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第十七話 死者を追う

 

 気持ちを切り替え、こちらも捜索を開始する。

 そこで、一つ思いついた。

 そうだ、せっかくだからユウキの真眷属召喚を試してみよう。

 懐からライカンスロープのカードを一枚取り出す。

 このカードを、復活用の金策とするか、ユウキの真眷属召喚に使うかはかなり悩んだ。

 俺は当初、このカードを売却用としか考えていなかった。

 しかし、ここでライカンスロープを売却した場合、ユウキの真眷属召喚を活用するためには再びライカンスロープをドロップするまで迷宮に潜るか、定価でギルドから買いなおす必要がある。

 ならば、多少時間がかかっても、イライザたちは他の手段で復活資金を稼いだ方が先々のことを考えると良いと考えた。

 ……それに何よりも、真眷属召喚の力は猟犬使いとの戦いにおいても必ずや戦力になることだろう。

 とはいえ、ここで試すのは一枚だけだ。一枚あれば、現金資産と合わせて座敷童の方なら買うことができる。

 どっちみち、二枚とも売ったとしても座敷童と女ヴァンパイアの両方は買えないのだ。

 イライザの復活は遠のくが、まだリカバリーは効く範囲だった。

 というわけで。


「ユウキ、これを」

「! これは……ありがとうございます。必ず役立てて見せます」


 俺が差し出したライカンスロープのカードを見たユウキが、恭しくカードを受け取った。

 さて、ここからどうするのか……と見守る俺の前で、彼女はなんとバリバリとカードをかみ砕いて飲み込んでしまった。

 これには、さすがに俺も驚いた。

 カードを食べてしまったこともそうだが、ロスト以外ではどんな現代兵器であっても壊すことのできなかったカードをかみ砕いてしまったからだ。


「……うん。マスター、これで大丈夫なはずです。しっかりと力が宿ったのを感じます」

「そうか……じゃあさっそくだが試してもらっていいか?」

「はい! ————アオォォォォォン!」


 ユウキの遠吠えと共に、迷宮の入り口のようなゲートが現れ、その奥から人影が姿を現した。

 カードの召喚とは違う、眷属召喚特有のエフェクトだ。

 万が一、カードの召喚と同じエフェクトだった場合、モンコロでは使うことはできなかっただろう。

 これなら、モンコロで使っても俺が不正をしたとは思われまい。

 ……まあ、同種族を召喚できる眷属召喚とはどういうことなのか、という質問はされるだろうが。

 やがて、光が消えるとそこには、野性的な雰囲気の黒髪の青年が立っていた。

 190センチを超える長身に、鍛え上げられた体つき。カードに描かれたイラストの通りの姿だ。

 黒髪の青年は、なぜかひどく剣呑な目つきをしており、睨むようにこちらを観察していた。


「……フンッ。アンタが群れのトップか」


 黒髪の人狼が、俺を見て鼻を鳴らす。そうして、こちらを見下すようにしゃべり始めた。


「どうやらそっちの女の方に取り込まれちまったようだな。だが、勘違いするなよ? 俺は自分よりも弱い存在にしっぽを振るつもりはない。もし俺の力が借りたいなら————」


 そこで、黒髪の人狼の言葉が止まる。

 黙ったわけではない。

 ユウキのつま先が、凄まじい勢いで黒髪の人狼の鳩尾へと突き刺さったせいだった。


「——うぐぇへぇッ!?」


 体をくの字に曲げ、血反吐をまき散らしながら上空を舞う黒髪の人狼。

 それをポカンとした顔で見上げる俺を他所に、冷徹な眼差しでそれを見るユウキ。

 やがて黒髪の人狼がドサリと地面へと落下してくると。


「あぐぁっ!」


 ユウキは無造作に彼の頭を足で踏みつけた。


「ゴホッゴホッ……テ、テメェ」

「なぜ」


 氷のように冷たい声を出すユウキ。

 今まで見たこともない彼女の姿に、俺は言葉も出ない。


「なぜ、この群れで一番序列の低いお前が、そんなにデカい態度なんだ? 誰に向かって口をきいている?」

「ぅ……」

「なぜ何も答えない? まさか、この期に及んで力の差がわからないボンクラなのか?」


 ユウキの言葉に本気の失望が混じり始め、それと共に徐々に殺気が強まっていく。

 それに黒髪の人狼がゴクリと唾をのみ込み……。


「わ、悪かった。あ、アンタたちを群れのαとβと……認める。もう、逆らわない……」


 ユウキはコクリと頷き。


「わかれば結構。ではお前に仮の名をくれてやる。お前の名は、クロだ。気に入りましたか?」

「わ……わかった」

「それは良かった。……では、さっさと周辺の探索へ行きなさい。愚図」

「了解、した……」


 よろよろとした足取りで探索へ向かう黒髪の人狼……もといクロ。

 それを冷たい眼差しで見送るユウキ。

 俺が怒涛の展開に完全にフリーズしていると、ユウキがこちらへと振り返り、深々と頭を下げてきた。


「マスター。ボクの眷属が失礼な態度をとってしまい、誠に申し訳ございませんでした」

「……え? あ、あぁ、いや、気にしなくて良い。……というか、え? なんでいきなりあんな暴力を……?」


 頭を上げたユウキが、ハキハキとした口調で語り始めた。


「はい、それはもちろん、躾のためです! 群れのトップの言うことを聞けない個体は要りませんから! できればここで一度殺して、トークンがちゃんと復活できるか、復活までの時間はどれくらいかかるか、あの猟犬使いとの戦いの前に把握しておきたかったのですが、復活できない可能性を考慮して今はやめておきました」

「な、なるほど……?」


 俺は曖昧に頷いた。

 いや、俺が気になってるのはそこじゃなくて、今までのユウキとのキャラと違い過ぎるというか……え? もしかしてランクアップの影響だったり?

 イライザもヴァンパイアになったら儀礼的な振る舞いを好むようになったし、ランクアップ先のカードの影響を受けるのか?

 と俺が一人混乱していると、ユウキはハッとした顔をして頭を下げてきた。


「あっ、すいません! もしかしたら猟犬使いが襲ってくる可能性があったんだから、マスターの許可を得てから躾をするべきでした。あんな駄犬でも肉壁くらいにはなるだろうし……勝手なことしてすいません!」

「ああ、うん……もういいや」


 そこで俺は諦めた。

 そう言えば、狼系の動物は非常に序列に厳しいと聞く。

 もしかしたら、これも今までは表に出てこなかったユウキの知られざる一面だったのかも、と納得することにした。

 これまでは俺という群れの主に統括されていたことにより目立たなかったが、こうして彼女だけの群れを得たことで、彼女の獣としての厳しさが表に出てきただけなのだ。きっと。

 ユウキは、反抗的な部下には意外と厳しい。

 俺は自分の胸にしかと刻み付けたのだった。


 それからしばらくして。


 俺の担当エリアを隈なく探してみたが、これといった手がかりは見つけられなかった。

 狼の嗅覚を持ち、情報収集にも長けた忍術スキルを持つユウキたちが探してダメだったのだから、このエリアにはそもそも手がかりはなかったのだろう。

 そう判断してクロを戻し集合場所へと向かうと、ちょうどアンナが戻ってくるところだった。

 向こうも人手を増やして捜索したのだろう、傍らに以前戦ったエルフの少女を連れている。

 俺はアンナへと問いかけた。


「アンナか。どうだった?」


 彼女は、退屈そうにしている鈴鹿をチラリと見た後、答えた。


「いやあ、ダメッスね。……森の住人であるエルフの手も借りて探して何も見つからなかったってことは、なんもなかったってことかと」

「こっちもだ」


 そんなことを話していると、ユウキの鋭い感覚が何者かの接近を伝えてきた。

 織部が戻ってきたのかとそちらの方を何気なく振り向いた俺は、思わずギョッとした。

 隣からはアンナのかすれた悲鳴が聞こえる。

 戻ってきた織部が引き連れていたのは、この世の者とは思えぬほど醜く腐り落ちた女性らしき鬼……黄泉醜女ヨモツシコメであった。

 肌は腐敗の進んだ水死体のような暗赤褐色で、全身がブヨブヨと膨らんでおり、頭髪は所々抜け落ちて、身に纏う古代風の衣服すらも、剥がれた皮を連想させるほど醜い……。その顔は、鼻が腐り落ち鼻孔が丸見えとなっており、眼球も白く変色してどこを見ているかもよくわからない様子であった。

 彼女が姿を現してから一拍遅れて、卵を腐らせたような臭いを数十倍に強烈にしたような悪臭が俺たちの鼻を刺激した。見れば、彼女の通った後は、草木が枯れ落ちて、急速に腐敗が進んで黒くなっているのがわかった。

 まるで某映画に出てきた祟り神が通った後のようだった。

 事実、彼女は祟り神そのものなのだろう。

 こ、これがDランク最強にして、不人気ナンバーワンモンスター、黄泉醜女ヨモツシコメか。

 初めて生で見たが、何とも強烈な……。能力を考慮すればその実力はCランクに匹敵するにもかかわらず、誰も所有したがらないという話も頷ける。

 そんな黄泉醜女ヨモツシコメを何の抵抗もなく従える織部は、どうやら相当に気合の入ったホラー好きのようであった。


「待たせたな」

「あ、ああ……。それで、織部の方はなにか手がかりを見つけたのか?」

「ああ」


 硬直してしまったアンナの代わりにそう問いかけると、織部は懐からジップロックの袋を取り出した。中には……迷路を模したようなアクセサリーが入っている。


「これが、地面に埋もれていた」

「これは……星母の会のお守りッスか」


 極力、黄泉醜女を視界に入れないようにしながらアンナが言う。

 そう言われてまじまじとアクセサリーを見てみると、迷路の中心に星があしらわれたいかにも星母の会っぽいデザインのような気がしてきた。


「犯人が落としたものッスかね?」

「さあ……被害者が落としたモノかもしれないし、まったく別の冒険者が落としたものかもしれない」


 そう言って肩をすくめる織部。


「とりあえず、それを見つけたところに行ってみるか」


 一体どういう風に埋まっていたのか知りたいし、他にも何か見つかるかもしれない。

 俺たちは、織部がこのお守りを見つけた場所へと向かうことにした。



「ここだ。ここで、半ば地面に埋まるようにこれが落ちていた」


 そう言って、織部はジップロックに入れたままお守りの一部だけが地面から飛び出すようにそれを埋めた。

 しゃがみ込んで、じっとそれを見てみる。

 それは、わざとそこに埋めたというよりは、落とし物が足で踏まれて自然と土を被ったような埋まり方であった。

 少なくとも、探そうと思ってよーく目を凝らさなければ、このお守りを見つけるのは難しいだろう。

 これが明確に埋められたものだったのなら、被害者が残したダイイングメッセージという可能性もあったのだが、この分では単純に落としたという可能性が高そうだ。

 ……もっとも、落とした方が犯人だとすれば、これ以上ない重要な手がかりではあるが。

 果たして、ここまで慎重に自分の情報を消している猟犬使いが、自分に繋がるアクセサリーを身に着けて犯行に及ぶか? という疑問はあった。

 まあ、それが『信仰』なのだと言われてしまえばそれまでだが。

 と、その時。


「……ん?」


 視界の端で、誰かの人影を見た気がして、俺はキョロキョロと周囲を見渡した。

 なんだ? ここには俺たち以外に人はいないはず。

 ユウキたちの感覚も、そう告げている。


「どうしたんスか? 先輩?」

「いや、今人影が……」

「……ッ!? まさか、猟犬使いが!?」


 アンナが慌てて周囲を見渡し……。


「…………いや、誰もいないみたいッスよ? 失礼ですけど、気のせいじゃないッスか?」

「我のカードも特に反応はないが……」

「ん……気のせいか。……ッ! いや! 今また!」


 アンナたちの言葉に一度は納得した俺だったが、再び、今度はハッキリと人影を捉えたことで、慌てて立ち上がった。

 この場を走り去っていく女性の姿。

 ユウキたちの索敵能力をかいくぐって、ここまで接近してくるとは! 間違いなく一般人ではない!


「追うぞ!」

「えっ……? あ、はい」

「……?」


 逃げる女の姿を目にしなかったのか、反応が鈍いアンナたちをしり目に、女性の姿を追う。

 人間の足よりも、ユウキたちカードの方がずっと早い。

 すぐに追いつけるはずであったが……。


「クソッ! 見失った!」


 わずかに、追うのが遅かったらしく、女性の姿はもうどこにもなかった。

 カードが近くにいるようには見えなかったが、緊急避難のようなカードで転移してしまったのかもしれない。

 有力な手掛かりをみすみす逃してしまったことに歯噛みしていると。


「……ッ! また!」


 こちらをおちょくるように再び彼女が姿を現した。

 またもカードを使わずに自分の足で走り去っていく。

 だが……。


「……………………………………」


 その姿を見た俺は、今度はすぐに追いかけることができなかった。


「先輩? どうしたんスか?」

「……み、見たか?」


 怪訝そうにこちらを見るアンナに、逆に問いかける。


「え? なにを……?」

「……今の、女の顔だ」

「え? また現れたんスか!? じゃあすぐに追わないと!」

「いや……」

「一体どうしたのだ? 顔色が悪いぞ?」


 心配そうな織部の声に、俺はスマホでクエスト情報を確認した。

 そこには、佐藤翔子さんの顔写真が載っている。

 黒髪をショートボブにした化粧っけのない、素朴な女性。


 ————逃げた人影は、佐藤翔子さんとまったく同じ顔であった。




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