年中行事
「今年の当番はうちですからね」
帰宅すると同時に、妻からそう念を押された。
「日曜日に話しましたけど、ちゃんと憶えていますよね」
「あ、ああ」
源五郎は生返事をする。
「あの、ハロウィンの、だろ。
今時は町内会でするんだな」
「本来は家族でするもんなんだそうけどね」
妻は、ため息まじりにいう。
「少子化だとかなんかで、とても家族単位ではできないってことで」
源五郎たち夫婦に子ども二人いたが、どちらもすでに独立してこの家を離れている。
「おれたちが子どものときは、なかったけどなあ」
「ここ数年、かなり定着してきましたよねえ」
ハロウィンというのは西洋版のお盆のようなものだろうと源五郎は理解している。
元はケルトかどこかの行事で、夏の終わりに訪ねてくる家族の死者の例を、仮面をかぶって追い返したのがはじまりだと聞いたことがあるので、大きく外しているわけでもないだろう。
そのハロウィンがなぜ今頃になってこの日本で当然のように定着しているのか、源五郎には理解できなかった。
が、現に定着してしまっている以上、源五郎としてもご近所の手前もあって、対応をしないわけにはいかない。
「子どもたちがやってきたら、ちゃんとお菓子を渡して帰ってもらうんですよ」
「わかっているよ」
物憂げな口調で、源五郎は答える。
残業を終えて帰ってきてからも、こんなことにつき合わなければならないとは。
「トリックオアトリート!」
最初にやってきたのは、同じマンションの二階に住んでいた榊兄弟だった。
どちらも頭から血を流して、全身を朱に染めている。
「ほら、お菓子だ」
玄関を開けて対応した源五郎は妻が用意していた菓子箱を渡していった。
「気をつけてお帰りなさい」
「トリックオアトリート!」
次にやってきたのは、名前は知らないが近所で有名な浪人生だった。
首から縄を垂らして青白い顔をしている。
「そら、お菓子だ」
源五郎はやはり菓子箱を手渡していった。
「迷わずに、お帰りなさい」
「……あ、あの」
最後にやってきたのは、二件となりに住んでいた中学生の女の子だった。
「わたし、なんでこんなところにいるんでしょうか?」
汚れた制服を着ていた。
「今夜は万霊節だ」
源五郎は沈んだ声でその女の子に説明をした。
それを聞くと、女の子は顔を両手で覆ってわっと泣き出す。
可哀想に、と、源五郎は思う。
きっと、なにかの事件に巻き込まれたのに違いない。
この子の姿を、源五郎は半年ほど前から姿を見ていなかった。
「気持ちはわかるが、この場でいうべきことはわかっているね?」
しばらく泣くままにまかせていたその子に、源五郎は優しく声をかける。
「……はい」
ようやく顔をあげた女の子は、しゃくりあげながらもそういった。
「トリックオアトリート」
「さあ」
その子に菓子箱を渡しながら、源五郎はいった。
「迷わずにお帰りなさい」
今日はハロウィン。
死者が生者を訪れる日。