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第十五話  蓮華さんは本当に後輩に厳しいお方



 ……意外なことに。

 その後の探索は、思いのほか上手く回った。

 当初、二人の不仲により連携に不備が生じることを懸念していた俺だったが、いざとなれば二人の相性はバッチリだった。


 インプの戦闘力はこのパーティー内最弱だ。その役回りは、必然サポート役となる。しかし、彼女の魔法はどれも微妙なものばかりだ。

 魔力の刃を放つスライス、少しだけ体力を回復させるレスト、一発だけ敵の攻撃を和らげてくれるバリアジャケット、敵の足元を滑りやすくさせるスリップ。この四つしか使うことができない。

 どれも、大したことがない魔法だ。


 スライスは、今のところ人間が包丁で切りつけた程度の威力しか出すことができない。

 こう書くと結構強いようにも思えるが、モンスターは人間よりずっと頑丈だ。

 その上、魔法の性質上、物理防御力でも魔法防御力でも防御することができる。

 つまり、ゴーレムなどの硬い敵には頑丈さで抵抗され、レイスなどの魔法系の敵には魔力で抵抗されてしまうのである。

 この時点で、俺はインプをアタッカーとして使うのは諦めた。


 レストは、結構使えるという評価を下した。

 傷や状態異常は治せないが、体力を回復させるというのは地味に助かる効果だ。

 戦闘の役に、というよりも俺が迷宮を移動する際に非常に助かる。

 この魔法自体は当然蓮華も使えるのだが、彼女の魔力は攻撃に回復にと活躍の場が多かったので、これまで温存せざるを得なかった。

 その補強というだけで、十分助かる。


 バリアジャケットについては、正直カスだ。

 一発しか持たないうえに、服を厚着した程度の防御力しかない。唯一の利点は魔力消費が最小ということだけ。せっかくなので戦闘の前にとりあえず掛けておく、というような使い方となるだろう。


 最後のスリップ……これについても効果は微妙だ。

 俺に使ってみたところ、足の裏がツルツルになってまるで氷の上に立っているような感じになった。

 だが、しっかりと踏ん張れば転ばずに済むし、効果も数秒しか続かない。

 ユウキのような四つ足には効果が薄く、蓮華のように宙に浮かんでいる相手にはそもそも無意味というなんとも微妙な状態異常魔法。


 ——しかし、このスリップの魔法こそが我がパーティーに欠けていた最後の歯車だった。


 基本的に、状態異常は相手に及ぼす影響が大きければ大きいほどレジストされる可能性が高まる。逆に言えば、しょぼい魔法ほど通る可能性は高い。

 そこに、座敷童の運を操るスキルを加えてしまえば、同ランクへの状態異常はほぼ確実に通る。

 つまり、スリップの魔法は必ず相手を転ばす魔法へと化けるのだ。


 これまで、蓮華の運を操るスキルは、主に戦闘以外で役に立ってきた。

 それは、『禍福は糾える縄の如し』というスキルが相手の生死を左右するほどの能力ではないからだ。

 精々、運よく相手の攻撃を避けられたとか、偶然攻撃が上手く決まったという程度の幸運。

 それでも十分役には立っているのだが、ここにきて状態異常を使えるメンバーが入ってきたことでその真価が見えてきた。

 味方の幸運と、敵の不幸により状態異常の確率を上げる。状態異常により、勝負の天秤をこちらに大きく傾ける。


 それが座敷童の本来の役割。

 蓮華に必要だったのは、幸運や不幸を起こすためのきっかけだったのだ。


 それは例えば、バナナを床に置くとか空き缶を転がすとか、なんでもいい。

 相手に不幸をもたらす舞台装置さえあれば、バナナの皮を踏んで敵が転びましたとか、あるいは逆に転んだことで敵の攻撃を避けられましたとか、あとは勝手にこちらの都合が良い方に転がってくれる。

 スリップの魔法は、相手を転びやすくさせるというたったそれだけの魔法は、座敷童の能力により最強のトラップに化けたのである。


 …………が、それを当人たちがどう思うかはまた別の話で。


「……………………………………」


 戦闘を終え、次の小部屋へと向かう道中を気まずい沈黙が支配していた。

 先ほどの戦闘もまた、インプのスリップと蓮華の『禍福は糾える縄の如し』のコンボによりあっという間に終わった。


 今回の敵の構成は、ゾンビとハイコボルト、ザントマン、ナイトメアの四体。ゾンビの耐久型ガード、ハイコボルトの眷属招集による増援、ザントマンらの眠り悪夢コンボという一見してイヤらしい組み合わせだった。

 まずはザントマンを殺して悪夢コンボを崩し、増援を呼ばれる前にハイコボルトを殺す、と瞬時に判断した俺たちだったが、案の定ゾンビがその前に立ちふさがってきた。


 まるで前回の焼き直しのような光景だったが、そこからが少し違った。

 インプのスリップによりゾンビが転倒。その隙にユウキがザントマンを抹殺、遅れてイライザがハイコボルトの喉をスリングショットで打ち抜いた。その後はもう、消化試合だ。

 ものの数秒で終わった戦闘に、俺たちはあっけなさすら感じたものだ。


 俺やユウキは、蓮華とインプを絶賛した。が、二人は全く喜ばなかった。

 お互いの能力の相性が良いことは当人たちも理解したのだろう。

 だが、それが逆に面白くない。

 蓮華は、気に入らない相手のおかげで自分の本領が発揮できたことが。インプは、気に入らない相手のおかげで実力以上に活躍できていることが。互いに互いのプライドを傷つけているようだった。

 協力を拒むほどではないが、感謝はしたくない。二人からはそんな葛藤が窺えた。

 結果、二人は互いの存在を出来る限り無視するという結論に達したようで、それがこの微妙な空気を作り出していた。


「………………………………はぁ〜」


 こっそりとため息を吐く。

 あー、どうにかならんもんかな、この居心地の悪さ。

 一番簡単なのはインプか蓮華をカードに戻すこと。しかしそれは戻した方の機嫌を大きく損ねることになるだろう。

 もしインプを売ることに決めたのならそれもアリだっただろう。が、使い道を知った今となってはコイツを手放す気はなかった。

 となれば、なんとかして両者の仲を取り持ちたいところだが。


「おい」


 そんなことを考えながら歩いていると、不意に蓮華から声をかけられた。


「お、おう、どうした?」

「お菓子食べたくなってきた。なんか出してくれよ」

「ああ、わかった」


 蓮華が自主的に協力してくれるようになってからお菓子は報酬制ではなく、食べたい時に取り出す方式となっている。おかげで俺のバッグにはいつでもお菓子がある程度ストックされていた。


「お菓子!? わぁ、私食べるの初めて!」


 俺たちの会話を聞いていたインプが眼を輝かせる。……コイツもお菓子好きなのか。案外、蓮華と気が合うんじゃないか?

 そんなことを考えながら、俺はパウンドケーキを皆へと一個ずつ配り始めた。ちょうどいいからここで休憩だ。

 そうしてインプにも一つ渡そうとした時、横から伸びた手がそれを奪い取った。


「おっと、お前にはこれはデカすぎるだろ。アタシが代わりに食ってやるよ」

「ハァァァ!?」


 蓮華……お前って奴はまたそんな子供みたいなことを……いや、まんま子供なんだけどさ。

 お菓子を横から取られたインプは、当然のことながら激怒した。


「ちょ、それは私のでしょーが! 返せ!」

「うるせーなー、じゃあ一欠けらだけくれてやるよ。身体が小さいんだからそれで充分だろ?」

「体の大きさは関係ないでしょうが! 私たちはいくらでも食べられて何にも食べなくても平気なんだから! いいから返せ、私だって楽しみにしてたんだから!」

「やなこった! お菓子は働いたヤツだけが食っていーんだよ」

「私も働いたわ!」

「ハッ、アタシの力があってのことだろうが。でなきゃお前程度の力がどれほどの役に立つってんだ?」

「————お前ッ!」


 インプの表情がいよいよ険しくなり、本格的な喧嘩が始まりそうになったところで、ユウキが慌てて介入した。


「ちょ、ちょ、ちょ。そこまでです! 今のは、蓮華さんが悪いですよ。ほら、お菓子も返してあげましょう。ね? マスター」

「ああ。蓮華そういうのは良くねぇって。ほら、足りないなら俺の分をやるからさ」

「…………………………チッ、そういうんじゃねぇんだよ」

「蓮華?」


 蓮華が何か言ったが聞き取れず聞き返すと、彼女は首を振ってインプのパウンドケーキを俺に渡した。


「はぁ、なんでもない。ちょっとからかっただけさ。ホラ、返すよ」

「ん、ああ……。ほら、インプ、返ってきたぞ」


 だが、涙目になったインプはそれを受け取らない。


「そんなの……もういらないもん!」

「あー、じゃあこっちはどうだ? チョコレートだ。一口サイズで食べやすいぞ」


 そう言って俺が小粒のチョコがたくさん入った箱を渡すと、インプは自分の身体ほどの大きさもあるそのケースを抱きかかえた。

 ユウキと目配せし、インプの相手は彼女に任せることにする。


「インプさん、開け方はわかりますか? 開けてあげますね」

「……うん」


 ユウキとインプのやり取りをしり目に、俺は少し離れたところに蓮華を引っ張っていった。


「なあ蓮華……どうしたんだよ」

「……………………」


 蓮華は気まずそうに黙って何も答えない。

 ……この様子だと、自分でもマズイことを言ったって自覚はあるみたいだな。

 となると頭ごなしに怒るのも良くないか。俺は出来るだけ声音を和らげると、静かに諭した。


「正直まだモンスターのことはよくわからないことが多いけどさ。戦闘力とか、スキルのことを言うのは良くねぇんじゃねぇの? ほら、自分じゃどうしようもないコンプレックスみたいのもあるだろうしさ」


 俺がそう言うと、蓮華は苛立たし気に頭を掻いた。


「あー、わかってるよ。明らかにアタシが言い過ぎた。つい……アレだ、わかるだろ?」

「ん……」


 俺は察した。大方、沈黙が気まずくなって、喧嘩でも良いからコミュニケーションを取ろうとしたって感じか。

 コイツ、最初の頃も俺にそんな感じだったもんなぁ。それで上手くいっちまったからまたやっちまったってことか。

 でもそれが上手くいったのは、俺がある程度年上だったからだ。

 見たところ、インプは外見も精神年齢も蓮華と同じくらいに見える。

 それがあんな風にされたら……そりゃあ本当の喧嘩になる。


 ……ただまぁ、それも長い目でみたら悪いことじゃあ無いんだけどな。

 これからずっとパーティーを組む以上、喧嘩は早めにしてしまった方がいい。

 下手に不満を貯めこみ続けてから喧嘩すると、そのまま絶縁状態になるからな。

 そういう意味では、すぐに感情を吐き出せる関係を作れたのは、悪くはなかったりする。

 ただ一つ問題があるとすれば、この試験中に関係悪化によって連携が取れなくなることなのだが……。

 俺がそれをなんて伝えようかと悩んでいると、蓮華が言った。


「あー、言わなくてもわかってるよ。戦闘はちゃんとやれってことだろ? それくらいわかってるさ。たぶん、あっちもな」

「そ、そうか……じゃああとは俺からは何も言うことはない。でも、わかってるよな?」

「ああ……機会を見て謝るよ」

「うん」


 そこへ、ユウキがやってきた。


「マスター、こちらは大丈夫です。インプさんも、戦闘はちゃんとやってくれるといっていました」


 さすがユウキだ。俺の考えを何も言わずとも理解してくれている。


「ありがとう。悪いけど、しばらくは様子を見てやってくれ」

「はい」


 決してお互いを見ない様に顔を背けあう小さな少女たち。

 雰囲気の良さが取り柄だった我がパーティーに漂い始めた不穏な空気に、俺はこっそりとため息を吐いたのだった。


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