第九話 ぬかるみ
なんでも良かったんだ。腹いせにちょっと悪戯するだけだった。
なんでも慎重に計画した。金には特別かけない。犯人像が残らないよう変装には念を入れた。
『交番を観察する』『衣類を調達する』
衣類欄は仲間にもらったものでほぼ揃った。
時間帯の人口密度もインターネットである程度調べられた。
交番の見回りで居なくなる時間体をまとめ、
その周辺の人口密度もまとめ上げた。
こうして、四件の交番の一週間の集計をまとめた。
店に買いに行く映像も残さないようにした。
身長を誤魔化すため、長靴に中敷きを沢山敷き詰め、脱げないよう紐で結ぶ。
顔の輪郭が分かる覆面はしない。
でかい服に体型を隠し、目鼻立ちを隠す紙袋を絵の具で黒くした。
夜に実行する予定だった。
何にする?
ペンキとか
店に買いに行ったら後でバレるし
皆に内緒っていうのは緊張するな。
これは俺の勝手なことだ。
他の誰も道連れにしたりはしない。
交番という小さな拠点で十分だ。そこを汚すことで心を浄化する。
「あいつらには泥が似合う」
自分が幸せになればそれでいい心に俺はいた。
十六週間後。
【六月三十日 二十三時 一件目】
監視カメラの死角から、車の中でその時を待つ。
「泥くせ」車の中に置いたことを後悔した。
五分後、見回りで交番を出て行く。
バケツいっぱいに張った泥水を各両手に、今はもぬけの殻。
天井、壁、机の引き出しまで泥水で綺麗にしてあげた。
子どもの頃にも出来ないことをした。
このときは自然と楽しくて、笑ってなかった奴なんて一人もいなかった。
三十秒で一日分の幸せが作れた。
次の日、この出来事はニュースになった。
良かった。逃げた後は映っていない。
あと三件。がんばろう。
【七月一日 深夜二時 二件目】
一件目から程近い場所に今日も俺はいる。
二時となると、人の数は大幅に減った。
昨日より、やりやすかった。
次の日、ニュースになった。
【七月八日 十九時 三件目】
警察を警戒して、少し間を空けた。
だが俺を警戒してか、二人体制となっていた。
こうなると、どうしようもなく、ここは諦めることにした。
次の日、ニュースにはならない。
【七月三十一日 十二時 四件目】
他三件と程遠い場所。捜索範囲からずれることで、目くらました。
そろそろ時間だというときに、男がひとり交番へ入っていった。
五分とすぐ。男は出ていった。
が、そこから十分、二十分といつまで経っても警備員が出てくる気配がない。
警備サボってやがるな、あの野郎
もしかして居ないんじゃない?
ちょっと見てくる。
車を降り、俺は恐る恐る近づく。
壁伝いに横目で中を確認する。
そこに人の気配はなかった。
警備員が戻ってくるかもしれないため急いで扉を開けた。
ひらけたそこは血の海と化し、壁に寄りかかった警備員が溺れていた。
海は今も少しずつ爪先へ迫ってきていた。
それでも突っ立っているわけには、いかない。
この人を見捨て、誰かに会う前にその場から立ち去った。
次の日、ニュースになった。
【連続交番悪戯事件】と称されていた俺が、防犯カメラに映る男が同じ犯行メンバーとされ、
後から来た俺が様子を見に来たのではという内容だった。
あの男が誰かは分からない。
ただ男が起こした出来事は、俺を人殺しと呼ばすものだった。