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その仇花で撃ちぬいて  作者: 橘こっとん
第1章―その再会に手をとって
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閑話百景:凸凹幼馴染の密やかなる攻防

「さて、アネットちゃん。私は今怒っていることがあります。何のことか、心当たりは?」


 約半日の待機と仮眠を命じられた第二分隊のとある女は、シャワー室から戻ろうとした道すがらそんな光景と遭遇してしまった。


 宿舎の共同食堂、いくつか並ぶテーブルの一角に彼女たちはいた。

 隅の方でやっているのは食堂を利用する者への配慮のつもりなのかもしれないが、あまり意味はなさそうだ。

 少なくとも自分は食堂で茶でも沸かそうかという気が完全に失せた。叱責現場特有の場の重さが気に障るとかではなく、単純にそこにいる人間の問題で。


 第四分隊の隊員がふたり。

 しかも片方はアネット・テールマン。


 中高生にしか見えないこの女が変人魔窟の第四分隊でも三指に入らんレベルの非常識(頭がアレ)だというのは、他の分隊内ではほぼ共通認識だ。


「私が容疑者のトラックに軍用車激突させたからかしら」


 席にもたれながらさらりと放たれた言葉に、つい扉の陰から様子を伺っていた女はぎょっと目を剥いた。


 何やってるんだこいつ。第四分隊がケストナー夫人捜索でちょっとやらかしたみたいな話は聞いてたがこいつらか。

 というか全然ちょっとじゃない。始末書で済めば御の字だ。


 とはいえ、テーブルを挟んでアネットへ仁王立ちしている明るいくせ毛の女――確かナターリエだったか――は第四分隊ではかなりまともな方だと聞いているし、実際そうらしい。浅くため息をつき、難儀そうに肩をすくめる。


「……まあ、確かにびっくりしたけど。その件については連帯責任ということで」


 本気かよ。それが偽らざる本音だった。


 自分が相棒にそんなことをされたら間違いなく二度と組まないし、なんならしばらく口もきかないだろう。あの女は聖人か何かなのだろうか。


「タイヤ撃てばブレーキくらい踏むだろうっていう私の読みがそもそも甘かったんだし。ちゃんと市街には被害出さないようにしてくれたんだから、私にアネットちゃんを責める権利はないよ」

「言われてみればそうね」


 いやそこで頷くなよ。

 許されて当然のような顔をしているのがまた正気を疑う。


 そんな扉の陰からの感想も知らず、アネットは表情を変えないまま淡々と問いかけていく。


「じゃあ何のことかしらね。今朝の朝食でナターリエのベーコン貰ったこと?」

「あれは貰ったっていうか掠め取ったっていうか……まあいつものことだし許します。お行儀が悪いので次はちゃんとお願いしてからにしてほしいけど」

「先月の訓練でナターリエが気を失うまで投げまくったこと?」

「そんなに前じゃないなあ……あれは格闘に弱い私の非もあるし、特に怒ってはないよ」


 いやどれもアウトだろう。

 というかここまで思い当たる前科があるのに平然としていられるアネットの神経は何でできているんだ。ふーふー手元のカップを冷ます暇があるなら確実に目の前の相棒に謝ったほうがいい。


 紅茶だかコーヒーだかを一口啜り、静かに呆れたようなため息をつく。どう考えても怒られている側がしていい仕草ではない。


「じゃあ何のことだか見当もつかないわ。まさか、私が容疑者に事故の責任なすりつけようとしたことじゃないだろうし」

「まさかじゃないよねそれだよね!?」


 ナターリエの叫びの一言一句は、扉に隠れる自分の胸中そのままだった。


「現場工作始めたときはさすがにドン引きだったよ私も! いくら容疑者相手とはいえやっていいことと悪いことがあるでしょ! アネットちゃんにモラルはないの!?」

「事故の原因はあっちにあるんだから、結果的にそう変わらないわよ」

「全ッ然違います!!」


 ド正論の嵐に一切動じる様子のないアネットの姿は、傍から見ている自分でも頭を抱えそうになる。

 ましてやナターリエの心中など察するに余りありすぎた。正直同情してしまう。


 これはその、控えめに言ってもだいぶダメなやつだ。人として。


「仕方ないわね……」


 しかし軽く息をつくとアネットはカップをテーブルに置き、ふっと面を伏せる。


 これまでのふてぶてしすぎる態度を思えばあまりに大きな変化だった。そのまま小さく動いた唇からこぼれ落ちたのは、驚くべきことに、意外と真っ当な謝罪だった。


「……悪かったわ、ナターリエ」


 シンプルにして誠実さを思わせる言葉選び。

 相も変わらず抑揚は薄いが、わずかに変じた雰囲気の中ではそれも沈鬱の現れに映る。


 ようやく観念したのだろうか。相棒に叱られて参るとは、案外まともな弱点もあったものだ。


「口だけで謝られても、」

「怖かったのよ。第四分隊《うち》ってただでさえ異端視されてるでしょ? 他にやりようがなかったとはいえ、私たちのせいでそういう扱いに拍車をかけたくなかったの」


 不意打ちで飛び込んできた言葉に胸を突かれた気がした。


 その異端視しているうちのひとりが自分だ。そして自分のような者たち――第四分隊の問題児とはあまり関わりたくない類の人間――がそう少なくないことも分かっている。


 第一から第三の分隊とは根本的に違う、厄介者たちの集められた掃き溜め。

 それが第四分隊に対する自分たちの視線だ。


「私、第四分隊のことそこそこ好きよ。だから悪く言われたくないし迷惑もなるべくかけたくない。けど縁も所縁もない他人にならって思ったわ」


 しかし先入観に惑わされず第四分隊の面々を見ようと思った者はその中にどれだけいるだろう。


 少なくとも自分には覚えがない。第四分隊の人間、特にアネットのような悪名高い連中になると尚更だ。

 そのまま噂と敬遠だけが先歩きし、誰も本当の彼女たちを知ろうとしなかったのではないだろうか。


「でも、それこそ第四分隊の品位を下げることだったわね。反省してるわ。もうしない」


 つまりアネットがこんなことをしでかした遠因も、もとはと言えば自分たちの偏見にある。


「アネットちゃん……」


 ナターリエが静かに呟き、ゆっくりとアネットに近づいていく。

 テーブルに身を乗り出し、アネットの顔を伺おうとしながら、その小さな頬にそっと手を伸ばして……


「第四分隊のためってその言い訳パターン、もう5回くらい聞いた気がするんだけどな」

「ほうらっらはしら(そうだったかしら)」


 つまみ上げた。

 割と容赦なく。


 すっきりした顔立ちに反して頬はそこそこ伸びるらしい。抵抗ひとつせずされるがままつねられていたが、十秒もすると解放されていた。

 何ならもっとやってくれてもいい。今さっき感じさせられていた罪悪感が馬鹿みたいじゃないか。


 当のアネットはといえば、赤くなった頬をさすりながらもやはり顔色ひとつ変えずにしゃあしゃあとしている。隠れてさえいなかったら一発殴ったかもしれない。


「私の仲間愛が成せる技よね。常に第四分隊のことを考えている証拠だわ」

「もういいよそういうの……何はともあれ、ちゃんと反省してね。叱られた時に分隊長のほっぺた見たでしょ、あれきっと私たちが勝手したせいなんだから」

「先に勝手したのは分隊長だって聞いてるけど」

「と、とにかく、始末書とか減給とかそういう話、任務が終わるまで後回しにしてもらっただけありがたく思わないと。今回こそはきちんと反省するまでみっちり……」

「そうね。ありがとナターリエ」


 ほんの一言、いっそのこと素っ気なくさえ聞こえる感謝の言葉。

 本当にありがたく思っているならもっとそれらしい言いようがあるだろう、ナターリエも可哀想に……と、影ながら思ったのだが。


 ぼっ、と火がついたかのようだった。


 淡白すぎる礼を受けた当の本人は、アネットよりも頬を真っ赤に染めて弾かれたように身を引いていた。


「わ、私じゃなくって、お礼を言うなら分隊長とか小隊長とか……!」

「最初に分隊長にフォロー入れてくれたのはナターリエでしょ。礼くらい言ってもバチは当たらないわ」


 淡々と言ってのけるアネットと、ますます紅潮して落ち着かなげに視線を彷徨わせるナターリエ。

 今しがたまでの叱責の空気はどこへやら。どぎまぎと瞳を瞬かせ、最終的には明後日の方向に向かってもごもご口を動かしていた。


「ど……どう、いたしまして」

「ええ」


 絞りだすような返礼と流れるような応答の対照がなにやら妙に弛緩した雰囲気を作りだす。

 見ているだけでむず痒い甘酸っぱさがなぜかじわじわ湧き出してきて、その、なんだこれ。


 そのまましばらく沈黙が通りすぎ、こちらとしても何がなんだか分からなくなったあたりで、ナターリエが急に上ずった声をあげた。


「そっ、そろそろそろ夕ご飯の時間だしね? 今日のところはここまでということで……」


 おい待て反省するまでみっちりとか言ってた口はどこに行った。

 というか夕飯までたっぷり30分はある。言い訳にしても苦しくないか。


 よく分からないがうやむやのうちにお開きの流れになったらしく、アネットが席を立ってもナターリエはもはや咎めなかった。

 そのまま連れ立って扉の方まで向かおうとしてくる。慌てて扉から身を離して踵を返した。


 さすがに覗き見はバレるには趣味が悪すぎる。なによりあの小悪魔には絶対に弱味を握られたくなかった。


 小悪魔。

 まさにその名が似合うだろう。好き勝手やった挙句相手を手玉に取るやり口は悪辣とさえ言っていい。関わったが最後、どう利用されるか分かったものじゃなかった。思っていたよりタチが悪い。


 というかナターリエも思っていたのとだいぶ違った。

 アネットに比せばはるかにまともだし彼女に対して叱る姿勢に出られるだけでもマシなのだが、なんだ最後のあれ。

 もしかして自分が見せられていたのってとんだ茶番というか、つまりは痴話喧嘩に近いものだったんじゃ。なんだそれ。


「ったく、自分の部屋でやれってのよ……」


 やっぱり第四分隊にはロクなのがいない――その思いを新たにし、女はまともな仲間の待つ第二分隊のもとへと駆け戻っていった。


たまにこういう百合色の強い番外編挟みます。

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