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その仇花で撃ちぬいて  作者: 橘こっとん
第2章―その抗いをつらぬいて
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2-9伍長グレーテルの憂鬱②

 グレーテルとタマラの担当からは対角線上にあたる区域――東側の柵と北側の柵の交差地点。そこがふたりの担当だった。


 いや、正しく対角線上とは言えないか。ケストナー邸の東側は別の邸宅と隣りあっているため、敷地外から監視することは難しい。


 そのため副分隊長のグレーテルとセンサー要員のタマラは南・西側で主力として警護につき、副分隊のほか二名は主に北側の通りをメインに見張ることとなっていた。二方面を警戒しなければならない自分たちからすれば羨ましいほど楽な話だ。


 にもかかわらず、彼女らときたら。


「……あんたら、任務中に何しやがってんのよ」


 少年を引き連れたグレーテルは北通りの真ん中を目撃した瞬間、半ば苛立ち、半ば呆れの表情で息をついていた。


 視界ではちょうど軍服を着た美少女が見事なバク宙二回転を決めて着地したところで、身なりのいい群衆たちがそろって感嘆の声をあげている。

 投げこまれる硬貨、時には紙幣を受け取る軍帽はゆるい笑みを浮かべた女のものらしく、ひととおり投げ銭を回収すると祈りの印を切って礼をした。


 警備中もやたら歓声らしきものが聞こえてくるなとは思っていたが、近くの公園で見せものでもあるのだろうとあまり気にしていなかった。なによりタマラが無反応なのもあって警戒の対象にしていなかったのだが、我ながら迂闊すぎた。

 別の意味で問題でしかない。こいつら何をやっているんだ。


「あらぁ」


 そこで気がついたのか、冷やかな視線を送るグレーテルに軽く手を振り、女は表情をほとんど動かさないまま声をあげる。


「あらあらあらら。はあい皆々様、これにてひとまず閉幕でぇす。皆様に神のご加護のありますようにぃ。グレーテル伍長、お疲れ様ですう」

「あ、グレーテル伍長だ〜! もう今日のぶん終わりですか? 意外とはっやーい」


 銀幕のスターよろしく拍手を背にやってくる女と少女。

 気合いというものを微塵も感じさせない口調と元気のありあまった声音のあいだにはずいぶんな落差があるが、どちらもグレーテルの神経をささくれ立たせる点についてはそう変わらなかった。努めて平静を保ちながら問う。


「何しやがってんのって聞いてんの。いつからあんたらは大道芸人になったのよ、通りの見張りひとつできやしないわけ?

 つーか金取んのやめなさいよバレたら大問題でしょうが!」


 無理だった。言っているうちに苛立ちが抑えきれなくなる。


 俸給一週間分ほどはありそうな投げ銭の入った軍帽をたたき落とそうとするものの、女はひらりと身をかわして肩をすくめた。


「いやですねえグレーテル伍長、お金を取るだなんて人聞きの悪い。

 これはご寄進ですよぉ、自分とイルちゃんの神への祈りに敬意を表した方々からの。信心には報いあるものなのです」

「ですです! 凡人の皆さんにあたしとベアテさんからのプレゼントですよ~! 持たざる者に与えるのは持てる者の使命ですので!」

「申し合わせ噛み合ってなさすぎるんだけど。あんたら本当に弁解する気あんの? あと副分隊長って呼びなさいよバカタレどもが」


 言っていることもやっていることもあまりに適当すぎ、とても軍人には思えない。

 それがこの女と少女――ベアテとイルムガルトという部下たちで、タマラとおなじくグレーテルの忍耐を試しつづける存在だった。


 叱りつけたいことは無限に思いつく。だが今はやらなければならないことがあった。


「まあその辺は後で説教するから覚悟しときなさい。とりあえず仕事よ仕事。

 分隊長から指令。このクソガキ邸内に連れこむわよ」


 憤懣たる感情を抑え、グレーテルは正気を疑う目でふたりを見ている少年を引っぱりあげる。

 ベアテは面白がっているようにも興味がないようにも見える表情で一瞥しただけだったが、イルムガルトは少年のほうを向くやいなやびしりと指をさした。


「あ、この子」

「なに、見覚えあんのイルムガルト」

「あたしたちの空中祈祷芸に見向きもせずに行っちゃった子ですよ~! もったいないことするな~って思ってたんです。この辺の子っぽくないですし、不審人物一等賞だったんですよね!」


 とうとう芸と認めたなこいつ。そんなグレーテルの内心もよそに、ベアテがゆるゆると補足する。


「イルちゃんはこう言ってたんですけどぉ、この子の行った方向にタマラちゃんとグレーテル伍長いましたし。そこで引っかかるかなあと思ったんですよねえ。

 で、グレーテル伍長のお間抜けボイスが聞こえてきたから小当たりかなって話してたんですよお。ねえ?」

「ね~!」

「あんたら上官を炭鉱のカナリアみたいに……」


 そう苦々しく言うものの、グレーテルの苛立ちにはわずか焦燥のようなものが混ざりつつあった。


 つまりふたりはここで芸を見せつけることで通行人を選別していたことになる。

 集まってくる観客はほぼ無害な一般人、不自然なほど素通りする人間は警戒して損はない対象。観客も観客で、万一不審者が混ざっていてもひとところに集めていれば監視は容易だ。ふたりもいればなおさらに。


 やり方はともかく、通りすぎる人間をいちいち警戒しているよりは効率的だった。実際に見立ても当たっている。

 湧き出てくる敗北感を断ち切るよう、グレーテルは話の軌道を戻した。


「ともかく。衛兵隊の連中に絡まれちゃ面倒だから、そのまま連れてくわけにもいかないの。これから指示するからその通りに動いて。今度こそふざけんじゃないわよ。あんたも」


 少年に眼を向ける。濃いメンツにも慣れてふてくされた様子に戻りつつあったが、グレーテルの声にはわずかに視線で応じていた。


「ケストナー夫人に文句が言いたいなら大人しくしてなさいよ。不本意だけど、これについてはあんたの手助けにもなるわ。変な考え起こして騒いだりしたら、あんた今度こそ憲兵警察送りになるわよ。肝に銘じておきなさい」

「……ちっ」


 答えは舌打ちだけだ。しかし様子からしてどうやら反発しつつも納得はしており、それ自体が悔しいらしかった。あとは監視を怠らず信じるしかない。


 反抗的な少年に、問題しかない部下に、行く手をはばむ壁《えいへいたい》。前途は多難だがやるべきことをやるだけだ。


「そういえば、タマラさんはいいんですか? グレーテル伍長いなくなったらおひとりですよね、あたしお手伝いにいきましょうか~!」

「シリウス号置いてきたから平気よ、自己防衛くらいはできるわ。それよりイルムガルト、あんたはここにいて引き続き警備。実力行使の輩がいたらノしときなさい。ただの不審者でも全員覚えて後で報告すること、いいわね」

「りょうかーい! あたしならこの辺のひと全員でもノせますよ~!」

「やめろ。マジでやめろ。ここ高級住宅地なのよ下手なマネすんじゃないわよ」


 本気でやりかねないだけに冷や汗が出る。今回の作戦自体は指揮したヴィルヘルミナの責任にできるが、イルムガルトがどこぞの金持ちを殴りでもすれば直接の上官であるグレーテルの責任だ。昇進どころか解任の未来しか見えない。


 イルムガルトに念入りに言い聞かせてやっと確約をさせたところで、もうひとりの部下に水を向ける。


「で、ベアテ。あんたはあたしと来なさい。詳しいことは行きながら話すわ」

「はいはあい。それでは少年くん行きましょうかぁ。う~ん、あと5年もすれば食べごろなんですけどねえ」

「5年後でも手ぇ出せばじゅうぶん犯罪者よ。私の部下じゃなくなってからにして」


 なんで私の部下にはこういうのしかいないのだろう。真剣にそう思うグレーテルだが、今は手にあるパイでなんとかするしかない。

 はあと長い長い息をつき、地面に踵を鳴らした。


「じゃ、状況開始ね。栄光は闘争にあり《エーレ・ミット・カンプフ》。せいぜい健闘しなさい、私に迷惑かけないように」

「栄光は闘争にありぃ。それじゃイルちゃん、また後でお会いしましょうねえ」

「はーい、栄光は闘争にあり! おふたりとも、ファイトです~!」

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