第十九話 異議あり!
俺たちが行方不明者の調査を開始して、約二週間が経過した。
あれから数件のクエストをこなしたが、これといって有力な手掛かりはなく、織部の求めるアレとやらも未だ見つかっていない。
被害者たちは皆性別も年齢もバラバラで、佐藤翔子さんのように星母の会との繋がりあるというわけでもなく、これといって共通する特徴はなかった。
潜っている迷宮もそのタイプもバラバラ。強いて言えば、冒険者登録をして一月も経っていない正真正銘の新人が多かったことくらいか……。
中には、初めての迷宮攻略で行方不明となったものすらいた。
ただ、彼ら彼女らが猟犬使いの襲撃を受けたことは間違いないようであった。
なぜならば、犠牲者たちは例外なく機械破壊を受けていたからだ。
……が、それ以上は何も掴めておらず、アンナのコネで調べているグレムリンの購入ルートの方もまだ時間がかかりそうであった。
ちなみに、これらの調査のすべてで俺は彼らの幽霊……というか残留思念を目撃している。
なぜ突然霊視能力が目覚めたのか、なぜ猟犬使いの被害者の幽霊だけ見えるのか、なぜ迷宮の外では見えないのか……。
謎は深まるばかりだが、今は調査がスムーズに済むと前向きに考えることにした。
そうしてイマイチ進展しているんだか、していないんだか……よくわからないモヤモヤとした時間を過ごしているうちに……。
俺のモンコロの試合の日がやってきた。
選手用の控室で、俺は静かにカードを見つめていた。
俺の手のひらの中にあるのは、ユウキと鈴鹿、それとソウルカードのままのメアのカード。
灰色に色あせたメアのカードに、俺は小さくため息をついた。
できれば……蓮華たちは同時に復活させてやりたかった。
常識的に考えて、復活できる者から復活させていった方が合理的なのはわかっている。
だが、それでも同時に復活させてやり、迎えてやりたかった。
しかし、『キャットファイト』の試合では三枚の女の子カードが必要となる。
どうしてもあと一枚、女の子カードが必要であった。
しかし蓮華とイライザについてはアンナに考えがあるらしく、復活に待ったがかかっている。そのため、試合に出るためには、一足先にメアを復活させざるを得なかった。
そこで、部屋にノックの音が鳴り響き、スタッフが顔を覗かせる。
「北川さーん? そろそろ試合なんで準備の方お願いします」
「……はい」
俺は迷いを振り切るように頭を振ると、メアのカードを復活させた。
復活用のエンプーサのカードが溶ける様に消え去り、メアのカードがその色を取り戻す。
「さて、行くか」
そして俺は控室を後にしたのだった。
『今夜もこの時がやってきた! 人型女の子モンスター限定バトル、キャットファイト! 可憐で麗しいモン娘たちが、華麗に、残酷に殺し合う! 最も美しく強いカードは一体だれなのか!
実況は私、佐藤裕也。解説はお馴染み、登呂真黒さんでお送りします。
それでは選手の紹介です! デビューから連戦連勝! もう新人とは言えないでしょう! 北川選手の登場だぁーっ!』
実況のアナウンスと共に、俺は会場へとゆっくり入っていく。
これまでの試合で出来た固定ファンの歓声と、少ないながらも出来てしまったアンチたちのブーイングが聞こえてきた。
『続いては、今宵がデビュー戦! グラディエーターとなるため脱サラし冒険者となり、わずか半年でモンコロデビューという異色の経歴の持ち主! 砂原太陽選手の登場だぁーっ!』
……これがデビュー戦か。申し訳ないが俺も負けるわけにはいかない、デビュー戦は黒星で飾らせてもらう……。
そう思いながら相手ゲートを見据えていた俺は、現れた砂原選手の姿にギョッと眼を見開いた。
砂原選手の容姿は、なんというか、一言でいえば……ファラオだった。
鍛え抜かれた身体を褐色に焼き、半裸に金のアクセサリーと腰巻だけを身に着け、頭にはツタンカーメン風の被り物を被っている。
その異様な格好に、会場も俄かにざわめく。
モンコロのグラディエーターが、キャラ付けのためにコスプレ染みた格好をするのはよくあることだが、ここまでぶっ飛んだ格好を……それもデビュー戦で着てくる奴を見るのはさすがに初めてだった。
『……お、おぉ〜。これは、砂原選手、気合の入った格好です。これは……ファラオのコスプレでしょうか』
『そ、そのようですね。カードに合わせて専用のコスチュームを作るグラディエーターもいますが、これは……気合が入ってますねぇ』
解説と実況もやや引き気味である。
会場をドン引きさせつつも、しかし砂原選手自身は何ら恥じることはないと自信満々のドヤ顔だ。
よく見れば結構イケメンなのに、中身が残念なタイプなのかもしれない。
『さて、それでは気を取り直して、試合開始です! 両者、カードを召喚してください!』
ゴングの音と共に俺はユウキ、鈴鹿、そして最後にメアを召喚した。
俺の召喚したモンスターを見た会場が、戸惑うようにざわめいた。
『おっと? 北川選手、いつもの座敷童とヴァンパイアの姿が見えません!』
『どうやら新顔二枚はライカンスロープと鬼人のようですね。新しい組み合わせを試すつもりでしょうか。あの座敷童がパーティーの中核だと思っていたので、これは少々予想外ですね』
『なにかトラブルでもあったのでしょうか? いずれにせよ、新しい女の子カードは大歓迎です!』
好き勝手予想する実況席を他所に、俺はじっとメアを見つめていた。
光と共に現れたメアが周囲をキョロキョロと見渡し、こちらに気付く。
『マスター……ここは……』
『モンコロだ。……あれから、二週間近く経ってる』
『二週間……蓮華たちは?』
『まだ、復活出来てない』
それを聞いたメアはわずかに俯く。
『そっか……ねぇ、マスター』
『……どうした?』
『私……もう二度と足手纏いにはならないから』
強い決意を秘めた蒼い瞳が、こちらをじっと見つめてくる。
同時に、手元のカードが光を放った。
見なくても誰のカードかわかる……メアだ。
新たに刻まれたスキルの名は、生還の心得。
その名を見て、俺は思わず目を見開いた。アプリで調べずともわかるほど、有名なスキルだったからだ。
その効力は、『瀕死級のダメージを負った時わずかな生命力を残してロストを逃れることができる』というもの。
ロストから復活した個体が稀に取得すると言われるスキルだが……まさか一発で取得するとは。それだけ彼女の想いが深いということなのだろう……。
ギュッとカードを握りしめて、言う。
『ああ……。俺も、もうあんな目には遭わせない』
『ニヒヒ! それじゃあこの試合もチャッチャと勝って、あの馬鹿とイライザの復活資金を稼いでやらないとね!』
メアと笑みを交わし、相手選手の方を見ると、なぜか相手は未だカードを召喚せず、笑みを浮かべてこちらを静観していた。
『おーっと? なぜか砂原選手、カードを召喚しません。どうしたのでしょうか?』
実況が不思議そうに言うと、砂原選手はこちらへと話掛けてきた。
「フッフッフ。スポーティーな人狼美少女に、妖艶な爆乳鬼娘、それにロリ系夢魔……。実に魅力的な女の子モンスターたちだが……それだけだな。まとまりがない!」
「……なんだって?」
いきなりこちらのパーティーの批評をしてきた砂原選手に戸惑う俺。
「ただ可愛い女の子モンスターを揃えるだけなら誰でもできるという話だ! いでよ! 我が僕たちよ!」
高らかに宣言した砂原選手がカードを召喚していく。
まず現れたのは、獅子の下半身と美しい女性の上半身、鷲の翼を持ったCランクモンスター……スフィンクスだった。
さ、さっそくCランクカードかよ……!
身構える俺の前で、次のカードが召喚される。
現れたのは……古代エジプト風の衣服を身に着けた褐色肌の美少女。頭部には猫耳が生え、手には盾と見たことがない楽器のようなものを持っている。
あれはまさか……バステトか!?
ま、マズイ。これでCランクカードが二枚目。
さっそくCランクカードの数で押されてしまった俺は一瞬だけ焦るも、すぐに落ち着きを取り戻した。
いや、まだ大丈夫だ。ユウキは、スキルを駆使すれば十分に二枚のCランクに立ち回れる力がある。
そもそも、キャットファイトでの平均的なCランクカードの割合は1〜2枚。想定の範囲内だ。
……そんな俺の余裕も、次のカードを見た瞬間すべて吹き飛んだ。
「なッ……!?」
砂原選手が呼び出した最後のカード。それは、圧倒的な気配を放つ褐色肌の妙齢の美女であった。
これは……蓮華が吉祥天になった時のものと同質の……。
明らかな神の気配に冷や汗を流しつつ、敵の正体を探る——までもなくその正体に思い至った。
なぜなら、そのカードは冒険者になる前から、いつかは欲しいと思っていた憧れのカードだったからだ。
まず目を引くのは、人間ではありえぬほどの巨大な乳房であった。爆乳という言葉では言い表せぬほど豊満な乳房は、まさに牛乳。それを証明するかのように女性の耳は牛のそれで、頭部には牛の角が生えていた。
エジプト風の衣装、大地母神の特徴である豊かな乳房、牛の角の間に浮かぶ太陽円盤……。
間違いない……敵の正体は、Bランクモンスターのハトホルだ。
くぅ……実際に目にするとなんと凄まじいおっぱい……じゃなくて、威圧感だ。Bランクでも相当高値のハトホルを、なぜ新人が……。う、羨ましい……!
い、いや、それは関係ない。今この場に、Bランク一枚とCランクが二枚いるという事実がすべてだ。
これは、不味い。不味すぎる……。
『砂原選手が召喚したのは、まさかのBランクモンスター! ハトホルだぁぁぁ! 全女の子モンスターの中でもトップクラスのおっぱいを持つ、超人気カード! 残りの二枚もスフィンクスとバステトのCランクカード! 新人とは思えない高ランクパーティーです!』
『うーん、これは北川選手厳しいですね。座敷童を外してきたのが裏目に出たかな?』
実況席が何やら言っているが、まったく耳に入ってこない。唯一おっぱいという単語が聞こえた程度だ。
そうして動揺を露にする俺に、砂原選手が不適に笑う。
「フッ、どうだ、このエジプト系美少女パーティーは! 何のコンセプトもない女の子パーティーなど、ただの烏合の衆よ!」
そんな砂原選手に、俺は反射的に反論していた。
「異議あり! それはエジプトパーティーではない!」
「なに!?」
動揺する砂原選手へと、ビシッと指を突き付けて告げる。
「なぜなら……そのスフィンクスはエジプト産ではなく、ギリシャ産だからだぁーーッ!」
「なん……だと……?」
愕然と目を見開く砂原選手。
「エジプト版スフィンクスは人の顔にライオンの身体がついているのに対し、ギリシャ産のスフィンクスは獅子の身体に美しい女性の上半身と鷲の翼を持つ! そのスフィンクスはギリシャ産のスフィンクスだ! すなわち、そのパーティーはエジプトパーティーではない!!」
「ば……馬鹿な。スフィンクスはエジプトのモノだけじゃなかったのか……」
よろよろと後ずさる砂原選手。そんな彼を見て俺は内心でほくそ笑んだ。
ククク、動揺しろ、動揺しろ……!
俺は、少しでも勝ち目を増やすため必死だった。これで砂原選手がカードを引っ込めるとまではさすがに思っていないが、少しでも隙が生じればそれでよかった。
『おおっとぉ? これは突然の舌戦が始まったぁー! モンコロでは珍しい光景です! さて、砂原選手、なんと言い返す!』
実況がそう煽り立てるが、砂原選手は思いのほか動揺が大きかったようで目を泳がし何も言い返してこない。
そんな彼へと、スフィンクスが縋るような眼を向ける。
「マ、マスター……私は、このパーティーにいてはダメなのですか?」
「……ッ! いや! そんなことはない! 北川選手!」
そのスフィンクスの眼差しに、砂原選手は自分を取り戻すとこちらを力強くにらみ返してくる。
「このスフィンクスは確かにエジプトがルーツではないかもしれない。だが、可愛ければそれでいい!」
「ッ! そ、それは……」
生半可な言い訳だったら論破してやると備えていた俺だったが、そのド直球な反論になんの言葉も返すことができなかった。
最初に可愛いだけでまとまりがないと言ってきたのはお前の方だろ、とか言いたい気持ちもあったが、俺はそれを言うことはなかった。
なぜなら、可愛ければそれで良い、というのは俺たちのような女の子モンスターのマスターたちにとって絶対の真理であったからだ。
『おーっと、ここで北川選手、完全に論破されてしまったぁッー! その通り、ここは女の子モンスターの聖地、キャットファイト! 可愛ければそれで良いのだぁ!』
実況がそう言うと、会場に拍手が起こった。
砂原選手がこちらへと頭を下げてくる。
「北川選手、最初にそちらのパーティーを可愛いだけと言って申し訳なかった。可愛ければ、それでいい。そのことに気づかされたよ」
そう言って頭を上げた砂原選手の目には、もはやなんの迷いもなかった。
……動揺させようとして、逆に落ち着かせてしまったか。
策士策に溺れるという奴か。
だが、まだ試合にまでは負けたわけではない。勝負には負けたが、試合には勝たせてもらう。
「行くぞッ!」
砂原選手のその声を合図に、戦いが始まった。
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ここからは最終話まで毎日更新です。
よろしくお願いします!
※二章後半の最終話という意味です~。紛らわしくて申し訳ない! モブ高生はまだまだ続きますよ~。