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第十三話  変なおっさんの使ってた笛とか……ちょっと無理っス




 三ツ星までの冒険者は一般的にアマチュアクラスと言われている。

 法律的には一ツ星であろうと四ツ星であろうと冒険者は冒険者なのだが、なぜ四ツ星を境に世間の目が変わるかというと、三ツ星までは比較的に簡単に昇格できると言われているからだ。

 一ツ星の冒険者には、金を積むだけでなれる。

 二ツ星には、Fランク迷宮を十回踏破し、ギルド指定のEランク迷宮を踏破すればなることが出来る。

 三ツ星も同様だ。普通にランクに見合った迷宮を踏破していき、昇格試験を受ける。それだけ。

 いずれも、『Dランク以上のモンスターカードを所持していること』という但し書きがあるが、冒険者になる時に一枚は必ず買わされる為あってないような条件だ。

 低ランクの迷宮でカードを失うような間抜けを振るい落とすためだけの条件だろう。


 しかし、冒険者のほとんどが三ツ星までスムーズに進めるのかというと決してそうではない。

 冒険者登録をした者たちの半数近くがEランクで一度は躓くと言われている。そのさらに半分が、そのまま二ツ星を諦める。休日だけ迷宮探索を楽しむエンジョイ勢になるのだ。

 その最大の理由は、十数階という一日では到底踏破できない道のりの長さとその道中にある罠の数々にある。

 モンスター以外に何の障害もないFランク迷宮ですら、地図があっても一階層につき1〜2時間は掛かる。

 罠を警戒しながら進むとなれば、進行速度はさらに落ちる。罠は一定期間ごとに配置が換わる為、ギルドで情報を買うこともできない。

 それが、十数階と続くのだ。どうしても泊まり掛けの攻略になる。

 この時点で、社会人や中高生は脱落する。仕事や学校を休まない限り、Eランク迷宮の踏破は到底できないからだ。


 それでも大学生やフリーターであれば、時間の都合はつけられる。

 が、日を跨いだ迷宮攻略というのはFランク迷宮での迷宮攻略とは雰囲気がまったく異なる。例えるならピクニックと本格的なキャンプの違いといったところか。

 一日中歩き続けて進めるのは五階から十階が限度。

 それを、突然現れるモンスターに警戒しつつ、罠を探り、さらには水や食料を背負って進むのだ。

 軽い気持ちで冒険者になった者たちが続けられることではない。

 自衛隊ですら、迷宮が現れた当初退職者が続出した。まあ、当時はカードの効果が判明していなかったというのが最大の要因ではあるが。


 結果、大学生たちは本格的な冒険者部に所属してプロを目指して仲間たちと遠征に励むか、エンジョイ勢で集まってヤリサー染みたサークルを作るかの二択に分かれるらしい。

 Fランク迷宮と馬鹿にすることなかれ。俺が一月で五十万も稼げたように、片手間でも十万、二十万稼ぐのは簡単なことだ。

 正直、手堅くFランク迷宮を毎日のように踏破していく方が中途半端にEランク迷宮に挑むより儲けられるという面すらあった。

 迷宮は、踏破報酬が一番美味しいからだ。


 Eランク迷宮では罠による被害とモンスターの襲撃のコンボによりDランクカードを失うことも珍しくない。それだけで、百万から最高一千万近い損失が生じる。それが唯一のDランクカードだった日には目も当てられない。

 リスクを冒してEランク迷宮より日帰りでエンジョイ攻略。そんな見出しを、コンビニの雑誌でよく見かけるくらいだ。

 俺も、当初はこのエンジョイ勢ルートに行くつもりだった。学生の身でEランク迷宮はハードすぎるから、と。


 だが、今は違う。

 俺にはハーメルンの笛という冒険者垂涎のレアアイテムがある。これさえあれば、わざわざ泊まり掛けで攻略する必要もない。時間というアマチュアクラス最大の壁が、俺には存在しないのだ。

 それ故に、俺はテスト勉強の傍らEランク迷宮の攻略を進めるということすらできていた。

 多分、これがなかったら俺はどこかで三ツ星になるのを諦めていただろう。

 戦力についてもCランク一枚、Dランク二枚とEランク迷宮に対して過剰なほどに充実している。

 残りの障害は、もはや罠だけだった。





 テスト明けの休日。俺は攻略途中のEランク迷宮へと来ていた。

 ギルドによって指定されたこの迷宮は、石造りの通路を蝋燭の炎が照らす、THE迷宮と言った感じのスタンダードなものである。

 この迷宮について、俺は事前に一切情報を仕入れることが出来なかった。未知に対する適応力も、試験の内だからだ。

 俺も、試験を受ける際にこの迷宮についての情報を外部に漏らさないよう、契約書を書かされている。

 通路は狭めの印象で、頻繁に分岐があり俺たちを惑わしてくる。スマホのマッピングアプリのおかげで迷うことはないが、進めば進むほど体内の方向感覚が狂っていくのがわかった。

 通路の先には学校の教室を一回り狭くしたような小部屋がところどころ有り、モンスターはそこでしか出現しない。

 不意の遭遇を警戒しなくて済むのはありがたいが、逆に言えば一階層ごとに必ず一定回数以上の戦闘を強いられるということでもあり、索敵で戦闘を避けていくスタイルの俺たちにとっては煩わしい仕組みでもあった。

 もっとも、この小部屋の存在も悪いことだけではないのだが……。


「イライザ、笛を吹いてくれ」


 迷宮に入った俺は、いつもの三枚——Eランク迷宮となり、召喚制限が四枚となったことでようやく全員を同時召喚できるようになった——を呼び出すとさっそくイライザに指示を出した。

 Fランク迷宮では時折他の冒険者と遭遇することもあったのだが、この迷宮は一般公開されていないため、試験中は俺の貸し切りである。

 その為、安心してハーメルンの笛を使うことが出来た。


「♪〜♪♪〜」


 イライザが拙いながらも曲を奏でていく。

 ……この笛吹き役、誰が言うでもなく、自然と彼女の担当となっていた。

 あの不気味な笛吹き男が残した笛……なんとなくみんなが口をつけるのを嫌がり、唯一そう言う感情が無さそうなイライザに役が回ってきたのだ。

 それになんとなく罪悪感を抱いていた俺たちだったが、思いのほか彼女はこの笛を気に入った様子で、休憩時間などに曲の練習などをし始めるほどだった。

 今では、転移の際に拙いながらも一曲披露してくれるようになった。


 演奏が終わると俺たちの目の前に黒く渦巻く球体が現れた。迷宮の入り口に存在するものとまったく同じものだ。

 この空間のゆがみを通ることで、到達済みの階層の安全地帯へと一瞬で転移することが出来る。

 ただし、笛に蓄積された迷宮の情報は、誰かが迷宮を踏破した段階で笛から消えてしまう。

 つまり、一度攻略したことのある迷宮の最下層にいきなり転移して、お手軽に踏破報酬をもらい続けることは出来ないというわけだ。残念。


 ゲートを通ると、俺たちは最前線である12階層の安全地帯へと転移した。

 転移系の魔道具は、ハーメルンの笛に限らず、基本的に安全地帯から安全地帯へとしか飛ぶことができない。

 階層内のどこにでも転移が可能であれば、探索にも敵から逃げるのにも便利なのだが、さすがにそれは贅沢というものだった。


「よし、行こう」


 先頭をイライザに、少し離れてユウキ、俺、蓮華という隊列で進む。

 イライザを先頭にして少し離れて進むのは、彼女がうちのパーティーの罠解除役だからだ。

 罠の知識がギルドで買える教本頼りの俺たちにとって、罠の解除は実際に喰らって学習していくというやり方になってしまう。

 その役目は消去法的に、痛覚が存在しないアンデッドのイライザとなってしまっていた。

 戦闘中は味方を庇い、嫌な笛役を押し付けられ、危険な罠の解除までやらされる。

 申し訳ない気持ちでいっぱいだったが、健気で勉強家の彼女は少しずつだがこの迷宮の罠に適応しつつあった。

 と、そこでイライザがピタリと足を止める。


「……マスター、前方の床の色が違います。おそらく、落とし穴の罠と思われます」


 自我が目覚める前よりも流暢に喋るようになった彼女が、そう報告してくる。

 俺は、彼女の後ろから目を凝らすが、正直ここからではまったく違いが判らない。そもそも通路自体が薄暗く、壁際に一定間隔である蝋燭頼りのため非常に見通しが悪い。ただの人間である俺に識別などできるはずもなかった。

 しかしそれはユウキと蓮華も同じだったようで、しきりに首を傾げている。


「イライザ、それで俺たちはどうすればいい?」

「通路右端は通常通りの色をしている為、落とし穴は左端から中央までの物と思われます。私がまず右端を通りますので、マスターはそれを確認の上お通りください」

「わ、わかった」


 俺が頷くと、イライザは迷いのない足取りで進んでいく。


「安全を確認しました。お通りください」

「お、おう」


 おっかなびっくり落とし穴を避けて通っていると、蓮華が後ろから話しかけてきた。


「いつの間にか指示を出す側から出される側に変わっちまったな。このまま行くと、いつかイライザが司令塔になるんじゃね? あれっ、お前って本当に要るの?」


 ニヤついた笑みを浮かべる蓮華を、俺は鼻で笑う。馬鹿め……。


「一体いつから俺が必要だと錯覚していた?」

「なん、だと……。いや、その返しはさすがに予想外だったわ。言われてみれば、その通りだな……」


 驚きに目を見開いた後、妙に納得したように何度も頷く蓮華。

 いや、そこで本当に納得されても……と、俺は自分でネタを振ったくせに少し悲しくなった。

 実際、敵が強くなるにつれて俺が戦闘に関われる機会はほとんどなくなったが……。

 戦闘中に指示を出すにも限界があるし、防犯グッズなんかもいずれ効かなくなってくるだろう。

 高ランクのモンスターなどは、人間の動体視力以上の速さで動くという。そんな戦場で的確に指示を出すのは不可能だ。

 上位の冒険者たちはそのへんどうやってるんだろうか? ただ突っ立てるだけ? そう言えば、モンコロの冒険者なんかは手足みたいにカードを操ってるよな……なにか絡繰りがあるのか? 単純に仕込みが上手いだけ?

 ふとした疑問に考え込んでいると、俺が落ち込んでいると思ったのか愛犬ユウキがフォローを入れてくれた。


「蓮華さん、マスターあってのボクらですよ。イライザさんをあそこまで育てたのもマスターじゃないですか」

「お、さすが忠誠アピールのチャンスは見逃さないな。よっ、犬の鑑!」

「犬で結構。わんわん」

「お手もしてみろよ、ワン公。それともチンチンの方が良いか?」

「良い犬は主人以外にしっぽを振らないものです」


 一見すると仲が悪いやり取りにも見えるが、二人の雰囲気は柔らかい。

 うちの三枚はいつしか、ちょっと意地悪だが本当は優しい長女、真面目で面倒見の良い次女、無口で勉強家な三女という三姉妹の関係となってきていた。

 見た目の年齢が長女、次女、三女で逆転していくのが面白い所だ。


「マスター、分かれ道です」

「お、えっとアプリによれば前回は右に行って行き止まりになってるな。真っすぐの道は7割マップが埋まってるが、左は手つかずか……。うーん、よし左に行こう」

「了解しました」


 スマホ片手に分かれ道を左に進み、次の丁字路を右に進む。

 そうやって地図を少しずつ埋めていくと、ユウキが言った。


「マスターの持ってるそれ、本当に便利ですよね。これさえあれば道に絶対迷わないし」

「まあ基本はな。でも迷宮の罠によってはこういう電化製品を破壊したり、すべての光を吸い込む罠の通路とかあって、頼り切ってるととんでもないしっぺ返しにあうらしい」

「え、それ大丈夫なんですか?」

「まあそう言うところはギルドで注意喚起してるから事前にわかるだろうから多分大丈夫だろ。……そういう痛い目を早めに見させるためにこの迷宮にもあるってパターンは普通にあるだろうけどな」

「アタシがそのギルドって奴らなら間違いなくそうするな」

「ギルドの性根が蓮華ほどひん曲がっていないことを祈るしかないな」

「だったら大丈夫そうですね」

「おい」


 そんなことを話していると、前方に扉が見えてきた。一見何の変哲もない木製の扉である。

 が、こんな扉一枚でも油断できないことを俺たちはここまでの攻略で思い知らされていた。


「……どうだ? 罠はありそうか?」


 イライザはしばし扉を様々な角度から観察していたが、やがて振り返ると言った。


「こちら側には何の形跡も見られません」


 なら罠はなさそうだな……とはならないのが迷宮だ。


「これまでにこのパターンであったのは、開けた瞬間に扉が爆発する罠。弓矢が飛んでくる罠。扉の先に落とし穴があるパターンの三つでした。すいませんが今の私には判別がつきません」

「わかった……悪いが、いつものを頼めるか?」

「イエス、マスター」


 いつもの。つまり体当たりの漢解除である。

 俺の頼みに何の躊躇もなく頷くイライザ。

 俺たちが距離を取ったのを確認すると、彼女は勢いよく扉を開け放った。

 ガキンッと何かが作動する音。

 部屋の奥の暗闇から何かが放たれた。

 それはイライザの脇をすり抜け——。


「……あ」


 俺は掠れた声を漏らしながら、呆然と自分の胸元を見下ろした。


 ——そこには一本の矢が深々と刺さっていた。



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