悪役令嬢は濡れ衣を着せられて殺されたので、悪魔に魂を売りました
12/09 一部内容を加筆修正しました
ルビィ・オルコットは、いつも通りにステラ学園に登校し、いつも通りに授業を受けて、いつも通りに学友達と、食堂にて放課後のティータイムを楽しんでいた。
公爵家の令嬢として、申し分のない品格と知性を持っており、学園の他の令嬢の憧れの人、ルビィ。
その名の通りのルビー色の深紅の瞳を持ち、銀色の髪の毛は美しく結い上げられ、極めの細かい絹のような真っ白の肌、抱き締めたら折れそうなくらい細い身体をしていた。
だが、その顔は冷たく研ぎ澄まされ、深紅の瞳だけが輝いて見えることから、氷焔の姫などと一部の心ない生徒からは揶揄されている。
ルビィの通うステラ学園は王国内にて、魔力を持った者だけが通える、身分を問わない魔法学園だ。
ルビィは婚約者である王国の第二王子、ジルコニアが即位した場合の将来で、皇太子妃、そして王妃となることが決められている為、家庭教師や王宮の先生からでは学べない、魔法学を学びに来ていた。
ルビィは大好きなジルコニアの為に、頑張っていた。自分が彼を支えてこの国を守る、その為にも。
最近では、そのジルコニアが自分に冷たく、また婚約者を差し置いて準男爵の家の娘を側に置いていることが悩みの種だった。
だが、そのようなことはおくびにも出さず、ルビィは仲の良い学友達と紅茶を楽しんでいた。
「ルビィ・オルコット、ようやく見つけたぞ、この性悪な女めっ!」
だから、こうやって観衆の面前で罵られ、椅子から引きずり落とされ、地べたに這いつくばらされることは、夢にも思って居なかった。
「ルビィっ、何をなさるのですか、大丈夫ですか? 私を離しなさい、ルビィの側に行かなくては!」
「ふん、ルビィの腰巾着め、おい、そいつもルビィの横に這いつくばらさせろ」
「や、やめなさい! エメラに触れるな、無礼者! その手を離しなさい!」
ルビィの親友エメラ・ルーディアスが、ルビィを助けようとしたところ、荒々しく一緒に押さえつけられてしまった。
ルビィが悲痛の声をあげ、止めるように叫ぶが、男達はなおも床に、ルビィとエメラを押し付けた。
「どうして、このようなことを! ジルコニア様、私が何をしたというのですか!」
「私の名前を呼ぶなっ、汚らわしい! 私の愛するアレキサンドリアを卑劣な手で苛め抜き、学園の秩序を乱し、まるで自分がこの学園の主であるような振る舞いを行っていただろう!」
「そのようなことは決して、決して、行ってはおりませんわ! 」
「お前が何を言っても無駄だ、既に証拠は上がっているのだからなぁ!」
ジルコニアはルビィに反論する余地も許さず、ルビィとエメラに魔力封じの腕輪をつけ、叫べぬようにと猿轡を噛ませた。
反論することも許されずに、罪人のように扱われたあまりにも哀れな姿に、ルビィを慕う学園の令嬢達が、悲鳴を上げる。
ジルコニアは煩いとばかりに、鋭い目付きで睨みつける。その冷酷な眼差しに、令嬢達は息をのみ、口をつぐんだ。
「罪人ルビィ・オルコット、お前の身柄は今これよりを持って、第二王子親衛隊の預かりとし、その口から罪を認めるまで拷問にかけることとする!」
ジルコニアの側近であるコランダムは、一方的な通告をルビィに行うと、側に控えていた親衛隊の人間に、ルビィを乱暴に押し付けた。
「そして、エメラ・ルーディアス! 罪人に加担した嫌疑がかかっておるゆえに、お前も共に拷問にかける、お前達連れていけ」
コランダムは、涙を流して見つめるエメラを足蹴にすると、顎をしゃくって親衛隊に連れていかせた。
コランダムはエメラの婚約者であるというのに、その姿は罪人を相手にしているようにしか見えなかった。
ルビィとエメラは乱暴に親衛隊に担ぎ上げられ、ジルコニアを先頭にして連れていかれた。
*******************
事の発端は、二ヶ月前に遡る。
「アレキサンドリア、そなたは本当に美しい。忌々しいルビィなどいなければ、そなたを妻にと願うものを」
「ダメですわ、ジルコニア様。そのようなお戯れを......私は、こうしてお側にいるだけで、それだけで満足なのです」
「何を言っているのだ、アレキサンドリア。ルビィのような冷たい女を妻になど、考えただけで身震いがする。お前を側に置くだけでは、その凍えた身を暖めることは出来ぬ」
「ジルコニア様。では、このような姦計で、ルビィを貶めれば良いのです」
ジルコニアは、自分よりも遥かに優秀であり、自分に対しても冷たい女が婚約者であることが、我慢ならなかった。
身も凍えるような冷たい女、ルビィ。氷焔の姫などと呼ばれ、いい気になっている婚約者。だが、性格は至って誠実で真っ直ぐで、真面目で。側にいると息が詰まった。
けれど、この国の王子としての役目を務める為に、我慢して相手をしてやっていた。
だが、ある日に学園で出会った準男爵の家の娘、アレキサンドリアに一目惚れをした為に、我慢し続けることは出来なかった。
ふわふわの栗色の髪の毛、甘い蜂蜜色の瞳、薔薇色に色づく頬に、たおやかな体つき。そして仔犬のように甘えてくるアレキサンドリアを、どうしても自分のものにしたかった。
ルビィは品格方正、非の打ち所がない素晴らしい女性。
アレキサンドリアとジルコニアがどれだけいちゃついたとしても、遠くから眉を潜めて見つめるだけで、何も言わないし何の行動も起こさない。
だからといって適当な理由をつけて婚約を解消しようにも、ルビィには一分の隙もなかった。
「まず、証拠は捏造すればよろしいかと。似たような容姿の女を密かに学園に寄越し、遠目で苛めているように見せ掛けましょうか」
「ふむ、そうだな。だが手緩いな、それだけではないだろう?」
「勿論です、今現在、他の令嬢達から行われている苛めを、ルビィのしたことにしましょう。証言も証拠も今なら捏造出来ますからね。学園で起きた様々な事件の黒幕に仕立て上げた後は、拷問にかけて苛めを行ったと自白させればよろしい。そして獄中死を装って殺せばよいですよ。死人に口なし、と昔から言うでしょう?」
「ハッ、お前も相当の鬼畜だな。ではその通りにしようか」
「充分に時間をかけ、必ずやルビィ・オルコットに濡れ衣を着せて、婚約者から引きずり落とし、二度と目の前に現れぬようにしましょう」
ジルコニアは心底満足そうに笑う。自分達の口が、どんなに酷いことを言っているのか分かっているのだろうか?
一人の無実の人間を引きずり落とす為に、濡れ衣を着せて、嘘の自白を引き出すために拷問にかけ、獄中死を装って殺すというのだ。
その事を提案したコランダムと、ジルコニアは、自分達の身勝手な行いによって、後に大問題が起きることをまだ知るよしもなかった。
二人はいかに卑劣な手でいかにルビィを貶め、人としての尊厳を打ち砕くかに夢中であった。
******************
傷ひとつなく玉のような肌は、拷問により赤や青や紫、黄色に緑、黒に染まり、綺麗な場所を探す方が苦労するほど、傷に覆われていた。
髪の毛は拷問の途中で切り刻まれ、残った髪の毛もストレスにより抜け落ち、見るも無惨な姿に変貌していた。
爪は剥がされ、何本かの指はあらぬ方向に曲がっている。歯も数本欠けたり、抜けている。
生きていることが奇跡のようだが、ルビィは生きていた。途切れそうになる意識を必死でつなぎ止め、絶え間なく続く様々な痛みに耐え、何とか生きていた。
無実であることを証明し、ルビィ・オルコットは冤罪であったと、ジルコニアに分からせてやる為と、最後まで私の無実を訴え、共に拷問され死んでしまったエメラの為でもあった。
けれどもルビィの命の灯火は消えそうになっていた。毎日行われる拷問は先が見えなくて、無実であることを証明したくても、嘘の自白を引き出したい親衛隊は、二言目には、罪を認めろ、と言う。
肉体的、精神的にも追い詰められ、ルビィはもう限界を迎えていた。
走馬灯のように浮かぶ、幼い頃からの思い出。母や父、家族達との思い出や、ジルコニアに出会ってからの楽しかった日々。学園に入ってから出会った学友達との思い出が次々と溢れだす。
死を目前にしてルビィは、次第に怒りと怨みが募って来るのを感じた。涙など枯れたはずなのに、溢れだしてくる。
許さない、許さない、許さない!
ジルコニア、お前だけは許すものか!
神でも悪魔でもいい、誰か私の願いを叶えて
この身と魂を対価に差し出しますから
ジルコニアを同じように苦しめて、殺してやりたいのです
生きていることを後悔させてやりたい
憎い、憎い、憎い!
この怨みは忘れはしないっ!
ルビィは深紅の瞳を憎悪の色に染めたまま、事切れた。
最後まで、無実を訴え続けたルビィ。だが死人に口なし。
ジルコニアとコランダムは、何も語らなくなったルビィに全ての罪を着せ大罪人として、死んだあとも辱しめる為にその躯を裸にして十字架に張り付けて、王宮前の広場に晒した。
ジルコニアはそこまでして、初めて安心したのか、愛しいアレキサンドリアを婚約者に迎えいれ、幸せな時を過ごしていた。
*******************
ジルコニアとアレキサンドリアの結婚式。飲めや歌えやの大騒ぎをする者が居るなかで、影に隠れて悲しみに暮れる人々もいた。
ルビィ・オルコットの生家、オルコット公爵家と、エメラ・ルーディアスの生家、ルーディアス伯爵家の二つだ。
お互いに、美しく育った娘を亡くした為だ。不幸な事故で亡くしたのならば諦めもつく。
たかが第二王子のお気に入りの令嬢に虐めを行った為に、拷問にかけて自白を引き出し、その罪を問うと言う、甚だ疑問だらけの命にて、二人ともが無念の死を迎えたからだ。
虐めを行ったことは公爵家や伯爵家の令嬢としてあるまじき行為だが、拷問にかけるほどの事なのだろうか?
オルコット公爵とルーディアス伯爵は、再三に渡って王家へその事を伝え、ルビィとエメラへの拷問を止めるよう嘆願したのだが、第二王子とその周囲が猛反発した為、王様と王妃が渋ってしまった為に強くは出られず。
そうこうしているうちに、先にエメラが、そしてルビィが帰らぬ人となって、朽ち果てるまで磔にされ続けた。
「ルビィ、すまなかった」
「エメラ、許しておくれ」
残された家族の慟哭が夜の闇に響く。その声に誘われるように、夜の闇から、真っ赤な瞳が浮かび上がる。
パチリ、瞬きをした瞳は、オルコット家を名残惜しそうに見つめながらも王宮の方へ向かった。
「ははは、邪魔者は消えた! アレキサンドリア、こうしてお前と堂々と一緒にいれるようになれて、本当に嬉しいよ」
「ジルコニア様......ですが、オルコット家とルーディアス家とは禍根が残りましたわ」
「そんなもの、私が王位を継いだ暁に、また適当な嫌疑をかけ、濡れ衣を着せてしまえばよい、ルビィ・オルコット達のようにな」
ジルコニアとアレキサンドリアは、王宮の離れの宮を王より結婚祝いに与えられ、結婚祝いのパーティへの参加もそこそこに、自分達の新居に引っ込んでいた。
上手くいった謀に気も大きくなったのだろう。大きな声で喚いている。その声と姿が拡大されて、どこかに流れていることに気が付かないまま。
「ルビィ・オルコットに、お前を虐めたという自白を強要したが、中々強情で、最期まで罪を認めることなく死んだからな。それを鑑みるにオルコット家は強情らしいからな、拷問にかけても無駄だろうな」
「ジルコニア様!」
「ふん、泣き叫び惨めに命乞いでもすれば、ルビィもエメラも助けてやったというのに、口を開けば『私はそのようなことはしておりません、無実ですジルコニア様』、『今なら間に合います、どうかお考え直しを』と、うるさかったからな。ますます拷問にかけて苦痛を与えて屈服させようにも、一筋縄ではいかなかったからな」
ジルコニアは醜悪な笑みを浮かべて、アレキサンドリアを見つめる。濁ったその瞳は、およそ王族の人間のものとは思えなかった。
アレキサンドリアは、その瞳を見て息を飲む。どうして、こうなってしまったのかしらと、小さくため息を吐いた。
「私より優秀で、私より人望があり、私より美しくあったルビィ・オルコット、そうだな嫉妬していたのだろうな。だから、婚約者として側におくことが耐えきれなかった。アレキサンドリアのように、側に居て安心するような者を求めていたのだ』
「ジルコニア様?」
「だから、コランダムと共謀して証拠を捏造し、あらぬ嫌疑をかけて、罪を被せた。濡れ衣だと最初から知っていて、無実の人間を、私の我が儘と欲望のままに罪人に仕立てあげ、拷問にかけた。そのルビィを庇うエメラ・ルーディアスも、邪魔をするとどうなるか見せしめの為、ルビィと同じように拷問にかけて、殺した!」
ジルコニアは、次第に段々と大きな声で叫びながら、自分の罪を明らかにし始めた。
ジルコニア自身も喋りたくて喋っている訳ではなかったのだか。自分ではどうすることも出来ず、ひたすらに自白し続ける。
「私の妻を自分で決めて何が悪い! 私が王位を継ぐ時に、あの優秀なルビィ・オルコットが居たら、私はただの傀儡の王として、アイツに牛耳られるに決まっている! たから、私より優秀ではなく、私より人望が薄く、私より美しくない者を求めていた。たまたま目に入り気に入った、それがアレキサンドリア、お前だ」
「そんな、では私ではなくとも良かったと、そうおっしゃるのですか?」
「当たり前だろう? 馬鹿でそこそこ見た目も可愛ければ、それで良い。私が一番であると、そう思える女であればな」
ジルコニアが、アレキサンドリアに暴言とも取れるような、自白を始めた。
手で口を押さえてジルコニアが喋れないようにしても、身体が言うことを聞かない。
先程まで甘いとろけるような笑みを浮かべて、ジルコニア様、ジルコニア様としなだれかかっていたアレキサンドリアは、聞きたくなかった真実を聞かされ、悲しみと絶望から涙を流した。
ジルコニアは慰めてやりたいのに身体は動かず、ただひたすら自白し続ける。
「私が王位を継げるよう、謀を行い、姦計によって蹴落として何が悪い! 私が一番だ! 私を一番にしろ!」
「そんな、嘘よ! 私はルビィ・オルコットと違って優秀でないから、ジルコニア様の妻になったなんて、嘘! 嘘! 嘘よっ!」
狂ったように喚き立てるジルコニアと、涙を流してジルコニアにすがりつくアレキサンドリア。
王族の一員とはまるで思えない振舞いに、とうとう堪えきれなくなったのだろう。二人の居る居室に王を筆頭に兵士達が流れ込んだ。
「どういうことだ! ジルコニア、そなた王である私に嘘を申したのか?」
「ジルちゃん、嘘よね? ママにはわかるわ、そのアレキサンドリアに言わされたのよね?」
「ジルコニア、そなたのような者が私の弟とは......」
ジルコニアの前に、国王と王妃、そして第一王子のディアモントが並び、口々に責め立てる。
ジルコニアは目を白黒させながら、返答しようとしたが、今度は口が全く開かず、だんまりになってしまう。
その様子にますます怒りがヒートアップした国王とディアモントは、ジルコニアに詰め寄り、激しく問いただす。
尚も口を割らず強情な姿に、ついぞ国王がジルコニアを兵士に捕らえさせようとしたときに、悲しみと怒りで瞳を燃えさせた人々が乱入してきた。
「ルビィは無実だったのだな! 私達のルビィを返せ!」
「私達のエメラを返せ!」
「お前のせいで、ルビィは拷問にかけられ、悲惨な姿で死ぬことになったのだ! お前のせいだ!」
「無実を信じて庇おうとしたエメラの方が正しかったのに、どうして拷問にかけて殺したっ!」
嘆き悲しんだ為か、声は酷くしゃがれている。顔もかつてのような張りや若々しさはなく、目は落ち窪み、頬は痩けてしまっている。
身体も痩せているのか、フラフラと足元も覚束なく、振り上げている腕は骨と皮しかなかった。
どうして!どうして!どうして!
沢山の人から問い掛けられる、どうしての声に、ジルコニアは答えられない。
身体の自由は前から効くようになっていたのだが、自分でも何がなんだかわかっていないため、答えられない。
口をはくはくと動かすのだが、声は出てこなかった。
『これはこれは、皆様お揃いで結構ですわね、ご機嫌はいかがかしら?』
鈴のなるような変に甘ったるい声がした。
全員が辺りを見回すと、宙に浮かんで艶然と微笑むルビィ・オルコットの姿がそこにあった。
漆黒のドレスに身を包み、玉のような肌を惜し気もなくさらけ出し、銀の髪をくるくると指に巻き付けながら、見下ろしているルビィ。
「ルビィ?ルビィなのか、もっと近くで顔を見せておくれ、可愛いルビィ」
「ルビィ、ルビィ!」
オルコット家の人間は、ルビィの下に集まり涙を流して手を伸ばす。ルビィは一瞬、手を伸ばしかけたが、すぐに引っ込めた。
『ごめんなさい、パパ、ママ。ルビィは、その男に復讐するために、悪魔に魂を売ったの。だから、穢れた私をどうか許して』
ルビィはそう言うと、指を鳴らして魔法を掛けた。オルコット家の人間はその場に倒れこみ、眠りについた。
そして、エメラの家族にも魔法を掛けて眠らせると、ルビィは冷酷な表情に切り替えて、ジルコニアを睨み付けた。
『地獄の底より舞い戻って参りましたわ、ジルコニア様?』
ルビィは手を打ちならし、刺々しい茨を出現させるとジルコニアを拘束した。そして、呆気に取られている人々には柔らかな蔦を巻き付けて、その場から動けぬようにした。
呆けたままのジルコニアだったが、絡み付く茨の痛さに目を覚ましたのか、口汚くルビィを罵り始めた。
「何故お前がいる! 拷問にかけて、二目と見られぬような姿にしたはずだ!」
『どうして、でしょうね?』
「お前が悪いんだ! さっさとありもしない罪を認めて、命乞いすれば助けたのを、お前がそれを拒んだから、私はっ、私は」
『国王陛下、王妃様、私は無実でありながら、拷問にかけられ命を落としました。ジルコニア様に濡れ衣を着せられ、ありもしない罪を認めろ、と毎日毎日拷問されるこの苦しみがわかりますか?』
ルビィは問い掛ける。国王と王妃は力なく首を横に振り、項垂れた。ルビィは視線をディアモントに向けた。ディアモントは真っ直ぐにルビィを見つめ、そしてすまなかった、と頭を下げた。
「王族の一員たる第二王子が犯した罪は、到底庇いきれるものではない。ルビィ嬢の心が晴れるならば、いくらでも私は罪を受け入れよう」
『いいえ、貴方が罪を償うことはないわ。ジルコニア様とコランダム様に、罪を償って欲しいだけだから。でも、そうね。この後のことは、貴方に任せる事が罪滅ぼしと思ってちょうだい』
「だがしかし、それだけでいいのか?」
ルビィはディアモントにそう言うと、ジルコニアに振り返った。ジルコニアは何とか逃げ出そうともがいていて、茨がますます食い込んでいる。
血にまみれながらジルコニアは、足止めされている兵士達に、私を助けろ、だの、何を無様に倒れているんだ、だの喚き当たり散らしている。
「おい、ルビィ! やめさせるんだ、こんなことっ!」
『私が何度も何度も何度も何度も! ジルコニア様に訴えたことをお忘れですか? けれど、貴方は拷問を止めるどころか、ますます凄惨さを増して拷問してくれましたよね?』
「それは! っ、あ、あ、謝るから、早くこの茨を解いてくれ!」
『このまま、ジルコニア様は私と一緒に地獄に落ちるんですから、茨は解きませんよ? あぁ、ちゃーんとコランダム様も一緒ですからね、安心してくださいな』
ルビィは口に手を当ててクスクス笑う。ジルコニアは顔を青ざめさせ、絶望したように絶叫した。
ルビィはそんなジルコニアを鼻で笑い、そのまま宙から降りると、足で床をカツンと鳴らした。
鳴らした所からビキビキと地割れし始めて、どろどろとした闇と、底冷えのするような冷気がそこからじわじわと沸き上がる。
ルビィは広がった亀裂を覗き込む。冷たい風が頬を撫で、今すぐ来いと言うように、ますます亀裂を広げた。
『では、皆様、どうもお騒がせ致しましたわ。私の怨み、晴らさせてもらいますわね』
ルビィはスカートを摘まんで、優雅な一礼をする。そして、そのまま亀裂に足を踏み入れた。
「や、やめろーーーーーーーーーーっ」
ルビィの姿が亀裂に飲み込まれると、茨に全身を拘束されたジルコニアが、亀裂へと引き寄せられていく。
そして、同じように巻かれたコランダムも、同じように亀裂に吸い込まれていって。
耳をつんざくような悲鳴が響きわたったが、覆い被さるように甲高い笑い声が辺りに響いた。
『アハハハハハハハハハハッ』
その声はいつまでもいつまでも止むことはなかった。
***********************
第二王子のジルコニアと、その側近コランダムは、罪なき者に濡れ衣を着せて拷問にかけて殺した罪を問われ、処分が下された。
ジルコニアは王位を剥奪され、コランダムも家の家系図から抹消された。その後に自分達が犯したすべての罪を国民達に知らしめられ、そして歴史に名を残す大罪人として記録された。
第二王子の親衛隊達は、ジルコニアの指示に従ったとはいえ、罪のないエメラとルビィを拷問して殺した罪を問われ、同じ苦しみを受けて死ぬことを罰とされた。
親衛隊達が、どんなに泣いたり喚いたりして許しを願っても、一切その願いは叶えられず、死ぬまで拷問にかけられ、死んだのちは同じように裸にされて磔にされた。
アレキサンドリアはというと。直接的にこの事件に関わってはいないものとされたが、オルコット家とルーディアス家の圧力がかかり、二人を唆した罪を問われた。
拷問にかけて殺すよりも、女性として辛く苦しい罰を与えられることになったアレキサンドリア。奴隷の身分に落とされ、スラム街の一角で、スラムの人間や犯罪達の娼婦になるようにと言い渡された。
元お貴族様がスラム街の娼婦になった、という噂は広がり、いつまでもいつまでもアレキサンドリアは辱しめられ、誰の子ともわからぬ赤ん坊を身ごもり、最後には発狂してしまったという。
またこの度の件で、王様と王妃の王族としての資質を疑問に思う声があがり、このままでは国の根幹が揺るいでしまうことを危惧した第一王子の手により、王と王妃は退位させられた後に王宮から追い出され、田舎の王族直轄領の城へと幽閉された。
第一王子のディアモントも、王族ではなく一臣下として国に仕えると言ったのだが、ルビィのこの後のことをまかせる、との言葉で前の王に代わって、ディアモントが王として治めることになった。
そして、拷問にかけられ殺された、ルビィ・オルコットと、エメラ・ルーディアスの二人はというと。
ディアモントが王として二人の名誉を回復し、拷問にかけられても無実を貫き通した事を国民に知らしめ、死を以て潔白を証明した気高き聖女として名を残し、歴史に刻ませた。
そして聖女として名高いルビィが悪魔に魂を売ったことは、公然の秘密として守られ、またディアモントが二度とこの度のような事件が起こらぬように、戒めとして二人の姿を銅像として祀ることになった。
.