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第十六話 頼むからもう一度チャンスをくれ②

 


 最下層への道のりは極めてスムーズに進んだ。

 さすがに、二ツ星三ツ星なだけあって、道中のモンスターは鎧袖一触。階層も浅めだったこともあり、さほど時間をかけることなく、俺たちは最下層にたどり着き、その主も倒してしまった。


「うーん、さすがにFランク迷宮じゃあ主であってもそこらの雑魚と変わらないッスね」


 最下層の主であった陰摩羅鬼オンモラキの亡骸……というか魔石を見ながら苦笑するアンナ。

 ユウキの一撃でお陀仏してしまったオンモラキの顔は、なんとも言えぬ哀愁が漂っているように見えた。


「……猟犬使いは、襲ってくる気配は今のところないな」


 俺が辺りを見渡しながらそう言うと、織部が頷いた。


「まあ基本的に猟犬使いは一人を狙っているようだからな。二人以上を狙うと逃亡される可能性がグッと上がるからだろう。それに……先輩は一度すでに相手に狙われている。当然逃げるための手段を講じてから迷宮に来ていると相手は考えるだろう。先輩がよほど確かな証拠を握っているとか、先輩を狙った理由とやらが唯一無二のモノでもなければ、先輩は逆に犯人から狙われることはないだろうな」

「そうか……」


 確かに、普通に考えれば命を狙われたのにすぐに迷宮に潜ってきたら何らかの対策を持っていると犯人側も考えるか。

 現に、アンナ頼りとはいえ避難用のマジックカードも用意しているわけだしな。

 俺が持つ犯人の情報も、直接猟犬使いに繋がるものではない。

 蓮華についても、俺から見れば唯一無二のモノだが、他に同じようなカードがないとは決して言えない。

 ならば、これ以上俺にちょっかいを出すよりも他の無警戒の獲物を狙った方が堅実ということなのだろう。

 とりあえず今は襲われそうにないということにホッと一安心しつつも、いざという時に俺を囮にして犯人をおびき出すことができないのは残念でもあった。


「さて……ガッカリ箱は、と。うん、普通にポーションだな。……ところで、分配の方はどうする?」


 迷宮の踏破報酬を回収した俺は、そこでふと思い立ってアンナへと問いかけた。


「そうッスね、額も少ないことですし先輩がどうぞ……と言いたいところッスけど、今後に関わることでもありますので、せっかくなのでここで言わせていただきます」


 アンナは真剣な顔で言った。


「ウチは基本的には収入は経費を差し引いた契約金型頭割り制度にするつもりッス」


 経費を差し引いて頭割りって言うのはわかるが……契約金?

 と俺が首を傾げていると、織部が補足してくれた。


「契約金制度は、プロチームでよく行われている制度だな。チームの平均よりも実力の高い選手を招く時、最初にある程度の額を契約金として渡してしまい、その後の活動で収益を頭割りすることに納得してもらう制度だ」

「なるほど……」


 パーティーを組む冒険者にとって、報酬の分配はトラブルの種だとよく聞く。

 一番後腐れがないのは人数での頭割りであるが、パーティー内での保有戦力に差がある場合、どうしても攻略における貢献度の差がでてきて、パーティー内に不満が蓄積されていく。

 かといって、貢献度によって報酬に差をつけるとなると、今度はどういった風に貢献度を計算するかということで揉める。

 単純に敵を多く倒した方が、貢献度が高いのか。そうなると火力重視のカードを持つものばかりが有利となるのではないか。回復や補助的なスキルや特殊なスキルでパーティーに貢献しているものの評価はどうするのか。道中でカードを失ってしまったものの損失の補填や貢献度は? などなど。揉め事の種は尽きない。

 大学の冒険者部のように最初から固定化されたパーティーで、先輩後輩などの上下関係があるパーティーは比較的安定しているらしいが、一般的なアマチュア冒険者はパーティーの流動も激しいと聞く。

 また、魔石ならばともかくカードや魔道具のドロップなどはどう分配するかも議論がわかれ、また換金するタイミングも税金が絡むため、パーティーの報酬分配は冒険者の頭を悩ませ続けている。

 俺がソロでここまで来たのも、そういった煩わしい人間関係が嫌だったから、というのもあった。

 そういう意味では、最初に契約金という形でお金を渡しておいて、以降は頭割りで納得させるという契約金制度は優れているようにも思えた。

 まあ、それでもいろいろな話し合いは必要になると思うが……。


「まあ具体的な内容は今度具体的に話し合えれば良いと思っていますが、とりあえずウチの基本方針としては、報酬は頭割りで行きたいということは納得しておいてくださいッス」

「ああ、わかった」


 それは迷宮内で話し合うことでもないだろう、と俺はアンナの言葉に頷いた。


「さて、これまでずっと警戒していましたが、猟犬使いが襲ってくる様子もないみたいですし、ここは大胆に三手に分かれて階層の捜索をしましょう!」

「了解。何かあったらすぐにバッジで連絡を」


 簡単にマップを三分割し、それぞれの担当区域に分かれる。

 一人になった俺は、まずは人手を増やすためドラゴネットと交代で鈴鹿を呼び出すことにした。

 探し物のような細かいことは人型の鈴鹿の方が向いているからだ。

 ……そういえば、鈴鹿には謝らなくちゃな。

 せっかく最下層に潜る前に忠告してくれていたのに、それを無下にしてしまった。

 まずは彼女を信じなかったことを詫びなくてはなるまい。

 そう思い、ドラゴネットと交代で彼女を呼び出すと……。


「……ふふ、ふふふ!」


 なぜか、ふんぞり返って得意げな顔をして現れる鈴鹿。

 今までにない登場のパターンに戸惑っていると。


「ねぇねぇ、マスター? なにかぁ、私に言うことはぁ?」


 鈴鹿は、ねっとりとした声と口調でそう俺に問いかけてきた。

 コ、コイツ……。と思いつつ、まずは頭を下げる。


「……この度は鈴鹿さんの忠告を無視して最下層に突入し、多大な損害を出してしまい申し訳ございませんでした」

「キャハハハ! だよねぇ!? だよねぇ!?」


 パンパンと手をたたきながら大はしゃぎする鈴鹿。鬼の癖に、鬼の首を取ったようなはしゃぎよう。

 その姿に、「あれ? もしかして俺、謝る必要なかったんじゃね?」という想いがどんどん膨らんでいく。


「あ〜ぁ! あれだけ私が忠告してあげたのに。そのせいで、あの座敷童も……プクククク。これからはぁ、ちゃんと私の言うことを聞くように。ねぇ、わかったぁ?」

「……くっ」


 嫌味ったらしい鈴鹿のセリフに、内心歯噛みする。

 やっぱコイツ……人をイラつかせる天才だわ。

 そもそも、あれだけ忠告してあげたとは言うが、その忠告も「なんか違和感がある」程度だったし、それを笠に着て説教かましてくるのもムカつく。

 特に、明らかに仲間の死を喜んでいるような節があるのも、救いようがない。

 ……とはいえ、俺が忠告に従わなかったことは事実。

 また、蓮華たちの死も彼女に責任はない。

 そういうわけで、イラつきながらもここはグッと堪えていると。


「————鈴鹿さん。そういう言い方はないんじゃないですか?」


 そう鋭く言ったのは、じっと様子を見守っていたユウキだった。

 鈴鹿を見るユウキの眼には、彼女としては珍しい静かな怒りが灯っているように見えた。


「蓮華さんたちは、マスターを逃がすためにその身を犠牲にしたんです。それを笑うような真似はするべきじゃないと思います」


 そんなユウキを鈴鹿はじっと見据え。


「——あぁ、貴女もついに“特別”の仲間入りですかぁ。あぁ〜、羨ましいですねぇ。実に、妬ましい。まあ、あの座敷童が選んだ時点で? いつかそうなるとわかってましたけどねぇぇぇぇぇえええええええええ!」


 そう、忌々しそうに吐き捨てた。

 なんだ? 鈴鹿は何を言っている?

 ユウキもまた、鈴鹿の言動に戸惑っているようだった。


「ねぇマスター……。こう見えて、私は本当にマスターのことを気に入ってるんだよぉ?」


 鈴鹿が縋るように俺にすり寄ってくる。男を誘うような官能的な香りが、ふわりと鼻孔をくすぐった。


「多少、カードに対する才がある程度で、特別なものは何一つ持たない身でありながら、藻掻き抗う様は……哀れで美しい」


 そう言う鈴鹿の眼は微かに潤んで、熱を帯びているように見えた。


「それだけに……特別な者たちの傲慢に振り回され、ボロボロになっていくのを見るのは、あまりに痛々しい」


 憐れむような、慈しむような、助けを求めるような……様々な情感の籠った彼女の瞳に、俺は身じろぎ一つできず魅入られていた。

 それは、かつてのような奇妙な感覚によるものではなく、彼女自身の魅力によるもので……。


「特別な者たちは、いつだって、ごく自然に周囲の凡人たちに高い要求を強いてくる……。なぜなら、彼らにとっては当たり前にできることだから。彼らの放つ光に惹かれ、凡人がそれに応えようといくら頑張ろうと、いずれは振るい落されていく……」


 能力の高い者が、周囲にも高いハードルを求めるという話はよく聞く話だ。

 有能な社員を社長にしたところ一気に会社がブラック化してしまった、なんて話もある。

 だが、美しい眉を顰めてそう語る鈴鹿の声には、そう言った一般論ではなく、彼女自身の確かな実感が籠っているようにも思えた。

 おかしな話だ。カードは、マスターの手を渡る度に記憶を失うというのに……。

 もしかしたら、彼女もかつて“特別”なマスターの元で奮闘し、脱落していった経験があったのかもしれない。

 記憶を失おうとも、その時の感情が魂にこびりついているのだろうか。


「ありとあらゆる者には、分相応の生き方というものがある。私が見たところ……今がマスターのギリギリのライン。ここらで満足して、私と面白可笑しくやっていこう? 大丈夫、最後の最後までちゃ〜んと付き合ってあげるからさぁ」

「………………………………………………」


 媚びるような笑みで、しかしこれまで見たことがないほど真剣に、鈴鹿が誘惑してくる。

 たぶん、彼女は彼女なりに、俺のためを想ってそう言っているのだろう。

 ただ、そのベクトルが蓮華たちとは真逆なだけなのだ。

 蓮華が叱咤激励しマスターの成長を促すタイプなら、鈴鹿は無理をし過ぎないようにブレーキをかけて守るタイプなのだろう。

 そのどちらを有難いと思うかは、それぞれの好み次第。

 俺としては、正直……鈴鹿の方針の方が心地良くは感じる。

 元々俺は内向的な性格で、栄光か破滅かの挑戦よりは、成功も失敗もない無難な選択を選んでいくタイプだからだ。

 冒険者になる前は、普通に友達がいて、普通に学校に行って、普通に進学とか就職をして、できれば巨乳の彼女と付き合えればそれでよいと思っていた。

 すでに、三ツ星冒険者としての収入だけで十分稼げているし、そこそこの尊敬は集められる。これ以上無理をする必要は、生活という意味ではあまり無い。

 現状維持というぬるま湯は、実に魅力的だ。

 だが。


「鈴鹿……お前の気持ちはわかった。正直、嬉しいよ。でも……やれるところまではやってみたいと決めてるから」


 鈴鹿に言わせれば、俺は特別な者……蓮華の放つ光に惹かれているというヤツなのだろう。

 確かに、その通りだ。

 だが、結局のところ、それも俺の意思ではあるのだ。

 蓮華たちと共に歩んでいった先にあるものが見たいという、俺自身の意思なのだ。

 鈴鹿はそんな俺の目をじっと見つめ……


「…………ハァ〜〜〜〜〜」


 やがて大きなため息をついた。


「やっぱ、私じゃあダメかぁ〜。……ねぇ?」

「……なんだ?」


 本気で落ち込んでいる様子の鈴鹿に若干の罪悪感を感じながらも優しく問い返すと、彼女は濡れた瞳で言った。


「……もし私を選んだらいっぱいエッチなことしてあげるって言ったら?」

「!?!?」


 そ……そそそ、それはズルいだろ!

 俺は激怒した。俺は女を知らぬ。俺は、童貞である。右手を恋人とし、男友達と遊んで暮して来た。けれども女体に対しては、人一倍に興味があった。

 そういう重要な条件は最初に言ってくれないと!! 前提がいろいろ違ってくるじゃん!?

 カッコつけて、後に引けなくなってからそういうのを持ち出してくるのは卑怯だと思う!!


「……な〜んてね。断るってわかってるよ。どうせぇ、私にはアイツみたいな魅力はないしね〜……」


 そう言って自嘲するように腕を組む鈴鹿。スイカを二つ詰めたような豊満な胸元の谷間が強調され、俺の目が釘付けになる。


「い、いや、どうだろう?」


 そういう意味なら、めちゃめちゃ魅力的です。蓮華みたいなちんちくりん、足元にも及ばないッスわ。

 ……もう一回交渉のチャンスをくれませんかね? ほら、邪知暴虐の暴君だってメロスに一回チャンスをくれたわけだし。東西コンビでよければ人質に差し出すからさ。


「……マスター」

「ハッ……!」


 ユウキが、呆れたような目でこちらを見ている……!

 くっ……ここは一旦引くしかないか。


「あ〜、ごほんッ。……そ、それじゃあ鈴鹿、悪いんだが、行方不明者の手がかりを探しに行ってもらっていいか?」

「ハイハイ。了〜解。それじゃ、行ってくるねぇ」

「ああ、頼んだぞ」


 気怠そうに捜索に向かう鈴鹿を見送る。

 ……大魚を逃した、か。

 俺はがっくりと項垂れたのだった。




【Tips】ローカルスキル

 特定の地域のモンスターのみにしか発現しない特殊なスキル。日本の忍術の他に、中国の仙術や北欧のルーン魔術などがある。

 これに対して、初等~高等攻撃魔法などの全カードが取得できる通常のスキルをグローバルスキルと呼ぶ。

 グローバルスキルは汎用性が高いが型に嵌ったモノが多く、ローカルスキルは汎用性が低い代わりに尖った性能を持つ傾向があるのが特徴。

 またローカルスキルを持つカードは忍者やクノイチ、仙人などと呼ばれ、高い人気を持つ。

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