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アルベール

「私はこの場でポーヴルテール公爵家令嬢、ラングルージュとの婚約を破棄する事を宣言する!」


 王立学院の卒業式のこの日、私は高らかにその場の全ての者へ向けて言い放った。下級生も含む学院の生徒達とその親である貴族、教師の方々、卒業を祝って下さる国王たる父上、そして目の前で涼しい顔をしている私がこの世で最も憎んで止まない者……婚約者だったラングルージュへ。


…………


 私が彼女と初めて出会ったのは十歳の頃だった。産まれた時から病弱であった私は与えられた部屋から出る事も無く寝台の上で日々を過ごすだけ、そこへ連れてこられたのが彼女だ。

 成人まで生きられるかも分からない、王族の務めも果たせぬような私に婚約者など不要。それらの周囲の反対を押し切り父上が選んだのだという彼女はまるで人形のような少女だった。


「私はラングルージュ。アルベール、あなたとずっと一緒よ」


 子供特有の高い声で紡がれたのは年齢に似つかわしくない、今にして思えばまるで呪いのような言葉。張り付いた表情は喜びも怒りも悲しみも何一つ窺えなくて作り物のような美貌と相まっていつしか人形のような姫と噂されるようになった。

 出会った当初は今まで身近に存在しなかった同年代の子供という事で興味を惹かれた……忌々しいが彼女の美しさに浮かれていたのを否定しない。真紅に輝く艶のある髪と同色の瞳、陶器のような白い肌は年齢以上の色香を放っていたのだと今にして思う。侍女に連れられて毎日やって来る彼女の笑顔が見たいと部屋に花を用意したり甘い菓子でもてなしたり、子供心に必死に彼女を喜ばせようとした。なのに彼女は眉一つ動かさない。花に触れもせず、菓子にも手を付けず。

「ありがとう」と感謝の言葉を口にされても満足が出来なかった。


 どれだけ心を尽くしても笑ってくれない彼女に腹が立ってきて、ある日私は彼女の菓子を取り上げお前なんか嫌いだと大声で叫んだ。その瞬間言い過ぎたと後悔が襲ってきたが、彼女の顔を見て私の方が衝撃を受ける事になった。


「それでもあなたと一緒にいるわ」


 嫌いと面と向かって言われても、彼女の表情は揺るがなかった。

 それからの私はただ彼女への嫌がらせに終始した。顔を見るなり帰れと言い捨て布団を被って一切の相手を放棄したり、侍従に命じて気味の悪い虫を押し付けてやったり、子供にできるあらゆる嫌がらせを試してみた。父上に咎められたがどうしてもやめられなかったのだ。ただ彼女の無表情が嫌だったから。


 そんな嫌がらせも一年もしない内に終わった。彼女が折れたのではない、私の心が折れたのだ。王位など最初からないものとされていた病弱な第一王子、それでも政略の駒になると無理矢理宛がわれたのが彼女なのだと思うと自分自身の力の無さに涙が零れる。だから私は奮起した。

 いつか私自身が地位と権力を持ち、この婚約を解消しようと。


 それからの私はただひたすら自身の能力を高める努力をした。

 病弱だからとどこか甘く対応されていた家庭教師を父上に頼んで代えてもらい、時間を倍以上取ってもらってその全てを費やした。計算も語学も作法も歴史も、身体を動かす以外のあらゆる分野で血の滲むような努力を続けた。その甲斐あって学院に入学する十五歳の時には「病弱でさえなければ」と声が上がる程には周囲からの評判を高める事ができた。病弱故に王位とは無縁だが、それでも王族なのは確かで当人も決して無能ではないとなれば王家との繋がりを求める貴族にとっては私は婿候補として十分な価値があると見られたようだ。病弱なのも婿入り先で権勢を振るう事もないだろうとかえって利点に変わる。

 学院に入学してから積極的に私に関わろうとする貴族令嬢達、社交の場ですり寄って来るその親に囲まれる機会も増えラングルージュとは話をする事も無くなっていた。

 そもそも彼女とは同じ時期に学院に入学したが周囲からは距離を取っており、婚約者としての体裁を繕う為の茶会や舞踏会の類に参加する事は無く常に一人で過ごしていた。学友や他家の令嬢からも「変わり者の令嬢」として扱われていたのだ。なのに私の周囲に誰もいない時だけ側へ寄って来る。その行動の不可解さも彼女を婚約者として認めたくない理由の一つに加わった。


 彼女の家、ポーヴルテール家は家格こそ公爵と高位であるがその内実は非常に苦しいものだと聞いていた。五代程前の国王の庶子が臣に下った事で興った歴史も浅い家。万が一にも当時の王太子の立場を追い落とすことがないようにと無理矢理領土を割譲し作り出した領地は猫の額ほどに狭く、これといった特産は無く、交通の要衝にも当たらず、名ばかりの公爵家として下位の爵位からも随分侮られていたようだ。そのような家だからこそ成人まで生きられないだろうと見られていた王子の婿入り先として適当だったのだと思う。


 だが今は違う。私とラングルージュとの婚約が整ってからは何故かポーヴルテール公爵は途端に金回りが豊かになって社交の場にも多く顔を出すようになり、王宮でも重要な役目を与えられる機会が増えた。それに伴い増長するような態度が見られるようになりそれまでの「どうでもいい」と見られていた立場から一気に一つの派閥を形成するまでになっていた。

 ……恐らく父上が婿入りする私の為にと便宜を図っていたのだと推測されるが間違ったやり方だと思う。公爵本人は非常に矮小で志も低く悪い噂には事欠かない俗物だ。様々な不正に手を出しているという噂も出てきて、恐らく対立する派閥からのものであろうが決して見過ごすことは出来ないようなものだった。

 私へ声を掛けてくる貴族は「第一王子の婿入り先」である事がポーヴルテール公爵が増長している理由と目を付けたのだろう、ならばその力を削ぎたい者としては別の婚約者を宛がえばとなるのも自然な話だ。

 国内で王家に次ぐ歴史を持つビュセール公爵家、最大規模の領地を持ち王国の食糧生産を一手に担うクレティアン侯爵家、他国との交易地点として商業の盛んなデュラン伯爵家、他にも国内の有力貴族の多数がポーヴルテール家との婚約を破棄し当家に来てはどうかと声を掛けてきた。当然父上にも働きかけつつ。

 だが、父上はそれに頑として首を振らない。ポーヴルテール家との関わりは王家にまるで利点などなく逆に他家から不満ばかりを持たれている。もしや公爵は父上の弱みでも握っているのだろうか、そう考え詳しく調査をさせた事もあったがめぼしい情報は何一つ得られなかった。公爵が毎晩のように大金を浪費しての宴会をしていたり、派閥の者から賄賂を受け取っていたり、屋敷のメイドを夜毎寝所に侍らせていたり、くだらない些細な悪事ばかり。その中に過去王家と関わっていた様子などなく父上との個人的な繋がりなどまるで見られなかった。強いて言うならラングルージュと初めて出会った日に王宮に呼び出されたらしいが婚約についての話だろうから除外した。

 それでも諦めきれず父上に訴え続け三年が経ち私とラングルージュは十八歳になった。学院の卒業を迎えたらすぐに婚礼の支度が整えられ逃げられなくなってしまう、それだけは我慢がならなかった。

 あの感情を映さない赤い瞳でじっとこちらを見てくる彼女から一刻も離れたい。その考えに取り憑かれた私は最後の手段を選ばざるを得なかった。


 卒業式の当日、数多くの証人の前での婚約破棄の宣言だ。


 如何に変わり者のラングルージュといえ人前で婚約破棄を望まれたとなると公爵家令嬢としてみっともなく拒否などできまい。適齢期で婚約者を失う事になる彼女には罪悪感が募るが、曲がりなりにも公爵家という身分の令嬢。すぐに相応の相手も見つかる事だろうと無理矢理に罪悪感を押し殺した。

 王太子の弟も有力貴族の多くもこの計画に賛同してくれている、もし彼女自身や私に父上からの咎めがあろうとも国益を考えられない陛下はご病気で判断が怪しくなっていると退位を促すだけだ。国王の命令であってもそれを支える数多の貴族の反対有っては思うようにならないはず。

 こうなると逆に卒業の日が待ち遠しく感じられるから不思議なものだ。

 あと少しで私は自由になれる……


…………


 周囲の声が途絶えてしんと静まり返る。遠目で見た父上が立ち上がろうとしたがそれを計画に賛同した貴族が抑えてくれている。弟も頷きこちらへ合図を送る、こうなるともう彼女の味方はいない。

 さぁ早くその平然とした顔を歪めて涙の一つでも流してみるといい。そうすればラングルージュ、今なら「婚約破棄をされた憐れな令嬢」という立場を手に入れられるのだから。


「……本当に、私から離れると?」


 何故だ。どうしてこんな時でも顔色すら変わらないんだ。

 君がここで何を言おうと根回しは済んでいる。それでも抵抗するというのなら公爵家の不正を告発するだけだ。一つ一つは小さな悪事だがそれも数を重ねればそのような家に婿入りなどとてもできはしないと破棄の理由となる。君と公爵家の名誉の為にも素直に頷くだけでいい、それが最も君に取って傷が浅く済む方法だ。


「ああ、君を婚約者とする事はできない」

「そう……」


 どうやら反論する気はないらしい。これで、全てが終わった……私が改めて周囲を見渡すと顔を青くした公爵と、同じ顔色の父上がいた。


「愚か者が……! アルベール、今すぐその言葉を取り消せ!」


 そして広間全体に響く程の大声で私に叱責の声が飛ぶ。だが父上が反対するというのは想定内の事だ、婚約破棄するに相応しい理由ならいくらでも述べられるのですぐに納得してくれるだろう。現に周囲の貴族達が父上に進言してくれている。

 しかし父上の顔色は治まる様子を一切見せず、そこへラングルージュがゆっくりと前へ歩み出た。臣下の礼も取らずに堂々と正面から見据えたまま。


「アルベールより契約は破棄された、故に私はこの場にはいられない」

「ラングルージュ! 父上に対し何と無礼な!」


 何を言うかと思えば明らかに格下の者へ宣言するような物言いに周囲からどよめきが上がり、私も思わず声が上がった。自国の王相手にそのような態度、無礼打ちでも望んでいるというのか!


「お、お待ちを! アルベールは事情を知らない故、後程私から説得を……」


 しかし父上はそれに対し腹を立てるどころか、青い顔のまま必死の懇願を始める始末だ。おかしい、例えどのような理由があっても臣下の娘に取る態度ではない。余程の秘密を公爵家が握っているのか……?

 そう考え公爵の様子を確認すると、父上以上に青い顔をして騎士達に囲まれて震えていた。あれは違う、王家の弱みを握って脅せる程の者がこのような小物である筈が無い。そうなれば父上の弱みとは……ラングルージュ自身?


「アルベール、私はあなたの一生を守るつもりでいた。だけどそれをあなたが望まないのなら仕方がないわ」


 私の方へ向けられたその顔は、いつもとどこか違う。眉が僅かに寄り、口元が歪められ……はっきり確認ができたのはそこまでだった。その次の瞬間彼女は彼女でなくなっていたから。


「あ、あれは……悪魔!?」


 誰かの叫びが聞こえた。

 私の目の前にはラングルージュだった者が立っている。

 髪と瞳の色はそのままに、側頭部から伸びた二本の角。豪華なドレスは原型を成さずに布切れと化していて露になった肢体から目が離せない。指の先から肘まで緑の鱗で覆われた腕、山羊のような毛皮に覆われ尻尾と蹄を持つ下肢、恐らく背中から生えているのだろう蝙蝠のような黒い翼。

 それは正しく伝説で語られる悪魔そのものだった。


「君は……」

「……さよなら」


 私が何かを言う前に悪魔はその場から煙のように掻き消えて、それと同時に胸に強い痛みを覚え私はその場で意識を失った。騒然となる周囲の声を耳にしながら……



…………


 再び私が目を覚ましたのは見慣れた自室ではなく、かび臭い粗末な部屋だった。寝台に寝かされていたもののこれまで愛用していた物とは質も大きさも劣るもので思わず顔をしかめてしまう。


「ここは、どこだ?」


 問いかけてみるも返事が無い。室内には自分一人しかいないのだから当然なのだがその事自体がまず異常事態であった。私が寝込んだ際には常に侍女が数名控えていたはずなのに……鈍った身体で寝台から這い出て部屋の様子を改めて確認する。調度品も無く最低限の家具だけ置かれた部屋は恐らく長い間使われていなかったのだろう、空気の悪さに何度か咳き込んでしまう。

 それでも部屋の外には誰かがいるはずだ、そう信じて扉に手を掛けた私はその予想が甘かったと思い知る。


「開かない!?」


 部屋の粗末さには似合わないその扉は重厚な造りをしており、ノブを捻っても金属の擦れ合う音を立てるだけで僅かな隙間も生まれない。これは一体どういう事だ。周囲を見渡すとカーテンの掛かった窓辺に気が付き今度はそちらへ駆け寄る。古びたカーテンを一気に引くと、目の前のその光景に衝撃を受け力なく座り込むしかなかった。


「……は、はは」


 窓一面に掛かる鉄格子。古びた部屋の中で扉とそこだけが真新しく、それだけでこの部屋が何なのかを察してしまった。ここは、牢だ。

 それからどれくらいの時間が経ったか分からないまま、使用人が食事を差し入れるその時までひたすら窓辺に座り込んでいたのだった。


…………


 牢に押し込められたと気付いて一週間程が経った。薄暗い部屋では時間の経過があやふやで時折差し入れられる食事で時間の経過に気付く始末だ。目覚めたあの日、使用人の来訪に気付いた私は恥も外聞も無く必死に縋り何故このような状況になっているのかと詰問した。しかし使用人は一切口を開く事無く用を済ませたらそそくさと牢を出て行く。

 王子に対して無礼な、とは思わない。こんな場所にいる時点で最早地位も何もかも失っているという事くらい私だって察している。それでも卒業式のあの日、悪魔が去ってから何が起こったのか知りたくて少しでも何か聞き出せないかと使用人が訪れる度に懇願こんがんした。

 今日も何も話してくれないだろう、半ば諦めかけたこの日は違っていた。開かれた扉の側に立っていたのはいつもの使用人ではなく厳しい顔付きの兵士が数人と、腕にかせめた父上だった。


「父上……随分おやつれになって……」


 久しぶりの再会だと言うのに口を衝いて出たのはそんな言葉。思わず言ってしまう程に髪には白いものが混じり、顔中にしわが深く刻まれ、頬がこけ、あの日とほとんど変わらないような顔色だったから。


「お前こそ……このような環境で身体を悪くしてはいないか?」


 父上からの言葉は意外なものだった。私を断罪したのは父上ではないのか? 父上はラングルージュとの婚約破棄に反対をしていた。それが理由なのだろうかと考えていたのだが……。


「今のところは何とか……それよりも私が倒れてからどれくらいの日が経っているのですか。父上も何故罪人のような扱いを受けているのですか」

「卒業式のあの日からお前は三日間意識が戻らなかった」

「そんなに!?」


 驚きのあまり大声を上げてしまい激しく咳き込んだ。それを見て父上が背中を擦ろうと動き出した時点で兵士が制止する。接触すら禁じられるなど、本当に大罪人のようではないか。


「今回の事は全て私の過去の行いによるもので、私とお前は塔の一室に幽閉が決定した」


 ……父上があの悪魔と関わりがあったせいなのか? 明らかに知己の仲である事が誰の目にも明らかだった、それが理由で王位を追われたということか。

 私がじっと父上の言葉を反芻はんすうしている間に父上が室内へ足を踏み入れ、合図をすると兵士達が扉を閉めた先で鍵の掛かる音が聞こえた。


「私はお前に謝らなければならない……その為にこのような姿になってまでお前と面会出来るよう、フィリップ……いや、国王陛下に慈悲を頂いた」


 フィリップ……王太子だった弟だ。本当に全てが変わってしまったのか。


「陛下は悪魔と契約を交わした私と、悪魔に取り込まれたアルベールをそのままにしておけないとこの塔への生涯幽閉を決められた。王として当然の判断だ……処刑されないだけまだ情があったのだろう」


 そして私は父上の話を聞いた。八年分の長い長い懺悔ざんげを。


…………


 私は生まれつき病弱だった。しかし幼い頃は寝込まない日の方が珍しく常に死を覚悟する毎日だったようだ。そしてラングルージュと出会う少し前の頃、特にひどい発作が起こりその時はどれだけ手を尽くしても回復せず誰もが私の生を信じられなかった。


「私はお前を失いたくないあまりに、禁じられた方法に手を出してしまった」


 父上が選んだ方法、それは悪魔召喚。

 悪魔など伝説だけの存在と信じられていたがそれに縋る程必死だったのだろう、城から見つけた古い文献に記された儀式を一人で行いそして悪魔は現実のものとなった。


「私が呼び出した悪魔はラングルージュと名乗った」


 悪魔は呼び出した者から代償を得て願いを叶え、その際に求める代償は多岐に渡るという。父上は私の生命を助けてもらうのと引き換えに自らの魂を差し出そうとした。けれど悪魔……ラングルージュはそれを跳ね除けた。


「代わりに求めたのがアルベールの一生だ」

「な、何てことを!」


 それは私そのものが悪魔へ捧げられたのと同義ではないか。生命と引き換えとはいえ何という条件を受けたのだと父上を非難がましい目で見てしまう。


「悪魔、いやラングルージュ様が望んだのはお前が死ぬその時まで側にいるというものだ」

「……それで私は悪魔と婚約する羽目になったということですか」


 父上が微かに首を動かし私の言葉を肯定する。しかしそうなると公爵令嬢としてラングルージュが過ごしていた理由が分からない。それもぽつりぽつりと答えてくれた。


「王族であるお前が他の令嬢と縁づく事があればラングルージュ様が側にいられない。そこでポーヴルテール公爵に数代前の王家の血を引く庶子と偽り公爵家の娘として引き取ってもらった。支援の確約と共に持ち掛ければ二つ返事で頷いたよ」

「公爵は、何も知らなかったのですね……」

「……巻き込んで申し訳ない事をしたと思っている」


 公爵自身も何一つ罪の無い身とは言えないが悪魔を抱え込んだ家という事で糾弾されたのだろう。支援を受けて好き勝手に振る舞っていたとはいえほんの少し同情心が湧いた。


「ラングルージュ様が側に在る限りアルベールの生命を保証するとおっしゃったのも婚約を取り消せない理由だったのだ」


 本当に、私は最初から悪魔の手の平で踊っていたに過ぎないのか。そして抵抗した結果がこの有様と。

 あまりにも馬鹿馬鹿しくて涙が出てきそうだ。


「しかしそうであるなら何故私はまだ生きているのですか? 本来なら十歳の時に死んでいたところをラングルージュによって救われたのなら彼女がいない今死んでいるのが当然では?」

「ラングルージュ様はお前の一生を望み、八年間の時間を得られた。少しでも代償を得た以上は本来予定していた寿命までは生きられるようにと取り計らってくれたのだろう」

「それで幽閉される時間が増えるなんて皮肉な話ですね」


 父上の顔が泣きそうに歪んだ。


「本当にすまない……私の浅はかさで国とお前の運命を狂わせてしまった……」


 客観的に見れば全ての元凶は何一つ語らず胸の内にしまい込んでいた父上だ。けれど私は父上を責める気にはなれなかった。父上と私、どちらも最後の手段に選んではいけない方法を選んでしまった。私自身が癇癪かんしゃくさえ起こさなければ何も問題は無かったのだから。


「父上、もうお会いする事はできないでしょうが……どうか息災で」


 兵士と共に去る父上の背中へ最後の言葉を掛ける。その肩が小刻みに震えているのを見送って私は寝台に仰向けになって目を閉じる。思い浮かぶのはラングルージュが悪魔へ変貌する瞬間の悲しそうな顔。


「ラングルージュ……最後に君に謝らせてくれ……」

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