6話「新たな決意を胸に」
それから時間は経ち、お昼休みとなっていた。今日も既に半日が経過したが、相変わらず私と煉との関係はまるで進展がなく、止まったままだった。やはり昨日の今日ということもあってか、煉にはどこか気まずくて、気軽に話しかけるなんてことはできなかった。それに私の中にはまだ恐怖心が少なからず残っている。でもそれに怯えて何もしないでいるのは、ダメ。だから今この状況でもできること、それは今の煉を知ること。10年の空白を埋めるためには、それが一番の近道だろう。そこで私はお昼休みに、既に煉のことをよく知っているだろう静ちゃんたちに訊いてみることにした。幸運にも、今日は煉は生徒会室に呼び出されていて、教室にはいない。だから、それを偶然にも聞かれてしまうような心配もない。だから今日は絶好のチャンスなのだ。
「――ねえ、ちょっといい?」
いいタイミングのところで、私がそう話を切り出す。自分から人に煉のことを訊く、というのはちょっと恥ずかしいけれど、これも『私のため』と言い聞かせ勇気を振り絞る。
「ん、何々?」
「そのー……秋山くんってどんな人?」
そんなことを訊いている自分が客観的にみて、ともて恥ずかしく思えて、まともに静ちゃんたちの目を見れずにそんな話題を振る。
「んー……学園の人気者?」
その質問に、ちょっと考えるような仕草をして静ちゃんはそう答える。
「へーそうなんだー」
たしかに、まだ1日半ぐらいしか煉の学園での姿を見ていないけれど、そう言われるだけの所以はわかる気がする。いつも周りには誰かいるし、それも結構様々。女の子たちも話しかけている姿も目にするし、何より静ちゃんたちも煉のことを『煉くん』って呼んでいることからも、その情報は納得がいく。
「男子で唯一ファンクラブ持ちだしねー」
そんなことを考えいる中、今度は七海ちゃんは普段学園生活をしていて絶対に聞くことはないであろうそんな単語を言ってくる。
「ファ、ファンクラブ!? そんなのあるの?」
私はその言葉に、ただただ驚愕していた。ファンクラブなんて、まるで芸能人みたいだ。しかも七海ちゃんは『男子で唯一』と言っていた。私が考えている以上に、煉はこの学園ではすごい人になっているのかもしれない。
「うん、生徒会の副会長に『柚原凛』先輩って人がいるんだけどさ、その人が煉くんのことお気に入りでねーその勢い余ってファンクラブ作っちゃったの」
「へ、へぇー」
ファンクラブは『勢い余って』作れてしまうものなのだろうか。もちろん、芸能人のそれほどきっちりとしたものではないのだろうけど、それを作ってしまうほどの生徒会副会長さんがどんな人なのか、興味が湧いてくる。
「ちなみに、女子の方だとファンクラブ持ちってあんま珍しくないよ」
これだけの事実で驚きまくっている私に、さらに静ちゃんは補足をするように、私を驚かせるそんな発言をする。
「えっ、そうなの?」
「うん、その凛先輩もそうだし、あともう1人の副会長の小鳥遊つくし先輩、煉くんのお姉さんの明日美先輩とか。あとウチのクラスだと、『学園のアイドル』なんて言われてる汐月莉奈ちゃんとか」
男子はやはりこういうことには熱心なのか、ズラズラと女子の名前がいい連ねられていく。ということは、それほどまでにこの学園には美人さんが多いということなのだろう。たしかに、女の私でも『可愛いな』と思うような生徒を目にすることが結構あるかも。
「学園のアイドル……なんかすごいね」
それにしても私が前にいた学校にはこんな文化はなかったから、なんか圧倒されてしまう。それに、そんな『通称』みたいなのがあるというのも、なんか漫画の世界みたいでちょっと不思議な感覚だ。
「あっ、でも本人は嫌がってるみたいだから、本人の前でこの話題はしないほうがいいよ」
確かに汐月さんって大人しい感じだし、そういう周りから囃し立てられるのは好きじゃなさそう。どちらかといえば、静かに1人でいたいタイプな感じだ。まだ話したことはないけれど、一応そのことを念頭に置いておこう。
「うん、気をつける。で、話それちゃったけど、後は?」
今のところ、まだ煉がファンクラブを持っていて人気だ、という情報しか得られていない。もっともっと煉のことを知りたい、知らなくちゃいけない。だから静ちゃんたちにさらに詳しい情報を訊いてみる。
「あとはー頭いいとかー……あっ、スポーツも得意だね!」
文武両道で、顔もよくて、性格もいい。なんか自分の恋している人がものすごい存在になっている気がする。これだけ聞くと、煉は弱点のない完璧超人みたいだ。子供の頃なんて、たしかに運動は得意だったけど、頭の良さまではわからなかったし。やっぱりあの頃とだいぶ変わっているんだな、と改めて実感する。
「……でもどうしてそんな――おやおや? もしかして気になる?」
そんな煉のことをばかり訊いてくる私を不思議に思ったのか、怪訝そうな顔をする。そこから2人とも目を見合わせて、目線だけで何か会話をして意思疎通をしたようで、同じタイミングで私を見てそんなニヤニヤした表情を見せていた。
「えっ、あっ、まあ……」
だいぶ恥ずかしいけど、まさかここでバカ正直に煉とのことを話すわけにもいかないので、そんな感じで照れながらはぐらかす。間違ってはいないけど、これだと2人に昨日転校してきて、煉に一目惚れした人みたいに思われているかも。
「そっかそっか! でもさっきも言ったけど、煉くんファンクラブ持ちだし、競争率高いよー?」
そう、静ちゃんの言う通り、今の煉と結ばれるのはかなり至難の業だと思う。だってそもそも私はその競争の中で、一番遅れを取っているんだから。煉からすれば、私はただの『転校生』止まり。まだ気軽に話しかけることすらできない状態。そんなんで恋人なんて、夢のまた夢の話だ。
「でも……私なりに頑張りたいんだ」
それでも私は諦めたくない。この『好き』という気持ちを絶対に無駄にしたくはない。たぶんその気持ちは他の誰よりも負けないと思う。
「そっか。じゃあ、私たちも応援するよ! どれだけの力になれるかはわからないけど」
「うん、ありがと」
それから私は静ちゃんたちから煉の情報を聞いていた。基本的にそれは付属の時のエピソードが多く、私もその中に入れたらな、なんて思ってしまう。でもこれは、煉のほんの一部にすぎない。ホントはもっともっと知らないことがたくさんあるんだ。その穴を埋めつつ、いい加減に煉と話せるようになりたいと、思う昼下がりであった。