾をつかませていないことからわかるように、猟犬使いは極めて慎重だ。そんな犯人が、自身の正体に繋がりかねないダイイングメッセージの存在を許すだろうか?」
ありえない。あるとすればそれは……。
「自分の正体に繋がらないと確信している、あるいは猟犬使いがあえて残させたものってことか。おそらくは、捜査の矛先を他者へと擦り付けるために。自分で始末せずに階段から被害者を逃がすのは、ダイイングメッセージを残させるだけの余裕を与えるため……ってことか」
そう考えれば、猟犬使いが自分の手で始末しない理由もある程度は説明がつく。しかし……。
「なぜ、被害者自身にダイイングメッセージを残させる必要があるんだ? 殺してから自分で仕込むという手もあるはずだ」
被害者自身にダイイングメッセージを残させるという手法は、確実性の低いものだ。現に俺たちがこれを見つけるまでに、数十件もの捜査を必要としている。それなら最初から自分で仕込む方が早いはず。
「それは、おそらく被害者の思い込みを利用したいからだ。
猟犬使いは、崇高な志やカードへの神聖視ともとれる発言をしている。これは直接的に宗教を意味するものではないが、被害者に宗教を意識させるには十分なものだ。死に際にダイイングメッセージを残そうというほど頭が回る被害者なら、まず間違いなく思い至るだろう。
その上で、誘導されていると思わない程度には死の恐怖によって冷静さを奪われている。そして警察やギルドは、この被害者の思い込みというフィルターを通した上でようやく犯人への手がかりを入手する……。説得力は十分だろう、なんせ被害者が直筆で、自発的に残した証拠なわけだからな」
なるほど……確かに、犯人が仕込んだダイイングメッセージでは、そこまでの説得力は生まれないだろう。筆跡鑑定で、本人が書いたものかどうかは容易くわかる。そこで当人以外が書いたものとわかれば、逆に犯人への手がかりとなりかねない、か。
あるいは、被害者自身の思い込みに任せることによる情報のばらつきも期待しているのかもしれない。
崇高な志というキーワードは、宗教だけではなく革命とかそういった方面の団体も連想させる。
猟犬使いがそれらと無関係であるのならば、十分に捜査のかく乱になる。
だが……。
「現場にロザリオを残していったり、獲物の中に星母の会の信者を含めるのは露骨過ぎるんじゃないか? 逆に疑いの目が逸れる可能性もあるだろ」
「これに関してはやり過ぎなくらいで良いのだ。あからさま過ぎるという理由で警察の容疑者リストから外れることはないし、何より『外野』が面白おかしく騒ぎ立てられる材料がありさえすれば良い」
「そうか……マスコミか」
火のない所に煙は立たぬと言うが、煙さえ見つければ火があると断定して記事にするのがマスコミというものだ。かつて迷宮内で儀式的殺人事件を起こしたという前科もある。犯人扱いには最適だ。
もし真犯人が逮捕され無実とわかった時には、自分たちが犯人扱いしたことなどコロリと忘れて今度は同情的な記事を出すに違いない。
どちらにせよ、話題にさえなればどうでも良いのだ。
もっとも……。
「マスコミにニュースにしてもらうという目的の方は空振りになりつつあるようだがな」
織部が嘲笑するように言う。
それはおそらく、迷宮消滅という政府が動かざるを得ないビッグニュースと重なってしまったからなのだろう。
なぜ猟犬使いが迷宮を消滅させたのかはわからないが、おそらく奴にとってもイレギュラーな事態だったに違いない。
猟犬使いを確実に捕らえるため、政府が事件に対する情報統制をかけてしまったからだ。
小野がSNSで情報を集められたように、一年近くにも渡る犯行によって世間でもこの事件は徐々に話題になりつつあった。
もし迷宮消滅の一件がなければ、今頃この事件は連日ニュースを賑わせていたことだろう。
そうなれば、目的は果たしたと猟犬使いは地に潜っていた可能性もあった。
「だがここまで星母の会をターゲットにしているということは……」
「ああ、猟犬使いは星母の会に何らかの恨みを持つ者である可能性が高いだろうな。単に罪を擦り付けるだけならば、他にもっと手ごろで簡単な方法がある」
星母の会に恨みを持つ者か。パッと頭に浮かぶのはダンジョンアンチあたりだが……。
「それで、これからどうするんだ?」
猟犬使いが星母の会に恨みを持つ者、というのはわかった。問題はそこからどうやって絞り込んでいくか、だ。
と、織部へと目を向けると彼女は両手を上に上げた。
「うん? それは……?」
「お手上げ、という意味だよ。我々にはこれ以上できることはない」
「そ、そんなことはないだろ」
「では先輩は具体的にどうするべきだと?」
「それは……例えばダンジョンアンチで怪しいのを調べたり、ほら、かつて星母の会で儀式的に殺害された人たちの遺族を調べたり……」
自分で言いながら、どんどん声量が落ちていくのがわかった。
織部が窘めるように言う。
「ダンジョンアンチというだけで片っ端から犯人扱いしていくつもりか? 自分の家族を殺されたからと言って容疑者扱いされては遺族もたまったものではないだろうな」
「……そ、それは、そうだ! 青木兄弟はどうだ? アイツらには疑わしい点がある」
弟の方は彼女が行方不明だというのに自分で探しにもいかず、兄の方は俺が襲われた日に同じ迷宮に居た。
普通自分の彼女が行方不明となったら危険を承知で探しに行くものじゃないのか? それを兄に止められたからと言って行かないなんて、まるで危険が待っているのが分かっているようではないか。
しかもあの日トレードしたカードは、猟犬使いも好んで使うライカンスロープのカードだ。
犯人と言い切ることはできないが、無関係と言い切れないはず。
ところが織部は首を振って言う。
「確かに青木兄弟は疑わしい点がある。だが、その疑わしさが猟犬使いに繋がらないのだ。
例えば青木弟。もし彼が猟犬使い本人ないしそれと関わりがある人物だった場合、わざわざ自分の彼女を狙うだろうか? カモフラージュのために襲ったとしても、捜索依頼など出さずに自分で探しに行くはず。その方が自然だからな。
次に兄の方だが、こちらも行動が大胆過ぎる。先輩とカードのトレードをした点は疑わしいが、殺す前にカードを奪う犯行の性質上わざわざトレードする必要はない。どうせ奪うわけだからな。にもかかわらず犯行の直前にトレードなどしてしまえば万が一先輩が生還してしまった場合、あるいは自分のことをダイイングメッセージとして残されてしまったら確実に警察の捜査リストに載ってしまう。
どちらも迷宮外での自分の痕跡は絶対に残さないという猟犬使いのプロファイリングとは異なり過ぎている」
「………………………………」
完全に論破され、俺は無言で天を仰いだ。
地道な調査で、猟犬使いが星母の会に恨みを持つ者、ということまでは突き止めた。
だが、限られた容疑者の中から、星母の会に恨みを持つ者という条件で絞るならばともかく、その条件で容疑者をリストアップするには範囲が広すぎた。
ここが、ただの高校生である俺たちにできる限界だった。
これがミステリー小説だったならば、犯人はこれまでの登場人物の中にいて、青木兄弟や星母の会の聖女当たりが犯人で解決したのだろう。
しかし、現実はそこまで甘くはない。
結局、アンナが言った通りだった。現実は犯人へたどり着くまでの道筋も用意されておらず、犯人も登場人物の中にいるとは限らない、か……。
「被害者の調査という方法で出来るのはここまで、というわけだ。あと残る線はと言えば……」
そこで織部がアンナへと目を向ける。
そうか、まだグレムリンの購入ルートという可能性があったか。
期待の眼差しを向ける俺に対し、しかしアンナは気まずそうな顔で言った。
「すいません、グレムリンの購入ルートについてなんスけど、途中で途切れちゃいました」
「途切れた、とは?」
「ギルドからグレムリンを買った人たちが、さらにどこに転売していったかを辿っていった結果、何人かに収束したのまでは確認できたんスけど……」
「けど?」
「その人たち、すでに迷宮で行方不明になっていました」
すでに、口封じ済みだったか。
場に、重い沈黙が落ちる。
最後の頼みの綱だったグレムリンの購入ルートも、途中で糸が切れてしまっていた。
もはや、俺たちにできることはない。
俺が再度一人で迷宮に潜ればあるいは猟犬使いをつり出せるか? いや、たぶん引っかからないだろう。仮に引っかかったとしても、俺たちの知らない手段で逃げる可能性が高い。
ここが、限界か。
所詮、ただの高校生の俺たちに、警察でも捕らえられない連続殺人犯を捕まえるなどできなかった、ということか。
事実は小説より奇なり、とは言うが、現実は小説よりもうまくいかないということなのだろう。
……ここらが引き時なのかもな。
見ず知らずの人だけではなく、クラスメイトにまで犠牲者が出てしまっている。
事件が収束するまで、大人しく待つべきなのだろう。
それが、賢明な判断というやつだった……。
————プルルルル!
消沈しながら迷宮を出たところで、ちょうど電話がかかってきた。
誰だろう、とディスプレイを見て俺は思わず目を見開いた。
——神無月 翼。そこにはそう表示されていた。
大会後に連絡先を交換はしたものの、あちらからこうして電話がかかってきたのはこれが初めてだった。
軽くアンナたちに断りを入れ、すぐに電話に出る。
「……はい、もしもし」
「やあマロ、久しぶり、元気にしてた?」
携帯越しに聞こえる中性的な声。それに、俺は無意味と知りつつ頭を下げ答えた。
「ええ……お久しぶりです——師匠」
電話越しに苦笑する気配。
「その師匠ってのはやめてよ。同い年なんだからさ」
「一応、俺なりに敬意を払ってのことなんですけどね」
「逆に息苦しいよ。指導も一通り終わったわけだし、普通にため口で良いって」
俺は少しだけ迷った末、結局お言葉に甘えることにした。師匠の性格上、ただの社交辞令ということもないだろう。
「まあ、そっちがそう言うなら。それで、そっちから何の用だ?」
俺がそう言うと、師匠は軽い調子で言った。
「————ちょっと連続殺人犯、捕まえてみない?」






