サービス業の辛いところ
「先輩、自分ではもう対処できません」
新人の山本は、浜田の姿を見るなりそう言ってきた。
浜田はデスクに書類を置くと
山本の話を聞くために座り直した。
質の悪い顧客が山本の担当の中にいるのだろう。
浜田は山本に詳しい経緯を聞き
今回は自分がその顧客の家へ向かうことにした。
「どうも、アース・ウインドーのものです。
今日は山本に変わり
私がご要望を伺いにまいりました」
そう言って浜田は顧客に名刺を渡した。
顧客は四十代後半ぐらいの女性である。
口がへの字に曲がっており
性格の悪さがそのまま顔に出たようだ。
ひねくれた醜い顔である。
浜田は部屋に通されると
窓から見える景色をじっくりと観察した。
まるで女神の持つ水槽のような美しい湖水がまず眼に飛び込む。
その湖水を囲むように林があり
後ろには山々がそびえ
そして澄み切った青空が広がっている。
わが社で一番人気があるスウェーデンの湖水の景色だ。
画質は問題ないため
浜田は次に音声と送風が正常に作動しているかチェックした。
小さく聞こえる小鳥の鳴き声が耳をくすぐる。
木々の揺れに連動して吹く風も問題ない。
山本に落ち度はないなと浜田は思った。
「それでお客様、一体どこが気に入らないのでしょうか?」
「何がって、景色がちっとも変わらないじゃないか。
あたしは高い金を払っているんだからもっとマシな景色はないのかい?」
おばさんのヒステリックな声が響く。
わが社は窓に薄型のディスプレイをはめ込み
二十四時間体制で絶景を提供している。
映像はもちろん、音声、風すらも現地と連動しており
まるでその絶景の前に家があるように錯覚させる。
わが社が業界トップであるのも
そのリアルを追究するこだわりのためである。
コロコロと景色が変わるテレビのような窓が欲しければ
初めから他のメーカーに頼めばいいのだ。
そう思い、浜田は腹が立った。
「お客様は確か
もう函館の夜景や富士の見える景色はお試しになりましたよね」
「ああ、見たよ。
でもあんたらはリアルがどうのこうの言うが
あんな景色がここから見えたら不自然じゃないか」
あまりにも馬鹿らしいクレームを聞いて
浜田は唖然とした。
そんな事を言われては
わが社の製品の存在が否定される。
夢のない現実の景色を消し去り
美しい景色を売るのがわが社の仕事である。
ならなぜわが社の窓を買ったのだと怒鳴りたい衝動に駆られた。
浜田は窓の側面にあるスイッチを押して
窓を開けてみた。
そこから見えるのは
隣のアパートの薄汚れた壁だけである。
浜田は軽くため息をつくと窓を閉めた。
「それではニューヨークの街道の景色はどうでしょうか?
自然ではございませんが
景色の変化という点においては申し分ありませんよ。
様々な人種が歩いていて
とても楽しめます」
「何で外人の歩いているのなんて見なきゃいけないんだい。
まったく、くだらない事を言うね。
あんた馬鹿じゃないのかい」
浜田は腹立ちが顔に出ないように
無理に笑顔を作った。
どうやらただ難癖をつけてストレスを解消するタイプの客みたいである。
相手が逆らえない事をいい事に言いたい放題だ。
少しお金を出しているからといって
自分を何様と勘違いしているのだろうか。
まともに相手をしていても仕方がないと
浜田は腹をくくった。
「わかりました。それでは自然で
しかも私がもっとも美しくきれいだと思うものが見られるようにしておきます。
ただし、次回から景色の変更には正規の料金をいただきますのでご了承ください」
浜田はそう言うと、窓の操作を素早く行い
顧客が窓を見る前に帰ってしまった。
挨拶もせずに帰るなど
初めての経験である。
それから一週間が経ったが
その顧客からクレームが来ることはなかった。
「さすが先輩ですね。
あのおばさんが一週間もクレームを言わないなんて。
ところでどこの景色に設定したんですか?
モンゴルですか?
それともジャングル?」
山本にそう聞かれて、浜田はにっこりと笑ってこう言った。
「一番きれいで美しいものが見えると言っておいたのさ。
それが効いたんだろう」
そしてにやりと笑い、言葉を続けた。
「ただ鏡にしただけなんだがね」