12話「運命の日」
12月25日(土)
ついに、この時が来てしまった。クリパのラストを飾る花の舞台『ミスコン』が今、始まりを迎えようとしている。私はステージの、おそらく普段は演劇部が使用しているであろう、着替え部屋兼待機室で一人で自分と戦っていた。私はもう緊張して緊張して、手の震えが止まらなかった。はたして本当にこのまま出場していいものかと思うぐらいに、それはひどかった。だから私はそれを落ち着かせようと、必死で努力してみるも、しようとすると脳裏に『煉』が現れてしまう。そして緊張がぶり返す、という最悪の流れに陥っていた。周りを見てみても、やはりミスコンだけあって美人ぞろい。昨日会った諫山姉妹、生徒会の3人、そして学園のアイドルこと汐月さん。これらの面々だけを見ても、私は圧倒的に不利で、そのプレッシャーでさらに緊張が増して来てしまう。
「うぅー……緊張するー……」
手を組んで必死に震えを抑えながら、そんな独り言を漏らす。早くミスコンが始まってさっさと終わらせてしまいたいような、まだ心の準備ができていないからミスコンが始まらないでほしいようなそんな複雑な感情が心を支配していた。
「――やっほー、栞ちゃん!」
そんな時だった。聞き覚えのある声が私の耳の中へと入ってくる。
「あっ、来てくれたんだ!」
その主は静ちゃんであった。隣に七海ちゃんもいた。2人とも今日は自由登校だと言うのに、来てくれたようだ。
「うん、出るようにいったの私たちだしね、ちゃんと見てるから」
「ありがとっ」
この状況の中で、知っている人が来てくれたからだろうか、少し緊張がほぐれてきた。自然と笑みもこぼれていく。
「でも、衣装それでいいの? なんだったら、私たちの貸そうか?」
「うっ……いや、いい、かな?」
ホントは私も制服のままで出るのは、ちょっと……とは思う。でも、静ちゃんたちは『アレ』の役だから、自動的にその衣装もそれの相応のものになる。だからその静ちゃんたちの厚意はとてもありがたいけれど、私には到底着れるようなものじゃなかった。なので私はなくなく制服のまま出場することになった。まだこの学園に来たばかりということもあって、ミスコンで他の出場者たちに張り合えるような衣装も持っていないから。
「んーそう? ならいいけど――」
それから私たちはしばらくの間、他愛もない話で盛り上がっていた。そのおかげもあってか、手の震えもいつのまにか収まっていた。このごく普通の日常会話が、私の緊張を和らげてくれたようだ。やはり持つべきものは友、と言ったところか。
「ミスコンまで後、5分前でーす! 参加者のみなさんは所定の位置についてくださーい!」
それから生徒会の役員の人が私たちの部屋へと入ってきて、そう告げる。いよいよその時がやってきた。ミスコンの開始がもうすぐそこまで迫っている。
「あっ、時間だね。頑張って!」
「頑張ってね、栞ちゃん!」
静ちゃんと七海ちゃんは最後に、そう応援の一言をくれる。
「うん、頑張る!」
せっかくこうして応援してくれている人がいるのだから、それに応えたい。私はそう思った。出来る限り、精一杯のことはやろう。そして優勝賞品を掴み取ろう。優勝すれば、煉と写真撮影。優勝すれば、煉と写真撮影。そう自分に言い聞かせ、私はステージへと向かっていった。
・
・
・
・
・
「――長らくお待たせいたしました。いよいよミスコンが始まります!」
私たちが所定の位置についたところで、司会者さんがマイクでそう宣言をする。するとその司会者さんのマイクの音量に負けないぐらいの、とても大きな声が聞こえてくる。その迫力ある声に、怯えてしまい、さっきまで和らいでいた緊張がぶり返してくる。なので落ち着かせるため一度、目をつぶり深呼吸をする。そして応援してくれる静ちゃんや七海ちゃんのことを思い浮かべる。ここに立つことができたのも、彼女たちのおかげ。2人のためにも、そして何よりも私のためにも頑張ろう。そう私は自らの心にムチを打ち、奮い立たせる。
「まずは出場者のお披露目です!」
司会者さんの合図とともに、音楽が流れ始め、徐々に徐々に私たちを隠す幕が上へと上がっていく。そして観客へと、私たちの姿がお披露目されていく。私はすぐさま、煉を探していた。これだけの人数がいると、やはり探すのは一筋縄ではいかない。だけれど、数秒して煉の姿を確認することができた。来てくれたんだ……と嬉しい気持ちに苛まれる。これで煉が来てくれなかったら、私が出る意味はまったくないのだから。その事実にとりあえず私は安心し、今度は落ち着いて観客を見渡してみる。すると、もちろんその大半が男子なのだが、案外女子たちも結構な人数いた。これはミスター聖皇のタキシード姿が目当てなのか、はたまた私たちミス聖皇を応援しに来た人たちなのだろうか。たしかなことはわからないけれど、私にはとても意外だった。
「――では、明日美先輩から順に自己紹介お願いします!」
そして音楽が鳴り止んだところで、司会者さんはそう言って、自分の持っているマイクを明日美先輩へと渡す。
「はい、私の名前は秋山明日美です……生徒会長をやっています! ……っよろしくおねがいします!」
生徒会長とあっても、どこか緊張している様子だ。それが声色や口調から伝わってくる。そしてその自己紹介の後の歓声、それがトップバッターから凄まじい勢いだった。そのせいで、最初から後続の私たちにものすごいプレッシャーがかかってくる。
「はーい、私は柚原凛だよー! 生徒会副会長をやってまーす、よろしくおねがいしまーす」
一方で凛先輩は明るい感じで、元気に自己紹介をする。そしてたぶん煉を見つけたのか、思いっきり手を振っていた。それに対して、煉はどこか困ったような顔をしていた。なんとなくこの言動で、この2人の関係が見えてきた。凛先輩は煉にラブラブだけど、煉はそれが困惑しているって感じかな。
「こんにちは、小鳥遊つくし、ですー。せ、生徒会副会長やってます! よろしくおねがいします…イテっ!」
続くつくし先輩はさっきの明日美先輩のように緊張したような感じだった。やはり人の前に立つ人でも、こういった場では緊張するんだと、安心していた。そしてつくし先輩は自己紹介を終える折に、緊張からなのか、お辞儀の時にマイクをおでこにぶつけてしまった。本人は痛そうにしているのに、それを観客の男子たちはどういうわけか歓声が上がっていた。特殊な性癖の持ち主なのだろうか。
「えーと、わ、私は、諫山渚っていいます。えーと、よ、よろしくおねがいします!」
今度は幼馴染の渚さんへと移っていく。やはり誰も彼も緊張しているようで、その自己紹介の声は震えている。見た目で判断するのはよくないけれど、なんかあの気さくさからも、こういうのは大丈夫な人だと思っていた。だから、こんな反応をする渚さんが意外なように思えた。そしてさらに意外だったのは、その後の歓声。男子の声はもちろんのこと、女子の声もそれに負けないぐらいに聞こえてきた。渚さんは女子からの人気も高いのだろうか。だとすると、女子票が渚さんに入ることになるから、これはかなり有利だ。
「っわ、わ、わわ、私……は……い、いい、諫山……み、みみみ、澪です……! よろしくおねがいします!」
あの時も恥ずかしがって、渚さんの後ろに隠れていた澪さんの番となる。声が裏返り、顔も真っ赤になっていたけれど、なんとか自己紹介を無事に終えることができた。その澪さんの自己紹介に、観客の人々はまるで子供を見守るような温かい目で見つめていた。なんか、こういった部分で、票が取られてしまいそうだ。そんな不安が私の中に溢れてくる。
「あっ、えーと、汐月……莉奈です……そのー、こういうのはちょっと苦手ですけど、頑張ります! よろしくおねがいします!」
そしてこういうことは嫌いそうなのに、意外にも出場している汐月さんが自己紹介をする。さっきの澪さんに比べると、割りと平気そうな感じであった。そしてやはり『学園のアイドル』と称されるだけのことはあった。自己紹介後の歓声が尋常じゃないぐらいに大きかった。それは最初の明日美先輩とも並ぶほど。それがまたしても私のプレッシャーへと変わっていく。うぅー……順番だから仕方がないとはいえ、後続がすっごくやりづらいよぉー……これで私の歓声が少なかったら、それはそれで傷ついちゃうし。そんなことを思いながら、いよいよ私の番を迎える。
「わっ、私は岡崎栞です! ついこないだ転校してきました、よろしくおねがいします!」
でもなんとか勇気を振り絞り、ちゃんとしっかりと自己紹介をする。やはりまだ顔が浸透していないこともあってか、前の汐月さんと比べると歓声は衰えるが、それでも歓声が一定レベルで返ってくることに、私はホっと安心する。
「藤宮真由です、よろしくおねがいします」
そして最後は汐月さんと同じで、こういうことには興味なさそうな委員長の藤宮さん。いつものような感じで真面目に、最低限の自己紹介で済ませる。でも、隣だからわかるけど、その足は確実に震えていた。委員長でもやっぱり緊張しているみたいだ。そうなると、みんな土俵は同じ。私にも可能性はあるかもしれない。そんなことを思いながら、全ての出場者の自己紹介が終わるのを待っていた。
「――みなさま、ありがとうございました! では続いてアピールタイムに入りたいと思います!」
司会者さんへとマイクが返り、アピールタイムへと移行する。ここで私たちは『ウェディングドレス』へと衣装を変える。私は舞台袖へと入った瞬間、ホっと安堵のため息を吐く。とりあえず、自己紹介はなんとか言ったように思う。後はここからのアピールタイムが、結果に大きく影響することだろう。だから、ここを頑張らなきゃ。そう心の中で決意を固め、私は着替え部屋へと入ってくのであった。