8話「特別な1日」
12月24日(金)
いよいよこの日がやってきた。クリパ2日目、今日私は静ちゃんの計らいで煉と一緒に出店を見て回ることになっている。どうやら静ちゃんの報告では作戦はうまくいったようで、煉との『デート』は確定となった。でも、今日というこの日まで私と煉との関係には、相変わらずまるで進展がなかった。ちょっと進展を見せたといえば、話しかけることに恐怖心がなくなったということぐらい。だから、どうしても話す必要がある時ぐらいは話しかけるけど、それ以外では全く話すことはなかった。でもこれには煉にも非があると思う。毎日のようにお昼も放課後もどこかへ出かけて、教室に不在。だからお昼を誘うことも、一緒に帰ることもままならない。それにどうやら目撃情報から、その相手は煉と仲のいい『女の子』たちで、ほぼ毎日のようにとっかえひっかえしていたらしい。それを聞いた時はもうその女の子たちにだいぶ嫉妬していた、羨ましかった。なので私もどうにかこうにか近づこうと、朝に一緒に登校しようと試みるも、煉の登校してくる時間がランダムすぎて予測不可能。そんなもんだから、結局のところ成果ゼロの現状維持となってしまった。でも今日は私との約束がある。だからこれをきっかけに、元の関係へと少しでも近づけたらな、と思う。それにこれも全部、静ちゃんと七海ちゃんたちのおかげなのだから、めいいっぱい感謝して楽しまなきゃ。
「――岡崎、その……」
クリパの始まりを告げる校内放送が終わったところで、煉が後ろから話しかけてくる。周りの目もあるからか、どう誘えばいいかわからない。そんな感じが伝わってくる話しかけ方だった。
「うん、聞いてるよ。いこっか」
私は振り返り、煉がやりやすいように、あまり多くは喋らずにすぐに教室の外へと歩き始める。煉もそれにつられて、後を追うようについてきてくれた。私は平静を装ってはいるけれど、内心はものすごくドキドキしていた。いよいよ本当に煉とのデートが始まると思うと、いてもたってもられなかった。
「じゃあ、まずどうする?」
廊下に出てすぐ、煉がまずそんなことを訊いてくる。
「秋山くんにまかせるよ。私まだ詳しくないから……」
煉からしてみれば『案内の延長』だけれど、私からしてみればこれは『デート』だ。だからこそ、ここはやっぱり煉にエスコートしてもらいたかった。今の煉が行く場所、それが知りたいから。
「んー、じゃあ無難に食い物系からいこっか」
煉はパンフレットを見ながら考え、そんな提案をする。
「うん、分かった」
やっぱりその道中ではまるで会話がなかった。緊張しているというのもあるのだろうか、何を話せばいいかわからなかった。煉の方も、私が話してはこないから特に話しかけてくる様子もない。なんか、周りからみるとケンカでもしている男女みたいに見えてそうだ。
「……あのさ、よかったの? 俺なんかと一緒に回って」
そんな空気の中、煉がそんな優しく心配をしてくれる。
「えっ……うん大丈夫だよ?」
『煉なんか』じゃないよ、『煉だから』一緒に回りたいんだよ。なんて心の中で、そんな風に言ってみる。
「でも、石川たちと回りたかったんじゃない?」
「ま、まあ正直言えばそうだけど……でも、時間違うし……」
なんて、言い訳みたいな嘘をついてみる。まさかここで本当のことを正直に話すわけにもいかないし。たぶん煉は昨日忙しかったみたいだし、気づいてないんだろうけど、実は昨日の時点でもう静ちゃんたちとは回ってるからもう大丈夫。だから今日は煉の番。
「委員長に言えば、時間ぐらい変えてくれそうだけどねー」
「で、でも転校したばっかりの人間がわがままを言うのはちょっと……アレじゃない?」
そもそもこれは私の希望で決まったものだから、今回は違うけど、転校してきたばかりの人が希望の時間じゃないから『変えて』なんて言うのはおこがましいというか、自分勝手なように思う。私がもし委員長の立場だったら、それを転校してきたばっかというのを除いても、ちょっとうざいなと思う。
「まあ、それもそうか」
そんな会話をしてるうちに生徒玄関へとたどり着き、私たちは外履きに履き替え、外の出店に向かっていく。昨日も来たけど、やっぱり外の沿道に並ぶ出店はまるで縁日みたいな雰囲気を感じる。それに店員さんに扮する生徒も、威勢があって頑張っている熱気が感じられた。でもこんな冬空の下、寒くないのだろうかと心配する。
「んじゃ、まずあそこのクレープでも食べよっか」
「うん」
煉ってクレープ食べるんだ。なんて意外に思いつつ、私は煉についていく。そして2人分のクレープを買う。それにしても、その時の店員さんの手さばきがまあ上手なこと。ホントにそういうところで、バイトか何かしていたんじゃないかと思えるほどのそれだった。そんなことを思いつつ、近くのベンチに隣同士で座り、それを食べ始める。
「おいしいね、秋山くん!」
私が買ったのはいちごクレープ。それをまず一口食べると、ふわっと酸味と共にクリームの甘さを感じ、そのバランスがなんとも絶妙にマッチしていた。
「でしょ? なんか普通の店とかでも出せそうな味だよね」
なんか得意気になって話している煉。よっぱど私が『おいしい』って言ったのが嬉しかったのかな。自分で作ったわけじゃないのに。
「うん、そんな感じだね」
ちょっとこのクレープの話題がきっかけとなったのか、なんとなく2人の間には打ち解けた空気が流れ始めていた。やっぱりこうやって一緒に回ることによって、開いていた溝が埋まり始めているんだ、と実感できた。ホントに静ちゃんには様様だ。
「――さて次はどうしよっか?」
軽い雑談でもしながら、クレープを食べ終えたところで、煉がパンフを見ながら次に行く場所を訊いてくる。
「秋山くんの好きなところでいいよ」
私はあくまでも主導権は煉に渡しておくことにした。今日は『今の煉』を知るチャンスなのだ。だから、煉の意思で決めた場所を知りたい。もっともっとこの10年の空白を埋めていきたい。
「んー、悩むなぁー……」
その思い悩む様子の煉を見て、ある考えが浮かんできた。昨日は詳しくは知らないけど、何か仕事で忙しかったらしい煉。だから、昨日殆ど回れていなかったのでは、という思いに至った。なので今も煉はこうしてまごついているんじゃないだろうか。でもそう考えると、今日が本格的なクリパを見て回る日ということになる。その相手が私……あぁ、自分で考えてちょっと恥ずかしくなってきた。そんなことを考えていると、ようやく行く場所が決まったようで、今度は煉のお姉さんのクラスへと向かうことになった。私はその煉の提案に何も否定せず、ただただついていく。
「――結構人いるね、どうする? 他行く?」
その目的のクラスに辿り着くと、だいぶ賑わっているようで、立ち見がいるほどお客さんで溢れかえっていた。煉はそれに困った様子で教室の中を見つめて、そんなことを言ってくる。
「私、あんま人混み好きじゃないから、できれば……」
せっかくの煉の提案だけれど、これは無理そうだ。密閉空間にこれだけの人がいると、やはり気持ち悪くなる。まだ広い空間ならまだしも、教室ぐらいの大きさでは厳しい。圧迫感がすごいし、他の人の距離が近い。できれば、他に行きたかった。
「そっか、んー……じゃあ次はあそこかな」
煉は相変わらずの優しさで私の意見を尊重してくれ、場所を変えてくれるようだ。そして次は私たちの隣のクラスで、煉の幼馴染さんのクラスに行くようだ。そこは模擬店をやっているようで、早めのお昼にするみたいだ。そんなわけで、私たちはその目的のクラスへと向かった。