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その仇花で撃ちぬいて  作者: 橘こっとん
第2章―その抗いをつらぬいて
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2-24第四分隊の休息②


「ま、これでマルガの奴への借りも返したしね。これで心置きなく見物できるわ」


 煙草に火をつけながら、外からは見えない死角に椅子を移動させるグレーテル。借りを返すという観念は一応あるのかと思ったが、だからといってその低俗さが帳消しになるわけでもない。あまりにもお約束すぎる展開にナターリエが苦笑する。


「あはは……そういうことだったんですね。いつもの副分隊長でほっとしました」

「どういう意味よナターリエ」

「えっ!? いえ、その……あはは」


 ごまかし笑い。そんな相棒に追い打ちをかけるかのよう、隣のアネットが小さな頭を振り仰いでさらりと言った。


「ナターリエ、正直に言えば? 副分隊長もお人が悪いですねって」

「な、ちょ、アネットちゃん!?」


 あわあわとアネットの口をふさぐナターリエだが、時すでに遅しというものだ。紫煙を吐いたグレーテルが不愉快そうに眉をひそめ、きつい視線をソファの二人組へ向ける。


「アネットあんた、何が言いたいの?」

「いえ別に。てっきり、この件の裏を伝えてお説教をやめにさせるのかと思ったので」


 ナターリエの手を剥がして当然のように告げられたその言葉を、しかしエーリカは理解できなかった。


(裏? いったい何のことだ……?)


 そう思ったのはエーリカだけではないらしく、アネットを止めたはずのナターリエでさえ不可解そうに疑問符を浮かべていた。一方で分かる者には分かる話のようで、ベアテがゆるい口調でふらふらと追従する。


「あ。もしかしてえ、アネットさんも気づいてたんですかあ。神のご加護がありますねえ」

「まあ薄々。さっき新聞流し読みしてて思いついただけよ」

「ええ~?? そんなことしなくても分かりますよ〜! あたしもベアテさんもすぐ気づきましたし! ね〜タマラさん!」


 ベアテとのあやとりの手を休めもせず、屈託のない笑顔を見せるイルムガルト。言い方が微妙に鼻につくが、当人に一切の悪気がないのがむしろ厄介だ。


「え、あ……ご、ごめんなさ、その、わたし……す、すみません、ごめんなさい……!!」


 タマラに至ってはこの有様で、そもそもまともな受け答えにすらなっていなかった。そんな難あり部下たちの様子を一瞥し、グレーテルは深くため息をつく。


「あーもう。知ってるし気づいてたわよ、当然でしょ。マルガの奴へのお説教そのものを止めてあげる義理はないのよ。ていうか、分隊長にももう伝えてあるし」

「なるほどそういう。納得納得です」


 無表情のままに頷いて雑誌に目を戻すアネット。この流れに置いていかれた身としてはたまったものではない。同じく話についていけなかったらしいナターリエと視線を合わせ、同じタイミングで首を傾げる。


「ええーっと……エーリカ伍長、分かります?」

「さっぱりである」


 そのやり取りを耳にして、グレーテルがふふんと鼻を鳴らす。バカにされているようで歯痒い気持ちが湧くが、おそらく実際バカにされている。


「おほん。じゃあ、不肖の同僚と部下たちのためにひとつ講義といきましょうか。耳かっぽじって聞きなさいな」

「ひゅうひゅう。さあすがグレーテル伍長。サイコーですマジリスペクトです、よっ軍国一い」

「あんたそれ本当にやめろ。あと副分隊長って呼べ」


 どこかで聞いた賛辞を丸々引っ張ってきたベアテの茶々に、グレーテルが不機嫌そのもので応じる。ともあれ煙草をまた一度吸いこんで、グレーテルはゆっくりと紫煙と言葉を吐き出した。


「まず第一。あのフリッツとかいうクソガキが押しかけてきた理由はなに? はいエーリカ」

「え、エーリカが答えるのか?」

「そうよ、あんたも直接聞いたから知ってるでしょ。それとも健忘症なのかしら、兵士の採用条件は心身ともに健康であることのはずだけど?」

「いちいちうるさいのだおまえは……」


 毎度毎度人を煽らなければ会話ができないのかとは思うものの、話に必要な前振りなのは本当だろう。昼の出来事を思い起こし、ぽつりぽつりと並べる。


「父親の仇討ちであろう? 昨日のケストナー夫人襲撃事件の犯人のひとりがあの少年の父親で、憲兵警察に捕まったがゆえ、釈放のための抗議に出ようとしたのだ」

「そうね、意外とそれらしいまとめじゃない」


 グレーテルも珍しく文句ひとつ挟まず頷く。短くなったタバコを窓際の灰皿に押しつけて、新しく引き出した一本でエーリカを指した。


「で、ここで問題。どうしてあのガキんちょはそれを知ったの?」

「は? どういう意味だ」

「よく考えてみなさいよバーカ。昨日の件、報道されたのってどこまでだった?」


 グレーテルの問いかけとともにアネットが読んでいた雑誌を置き、「エーリカ伍長、これ」と今日の新聞を見せてくる。一面ではケストナー夫妻脅迫事件と夫人の襲撃事件が大々的に報じられ、好奇心を煽る言葉がひたすらに踊っていた。

 エーリカも午前中に読んだものだ。しかし、よくよく思えばその内容は――


「一般的な報道範囲じゃ、あの時点で犯人の身元なんて分かんないのよ。せいぜいがポモルスカ人だと思われるってことくらいね。いくら父親が帰ってこなかったからって、この件と結びつけて仕事仲間巻きこんで暴走するにも無理があるでしょ」

「しかし、報道で知ったとは限らないであろう。本人が計画を先に話したのかもしれないし、憲兵警察が家族に知らせたのかもしれない」

「バカ。家族に話すなら先手打って夜逃げくらいさせてるわよ、どう転んだって無事で済むわけないんだから。あの仲間連中に教えてたにしても、そもそも昨日の事件に一緒に出てこない時点でおかしいじゃない」


 そこそこ筋の通った論が立て板に水のように流れてくる。口調は相も変わらず小憎たらしいが、こういうところは素直に年季を感じさせた。


「それにあの秘密主義の憲警がご親切に連絡してくれるとでも? まあするにしろしないにしろ、犯人の血縁なら監視くらいさせんのよ。ならあんな組織的抗議自体起こるわけないし、つまり憲兵どももしばらくは身元を知らなかったってこと」


 少なくとも、あのガキや仲間たちが抗議を計画して家を繰り出すより先にはね。そこまでの解説を聞き終えて、エーリカの頭のなかでまた状況理解が組みかえられていく。


 ぼんやりとした大枠だけの塊から、整然と並べられた回路へと。そこにぽっかりと生まれた穴をエーリカはようやく認識して、こぼれ落ちたのは疑問だった。


「ならば……あの少年、どうやって父親のことを知ったのだ?」

「だからそれを聞いてるんだっつの。はいじゃあ次、ナターリエ」

「え、ええっと……どうぞ、お手柔らかにお願いしますね?」


 曖昧に微笑んで頬を掻くナターリエ。少なからず萎縮されていることは分かったらしく、グレーテルもわずか語気を和らげる。


「別に意地悪しようってんじゃないのよ、再確認したいだけ。あの暴徒らが暴走したきっかけの銃声、どこから聞こえたか分かる?」

「なに? おまえ、あれはイルムガルトの仕業だと言ってなかったか?」

「私も最初はそう思ってたんだけどね……」


 言って、ちらりと一瞥するのは騒がしい最年少娘の方だ。イルムガルトも話は一応聞いていたらしく、指と毛糸でひどく複雑な形を作りあげながら唇を尖らせる。


「違いますよ~! あたしもグレーテル伍長のとこ向かってたらまた鉄砲の音聞こえてびっくりしたんですよ~、グレーテル伍長だけ何回も撃っててずるいな~って!」

「まあこいつの言い分はともかく。実際持ち弾も減ってなかったし、本当に違うみたいなのよね。ってことは誰なのか……」


 と、またナターリエの方に目をやる。ナターリエは心底心苦しそうに肩を縮め、深々と頭を下げた。


「申し訳ありません、分からないです。あの銃声のとき上から色々探したんですけど、私もアネットちゃんも見つけられなくて。教会塔の人からも見えなかったみたいですし……少なくとも、音の方向からして抗議の人たちやイルちゃんじゃないのは確かです」

「つまり、私たちに見つからないよう最悪のタイミングで銃声を放ち、連中を扇動した人間がいる」


 ここでようやく新しい煙草に火をつけ、グレーテルは深く息を吸う。煙とともに向けられた問いは確認というよりも、ほぼ答えあわせの色を帯びていた。


「ついでにつけ加えると、あいつら言ってたわ。クソガキが屋敷に連れ込まれたことを『聞いた』って。いったい誰に聞かされたのかしらね?

 さてエーリカ。ここまで聞けば、さすがにどういうことか分かる?」

「……誰かがあの少年たちに情報を与えて唆し、裏で操っていたというのか?」

「可ってとこね、まあ合格にしてあげる」


 ここに辿りつくまで長すぎだけど、とでも言いたげな答えだが、今は不思議と腹が立たない。灰皿に灰を落としながらの補足が続く。


「どういうつもりか知らないけど、どっかの誰かに連中当て馬にされたのよ。ことによると昨日の誘拐騒ぎ自体、そいつの手引きの可能性だって高い。思ってたより厄介そうよ、この任務」


 気がつけば、談話室に残った第四分隊の誰もがグレーテルの話に聞き入っていた。沈黙の中でまた電灯がじじ、と震え、窓から入ってきた羽虫の止まり木になる。


 これから先も、似たようなことが起こらないとは限らない――言外にそう告げるグレーテルに各々が思い思いの表情を浮かべたところで、外の訓戒がようやく佳境を迎えた。


「まあ実際うまく立ち回ったのは確かだし、グレーテルの進言もある。ナターリエやアネットと同じく任務完了まで仕置は保留にしておく。

 だが二度はないということを忘れるな……いや、忘れないよう喝を入れてやる。歯を食いしばれ!」

「えっちょっ、あたし軍用車ぶっ壊したりしてないのに!?」

「やかましい! 栄光は闘争にあり《エーレ・ミット・カンプフ》、復唱!」

「栄光は、っづうー!??!? いっっったたたこれ割れてます、頭蓋骨割れたあ……!!」


 窓の向こうに目を戻すと、地に転がったマルガが脳天を押さえてのたうち回っている。その傍らでヴィルヘルミナが深く嘆息した。悶える部下を呆れ半分の顔で見下ろしつつも、結局は膝をついてマルガへ手を差し伸べる。


 まったくマルガは仕方がないのだな、と思わず笑みが浮かんでしまう。

 まだ長いタバコをもみ消したグレーテルも「自業自得よ」と続く。

 ナターリエは控えめに苦笑し、アネットは雑誌の一ページを後ろのナターリエに見せ、ベアテは神への祈りを唱えながらイルムガルトと巨大なあやとりの網を運び、グレーテルの頭から一気に被せた。


 怒れるグレーテルを筆頭にして、先までの静けさが嘘のように場が湧きかえる。何も悪くないはずのタマラがごめんなさいごめんなさいと謝る。ヴィルヘルミナがマルガの首根っこを引っ張ったまま談話室の戸を開け、訝しげに目を眇めた。それに慌てて敬礼をしながら、エーリカは密かな安堵も同時に噛みしめている。


 ――何があろうと、この光景だけは変わらない。


 その確信がある限り、どんな危難を見ようとも、きっとエーリカは恐れずにいられるのだ。

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