キャラバン
いきなりキャラバンがやって来るっていわれてもなんのことかわからない。
「なんなの、それ?」
「とにかく、とても素敵なものだよ」
イックはそう受けあってくれた。
「体験してみればわかる。
言葉ではうまく説明できない」
あるものを売買する集団が巡回していて、ここにももうすぐ来るのだという。
「そのあるものって、なによ?」
「だから、素敵なものだって。
あとはまあ、見てのお楽しみだな」
その素敵なものとやらは、なんのことはない、紙の束だった。
「デバイスじゃなくって?」
わたしは妙に重々しく野暮ったいその物体を手に取りながら口を尖らせる。
「染料でフォントを紙の上に固定しているわけか。
なんか不便そう」
こんな仕組みでは、これひとつでたいした情報量を収納できない。
一見して、とても不便な代物に思えた。
こいつのどこが「素敵なもの」なんだろう?
「不便でフォントが固定されていて、内容が更新されないからいいのさ」
こちらの不満も知らぬ風で、イッサはそういってのける。
「この中身は不変でずっと変わらない。
検索もできない。
なにが書かれているのか、実際に読んでみるまでわからない。
だからこそ貴重で、こうして人の手から手へと渡り歩いていくんだ」
「いにしえの叡智ってわけ?」
わたしは鼻の先にシワを寄せて、これみよがしに不満顔をして見せる。
「あんたの趣味、よくわからない」
データを直接参照する方が、ずっと手っ取り早いと思う。
「これはねえ、人と並んで人類のもっとも古い道具、言葉を記した本というものだよ」
わたしの機嫌など心配する風もなく、イッサはその本とやらを物色しはめる。
「一冊あたりに収めることが可能な情報量が限られているからこそ、言葉を選び内容をよく吟味する。
そして吟味された言葉がこうして人の手を介し、時間をかけて流通していく。
生のデータにはない妙味が、こうしたキャラバンにはあるんだよなあ」




