3-5おっとり同僚の意気軒昂
視察は午後二時からはじまる。しかし、現地入りはその一時間以上前だった。
理由はいくつかあり、まず大きな理由としては会食だ。首都から記念館のある街まではそこそこ時間がかかるが、警備が必要な状況である以上適当な場所で昼食をとることは難しい。そのため会食を最初にセッティングし、腹を満たしてから記念館を視察することになっていた。
そして他の理由としては、警備する側もする側で準備が必要ということだ。
「あらあヴィルヘルミナちゃん。道中お疲れさま。疲れたでしょう、飴ちゃん食べる?」
ユリアのしなやかな長身が振り返る。背景には石造りの記念館が佇んでおり、真っ白な外壁が高くなってきた太陽を反射していた。
仰々しい石柱が立ち並ぶ正面入り口は古代の神殿や殿堂もかくやといった荘厳さだ。芝生も綺麗に整えられ、さらさらと風の軌跡を描いている。
「お疲れユリア。貰っておくよ。それで、第三分隊の方はどうなってる?」
飴を受け取り、包み紙を剥がしながら問う。疑問の体こそとってはいるが、心配などさほどしていない。
ケストナー夫妻は現在町内のレストランで会食中だ。静けさを重視したためか敷地を広く取るためか、この記念館は中心街から少し外れた河沿いの緑地公園内にある。そのため衛兵隊の何人かと第三分隊は先行し、諸々の準備を終わらせておく手筈となっていた。
そしてヴィルヘルミナはといえば会食の場を部下や衛兵隊に任せ、現場の様子を見に来た次第である。ユリアは飴を口に入れ、おっとりと目尻を下げて応じた。
「順調よ〜。特に不審物もなかったし、みんな頑張ってくれてるもの。ワタシがいちゃ邪魔なくらいじゃないかしら〜」
「僭越ですが分隊長、邪魔でもなんでもないので最終確認進めてください。視察中に誤作動なんてもってのほかですからね」
その背後を通りすぎ、じとりと神経質そうに目を細めるのは第三分隊の副分隊長だ。ユリアと違っていかにも几帳面といった女だが、意外と二人の相性は悪くない。ユリアの差し出した飴玉を流れるように受け取っていくくらいには。
「はあい、もう少しお話したらね〜。ヴィルヘルミナちゃん、そっちはなにかあったかしら。視察のコースに変更はありそう?」
「いや、特に何もない。予定通りだよ。順路を一通り回って、三時半から英霊墓地前で黙祷と演説がある。狙われるとすればそこだな」
「そうねえ。思ってた通り、館内を巡ってる時に狙撃するにしてもポイントが限られるわ。河の向こうからがちょっと怖いけど、どのみち窓はぜんぶ閉めきるもの。
それに一番見晴らしのいい場所は第四分隊の子が押さえてくれるでしょう? だったらやっぱり出入りか演説のときしかないから、その時はちゃあんと気を張らないと〜」
能天気なほどのびやかな口調で、しかしその内容は的確だ。伊達に10年近くも小隊にいるわけではない。ヴィルヘルミナも頷きを返し、再び念を押す。
「あらかじめ申請の必要がある報道陣はともかく、民間人の中に怪しい人間が紛れこむ可能性はかなり高い。ある程度のボディチェックはするはずだが用心したい。墓地の周辺に重点的に網を張ってくれると助かる」
「大丈夫、もうばっちりよ〜。守りは任せてね、お姉さん頑張っちゃうから」
そう指で丸を作るユリアは常通り呑気そのもので、しかしどことなく違和感があった。
悪いものではない。むしろ好調と言ってよいだろう。頬に手を当てたり部下に声をかけたりと、ちょっとした動作にも「冴え」がある。しかし威圧感のある長身でふわふわ歩く、そんないつもの彼女を思えば噛み合わないの一言だった。銃器を弄っているときのギラギラした感じともまた違う。
特に口を出すことでもないだろうと、迷って数秒。結局疑問を口に出すヴィルヘルミナがいた。
「ユリア。今日はなんというか、やる気だな」
「あらあ。ワタシ、いつだってやる気満々よ」
「まあお前はお前で真面目にやっているのは知っているんだが……言い方を変えよう。今日はいつになく気合が入ってるな」
問うとユリアは不思議そうに目を瞬かせてから、くすくす口元を綻ばせた。
そしてその場でくるりと一回転。年甲斐のない仕草だったが、無邪気な少女の表情をされては揶揄する気も起きない。黒い軍服の裾をワンピースのように揺らし、いつにも増して晴れやかに笑う。
「だってここを任されたのは、小隊長に信じてもらえてるってことでしょう? だったら頑張らないとウソじゃない」
同意を求めるように首を傾げるのでさえ、今にも鼻歌でも歌い出しそうな陽気さだった。つまり気合が入っているのに加えて上機嫌ということらしい。
これが部下相手なら気が緩みすぎだと叱るところだが、彼女に限って浮かれて失敗はないだろう。上機嫌のユリアほど危なっかしくも頼もしいものはない。あえて水を差すことはせず、高い位置にある肩を小さく叩いた。
「心強い同僚で嬉しいよ。なら私も気合を入れていく。お互い力を尽くそう、ユリア」
「ええ、ヴィルヘルミナちゃん。栄光は闘争にあり」
「栄光は闘争にあり。では、また後で」
示し合わせたようなタイミングで互いに背を向ける。ヴィルヘルミナはこのままレストランに戻って仲間と合流し、夫妻らを連れてくることになっていた。それまではしばしの別れだ。
心地よい風を感じながら中心街に向かって歩く。ユリアにしてはきびきびした指示がちらほらと届いてきて、なんだか苦笑が浮かびそうになる。そしてふと手の中に残った飴玉に気づいた。
唇の隙間に押しこんでひと舐めする。舌に広がるのは甘いカラメルの味だ。この状況でなんとも気の緩む選択がユリアらしくて、思わず頬が綻んでしまった。




